140 第17章 トドマの鉱山事件 17ー9 移動と予定変更
船に乗って、第四王都近くの街まで向かう一行。
第四王都近くの街で待機することになったマリーネこと大谷だったが。
140話 第17章トドマの鉱山事件
17ー9 移動と予定変更
船は休むことなく、深夜も交代で漕ぎ続けられている。
漕ぎ手の櫓のリズムを取る太鼓らしき音で、あまり眠れない。
左右の景色は、ぎざぎざの山肌が湖岸にあって、景色は然程代わり映えもしないので、次第に飽きてくる。
私は操船の邪魔にならないように、後部の甲板下の部屋で、まずは空手と護身術。それからダガー二つの格闘術もやり始める。
船尾の船室でも結構揺れる。揺れる中、剣の鍛錬も行った。
時間がたっぷりあるので、あの二刀剣術のシャドウも行う。
六日目の日暮れになると、前方に山が左右から迫り、細くなっている。
東南の山には噴煙が見える。あの方面には火山が有るらしい。
湖は左右から迫る山々で急激に狭くなり、湖の終わりになる。そこから河が始まっている。その場所の西側にハガという小規模な港街があり、ここから先はムウェル河となる。
ここで船は三角の帆も畳んだ。畳まなかったのは一番後ろの縦帆、たぶんスパンカーとかいうやつだけだ。
河幅はそれなりにあるのだがジグザグに進むのではなく、櫓を漕いで真っすぐ進むようだ。船の舳先の向きを変えるのに、この後ろの縦帆を少しだけ角度を変えるらしい。船尾の舵を切らずとも方向が微妙に変わるようで、これでだいたい真っすぐを維持している。
多分舵を切るのは、どうしても舵でないと曲がれないか向きを変えられない時だけなのだろう。
帆船における操舵というのは、結構難しいらしい。強風が吹く時は急に舵を切れば転覆もあり得る。帆の操作が間に合わないとバランスが一気に崩れたりするのだ。
……
このあたりに来ると、もう朝方は微妙に冷え込む。寒いという事はないが、亜熱帯なトドマの港町とは、完全に気候が異なる。温帯であっても朝方は気温が下がるか。
船の中で出される食事は、私の分だけ別にするという事は有り得ないらしい。
それで、アグ・シメノス人と同じ、薫り高い仄かに甘いシチューとか、香りしかしない固いパンだ。
極めて薄い塩味と時々僅かな甘みのある物が出るだけで、旨味がほぼ無いのが、地味にキツい。
彼女たちは、ごく普通に食べているし、飲んでいる水まで、何か香りと薄い甘みがつけてあるといった具合だ。
この日、軍団兵の女性が、やや白っぽい飲み物を飲んでいたので、見せてもらった。
「この、白い飲み物は、何でしょう?」
そう言うと、軍団兵の彼女は、微笑して私の分をコップにいれて持ってきた。
飲んでみろということだな。
恐る恐る飲んで見る。
……
まず、分ったのは、これは牛乳などではない。
味がついていて、まず甘み。何かで甘みが入れてある。
それから、はっきりと酸味。お酢ではなさそうで、何を使っているのかは不明だが、おそらくは果物のクエン酸だ。
この白っぽい物はたぶん、磨り潰した骨の粉を入れてあるのだろう。
そこに石灰などが少量混ぜてあり、それを思いっきり振って混ぜたものだ。
何だったか、元の世界でもこういうのがあった気がする。
眉間に右手の人差し指を当てる。
朧気に思い出した……。
こういう物を戦士たちに飲ませていたのだ。
たしか古代ローマの時代だ。闘技場の剣闘士の飲み物だ。
軍団兵に支給されていた、薄めたヒュドロガルムに上質な酢と骨粉や骨の灰などを混ぜた物だ。
ここでいう上質な酢とは、バルサミコ酢のことだ。当時の古代ローマにはワインの文化があったからだ。ワインの為の果汁をじっくり煮込んでから木の樽で熟成させるものだ。
簡単なお酢ならば、おそらくはワインが醗酵し過ぎた物が使われたであろう。
その当時、骨の灰は料理にいれる、ちょっとした風味付けにも盛んに用いられていたが、残念なことに有害なストロンチウムが多く含まれていた。しかし、これが戦士たちの骨格を強化したとかいう。
ストロンチウムはカルシウムと化学的性質が似ているため、体内に入ると骨に集積されるからだ。
それは骨を作る作用が強く、骨密度が通常の人の一・五倍以上、時には二倍にもなったと云われている。
剣闘士たちはほぼ奴隷だが、その奴隷には主がいて、剣闘士が勝てば、その名誉は主の名誉でも有るのだから、主は戦う彼らの体を強化する飲み物を与えたという。
激しい剣闘の後に彼らは大量にこれらを飲んでいたが、食事は殆どが豆類だったという。
しかし、ストロンチウムは骨に蓄積され過ぎると内部被ばくを起こす。
だが、その当時の剣闘士たちは、試合の都度に生きるか死ぬかなのだ……。
剣闘士は内部被ばくで症状が出る前に死んでしまうから、誰もその飲み物が危ないなどとは思わなかっただろう。
そしてローマ帝国滅亡後、こういう飲み物で戦士の躰を強化するという行為はどこも行っていない。
ストロンチウムさえ含まれていなかったなら、骨を作る上で十分に有効な飲料であるはずなので、これもまた古代ローマ帝国の失われた知識だったのだろう。
……
たぶん、骨の灰は入っていなさそうだが、骨粉はかなり入っている。
これを時々飲んで、軍団兵の彼女たちは骨格を強化していたのだ。
はっと思い出した。
そうだ……。街にいる遊び人のような彼女たち。
いつも何か飲んでいた……。
それはコレだったのだろう。常在戦場の彼女たちは、あんなだらしないように見えて、身体の骨を強化する飲み物を飲んでいるのだ。おそらくは見えない場所で、身体を鍛えたり、武器の訓練もしているだろう。
娼婦の様に見えている状態からは、とても想像もできない事だが。
それにしても。
何となく、引っ掛かるものはあるが、考えても思い浮かばない。
とりあえず、飲み干してコップを返した。
美味しいとはとても言えない代物だったが、お礼はいっておこう。
「美味しく、いただきました。ありがとうございます」
そう言うと、軍団兵の彼女は、すこし微笑してコップを持って奥の方に行ってしまった。
河の右側は西岸。そっちはなにかの畑が広がっている。
左側は比較的低木が生えていて、その奥は山。
七日目。
船は大きな橋を潜って、河の西岸脇に大きな港町。ここがルッソーム。
コルウェほどではないが、それでも大きな都市だ。
しかしここに寄ったのは、水の補給だったらしい。いくつかの水の樽を積み込んで、すぐにまた出発。
この先の河は、真っ直ぐではない。風が複雑に方向を変えていき、船の速度は、かなり落ちた。
更に三日掛けて河を下り、朝に着いたのがナンブラの港町。河の反対側はカンブラの港町である。
ここまで合計一〇日かかった。
監査官の使者たちは、ここから西にある第四王都アガディに向かう。
第四王都までは一日足らずの距離であるが、私たち一行は、ナンブラの港町で宿泊した。
この街もそれなりに大きい。が、ここには大きな橋が架られている。
この橋が南の隊商道の一部だ。
橋があることで、船ではなく直接荷馬車が行き交う為に、ここはコルウェの港町程の大きな倉庫がない。
そういう運送の人々向けの宿もコルウェの港町のような規模はなかった。
ここと橋を渡った先のカンブラの宿で足りるのだろう。
その先、西に一日走れば第四王都のアガディだからだ。
まる一日、この街で休みながら、特別監査官の部下が第四王都から戻るのを待つことになる。
私の泊まった宿は、ものすごく大きい商館だった。
食事は、やっと魚醤味の料理や亜人たちが食べる料理が出て来た。かなりの薄味だったが。
しかし、お風呂は部屋に湯船の小さい物が運び込まれて、温い湯が張られて、メイドのような女性が私を抱き上げて、体やら髪の毛を洗った。
自分で洗うことくらい出来るのだが、こういう時は下手に逆らわずに、任せるのが一番いいのだ。たぶん、そういう事だろう。
お風呂が終わって、私は自作のネグリジェに着替えると、またメイドのような女性がやって来て、私の足の爪や手の爪を、ヤスリのような物で丹念に削っていった。
結構伸びていたので、かなりの時間がかかったが。
それが終わって、彼女が出ていくと、私は窓から外を眺めた。
もうすっかり夜になっていて、街の明かりが彼方此方に見えた。
南の隊商道には、街灯があって石畳の道路を行きかう人々や荷馬車も見える。
こんな時間でも、移動する人々がいた。
翌日。
この港町からも第四王都は見える。白亜の城と灯台。そして城壁。ここも見える限りでは第三王都と作りは同じとまではいえないが似ていた。しかし、すこし規模が小さいようには見えた。
ナンブラの港町はそれ程大きくはなかったが、隊商道は太く行き交う人々は多かった。
沢山の商人たち。荷運び人。多数の荷馬車。
河の反対側にあるカンブラの街の先、東側は林が続き、その先の山を越える途中に国境。その先はクルルト王国だ。その山麓からずっと東にかけて、南の隊商道最大ともいわれている、クルルト王国屈指の歓楽街が有るという。周りの火山の恩恵で、温泉が多い一大歓楽街だというが、私がそこに行く機会は多分ないだろう。
クルルト王国は産業が少なく、国の収入の多くをその歓楽街で賄っているという。
それで、隊商道を通る商人や旅人相手に、多数の温泉が掘られ、いかがわしい宿が建てられたのだそうだ。特別監査官が少し笑いながら説明してくれた。
歓楽街はともかく、温泉には大変興味があるのだが。
元の世界の温泉を思い出して、軽く溜め息が出た。
……
これまで、一体どれくらいの距離を移動してきたのか、さっぱりわからないが、たぶん二五〇〇キロ? 或いはもう少しか、三二〇〇キロ位は、移動したんじゃないだろうか。
船で移動した距離を感覚的に掴むのは難しい。あの広大な湖は変化に乏しいし、私が買った地図では距離は当てにならないと千晶さんはいっていた。
だが、第三王都の大きな会議室で、特別監査官が指示を出した時の地図が正確な測量なら、ムウェルタナ湖は私が思う以上に南北にかなり長い。おそらく元の世界のカスピ海程には東西の幅は無いにしても、南北の長さはカスピ海よりも長そうだ。
私が持っている地図に載っている湖の距離より、たぶんずっと長いのだ。
そうか。
古代ローマの時代ですら、既に測量は正確に行われていた。その結果があの、ローマの水道と、絶妙な勾配を持つ精密に作られた水道橋なのだから。
三平方の定理は、古代ギリシャのピタゴラスの定理という事になっているが、実はそれよりずっと前に発見されて使われていた事が判っている。ピタゴラスの定理は歴史上何度か登場する、再発見なのだ。
つまりそれだけ古代の賢者が見つけるようなら、この異世界でもとっくの昔に見つけていて、正確に様々なものを測量しているだろう。最低限として直角が出せて二辺の長さが計れればいい。斜辺の長さも出るし、面積も求まる……。
……
第四王都アガディには既に通信文が灯台で届いていて、軍団の精鋭部隊はルッソームに出発していたという。
私は宿から出れないので、する事がない。宿の中で香りの高い僅かに甘みのあるお茶を出され、ひたすらそのお茶ばかり飲んでいた。
やっと伝令が戻ってきて、休憩はお終い。
私を含む一行はさらに船で河を下り、ティムガドへ。これに四日。
途中、川幅が妙に広くなったり狭くなったりした。
広くなった場所は、もう湖と呼んでいいだろうと思う状態だ。
そんな広くなった場所は二箇所あった。
あまりにもでかすぎるムウェルタナ湖で広さに対する感覚が麻痺しているが、この太くなった部分は、湖といって差し支えない広さがあった。
その湖の真ん中を突っ切る。空に上がっている二つの太陽がだいぶ傾いてきた。
夕方だったが、唐突に河の先が二つに別れ、そこに広大な砂州が見えた。
これが、真司さんのいっていた大デルタ地帯だろうか。その先に海があるのだ。
河の両岸は、断崖絶壁。
乗ってきた高速帆船の旅はここで、終了。
ティムガドの街と河を挟んでバラガドの街。この間にも橋が架けてある。
この橋の袂に、断崖の岸を大きく削って作ったらしい、船を停泊させる場所があった。
船を降りて階段を登り、橋の上に出る。
ここからも第四王都は見えた。北東をぐるっと見やると河の東側は山脈が見え、そこから二箇所ほど、噴煙が上がっている。いくつか火山が有るらしい。
山々は緑や紫色の木々で覆われていた。こういった景色は、トドマの方や更に北の密林地域と根本的に異なっていて、森の色彩が違う。
ここで、二日ほど待機のはずだった。特別監査官の一行に混ざっている私は大きなティムガドの街の中心部に有る、大きな宿に泊まる事になった。
宿で夕食が出ることになった。
特別監査官たちとは別の部屋で、ややこじんまりした部屋だった。
船の上で出された恐ろしく硬い乾パンや、塩気と香りしかしないスープとシチューではないものが出てくれるよう祈る。
手を合わせる。
「いただきます」
食事は相変わらず、アグ・シメノス人たちと同じ、香り高い、やや甘味のついたシチューとか香りと塩味のあるスープに香りのついた肉の薄切り。香りのついた硬いパンだった。
やはり、これか。
せめて肉に旨味がもう少しあればいいのだが、香りはあっても、旨味が極端に少ない。
いや、文句をいってはいけない。せっかく出して頂いたのだ。
黙々と食べた。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
とはいえ、溜め息が出てしまった。
私に充てがわれた部屋は、豪華な調度品の揃った部屋だった。
大きなベッド。高い椅子。
全てが彼女たちアグ・シメノス人に合わせたサイズだ。
そのベッドの中央に転がって薄い布を掛けて寝る。
そしてまた夢を見た。
……
……
それは、小さい村だ。
真っ暗で星空しか見えない。
村のすぐ横には湖が有る。そこに小舟がやってくる。
真っ黒な布を被せた平船が河口から湖に入る。辺りは鬱蒼とした森。
私は村を出て湖に向かう。
──お前は、また、運命の大きな分岐にいる。
唐突に声だけが聞こえてきた。
一体誰だ。一体、何の事だ。
私はその湖のそばの村から、まっすぐ西を見ていて、月明かりもない、星の瞬きだけの夜空の中にいた。
私の視界には、軽く霧に包まれた湖を渡ってくる船が見えていた。
船は、岸に付く前で停まり、男が一人、船から湖にすっと入り、泳いで岸に向かう。
──お前は、どうする。
誰だ。一体、私に何をさせたいんだ。
ここは何処だ。
──ワダイの村の外だ。
泳いでいた男は、ロープを脚につけていた。岸に着くと、それを解いて手に握った。それを岸の近くの大木に巻き付けて、平船は岸に横付け。
平船の黒い布が少し捲られて、数名の男が出てきたのだ。
男の一人は小さなランプに灯りを灯した。月明かりがなく星の光だけのなか、男の点けた小さなランプの灯りだけで、男たちは平船から荷物を運び出し始めた。
──赤くて黒い者よ。お前は選ばねばならん。お前はどうする。
それきり、声は聞こえなくなった。
本命は、……ここか……。
ムウェル河の方は、まさか、すべて囮なのか。ルクルの方は、どうだったのだろう。
私はもう左腰のダガーを投げていた。箱を持ち上げて肩に担いだ男の首に刺さって男が倒れる。男たちが動揺し、船に戻ろうとした。私は岸に走り、男を剣で斬る。
血が迸る。聞いた事もない言葉の男たちが刃物を構える。
衛兵がそこに混ざり、乱戦になった。
……
はっと起きた。汗が酷かった。
私は特別監査官に会う必要がある。
気が進まないが、もしこれが、あの鉱山の時と同じ正夢なら、今回の密輸捕縛作戦は、全て空振りに終わる可能性がある。
どう切り出していいのか。
特別監査官に、別の場所に行きたいことを告げた。
「スヴェリスコ特別監査官様、私は、どうしても、行きたい場所が、出来ました」
「いきなりどうしたのだ。ヴィンセント殿が、そんな事を言い出すとは」
「監査官様は、予定通り、クルーサの街に、行っていただきたく、思います」
「ふむ。そしてそなたは別の場所に行くのか」
「監査官様が、主力の場所を、離れては、相手に、怪しまれます。私は、もうこの日に、出ないと、間に合いません」
「ほう」
私は監査官に頼んで、しゃがんでもらった。
「監査官様、お耳を」
しゃがんだ特別監査官の耳の周りを手で覆った。
「ワダイ村に、行きます。どうしても、行く必要が、あるのです。戻った後で、説明します」
「そうか。……何かの意味があるのだな。そなたに何かあると私の責任だ。私の腹心の部下を一人付けよう。護衛兵も六人だす。そなたが、そこでやれる事をやってきなさい」
「ありがとうございます」
私は深いお辞儀をした。
暫くして特別監査官に呼び出され、一人の武官がやってきた。
「メーヴィス・リル・リーゼロンデ、ただいま参りました」
「態々、すまんな。そなた、リーゼロンデ主席には特別な任務がある。よく聞いて貰いたい」
スヴェリスコ特別監査官が部下に一言指示を与えた。
「このヴィンセント殿が行きたい場所に、そなたは大至急連れて行き、彼女を守れ。そして、彼女が何か指示を出したら私が出した指令だと思って従うんだ。よいな」
リーゼロンデ特務武官は、あの細い筈の目を見開いていた。
今までに聞いた事も無いような指令だったのだろう。しかし、特別監査官が態々指名してこの任務を与えたのだ。優秀な士官らしく、ただ一言、御意とだけ答えて、護衛兵の方に向かっていった。
この人が特別監査官の腹心か。
六人の護衛兵も選り抜きの兵士である。特務武官も帯剣していた。
やや細身の長い剣。
特別監査官たちは、ここからクルーサの小さな街へ行くのに一日。
タールナの街へはチプカという村で一泊、川を渡って更にキレオという大きな街で一泊して、そこを経由して途中ペルの村で一泊。さらにもう一日かけて西に行くと到着する。
タールナはムウェル河の河口にある大デルタのほぼ終わりの地点の崖の上にある。
海岸側は全て切り立った山と断崖。
ルクルの街へはキレオで一泊して、ゲヨという村で一泊、更に小さい村で一泊してそこから一日、更に西に行くと到着する。海岸線近くは全て山で、ルクルの街の横の川にも砂州があって、デルタ地帯となっている。
しかし、私はワダイの村に、行く必要があるのだ。
あの夢のせいだ。
ワダイの村は遠い。おそらく第一王都からのほうが近いくらいだ。
ここからチプカで一泊。そして川を渡って、川の脇のプクチカ村を抜けてキレオの街。そこで一泊。
そこからルクルには向かわず、南西の道で川を越えて一泊し、ガジの村で一泊。そしてウカリの村で一泊。そこから更に川を渡って、やっとワダイの村だ。つまり五泊六日。
私はワダイの村に向かった。責任者として武官が一名。警護兵六名、御者二名である。
一〇人は、二つのアルパカ馬車に乗りワダイの村に向かった。
果たして、あの夢は本当なのか。
……
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敵の本命はクルーサの河口のはずだった。
しかし、本命は直前になってルクルの河口に変更された。だが、マリーネのみた夢は、更にずっと北に有る小さな湖の畔にある村を示していた。
つづく
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大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ ピタゴラスの定理 ─
直角三角形の三辺の長さの関係を表す定理で、斜辺をc、他の長さをa、bとすると、
cの2乗=aの2乗+bの2乗
が成り立つという等式で述べられる。
これは通常、三平方の定理と呼ばれている。
この定理が一番最初に発見されたのは紀元前二〇〇〇年頃の古代バビロニア文明だという。
ピタゴラスの定理は歴史上何度か再発見されているからだ。
バビロニア数学のプリンプトン322ではピタゴラス数についての記述がある。
発見された一部の粘土板には土地の広さを計る図が刻まれ、そこには面積を求める計算式が刻まれていたという。そして、そこから税収を計算した文字が刻んである粘土板が発見されたとかで、ピタゴラスの時代、古代ギリシャの紀元前五七〇年よりずっと昔のことである。
実は古代エジプトでも、紀元前二〇〇〇年頃、似たようなものが発見されている。
だが定理にまでなったかどうかは定かではない。定理の部分が抜け落ちており、失われていたからである。
しかしその当時、既に正確に測量されていたのは確かである。
そして驚くべき事は古代バビロニア、つまりシュメール文明には三角関数表が存在していた事も判明した。
紀元前二〇〇〇年も前に、円を正確に分割して、角度を求める事が出来ていた事も分かった。つまり〇の発見も、相当昔という事になる。
今でも時間で使われる六十進法も一週間を七日にしたのも実はシュメール文明である。
ピタゴラスの定理は、ピタゴラス本人が直角二等辺三角形のタイルが敷き詰められた床を見ていて、この定理を思いついた。等という、まことしやかな話が伝わっているが、これは後世の人の完全な創作である。
この数式はピタゴラス本人が見つけたものだという確たる証拠は何一つとして残っていない。
実は、ピタゴラス本人の著作物は後世に一点も伝わっていないのだ。
これはピタゴラスが作った秘密教団の中で弟子の集団の中の一人が、研究の結果として見つけたものだといわれている。それを教祖のピタゴラスが自分の名前を付けた定理としたに過ぎない。
ピタゴラス自身が作った秘密教団はとても厳しく、内部の情報を外部に漏らすと両手両足を縛られて、船から突き落とされて殺される、死刑が待っていた。
それで教団内部にあった様々な智慧や情報、研究記録は門外不出とされた。
ピタゴラスはかなりの賢人だったのだろうが、完璧主義者でもあり、相当に頑固で偏狭な部分もあったようだ。
その為もあってか、ピタゴラスは敵が多く、彼は政敵によって殺害され、彼の教団が壊滅、書物は焼失した後、各地に離散した弟子の著作や弟子だった彼らが伝えた話が、後世に集められて伝記として作られた。
つまり、全て後世の人々が作ったイメージで、『偉大な数学者にして哲学者ピタゴラス』が色々『発見したことにした』のであった。
湯沢の友人の雑学より
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またしても、大谷は夢を見る。
それは、トドマの鉱山の仕事を始める前に見た夢と同じ、謎の声がしていた。
この夢に従って、マリーネこと大谷は別行動を取ることを選択した。
次回 深夜の捕物
辺鄙な村へと向かう、マリーネこと大谷と一行。
村の近くの湖にて起こる捕物事件にマリーネこと大谷が立ち向かう。




