138 第17章 トドマの鉱山事件 17ー7 作戦会議
マリーネこと大谷は特別監査官に連れられて、会議室に入りそこで自分の考えを述べるが、同席した士官たちは、同意してくれていない。
138話 第17章 トドマの鉱山事件
17ー7 作戦会議
巨大な石の壁の前に、大きなお堀があった。そこにこれまたかなりの幅がある橋がかかっている。
石の壁は、花崗岩でできた巨大な城壁と城門だ。そして、どこもかしこも大きな石造りの建物ばかりだ。
捕まった時に連れてこられたが、その時は見えず帰り道で、やっと外が見えたのだった。
今回の箱馬車の中からは外がほとんど見えなかった。
特別監査官が教えてくれたが、現在の人口は三五万人を擁する、紛れもない巨大都市だそうである。この王国で最大の都市は第一王都なのかと思ったら、違っていて、この第三王都が最大級なのだそうだ。
まあ、この異世界なら文明の度合いからいって、三〇万を超えたら巨大都市である。
元の世界では古代ローマ帝国の時代にはローマが一〇〇万から一五〇万人都市というのだが、それは都市を中心とした周辺地域一帯の人口を含めての話である。
ローマが周辺国を征服して周辺国は属国となり、その属国からは人と大量の物資が集まった。そうした彼らもローマ市民となって、人口は強烈に膨れ上がった。そうした市民の多くは勿論生粋のローマ人では無かった。軍団兵が蹂躙した街にいた女性との間に生まれた混血児も多かったのだ。
一つの都市国家として最大だった物に七〇万人都市というのがある。
ローマと対立し、滅ぼされたカルタゴだ。
そこから先、暗黒期を迎えて世界の人口は急激に減るために、そんな大型の都市はそうそう現れない。
そうした大型の都市が再び出現したのは食糧事情が急激によくなった中世末期から近世以降である。
その代表がオスマン帝国の侵攻によって滅んだ、有名なコンスタンティノープルだ。五〇万人都市といわれている。それは後のイスタンブールである。それは一四世紀から一五世紀の頃の話。一四五三年にオスマン帝国の総攻撃で陥落した。
ちなみに、食糧事情が良くなったというのは、風車の発明である。最初に誰が発明し作ったのか、謎のままだが。
風車によって小麦を粉にするのが簡単になり、それでパンが多数焼かれるようになった。
パンの普及によって人は十分食べられるようになって、労働力が安定し、更に人口が増えて行ったのだ。
この王国では風車は見ない。だから同じようにやるとすれば、それは水車だろう。
……
この都市の三五万人というのは、王国国民の数だけだそうだから、准国民を入れたら四五万は軽く超える。五〇万人位住んでいる都市かもしれない。
こうした大掛かりな都市の維持が大変なのは、まず水と食料だ。
この国家では、農業が完全に管理されていて食料が配給されているからこそ、王都に集まった国民を食べさせていけるという事だろう。
王都はかなり大きくて、私にはまったく方向感覚すらついてこない有様だが、道路が王宮から放射状に伸びている。その中で東の隊商道だけは、王宮横から城門まで、真っすぐ伸びていて迷う事は無い。これらの途中で大きな門がいくつもあるので、有事の際にはこの途中の門が閉じられて、区画毎に閉鎖されるのかもしれない。
東門から真っすぐ行けば、中央に聳えるのが巨大な王宮だ。
スヴェリスコ特別監査官は、王宮の近くにある、これまた大きな建物の前に馬車を着けさせた。
以前、私が捕まってた場所の近くだ。この建物に見覚えがあった。
監査官の事務所で、彼女は自分の部下を集めた。
早馬ならぬ、あの大きなダチョウのような鳥、ブルクで先に着いた使者が、ある程度の事情を知らせていたようだ。
彼女はまず、緊急事態であることを知らせ、緊急大規模監査の実施を宣言した。
西の大都市シェンディに監査官を送り込む指示が飛ぶ。
第二王都に連絡をとって、軍隊を出すように指示が出ている。
この様子を見る限り、彼女の権限は相当上にあるようだ。
それらが終わると、彼女の部下四名だけ残った。
巨大なテーブルの端に、六人が座っていた。
「さて、ここにいるマリーネ殿に、今回の事件の裏予想を聞こうではないか」
座ったまま、スヴェリスコ特別監査官が私を見た。
「裏予想、ですか。これは、私の、直感です」
私は考えていた事を説明しはじめる。
「あの、トドマの鉱山で、起きた事は、重大な、犯罪に、違いは、ありませんが、こう言っては、何ですが、犯罪としては、小さい、のです」
「しかし、仕掛けが、手が込んで、いました。男は、同時に、何頭も、魔獣を、操れるような、技を持ちながら、これを隠して、冒険者ギルドに、登録し、暫くの間、鉱山護衛に、ついていたのです」
「ですが、実際の、犯罪は、銀の、入った、鉱石の、持ち出し。白金が、出たのなら、ともかく。これは、おかしいと、思いました。たぶん、彼らを、手引した者が、いると思います」
「そして、これだけの、事をして、やったのは、精々、銀の、鉱石の、持ち逃げだけ。見合わない、のです。つまり、この事件は、最初から、派手にやって、耳目を集める、だけだった、のだと思います」
「彼らは、それを、知らされて、いなくて、たぶん、白金鉱石が、出るとか、言われて、持ち出し、半分は、成功報酬とか、上手い事を言われて、いたのだと思います」
「ですが、頼んだ側は、たぶん、魔獣使いが、本当に使えるのか、見極めたのだと、思うのです。そして、本番は、もっと別の場所で、こっそり行う、のでしょう。
本番でも、魔獣使いは、出てくると思います」
「しかし、それも、きっと、陽動作戦」
その瞬間、此方を見た女性が居た。特別監査官は目を閉じたまま、腕を組んでいる。
「場合によっては、西の鉱山でも、大騒ぎを、起こす可能性が、在りますが、それは、完全に、陽動作戦。軍の、耳目まで、集められれば、彼らにしてみれば、願ったり、叶ったり」
「そこで、騒ぎを起こした者は、死ぬかも、しれません。しかし、その犠牲は、織り込み済み。そこまで、やってでも、隠したい何かが、行われると、私は、予想しました」
説明を終えて椅子に座る。
特別監査官はまだ目を閉じたままだった。
「ふむ。どう思う。シェクティ」
シェクティと呼ばれた制服の女性。名前はシェクティ・リル・アラスタインが、納得いかない顔をしながら、立ち上がった。
「余りにもへんな想像力が逞しいというか、些か、妄想が過ぎるのではないでしょうか? まともに受け取るのもどうかと思います。こんなズレた妄想をまともに扱うのは、正気とは思えません。スヴェリスコ様」
そこで彼女は私を睨みつけた。
「そもそも、魔獣を自在に扱う魔獣使い等という亜人がいるというのは本当ですか? それと見えない敵が本当にそんな大それた事をしようとしているのでしょうか」
だいぶ不満という顔をしながら、彼女は席に座った。
そこでやっと特別監査官は目を開けて、シェクティと呼んだ女性を見た。
「シェクティは、懐疑的か。良かろう。ミッスーリはどう思う」
ミッスーリと呼ばれた制服を着た女性、名前はミッスーリ・リル・エグバードが立ち上がった。
「それだけの大掛かりとなると、どこから資金が出ているのか、気になります。相当な資金がないと、出来ることでは有りません。この王国内で出来る事では無いので、諸外国となりますが、それ程の商会がいくつあるのでしょう。この王国に出入りしている商会の規模はすべて把握されています。それ以外で相当大きな商会が背後にいないと難しいでしょう。それは少なくとも我が国の近隣ではありません」
「なるほど。シャティア。どう思う」
「私も、余程の繋がりと資金がないと出来そうもない事をやっているという事になると考えます。他の国の謀略でしょうか」
シャティアと呼ばれた制服を着た女性、名前はシャティア・リル・クライレオンが立ち上がった。
「シャティア。そう思う理由は?」
「資金もそうでしょうが、規模です。ヴィンセント殿がいう内容が、本当だとして、それだけの規模の事をやるなら、もはや商会の規模ではないでしょう。それは我が国を陥れるどこかの国の謀略か何か、または他国が侵攻する戦争のための何かの介入」
「ふむ。モルカ。そなたはどう思う」
モルカと呼ばれた女性、名前はモルカ・リル・ドナルースは立ち上がると、一度左手を口の下に当てたあと、話し始めた。
「マリーネ殿の予想が正しく、その通りだとするなら、私が思うのは一部の准国民の反乱。その為の武器などを運び込もうとしている恐れがあると感じます」
そこでいったん会話を切ったが、特別監査官の顔を見ながら、彼女はかなり強い調子で話し始めた。
「我が国の支配に不満がある層は一定数存在します」
「特に税制に不満がある者や、この国の中に土地が持てない事に不満を漏らす商人もいます。彼らはここに生まれようと、土地は借りているだけで、自分たちの物にならない。土地を所有できない事に、不満を漏らす事を隠さない商会も散見されているからです」
言い終えると、彼女は暫くしてから席についた。
大きめの椅子に座って足を組んでいた特別監査官は、一度目を閉じた。
「ふむ。モルカは反乱か。しかし我が国の槍と本気で事を構えようというのだろうか」
そう言って、目を開けて全員を見回す。
「あの」
「どうした、マリーネ殿」
「私が、思うのは、この国に、持ち込めない、『特別な薬物』を、疑って、います」
船の上で、少し話した内容だ。
すっと、特別監査官の目が細くなる。
「どういうものだね」
「たぶん、ですけど。中毒症状を、起こさせる、薬物を、密かに、持ち込み、販売して、莫大な、利益を、あげようと、しているのでは、ないかと。つまり、一度、摂取したら、何度も、欲しくなる、ような、『中毒』を、売るのです」
全員が私を見た。
シェクティが立ち上がって強い口調で私を責めた。
「不安を煽る妄言はもう止めなさい」
他が黙っているのを見て、シェクティは椅子に座り直した。
スヴェリスコ特別監査官は、目を閉じた。
「今回持ち込めても、次はどうするのだ」
「お隣の、クルルト国で、巧妙な手で、販売するのも、考えられます」
「一度、依存して、しまったのならば、そこまで、買いに、行く者が、大勢出る、でしょう」
私がそう言う間、スヴェリスコ特別監査官は腕を組んで、ずっと目を閉じたままだった。
「さて、出揃った様に思う」
そういうと、彼女は目を開けた。
「気になる『薬物』だが、クルルト王国では南の隊商道の歓楽街で、一部流行っているらしい物がある」
「一度摂取すると、とてもいい気持になる物だそうだ。しかし、時間が経つと、急にそのいい夢の様な気分から突き落とされて、飢餓の状態になるようだ。飢えたようにその薬物を欲しがり、正気を失ったかのように暴れるらしい」
「そういう事で、あの国でもおそらくは時機に禁止されるであろうが、我が国に持ち込まれないように、秘密裡に国境は検査を厳しくしたばかりだ」
「シャティア、東側の地図を出してくれ」
指示されて、彼女は奥の書庫のような場所に行き、極めて大きな地図を持ってきた。これでも東側だけなのだ。
巻物のように丸められていたが、それを二人がかりで、伸ばしていく。
テーブルに極めて精密な巨大な地図が置かれた。北から南まで、七メートルはあろうか。
テーブルがそれを置けるだけ長い。
これだけの精密な測量を行う技術が、この王国にあるという事を雄弁に物語っていた。
「さて、反乱が計画されているのか、それとも戦争を起こそうとする輩がいるのか。或いは薬物なのか」
「まず、戦争となるとそれをやる連中は隣のクルルト王国を味方につけておかねばならん。あの王が、かなり奇矯であることは周知の事実だが、我が国の槍と事を構えるような事を考えるほど愚かではあるまい。むしろあの王はもっとずっと賢い。あの外観に騙されてはいかんな」
「さて、武器を南の街道で持ち込むのは、難しいだろう。やるなら湖だ。しかし、ヴィンセント殿はルッソームの東の山か、海岸では無いかと疑っている」
「しかしだ。我が国にはいない、極めて珍しい魔獣使いという技能を持つ亜人すら、捨て駒の陽動作戦というのなら、ルッソームの東、河の横の山がそれだろう。ここもバカ騒ぎがあるかもしれん。ここにも出来るだけ派手に部隊を送る」
「待ってください! スヴェリスコ様。もし、これがこの少女のただの妄想で何もなかった場合、スヴェリスコ様の判断が疑われます。大規模に軍団を出して、何も有りませんでした、という訳にはいきません。一体誰が、この責任を追うのです? もし、空振りなら、あの少女の支部長に責任を取らせますよ!」
シェクティが立ち上がり、続けてシャティアも立ち上がった。
「シェクティ、シャティア。いいか? それを全て負うのは、この私だ。この状況は確かに『何か』が、あるのだ。遅れを取るわけにはいかん」
「分ったら、座れ」
そう言ってから、スヴェリスコ特別監査官は立ち上がって長い指揮棒を手に持ってから、長い地図の真ん中に移動した。
「山に弓部隊も送れ。いいか、敵対者には絶対に容赦するなと伝えるんだ」
スヴェリスコ特別監査官はルッソームの街を指揮棒で示した。
「魔獣が出るのなら、トドマの事件のような魔獣暴走かもしれん。ここに軍団を四部隊送るんだ。こちらも本気だと見せつけてやる」
スヴェリスコ特別監査官はバラガドの街を指揮棒で示した。
「それから、バラガドだ。ここにも三部隊だせ。ここから東のクルルトとの国境を塞ぐ」
スヴェリスコ特別監査官は全員を見回す。
「そして、だ。諸君」
「これから二二日後が、凪の日だ。判るかね」
「この日だけは、海はぺったりと波もなくなる。当然川面も穏やかになり、船も動きやすい。敵の狙いは、これだろう」
「深夜に月が三つとも互いに一番離れる。この時間に、河を上ってくる。そして、闇に紛れて密輸品を陸に上げるのだろう」
「ここで、奴らの荷物を絶対に陸に荷揚げさせるな」
スヴェリスコ特別監査官は指揮棒で指し示した。
「ルクルの横の川の橋。タールナの横の川の橋」
「そして本命は、ムウェル川の脇の小さな村、クルーサだ」
「河口の大砂州に最も近く、しかも支流の川がそこに流れ込む。このクルーサ村の横の橋の袂が、おそらくは大本命」
「いいか、諸君。この三つに精鋭を出す」
「クルーサ村の横の川の方には、船も出せ。逃がさないようにやるぞ」
「逃げそうな船には、火矢を放て。絶対に逃がさないように、指示を出すんだ。あと、数人は生きたまま捕らえろ。背後にいる者たちを炙りだす」
「シェクティ。すぐにルッソームの東、ラバーラとの間の山に送る部隊とバラガドに出す精鋭部隊を纏めろ」
「ミッスーリ。ルクルの横にいける者たちを洗い出せ。出来たらそのまま、ルクルに送り込むんだ」
「モルカ。君の担当はタールナだ。あそこにも腕利き部隊を送り込むんだ。橋を固めろ。頼むぞ」
「シャティア。君には大本命と思われるクルーサだ。第四王都から精鋭をかき集めろ。先に乗り込んで現地の船も頼むぞ」
「これはいいか、二二日後が勝負だ。十九日までに必ず全部隊を用意して現場に配置しろ」
「そして、まずシェクティ。君の指揮する山の部隊は、一九日後から二〇日くらいで派手に暴れてやれ。やつらが、陽動作戦は成功したと思うように仕向けてやるんだ。バラガドの部隊は国境との間を完全に封鎖させろ。誰も通すなと伝えておけ」
「さて、西にも派手にやってもらう。これから一六日後くらいには、始まるだろう」
「しかし、この南部の河で行う作戦が今回の本当の捕り物だ」
「ミッスーリ、モルカ。敵に気取られるなよ。これは極秘作戦だ。敵がいたら、船は一隻は拿捕しろ。乗組員は三人位は捕まえろ。逃がすなよ」
「今回は灯台を使ってまず情報を送れ。第一王都に知らせろ」
「シャティア、すぐに準備だ。灯台要員を四人呼べ」
「よし。全員取り掛かれ」
特別監査官がそういうと、四人は部屋を出ていった。
……
つづく
特別監査官は決断し、配下の四人に命令。
一気に作戦に必要な人員の手配に入った。
次回 捕り物準備
誰もいない作戦会議室で、特別監査官に、自分の本当の考えを伝えるマリーネこと大谷。
その特別監査官を絶句させる内容とは……