014 第3章 初めての制作 3ー5 鉄塊と新しい鞴
鉄塊はできましたが、まだここから。
マリーネこと大谷の苦闘は続き、鉄を何とか武器に変えていくのです。
そのためにはさらに鞴を改良します。
14話 第3章 初めての制作
3ー5 鉄塊と新しい鞴
取り敢えず。ここで一回休憩というか、食事だ。
もうお腹が空きすぎている。
途中で肉を齧ってはいたが、もの凄い消耗しているので、お腹はぺこぺこだ。
工房の外は真っ暗だった。一体何時なのか、叩き始めて何日経っているかすら判らない。
相変わらず夜の鳥の声もしないので、遠くからほんの時折何かの獣の遠吠えが聞こえるだけだ。
三つの月はかなり位置が離れていて、形と色が違っていた。軌道が違うので欠け方も違うんだな……。
いや、そもそも二つの太陽があるから欠け方が元の世界とは違うが、まあ満ち欠けはあるんだろう……。
頭と顔を覆っていた布を取り、夜風に暫く当たる。
それから鍛冶屋の台所に戻り、竈の火を熾す。
燻製肉を大量に切り、塩をまぶして串に挿し炙り焼き。
塩の干し肉を薄切りにして鍋に入れ、塩も大量に入れて塩肉スープ。
スープはしばらく煮込んで出来上がる。
手を合わせる。
「いただきます」
とにかく、鉄塊らしい物は出来た。
串焼き肉を頬張りながら考える。
想像以上に大変だった……。
しかも後二個も同じ物を作るのだ……。
……
……
流石に少し気が遠くなった……。
塩味が薄い炙り肉とスープを飲み干して、食事は終わり。
まだ作業途中の塩分補給が足りていないな。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
竈の火は落としたが、炉はそのまま
その日は、そのまま鍛冶屋の藁束の寝床で寝た。
お風呂に入りたいと切実に思った……。
翌日。
起きて同じ作業の繰り返し。
計六日か七日、これはたぶんだ。時間が掛かった……。
あの真っ暗にして行っていた作業が二昼夜連続で次の次の日の夜中だったとか、そういう可能性も否定はしない。
もしそうなら、一〇日は作業していたかもしれない。
……
流石に石から鉄塊を作り出す所からの作業は暫くやりたくない。
……
しかし、ここからだな。
青銅で鋳造する方もやりたい。
しかし温度は八七五度C。鞴がそこまでは温度があげられる。
一〇〇〇度Cまで行けば、さっきの鉄塊が半溶鉄に出来るのだが。
翌日。
朝、起きる事が出来なかった。
疲れがピークに達していたらしい。
起きたのは昼過ぎだったらしいが、暫く休養する。
いくら丈夫な体とはいえ無茶苦茶し過ぎた。ぼーっとして過ごす。
外に出て広場の脇にある一本の樹に凭れ掛かって座る。
空の二つの太陽は眩しい。
これから先の展望が思い浮かばず、少し気分が塞ぐ。
いかんいかん。準備を整えたら、この村を出て冒険だ。
そこまではじっと我慢。
暫く日向ぼっこである。
やや早かったが、日が暮れるだいぶ前に村長宅に行き、竈に火を熾す。
ここの味が少し違う燻製肉でも食べて気分を変えよう。
食生活が平たん過ぎて辛い。
手っ取り早く燻製肉をぶつ切りにして、塩胡椒を振りかける。
ここの台所だけは塩に胡椒を混ぜた物があるんだよな……。
塩干し肉を薄切りにして鍋に入れ、塩を大量にそして胡椒を少し入れる。
たぶんまだ塩分が足りていない気がする。
煮えてくる頃合いを計って、ぶつ切り肉をスキレットのような鍋で焼く。
油が無いので焦がさないように注意だな。
出来上がった。ランプに火を灯す。
手を合わせる。
「いただきます」
今後の事を考えるにも、まずは鉄を武器に変えないとな……。
しかし考えは纏まらない。
塩味と胡椒の効いた肉スープを飲み干す。味の変化が嬉しい……。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
手っ取り早く片付けて、まだ火があるうちに頭や顔に巻いた布を持ってきて煮沸消毒した。
汗も大分かいた。ここできちんと洗い消毒しておこう。
竈の火は落とした。
桶に張った水に布を入れて絞る。少し顔を拭いた。
ランプと煮沸消毒した布を持って鍛冶屋に行き、玄関脇で干す。
鍛冶屋の寝床に転がり込んで寝た。
翌日。
またしても寝坊。多分昼頃。
しかし起きてまずやるのはストレッチ。
藁束の寝床で寝ていると、どうにも体が強張る。
次に水甕の水を取り替える。井戸との往復。
そして工房の炉をみると炭はもう消えていた。
鉄塊を溶かすには、改良版鞴が必要だ。目標は大きく一二〇〇度C。
井戸から汲んだ水で顔を洗って拭きながら考える。
ここの村人たちの調理器具を見れば分かるように、あれは鋳物だ。
鋳物を作っていたなら、鉄は完全に溶けて型に流し込んでいた事を意味する。
ならば彼らは温度を上げていたのだ。
どうやって……。
たぶん……、考えたくはないのだが、魔法だ。鞴がないからには、そうなんだろう。
彼らの中に風の魔法が長時間使えた人がいたのだろう。
あるいは一回風を起こすと命じるがままの風量を長時間に渡って確保出来たのだろうか。
明らかに魔法によるインチキだ。そんなのは。
そして魔法の優遇は、どうやら私にはなさそうだ。
もしあっても、どうやればいいのやら。
風よ、私の思うだけ吹け、とか言えばいいか?
……
……
さっぱり何も起きない。そうだよな。そうだよな。
……
馬鹿な事を考える前に強力な鞴を作って、温度を上げる方を考えよう。
となると、やはり今ある鞴を改良するか、新しく作るしかない。
しばらく考えたが、新しく風量のある鞴を作成する事に決めた。
押し込む形なのは同じ。風量を稼ぐにはストロークを大きくするのが一番なのだが、私の身長でそれは厳しい。
とはいえ、何か方法を考える。
九十九折の構造を頭の中に思い浮かべた。
ピストンを押し込み切って出る空気は、一度、下で折り返して上のほうに向かって吹き上げ、そこで折り返して今度は下に向かって流れていき、最後に勢いよく出る形を考えた。
途中で最後の吹き出し口に向けて空気の通り口が細くなるようにして流速を稼ぐのはどうだろうか。
やってみるしかない。
ピストンを引くと空気を吸い込むので、本当なら弁を設けたいのだが、今の私では弁は作れない。
そこは後々の改良点かもしれない。
制作に取り掛かる。
工房に行き、板を切り出していく。工房の棚の奥を探ると青銅らしい釘がだいぶ出てきた。
やはり青銅による鋳造はやっていたか。
まず、板は幅広くないといけないが、幅継ぎが出来るんだろうか。
幅の狭い板を繋げる事で、幅を広くする。
とりあえず四枚の幅継ぎをする。ダボ穴を錐で開けて行く必要がある。
継ぐ方、継がれる方、両方の板に正確に同じ位置に穴を彫る。
電動工具もなければ、正確なメジャーも無い。しかし精密な作業が要求される。
この作業を繰り返すのだ。とにかく集中力が要求される。
彫った穴に最後はダボを打ち込んで板同士繋いで行く。
これで、四方全ての板を作る。
面倒なのはここから。
九十九折構造にすると決めたので中に仕切りが必要になる。
仕切りを三段分作った。
一番上が押し込むところ。そしてそこで押し込んだ空気が返ってくる面。
返ってくる部分の厚さは最初のより薄くして、空気の流速を稼ぐ。
そこから更に折り返して、徐々に細くなるように細い板を脇に配置。これも面倒臭い。かなり面倒臭い。
一番下に穴をあけて、そこから空気が噴き出す。
空気の噴出口に四角の板で作った細い口を付け、すこし延長。
そこからほぼ直角位置に穴をあけて、さらに噴出孔にした。
これで持ち上げて上から押し込む形ながら横に流速のある空気が出せる。
最初のよりは横幅も大きくとった。流量も稼げるはずだ。たぶん。
ピストンにする部分につける革を猟師小屋からまた切り取ってきた。
板の継ぎ目は全て、松脂のよう見える『何か』を塗り付けた。
脚も取り付けた。高さが調整できるように拘った為、一気に面倒臭さが上昇した。
結局、ここまで来るのに六日の時間を要した。早いのか、時間掛かり過ぎなのかは判らない。
完成した。
踏み台に乗り、上からピストンを押し込めるように取っ手にはシャベルの柄のように、握れる構造にしてある。
面倒臭かったが、力を込めて押せないと意味がないのだ。
こんな所で手は抜けない。使うのは自分だ。自分が困るだけ……。
テストする。
空気漏れはないようだ。少し力を込めて素早く上下に動かす。問題ない。
革が破れた時の為に、ピストンの支えは、取り外せるよう工夫した。
メンテナンスを考えないと壊してから直す羽目になる。それは避けたい。
木にほぞになる溝を掘ってそこに添え木を打ち込んだだけなので、外せる。という風にした。
外してピストンを取り出して革を取り換え、また元に戻せばいい。
よし。やってみるしかない。
……
つづく
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大谷の雑学ノート 豆知識 ─ 半溶鉄 ─
完全には溶けていない鉄。
八〇〇度Cが飴なら、これは溶けかけたヌガー状態。
主として不純物、スラグを抜くのに行われていた。
必要な温度は一〇〇〇度C。
これを作るには、長時間鞴を動かす必要があった。
そのために、これが出来るようになったのは水車を動力とした機械式の鞴が出来てからである。
これを空冷で十分に冷やしてからハンマーで叩き割って、再度加熱。
八〇〇度Cくらいまで加熱して叩くと鍛造成型できる。
この時スラグは半溶鉄にする段階でかなり出ているので、やるのは残ったスラグを抜きつつ炭素を燃やしながらの鍛造になる。
鉄鉱石を直接叩いていくのに比べればスラグがかなり抜けていて、比較的短時間で鉄の品質が上がる。
それでも完全に溶解した鉄に比べれば、質は落ちる。
湯沢の友人の雑学より
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新型の鞴で鋳鉄温度に挑戦することになります。