139 第17章 トドマの鉱山事件 17ー8 捕り物準備
マリーネこと大谷は、特別監査官と二人きりなので、自分の思っている事を全てぶつけてみることにした。
139話 第17章トドマの鉱山事件
17ー8 捕り物準備
あとに残されたのは、特別監査官と私だった。
「さてと、ヴィンセント殿のいう依存薬物だが。現在クルルト王国に蔓延っているソレは我々には准国民たちと同じ作用はない。更に言えば、准国民の中でもいくつかの種族には、作用しない、限定的な物だ」
「つまり、誰に売っても効果が出る訳では無いのだ。このままでは売るべき場所が限られる」
「という事は、特別監査官様。薬物が、多くの、種族に、効用が、あるように、変えられていたら、この王都で、売っても、相当な、被害が、出ますね」
「往来の多い、南の隊商道の、沿道にある、都市や、東の隊商道、沿道で、売られる、だけでも、相当な、流通量に、なりましょう」
「確かにな」
スヴェリスコ特別監査官は同意した。
何となく、私の中にそれでは駄目だという考えが渦巻いている。
それでは足りない。答えにたどり着いていない。
これほどの大規模な作戦の真意は、多分それではない。相手の狙いは何だ。
……もしかしたら。
「もし、仮に、持ち込まれる、薬物が、この、アナランドス王国の、国民にだけ、作用する、香りのような、薬物だったら、どうなるか」
まだ自分の中では完全には確信出来ていない考えが、つい口に出てしまった。
さっと、スヴェリスコ特別監査官の目が細くなり、厳しい顔になった。
「それが狙いか」
両手でテーブルを叩き、特別監査官は立ち上がった。
「もし、どの王都でもそんな物が流布されたら、この王国は壊滅的な打撃を受けるだろう。物が流通する前に止められないと、大変な事になる」
「もし、私の、考えが、正しいのなら、相手は、その薬物を、今回の、捕り物でも、使って、来るかも、しれません。それが、匂いなら、匂いを、防がないと、軍団兵が、やられる、可能性が、あります。お香の、様に、焚かれたら、軍団兵だけ、骨抜きに、されかねません」
「それはまずいな。しかし、軍団は匂いには敏感なのだ。そういう時に、顔に面頬を付ける。面頬の中に湿らせた布が仕込んであって、匂いに対抗する」
「相手は、この、お香で、軍団兵が、戦えなくなる、事に、賭けてる、のなら、大量に、焚いてくる、かもしれません。こちらは、それを、承知の上で、最初から対策した、兵士を、向かわせる、事で、相手を、崩せる、はずです」
特別監査官が頷いた。
「ヴィンセント殿。もし本当に、そなたのいう通りなら、出動時に対応させねばならんな」
私は特別監査官を見上げる。
「部隊長に、直接、書状を、出しては、どうでしょう。現場、対応を、直前まで、周りに、伏せて、作戦開始の、その時に、部下に、対策、させるのです」
「どういうことだ。ヴィンセント殿」
「先ほどの、士官の、方々を、信用していない、と言えば、いいですか」
すっと、スヴェリスコ特別監査官の目が細くなる。
「あの時、特別監査官様が、話を進めて、いく時、他の人たちの、顔には、納得している、ものが、ありません。しいていえば、シャティアという人は、一般論を、そして、モルカという人は、あの時に、この国の、状況下で、この国に、起こり得る、考えを、述べた、だけです」
「それで? 続けなさい」
「もし、強い、疑いを、持ったまま、作戦を、続けるなら、特別監査官様の、指示が、末端まで、届く事を、期待出来ない、と言ったら、言いすぎ、でしょうか?」
私はまだ何かが引っ掛かっている。
「なるほどな」
「私から、言えるのは、特別監査官様が、本当に、命を、預けて、良いほど、信頼できる、部下を、直ぐに、四人。密命を、与えて、先ほどの、場所に、派遣、するべきです」
スヴェリスコ特別監査官の目が大きく開かれ、穴が開くほど私を見つめていた。
「それ程、先ほどの四人は信用に値しないと?」
「上手くは、言えません」
「特別監査官様。これからの、戦いにおいて、自分が、本当に、信用、いえ、信頼、している、部下、以外は、信じては、いけません」
「ヴィンセント殿。そなたは、なぜ、あの四人を疑っているのだ」
まだ、全部の考えがまとまっている訳ではなかったので、その言葉には答えようが無かった。
「今回の、相手の、思惑が、もし軍団兵が、出ても、そこは捨て駒で、別の場所で、この国に、入れようという、禁止薬物が、何かを狙って、いるなら、これは、そんな、単純な事件では、無い筈」
「上手く、説明、出来無い、です。ですが、はっきりいいます。士官のかたが、もし、今回の、企みを、している、商会に、接触でも、していたら、信用、出来無い。既に、薬物が、あの人たちに、入り込んで、いるかも知れない。と、いう用心を、するしか、ありません」
私は少し考えた。
「私は、ここまで、ずっと、考えて、いました。アグ・シメノス人、専用の、薬物が、造られた、のでは、ないかと。アグ・シメノス人には、亜人たちの、依存薬物が、効かない、のなら、猶更のことです」
「その為には、効くか、どうかを、確かめる、被検体、いえ、恐らくは、廃人になる、生贄が、必要です。そして、膨大な、実験が、繰り返された、はずです」
「遊んでいるかの様な、女性たちが、時々攫われる、という話が、本にありました。変だと、思いました」
「顔が、似ている以上に、そっくりの、アグ・シメノス人を、攫えば、何処に、いても、分かってしまう、はずです」
「でも、時々、何者かが、攫うのです。この王国に、何者か、手引きする者が、いないと、運び出す、ことも含めて、容易では、ないはずです」
「ふむ。それの情報の出所は、東方の学者が書いた本かね」
特別監査官の目が閉じられた。何かを考えている。
「はい。そこまでして、何者かが、依存薬物を、作った。たぶん……。です」
「生贄の、実験が、成功し、機が熟した。そう、考えると、私の、中では、辻褄が、あうのです。莫大な資金を、持つ商会。それも、一つ二つでは、ないかも、しれません」
「王国の、管理者が、香る、依存薬物で、中毒に、やられたならば、王国の、利権を、丸ごと手に、入れられるかも、しれない。それなら、相当な、資金を、投入した、実験でも、見合うかも、しれません」
「ばかな……。それはもう……王国乗っ取りではないか」
私は小さく頷いた。
「ですが、その依存薬物は、もしかしたら、二種類。国民向けと、准国民向け、両方、あるかも、しれません」
「片方は、獣のような、人を除き、殆どの、准国民に、効果のある、依存薬物の、可能性が、あります」
「ですが、それでも、そんな物が、この王国に、入れば、商会と、商業ギルドが、根こそぎ、やられる、可能性が、あります」
「この王国に、来ている、人たちが、ごっそり、依存症に、なれば、王国の、基盤が、揺らぎます」
「そして、そこに、外から、その商会の、替わりに、入ってくる、商会が、あるかもしれない。それを、手引き、する者が、いるはず」
「入ってくる、商会は、労せずして、自分たちの、商売を、手広く行い、利益を、独占できる」
「そう、考えると、全て、辻褄が、合います。これは、相当な、時間を掛けて、用意周到に、計画された、薬物、密輸入の、極秘計画」
「これが、私の、出した、結論です」
暫く、スヴェリスコ特別監査官の目が細くなったまま、無言の時間が続いていた。
不意に特別監査官が口を開いた。
「本当に、ヴィンセント殿の推測が正しいなら、これはもう、この第三王都と第四王都の問題だけではない。この北東部と東部、東南部だけの話ではなくなっている」
「一つ、聞いておきたい事が有る。ヴィンセント殿が、そこまで考える発端は何だったのだ。あの鉱石持ち出しくらいでは、合わないと考えた理由がまだ、決定的ではない気がするのだ」
「私の、強い、違和感は、あの魔獣使いと、出てきた、魔獣たちの、数です。まだ、トドマの事件は、未解決。それこそ、これからですが、私は、ここ、暫くの間、鉱山の、周りの作業場を、警邏、護衛して、いました。三つの現場を、日替わりで、見ていて、気がついた、ことが、有りました」
「ほう」
「魔獣たちは、それほど、群れを、作っていない。五頭以上の、群れを、作って居た、魔獣は、わずかです」
「それで、判ったのは、あの山にいる、魔獣たちは、それぞれが、適当な距離を、おいて、暮らしている。人の前に、姿を表すのは、そう、毎日でもなく、多数が、現れるでもない」
「どちらかといえば、偶発的な、遭遇、です」
「それなのに、今回、私が、坑道の入り口で、斬り斃した、魔獣たちの数は、四〇を、越えています。様々な、種類が、集結して、そこにきました」
「魔獣使いという、能力が、彼らに、あるとして、ここの王国では、そんな物は、知られてすら、居ない。という事は、彼らは、王国の、すぐ近くの国の、人では、ないと、いう事です」
「なるほどな。しかし、どうしてあの男たちが、魔獣使いと確信しているのだ」
「私は、魔獣の、気配が、わかります。これは、トドマの山で、警邏でも、散々、経験しました。魔獣が、向かって、来る時は、独特の、感じが、私には、判ります。ですが、あの日の、魔獣たちは、その感じが、皆無。おかしいと、思いました。魔獣は、立ちふさがる、私を、無視、しようと、すらして、坑道に、入ろうと、しました。操られていると、思うしか、ありません」
「おそらく、一人が一〇頭以上の、いえ、一五頭以上を、操って、あの日、騒動を、起こしました」
「一頭二頭を、操るならともかく、いきなり、一〇頭以上です。相当困難な、気が、します。つまり、あの男たちは、優秀だった、可能性が、高いです」
「いくら王国の、護衛兵の方々でも、一気に二〇頭が、来たら、防ぎきれず、坑道内部に、侵入を許した、のでは、ないでしょうか」
「だから、彼ら魔獣使いは、王国の護衛兵の、方々に、向けて、一五頭以上を、差し向けています」
「そして、坑道入口に、次々と魔獣が、送りこまれました。私は、魔獣が前から、くると判っているから、ただそれを、斬り飛ばす事に、集中して、あの暴走を、食い止めましたが、入り口の、近くに居なかったら、どうなったかは、分かりません。きっと、坑道の、中は、魔獣で、埋めつくされた、事でしょう」
「それに、トドマの鉱山は、銀山や、金山では、有りません。鉄鉱石や石炭、銅鉱石や、錫、亜鉛、鉛、その他の鉱石が、出る鉱山です。それにしては、やっている事は、ただのこそ泥なのに、投入した戦力たるや、とてもこそ泥の、やる水準では、ありません」
私は一度、言葉を切った。
「だとしたら、これは、やっている人たちは、必死だろうけれど、これを、画策した者たちから、したら、ただの捨て駒。おそらくは、鉱石の、見返りが、期待できない、のですから、これは、魔獣を使った、実験です」
「あれ程の数の、魔獣を、どこからか、調達したのです。相当な、労力だった、はずです。それだけ、集めた魔獣を、全て動員して、それが、ただの実験。西の鉱山に、同じ事をもう少し、規模を、大きくやるかも、知れませんが、それをやれば、軍団兵が、出るでしょう。ただでは、済まないはずです」
そこまで言うと、特別監査官は小さく頷いた。
「そうだろうな」
「そして、それすら捨て駒。これは、実験ではなく、大規模な、陽動作戦」
「トドマと同じ、目眩ましです。西の鉱山で、大騒ぎすれば、王国は、反応せざるを、得ません。そうなれば、王国の注意の、大部分が、西に、集中します」
「そこに、さらに、東南の山の方で、騒ぎを、大規模に、起こす。王国の軍団は、たとえ、陽動であっても、そこに、戦力を、向けざるを、得ません。他に回す、余裕が、なくなって、しまいます。そう考えると、王国の、監視の目が、もっとも、届きにくい、場所で、何かが有る、と、思うのが自然です」
「……」
「そうなると、たぶん南部で、何かを、起こすんです。相手側が」
「ふーむ」
「私は、こんな大掛かりな、仕掛けを、画策する、者たちが、いるのなら、とても、普通には、持ち込めない物を、持ち込む為の、作戦。そう、考えました」
そこで監査官を見た。彼女の目が普段より細い。
「大規模に、持ち込めなくても、いいのです。一度、管理している、者たちに、そうした、薬物を、使うことが、出来れば、監視の目に、穴が開きます。徐々に、薬が使われ、その監視の穴が、大きくなれば、次に、持ち込まれる、薬物の量が、増えていく」
「そうなってから、気がついても、もう、手遅れでしょう。多分、そこまで、考えた上での、密輸入、作戦なのです」
「こんな事を、言ったら、特別監査官様は、怒るかもしれませんが、あの四人のうち、一人か、二人が、既に、薬物の影響を、受けていたら、この捕縛作戦自体が、失敗します」
「私が、思っていることは、これで全てです」
……
特別監査官にしても、衝撃的な内容だったに違いない。
彼女は腕と足を組んだまま、目を閉じて暫く何か、考え込んでいるようだった。
……
彼女は目を開けるや、無言で立ち上がり、この会議室を出て別の部屋で何かを指示して戻って来た。
特別監査官は、自分の特別な部下を呼び出したようだ。
呼び出された四人は、この会議室にやって来た。呼び出された部下は商業ギルドの特務武官の、あの軍服のような制服を着ていた。
スヴェリスコ特別監査官の口が僅かに開かれて、四人の表情が一変した。
ああ、これも彼女たちのフェロモンの会話だ。
暫くそれが続いた。
そして四人はほぼ同時に頷き、何も言わず、出ていく。
……
特別監査官の指示で、私は箱馬車に載せられた。
しかし、もう夕方だった。馬車は東門の近くにある大きな建物に寄った。
この日はここで宿泊だった。
翌日。
夜が明けると直ぐに箱馬車で移動開始である。
これから作戦開始、という事だな。
ここからは強行軍では無かった。
第三王都から移動して、マカサ、タボラ、フリアと立ち寄ってコルウェ。
既にこの時点で四泊。
五日目。
朝になってから港から船に乗り、ナンブラの港へ向かう予定である。
四本マストの細い船体。真っ黒に塗られた高速帆船だ。櫓を漕ぐ人々が多数乗り込んでいた。
海からの風があれば逆風である。中央のマストの四角の帆は畳まれていた。舳先の小さく斜めに張られた三角の帆と前と後ろのマストに張られた大きな三角の帆と更にその後ろの縦帆が、畳まれていない状態だ。マストに張られている帆は全て真っ黒だった。
そこで船員らしい女性が、中央のマストに登って、三角の帆を張った。
三角の帆が三つ。一番後ろにある縦帆は四角だが、それも三角の帆と同じように側面に向いている訳だ。何か、妙に迫力ある姿の帆船だった。
この形は、たぶんスクーナー型とかいう帆船の形だ。中央のマストに畳んだ四角の帆がなければ、そのままだと思うのだが。こういう縦帆と横帆を持つハイブリッドのようなスタイルもたしか専門用語があった気がするが、思い出せない。
三角形の帆を降ろして、四角の帆を張るほうが速い時があるのだな。そうでなければ、あの四角い帆はとっくに無くなっているだろう。
元の世界ならヨットの場合は追い風専用の三角帆があって、なんだったか専門用語があった筈。しかし、これも思い出せなかった。
四角い帆が沢山の大きい帆船、確かバーク型とかいう物だったか、あれがどういう操船で逆風の中を進むのか、私は知らないのだった。
南からの風が強い。黒い三角帆を一杯に張って角度を付け、ややジグザグに進みながらも女性兵士たちが櫓を漕いで船は進んでいく。
今の船速は、帆が風を受けただけよりは速いのは間違いない。
船は少し水平方向が傾いているが、櫓を出して漕ぐ女性達はそれも考慮して櫓を水面につける位置が違っている。
これは基本的に物凄い腕力がないと、あの長い竿を動かす事が出来ない。
帆を動かすほうも、ゴリラ並みの腕力と素早い冷静な判断力、そして知性が必要というのがヨット競技で聞く話だ。
彼女たちの腕力は、相当なものがある。その腕力で槍や剣を振るったら、それは凄まじい威力だろう……。しかし、この人たちはたぶんこの船の操船に特化しているのだろうという気がした。
前方にはテパ島が見えている。地図で見た感じではもっと大きそうだったが、それ程大きくもなく、島の中央にある山の上から噴煙が少し上がっている。
噴火しないのだろうか。たぶん、小さい噴火はあるはずだが、島民は逃げ出しもせずに、暮らしているということか。
島の北側に小さな港とたくさんの船、そして村が見える。
テパ島を左に見て、船はどんどん南に向かう。
右手側、湖畔は山が連なっている。木々が生い茂っていて、西は見えない。
所々、紫色の木が密集して生えている。
紫色の葉野菜とか玉葱なら、元の世界で見た事も食べた事も有るのだが、紫色の木の葉っぱというのは見たことがない。
葉緑素は無いわけだから、葉紫素とでもいうのだろうか?
さらに、黄色にしか見えない木々や、紅色の葉をつけた木々も生えている。
カラフルといっても、こういうのは、何か違う気がする。
さすが、異世界だ……。
私の常識には、こんな景色はない。あれはどんな樹木なのだろうな。
コルウェからルッソームまでも湖畔に沿って街道が有るのだが、船のほうが早いということだろうか。いや、箱馬車を多数走らせれば、相当に目立つ。
船のほうが目立たたない。こっちが正解かもしれないな。
夕暮れになっても、船は速度を緩めない。
南風は時々、弱くなるが手に負えないほど強く吹くことはないらしい。
私は、甲板で夕日を眺めた。
つづく
マリーネこと大谷のぶつけた内容は、既にただの密輸事件の範疇を超えている。
特別監査官は、自分の特別な配下の者に指図を与え、第四王都に向かうこととなったのであった。
次回 移動と予定変更
船に乗って、第四王都へと向かう一行。