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137 第17章 トドマの鉱山事件 17ー6 特別監査官

 スヴェリスコ特別監査官に会い、自分の考えを述べるマリーネこと大谷。

 監察官は、それを聞いて思うところがある様だった。

 137話 第17章 トドマの鉱山事件

 

 17ー6 特別監査官

 

 そこで何かあるな。

 これは、伝えておこう。

 今日、特別監査官だけは、トドマの港に馬車で戻らずに、ここの女性たちの部屋に入ったのだ。

 それは、私の居る部屋の四つほど隣だ。

 

 ……

 

 私はスヴェリスコ特別監査官に会いに行った。

 彼女の部屋の前には護衛兵が二名立っている。普段では見られない光景である。

 

 私は首元の階級章を見せて、特別監査官にあわせて欲しいと頼んで見る。

 

 「特別監査官様に面会したく思います。よろしいでしょうか」

 護衛兵は、私を暫く見ていたが、ドアの前からどいて、握った右手の親指をドアに向けた。

 「特別監査官様に許可を直接得なさい」

 彼女は私を見下ろしていた。

 

 「特別監査官様。入って、(よろ)しい、ですか」

 「ヴィンセント殿、どうなされた。入りなさい」

 ドアを開けて中に入ると、スヴェリスコ特別監査官はふわっとしたやや薄い私服に着替えていた。

 

 身体の線、凹凸がハッキリ出る大人の女性らしい服だ。

 

 「スヴェリスコ特別監査官様。お話が、あって、参りました」

 「ふむ。そなたと出会った監査官たちは皆一度会えば忘れないと言うが、外で視た時にすぐに判った。なるほどな」

 そう言って彼女は右手を握って人差し指と中指を伸ばし、その指を右耳の前に当て、二度軽く叩いた。

 

 「私室ではクッカリスと呼んでくれるか」

 監査官は左手を腰に当てながら言った。

 「わかりました。クッカリス様。お耳に、入れたい、事が、有ります」

 「ふむ。聞こう。マリーネ殿」

 

 私は一呼吸置いた。

 「私の、考えでは、今回の、事件は、たぶん、全てが、目眩まし、です」

 「ほう」

 

 「だいぶ、派手に、多数の、魔獣まで、絡めて、騒いで、監査の、耳目(じもく)を、集め、ました」

 「おそらくは、彼らの、裏にいる、者たちの、本当の、狙いは、鉱山に、精鋭を、向けさせて、徹底的な、監査を、させている、間に、南の隊商道、国境で、何か、やらかすか、もしかしたら、更に南。もしかしたら、河口かも。あるいは、ルッソームの、河の東の山。それと、王都。第四王都で、何か、やらかすかの、どれかが、怪しいと、思った、のです」

 「ただ、国境や、王都で、なにか、やらかすのも、単純すぎる、ので、それすら、目眩まし、という、可能性が、あるのです」

 

 「なるほど」

 元々細い目が更にスッと細くなった。

 監査官は暫く何かを考えているように見えた。

 

 ……

 

 「宜しい。彼らの思惑に乗ったフリをして、西の鉱山すべてに大規模な監査部隊を出す。だが、南の隊商道国境にも密かに精鋭を集めよう。カンブラの街に密かに集めてクルルトとの国境の山沿いに部隊も配置しよう。ルッソームの部隊にも警戒を指示する。河の東の山道だな。この二つは目眩ましかも知れないが」

 「後は更に南となると、バラガドとタールナの二つだな。こっちにも精鋭を送る。それとは別に、河には私の直属を出そう」

 

 「それと第四王都なら、何が起ころうと軍が有る。やらかすのは恐らく河か海岸だな」

 ふっと、クッカリスは笑った。

 「マリーネ殿はそういう事にも頭が廻るのだな。ただの冒険者にしておくには惜しいな」

 そう言って、クッカリスはテーブルの上の瓶から液体をコップに注いで飲んだ。

 「私は、冒険よりは、何か、作って、服とか、刃物とか、細工とか。それで、のんびりと、暮らしたい、です、けどね」

 そう言うとクッカリスは笑った。

 「ギオニール・リルドランケン殿の様にか。マリーネ殿は職人が希望か」

 「はい」

 「そなたに才能が有るなら、何処のギルドにでも紹介しよう。私は第三王都のアスマーラに居る。王都の監査事務所に行って、スヴェリスコ特別監査官に会いたいと言えばいい」

 彼女は笑った。

 

 「普通の、人は、会えないと、思うんですが」

 「そなたの首の金属片は今は銀だが、どのみちそなたはじきに金になるだろう。そうなれば、もうそなたは普通の人ではない」

 クッカリスは面白そうに笑った。

 

 「さて、迅速にやらねばならんな。マリーネ殿にも付いてきて貰う」

 「え。私もですか」

 「トドマのギルドには話は通しておこう。トウレーバウフ監査官にも通達しておく」

 「明日、すぐに移動する。マリーネ殿もそのつもりで」

 「判りました。では、失礼します」

 ペコリとお辞儀だ。

 私はそこで部屋を出た。

 

 通達か。スヴェリスコ監査官は特別監査官だった。

 トウレーバウフ監査官より立場が上という事だな。

 しかも、先ほどの彼女の言葉では軍団も、ある程度動かす権限もあるらしい。

 

 さて、忙しくなりそうだな。

 部屋に戻って、準備する。今度は着替えは持っていくしかない。

 色々詰め込む。

 まず小さい方のリュックに着替えを入れる。これは下着全部とあとは赤い服、白いブラウス、焦げ茶襟のブラウス、若草色のブラウス、濃紺のスカートと濃紺のケープ。

 それから茶色のスカート、白いスカート、白のワンピース、細いベルトにスカーフ等を畳んで一度革袋に入れ、それをリュックに入れた。一番上に革のマント。

 

 

 取り敢えず血に染まったツナギ服を洗う。桶に浸しておいたが。

 血が染み込んで固まっていて、なかなか落ちない。腕の一部と脇の下とか、股の間とかだけが薄青い。他はもう血が染み込んでしまっている。

 何故、赤い血だけこんなに染み込んだのだろう。黒っぽい血とか、茶色の血とか他にも色が異なる魔物の血はあそこにかなり流れたのだが。

 

 ともかく全力で落とすしかない。

 かなり、ごしごしやって、かたく絞って干した。

 血の色が落ちたとはいえない状態だが、しかたがない。

 

 剣も点検する。ミドルソードは洗って脂を落とし、丁寧に拭いた。

 あれだけの乱戦、斬って斬って、斬りまくったが、何処も(こぼ)れてすらいない。

 この剣の金属は、確かに普通ではないな。

 

 ブロードソードは刃が毀れていないか、慎重に点検。特に異常無し。

 洗って脂を落としてやる。

 使っている途中で明らかに切れ味が落ちたのだ。軽く目の細かい砥石で研ぎ上げる。

 ダガーも点検。一回洗って拭いた。

 

 

 翌日。

 目覚めてやるのは、ストレッチ。

 

 結局、ツナギ服の魔獣の血は落ちていない。しかもまだ乾いていない。だいぶ湿気た生乾き状態だった。

 下手くそな赤い染め方で、あちこち蒼い部分の残った変な染め方の服がそこにある状態だ。

 完全に染め直さないと駄目かもしれないな。

 少し溜め息が出た。この服は畳んで、別の革袋に入れてそれからリュックに入れ、何時もの服を着る。

 

 水用革袋を洗って水を汲む。

 この口をよく縛ってリュックに入れる。

 

 私は、何時ものようにストレッチをして、それからリュックに新しいミドルソードを付けてから背負う。大きい鉄剣は置いていく。

 ブロードソードを左腰に。ダガーは左右の腰。予備のダガー二本はリュックに入れた。

 ポーチには硬貨とトークンを二枚。あとはタオル。

 お守りの大きいポーチは置いていく。馬車のアルパカ馬を怖がらせるだろうから、仕方が無いのだ。

 小さいポーチは、いつものように肩から袈裟懸け。

 階級章を忘れそうになった。慌てて首から掛ける。

 

 さて、鉱山事務所に行く。

 

 特別監査官が教えてくれたが、お偉いさんの一人は、王国財務局第三王都事務次官付き補佐官で、クーデラス・リル・スライベックという人らしい。

 もう一人は王国造幣局鉱山監察次官付き補佐官で、シルアノ・リル・フランドースという名前。この人も役職を見る限り、かなりのお偉いさんのようだ。

 

 こんな朝早くからスライベック補佐官がさらに人を集めていた。

 何かの捜査や尋問も本格的に始まるのだろう。お偉い人が出張って来ているという事は、簡単な事件の話ではないという事だな。この事件を次官付き補佐官級が扱うという時点で、ただ事ではない。たぶん。この一件は監査官たちには任されないという事だな。

 

 スヴェリスコ特別監査官の話では、ここから一度、第三王都に行くという。

 そこで指示を出し、手勢を集めて西へ向かわせるが、その間にも多くの監査官は第二王都から衛兵と共に向かう事になるらしい。

 出来るだけ派手に見せるように、指示もしないといけないだろう。

 相手にこの監査が本気だと思わせないといけない。

 

 ここから第三王都の方に行くのは大変だ。

 捕まって連れて行かれた時は目隠しだったし、戻ってくる時は馬車で東に行って、港から船だった。

 

 地図で見た道路は大きいのしか記載がないが、陸路だと、ポロクワ街を通り抜けて、コルウェに向かわずに南の小さい道で東の隊商道へと抜け、そこから西へ向かってアスマーラか。かなりの距離があるのは間違いない。

 船のほうが速いか。微妙だな。

 

 そして、第三王都から現場になりそうな場所への、私たちの移動方法は二つ。

 

 一つ目は東の隊商道を通ってコルウェの街まで行き、そこから船で南下。

 ナンブラの街まで行く。そこで降りて、第四王都のアガディに使いを出して、精鋭を集める。または第四王都まで直接行く。

 

 二つ目は第一王都に向かうと見せかけて、ウォルビスの街を通過してティオイラまで南下して、そこから第四王都へ密かに向かう。ただこれはすごい距離がある。

 まあ第四王都まで着いたらそこで精鋭を集める。

 

 となると、距離的に船のほうが早そうだな。

 

 集まった精鋭を国境のあるゲートの付近に潜ませる。

 山中から先は、クルルト国なので越境はしないように注意が必要だ。

 国境の手前で行う極秘作戦だな。

 

 

 スヴェリスコ特別監査官の判断は、トドマの港町からすぐ南のカミナの港町を一度経由してコルウェの港町にでて、そこから陸路だという。

 たぶん、特別監査官の判断なりの理由がある。これは私がトドマに移送されて来る時の逆方向だ。風の事も考えると、一気に行くのは強行軍すぎるという事だろうか。

 とりあえず、付いていく。

 

 

 馬車は立派な四輪の密閉型箱車で、四頭のアルパカ馬で曳いている。

 後ろには大きな鳥が三羽、隣同士継っている馬車? と呼んでいいのか、小さな箱車がある。その箱車には衛兵が三人乗り込んでいた。箱車といっても三輪車だ。屋根もない。

 あの鳥はダチョウを更に大きくした様な鳥だ。思い出した。ブルクだ。あのカレンドレ隊長との警邏で一回しか見た事がなかったが、普通はどこに棲んでいるんだろう。

 

 馬車は移動開始。

 

 かなりの速さでトドマの港町に着くと、もう船が用意されている。

 別の船には、ブルクと専用箱車が載せられた。

 

 船に乗って、移動の最中に考えた。

 

 相手の目的は何か。

 たぶんだが、私の考えでは、この事件の裏にあるのは大規模な密輸だろう。

 東か南東の国境で手薄になった警備隊を突破する何か手があるのだろうか。

 

 はっとした。

 魔獣使い(ビーストテイマー)か。たぶん、本当にこの王国に棲む魔獣が効果的に動かせるのか、その試験もあったのだろう。となれば、何者かが、遠くから()()を見ていた可能性もある。

 魔獣使いが魔獣を暴れさせて、東か南東の国境の警備隊を蹂躙(じゅうりん)。昨日のあの緑のちび魔物たちが暴れる可能性もある。

 

 そして衛兵の大部分も、たぶん軍団兵の多くも監査の目も遥か西の果てだ。

 そこで、東側のどこかで大規模な密輸を行う。

 

 しかし、何の為だ。

 膨大な、いや、それこそ莫大な利益が出なければ、やるメリットは殆ど、いや全く無い。

 此処までの計画で費用は相当掛かったはずだ。そしてリスクが極めて大きいのだ。ハイリスクならハイリターンでなければ、やる奴はいないはずだ……。

 

 ……

 

 ただの小銭稼ぎにしてはやっている事の規模がデカすぎる。

 

 …… 考えるんだ。

 

 まず、偽造通貨の持ち込み。

 大量に持ち込めれば、可能性もなくはないが、リングル大銀貨だと、換金できるのは大商人か両替商くらいだ。金貨になったら、猶更だな。

 商人たちは、そうした硬貨は見慣れているから、もし僅かな違いでもあれば、バレてしまう。それに、取引の金額が大きいから必ず書面が残るだろう。偽名を使おうと、何だろうと、数回もやれば足が付く。

 もし、大量にばら撒けば、あっという間に怪しまれる。

 

 偽リンギレ小銀貨を大量にばら撒けば、利益も上がるだろうけれど、荒稼ぎして直ぐにこの王国を脱出しないと、バレたら終わりだ。この王国の商業に対する関心の高さを想えば、余程よくできた偽造硬貨じゃないと、直ぐに発覚するだろうし、そうならば、安く作るのは難しい。

 

 となると、何だろう。

 

 武器だろうか?

 内戦? いや、内乱とか。

 暫く、眉間に右手の人差し指を当てる。

 

 ……

 

 違うな。この王国は、普通の国と違って、女王は四人。それぞれ別の場所に居城がある。同時に二つか三つを落とすような事が出来るとは、とても思えない。

 そんな事が可能ならとっくに滅びているではないのか。

 

 それに、あの遊び人のような女性たちが、自分の命を捨てた槍になるという。それと事を構える傭兵がいるのか? それに軍団もかなり王都にいるはずだ。

 たとえ、どれか一人の女王を人質に出来たとしても、他の女王たちが、全体の利益を(かんが)みて、「捕まった女王ごと敵を潰せ」という判断をし、王国全体の意志決定を下したら、それで終わりなのだ。

 全体を生き延びさせるための集合知。それが非情な決定を下す可能性は十分ある。

 

 ……。

 

 違うな。武器じゃないな。

 

 普通の物なら、脱税しなくたって、この国では利益が出るだろう。

 大手の商会が阿漕(あこぎ)な事をしたくても、商業ギルドもあるし、それに監査官の目が光っている。

 脱税の為にこんな大掛かりな仕掛けを施してまでは、やるまい。

 足が付いたら、終わりなのだから。

 

 それに派手に(さば)けば、まともな大手商会が、そして何より商業ギルドが黙っては居まい。

 だから、違うな。

 

 莫大な利益の見込める、何かだ。

 

 たぶん。たぶん……。

 

 この国に持ち込めない、『何か』だ。

 元の世界なら、『違法薬物』とか『人身売買』や『臓器売買』になるだろう。

 しかし。

 『臓器売買』は、この異世界の文明からいって、たぶん無いだろう。

 まず、高度な臓器移植技術など無いだろうから、あるとしたらカニバリズム的な、食べるほうだが、すぐに傷むことを考えたら、生きたまま連れてくるしかない。

 となれば、それは『人身売買』と何も変わらない。

 そして『人身売買』もおそらく無いだろう。この国では、ばれたら重罪。下手すれば死罪。即終わりなのだ。

 表面化しない保証など、何処にもないのだ。

 だが、可能性としては僅かだが残る。

 

 一番大きい可能性は、『違法薬物』だ。……元の世界の麻薬か。

 

 一応、言ってみるか。

 

 「監査官様。少し、話を、いいですか」

 「ヴィンセント殿。どうした?」

 「すこし、お耳を」

 監査官は、しゃがんでくれた。

 私は内緒話として口も両手で(おお)って、切り出した。

 「今回の件、たぶん、当てずっぽう、ですが、『違法薬物』と、もしかしたら、『人身売買』が、考えられます。それと、国境付近に、ほど近い、場所にいる、魔獣は、片っ端から、彼らの、手下と、思った、ほうが、いい、でしょう」

 それを聞いて、スヴェリスコ特別監査官の表情は曇った。

 

 「思い当たる、事が、ありますか?」

 私がそう聞くと、監査官は小さく頷いた。

 「その件については、事務所で話そう」

 そう言うとスヴェリスコ監査官はじっと湖面を見つめていた。

 

 風で波は立つものの、船が揺れるほどでは無い。

 あちこちに、小さい水鳥が大量に浮いていて、盛んに何か首を水面に突っ込んでは食べている。

 遠くの空には、大きな鳥が旋回していた。

 岸辺は多くの場所が切り立った崖なのだが、所々は草が生えている。ああいう場所は鳥たちの寝床なのだろうか。

 

 船は程なくして、カミナの港町に到着。

 そこで一度降りる。

 

 カミナの港町はそんな小さい港町では無かった。

 一度船を乗り換えた。こっちの船は()()ぐ人数が多い。

 

 細長いやや大きい船で、客を大勢載せるようには出来ていない。

 以前、コルウェから乗った帆船よりだいぶ長く大きい。

 左右に櫓が二四本ずつ。交代要員もいるので、櫓の人だけでも九六人。

 甲板の帆を操作する作業員もいるので一二〇人程は、船員がいる。

 

 甲板はやや細い。帆船らしい帆もある。マストが四本。後ろの一本は方向を決める帆だろうか。帆船の専門用語には詳しくないから、朧気(おぼろげ)に覚えているのは、スパンカーとかいうやつ。かなり自由度の高い縦帆が付いているので姿は立派だ。その上にも三角の帆が付いているが、どういう造りなのは、私には分からない。

 大きな方向舵も後ろについている。中央マストに付いている帆だけが四角だが、その前後二本はまるでヨットの様に三角形だ。

 一番前についている舳先に何枚もある三角の小さい帆がジブとかいうのだったか。うろ覚えだ。たぶんだがスクーナー型とかいう帆船の形に近いのだろう。

 たしか元の世界で帆船最大のやつは五本マストだが、ここではそんな大きい物は見かけない。

 

 こんな帆船を作り、操船する技術があるのだな。もっとも海ではないが。

 

 逆風なので、中央の四角い帆は畳んでいる。逆風に対しては、真っすぐは進めない。

 ジグザグに進むことになる。確か、風を受けてたわんだ三角形の帆の表面に発生する揚力と水中のキールで転倒しない様に抵抗する事で、前進させるのだというあやふやな知識である。

 

 風に対して三五度から四五度に舳先を向けるか、帆の角度をそのようにして風を受けて、ある程度進んでは、風上の方向に舳先を切り替えて、また進む。順風と異なり船は真っすぐには進んでいないからだ。風と進んだ距離を正確に判断しないと結果的に真っすぐには進まない。

 

 前後の帆で、ヨットの様に操船しているが、速度は順風のようには出ない。

 どうしてもいくらか櫓を漕ぐ必要があるのだろう。速度がどのくらい出ているのかはわからない。昔の帆船だと一〇ノット位かそれよりもう少しは出た筈だが。

 櫓で漕いでいるから、速度はもっと出ているだろう。

 元の世界の古代の船で櫓だけだと頑張っても八ノット位とかいうのを昔、本で読んだ覚えがある。

 

 

 この高速船でコルウェの港町に向かう。

 

 櫓を漕いでいるのは、全員王国の女性。門番の護衛兵士のような姿の女性が、櫓を握って一糸乱れぬ操作を見せる。

 太鼓の様な打楽器が奏でる低い音だけが響き、船はぐんぐん進んでいく。

 左手の水平線近くに、いくつも大きめの浮島が見えた。

 

 夜通し船は動き続ける。途中で何度か、櫓を漕ぐ人々が交代し船は進み続けた。

 

 私はこの太鼓の様な音で眠るのが大変だったが、それでも少し寝た。

 

 トドマを出て二日でコルウェに着いた。

 乗って来た帆船の速さを思い知る事になった。たぶん、この船は王国の軍団が使うとか、そういう物だろうな。まだ細部を詳しくは見ていないが、コルウェで見た大型商船とは色々構造が違う。

 

 コルウェの港町で、スヴェリスコ特別監査官は、商業ギルドから四頭立ての箱馬車を出させた。

 やや遅れて後からついた船には、あのダチョウの様な大きい鳥、ブルクが三羽。そして専用の箱車も乗せられていた。この専用箱車は前が小さな一輪、後ろに大きな二輪が付いている。

 あの人たちが特別監査官の護衛だ。桟橋に着くや、それを下ろして、あっという間に走り出していった。凄い速度だ。あれで先に行くという事だな。

 三人とも立っていて、座る場所すら満足に無い車だがあんな速度で、もし転倒でもしたら乗っている人は大怪我だろうな。

 

 それで、元の世界の古代ローマの戦車を思い出した。横に三頭の馬で曳く二輪の箱車に二人か三人が乗って闘う。一人は馬を操り、残りの人が長い槍とか長い剣とか、弓矢で相手を攻撃するのだ。古代ローマの闘技場で行われた戦車競技ともなると一人乗り。かなりの速度で走ったらしい。

 

 この王国では、あの大きな鳥、ブルクで、ということになるのか。

 

 

 ここから、馬車で一路、第三王都へ向かう。

 長い距離である。

 外の景色は、穏やかな田園風景が広がっていた。

 所々で辛うじて鳥達の啼き声が聞こえる。殆どはアルパカ馬たちの足音と馬車の車輪の音でかき消されているのだが。

 

 フリアの街では休憩だけして、宿泊せず出発。

 だいぶ真っ暗になった時間でハウチの街に到着した。門は、馬車が到着するとすぐに開けられた。ここで一泊。

 食事は私のために、准国民向けの魚醤味もある物が用意されていた。

 今回は、あの香り主体な薄味の食事ではない。多分特別監査官の配慮だろう。

 あの時の第三王都の監査官や武官たちは、そういう配慮はしてくれなかったが。

 

 翌日。

 朝はまだ暗いうちから、馬車で走り始める。

 街道の石畳は、かなりきっちり敷き詰められていて幅がある。

 二頭二列で四頭立ての馬車は、かなりの速度だ。揺れ方も凄いものがあるが、乗っている特別監査官は何ともないらしい。六人乗りのこの馬車は三人づつ腰掛けている。

 

 私は真ん中なので、外はあまり見えない。

 要するに、退屈である。

 

 川に架けられた立派な石橋を渡って西へ。

 タボラの街を通り抜ける前にここで一度休憩があった。たぶんアルパカ馬を変えるのだ。そして橋を渡ってさらに西へ向かう。

 

 ルクワ街ではさらに一度休憩。アルパカ馬を変えて四頭繋ぎ直してから出発。

 だいぶ日が陰っているが、川に架けられた石橋を渡って更に西へ。

 もう真っ暗な状態で、マカサの街の門についたが、ここも直ぐに門が開けられた。ここで一泊。食事はやはり准国民向けの物であった。

 

 翌日。

 朝早く宿を出る。

 馬車は速度を上げて進む。前回の王宮から港町の時よりだいぶ強行軍で進み、二泊三日だった。

 

 そして第三王都アスマーラである。

 

 

 ───────────────────────────

 人口約三五万人の国民を擁する大都市が、第三王都アスマーラである。

 その広さはおよそ三五キロメートル×三〇キロメートルに及ぶ広大な敷地を石造りの城壁、そしてその外を大きな堀がぐるりと取り囲むという、この国では巨大な都市であった。

 その城壁の高さは約四二メートル。この国の単位で言えば一フェルス。

 この城壁だけで、建造にどれほどの時間がかかったのか、外観だけでも途方もない時間を掛けて積み上げた事が分かる代物である。

 

 そして王都の中央に聳えるは、第三王宮。王宮に横付けされた塔は、白亜の灯台。

 灯台になっている高い塔は八四メートル。この国の単位で言えば二フェルスである。

 

 この塔の基礎はすべて花崗岩である。

 

 花崗岩は極めて圧縮に強い。

 砂岩や石灰岩では、この高さまで作ることは出来ない。更にこの世界の重力を考えれば、ほぼ限界の高さである。

 

 圧縮強度は砂岩で二五トン。石灰岩で六〇トン、花崗岩は軽く一〇〇トンを超えている。

 正確に計測するのは、元の世界でも難しい。

 恐らく一箇所に掛かる荷重が一五〇トンくらいでは圧壊しないと考えられる。

 

 この花崗岩をブロック状に切り出す。下地にはあまり打ち込まない。必要以上に硬くはしない。

 矛盾しているが、並行が保てるように下地を作るが、あまり硬くして固定すると地震に耐えられないのだ。自重で然るべき硬さになる。

 そして基礎部分が壊れない限りは、崩れない。

 

 花崗岩自体には、鉛を隙間に流し込み、さらに鉛の「かすがい」も使う。

 石の横に穴を開けて、鉛で作った棒を差し込み、左右をつなぐ。

 隙間も鉛だが、まるでレンガを積む時のモルタルのように、鉛を使う。

 膨大な鉛が必要になるが、これによって繋いだ花崗岩は、極めて頑丈になり、マグニチュード八ですら壊れない。

 古代アレクサンドリアにあった建築物に実際に使われていた。一五〇〇年間の間に二〇回もの大型地震があったにもかかわらず、耐えていたという。

 

 そして、この王国の王都にはすべて塔があって、其処に灯台のように火が灯されることが有る。

 王国の独自の符号がそこで瞬くと、その符号を知るものだけが、その通信内容を知ることが出来る。

 これは、だいたい四〇キロメートルから五〇キロメートルくらいまでだと考えられる。

 この王国の単位ならば一〇フェリールから一二フェリールといった所であろう。

 この到達距離は鏡の性能に大きく左右される。そこで、中継地点にも白亜の塔が立っていて、中継するのである。

 

 

 王宮は、それ自体が巨大である。白い花崗岩で切り出された巨大な石を積んで作られた、高さ六〇メートル以上になる石造りの城。この世界の単位で表すなら一五フェムト。或いは一フェルスと五フェムト。

 そして王宮を取り囲むようにして作られた庭と噴水のある池。その周囲を取り囲む道路。そこから放射状に四方八方に伸びる道路に、多数の家々が立ち並び、大きな都市になっていた。

 この人口三五万人は、アグ・シメノス人だけで、この人数であり、准国民も一〇万人以上の単位でこの王都に住んでいるといわれている。

 

 ───────────────────────────

 

 

 つづく

 

 特別監査官に連れられて、王都に向かう途中で、マリーネこと大谷は、今回の事態の裏を考え続けていた。それは「違法な薬物」ではないかという結論に達する。

 

 そして、再び第三王都に到着したマリーネこと大谷であった。

 

 次回 作戦会議

 マリーネこと大谷は、会議室で自分の考えによる予想を述べることになる。

 

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