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136 第17章 トドマの鉱山事件 17ー5 混乱とその先

 多数の魔物から魔石を回収する作業が待っていた。

 とにかく、数が多いのだ。

 

 136話 第17章 トドマの鉱山事件

 

 17ー5 混乱とその先

 

 この剣は恐ろしくよく斬れた。もはや完全に常識外れの切れ味だった。

 先程四〇体ほどの魔獣と魔物を斬り捨てているのだ。

 あの鉄剣の様に魔獣の骨ごと胴体を斬ったが、まったく止まる事もなかった。

 

 骨を砕くのではなく、刃は綺麗に骨を断ち切っている。

 数体程度なら、私のブロードソードでも出来るが、今回は数が違った。

 

 この銀灰色のミドルソードは、全く普通の剣ではない様だった。

 そこに私の出鱈目な膂力(りょりょく)と剣の速度が加わり、魔物がまるでまな板の上の肉のように、或いは熱したバターナイフでバターを切る時の様に、骨ごとすっぱりと斬れていくのだ。

 

 私は剣を二度、三度振るって、緑色の血を飛ばし、そして左後ろから背中の鞘に仕舞った。

 

 目を閉じ、静かに手を合わせる。

 合掌。

 「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」

 お経を上げる。

 どんな必殺の技を持つ魔物だったのか、判らなかったが。

 

 ……

 

 「マリーネ殿、ご無事か」

 ギングリッチ教官が駆け寄って来た所だった。

 

 「これは、今までに、見た事もない、魔物ですが、何という、物ですか」

 

 教官はあたりを見回す。

 「凄まじさを増しているな。マリーネ殿の剣は……」

 ギングリッチ教官は呆気にとられていた。

 山の警邏でも私の腕は見た教官だが、その時より凄味を増している様に見えたのだろう。たぶん、この剣のせいだ。

 

 「これらは、どういう、攻撃を、してくるのかも、よく分かりませんが、棍棒しか、無いし、連携も、下手ですし、それほどの、脅威では、無いでしょう」

 

 「……。マリーネ殿だから、そんな事が言えるのだ。彼らの棍棒を一度喰らえば、体に穴が開く。棍棒に剣を合わせれば、剣が折れる」

 「それほどの、筋力が、あるのですか。そこそこ、棍棒は、早かったようには、見えましたが」

 

 廻りの隊員も、鉱夫達も遠巻きに見ていた。

 今や鉱山入口付近は魔獣の死体が山の様に積み上がり、血溜まりが出来ていた。

 

 私はこの人型の魔物たちの頭をダガーで割り始めた。

 大きな一つ目の上から割っていくが、これではちゃんと割れそうにない。レハンドッジと同じで、この大きい目を取ったほうが良さそうだ。

 

 やむなく白目の部分にダガーを入れて目を抉り出す。

 大きい目玉には、白い長い視神経が付いていた。

 

 ぽっかり空いた一つしかない眼窩(がんか)

 そこから上に向かって斬っていき、後頭部まで切り開いた。

 一気に緑色の血液が(こぼ)れ、茶色の体液なのか脳漿(のうしょう)らしい物が混ざった。(いや)な匂いに()えたような匂いまで加わってそこから出ていて、私は暫く()せた。

 

 中にあった、濃い茶色がかった緑色の脳にダガーを刺す。

 真ん中あたりで、ダガーに当たる感触が有った。

 

 そこから抉って魔石を取り出す。

 魔石はそれほど大きくもない。私の親指ぐらいのが合計八個。

 魔石には、灰色の中に何か白っぽい歪んだ渦巻模様があった。

 それから大きめの耳を両方とも削いだ。両耳で一六個。

 

 「教官、他に、コレの部位で、削っておくものは?」

 「ああ、私がやろう、その鼻だよ。この鼻の中の物が薬師(くすし)には必要らしいのだ」

 「(くちばし)みたいな、これですか」

 「ああ。だが物凄い悪臭がするんだ。ソレくらいは私がやろう」

 そう言って、教官は大型のナイフにみえる刃物で鼻を根本から削り始めた。

 

 確かに猛烈な悪臭が漂う。

 

 「こいつらは、この臭気を嘴というか鼻のここから放って、弱らせた獲物を気絶させる。直接体につくと、そこが(ただ)れる。離れていてくれ」

 

 教官は分厚い革の手袋で、その鼻を切り取って血を抜いている。

 時々、その匂いの元らしい液体が廻りに飛び散る。

 その滴った血にまで臭気が混ざり、緑色の血が放つ悪臭にそれが混ざって更に一層臭くなった空気がそこに充満していた。

 

 「酷い、空気」

 そこから逃げ出さなかったのは、教官がまだ頑張って嘴を削っていたからだった。

 

 教官は相当に辛抱強く、その悪臭に耐えて、八つ、削り取った。

 

 「教官、ご苦労さまでした」

 私は教官を労った。

 

 「それにしても。この『グラインプラ』が此処(ここ)まで出てくるとは」

 「そういう、名前ですか」

 「ああ、小さい魔物だが凶暴でね。暴れだすと手がつけられない。あの臭いを撒き散らし、あの棍棒で廻りを破壊して食べられる物は全て食べてしまう」

 教官は座り込んだ。

 「少し、離れましょう。匂いが、酷すぎます」

 私がそう言うと、教官も重い腰を上げ皆が居る方に移動した。この嘴もかなり匂いが酷いが。

 ふたりで歩き出す。

 「そう言えば、先程マリーネ殿の髪の毛は真っ赤に見えたのだが、見間違いだったか。その服を見るからに、全身血を浴びたのだと思ったのだが」

 私を見下ろすギングリッチ教官が妙な事を言い出した。

 「今は?」

 どういう事だろう。

 「いつもの焦げ茶のような髪だな」

 ギングリッチ教官はもう前を向いていた。

 「そうですか」

 

 

 私たちは隊員と鉱山の作業員たちが居る所まで歩いた。

 

 「取り敢えず、脅威は、取り除きました」

 私はそう、宣言した。

 「襲撃してきた、魔物と、この緑の、化け物、八匹」

 廻りから一斉に大きな歓声が上がった。

 

 私はさっき倒した魔獣の死体に向かった。かなりたくさんあった。

 何しろ四〇頭を越えているのだ。そこから少し離れた場所には、教官と見習いの隊員たちが斃した魔物。

 殆どは教官が致命傷に近い傷を与え、他の隊員たちが止めを刺すといった感じで斃したようだ。連れてきた彼らに経験させようということだな。流石はギングリッチ教官だ。

 

 更に離れた場所には護衛兵の四人が斃した一六頭の大きい魔獣。

 

 

 私は豹のようなこの魔物の頭蓋骨をダガーで切り裂いて、魔石を取り出した。

 頭蓋骨を切り裂くたびに、血や脳漿の匂いで噎せる。

 大きさは親指二個くらいか。かなり大きな牙も削り取った。上下、左右。四本。

 あの迷彩柄と違って角は無かった。

 これも一頭じゃないから、全部削らなければならない。噎せるたびに泪が出そうだった。

 相当な数がある。ちらと視界の端に教官と隊員たちが同様に解体を始めたのが見えた。

 

 次はゲネスと汚らしい毛皮の、リカオンに似た四つ脚の魔獣。かなりの数だ。合わせて二〇頭か?

 そこに、教官が連れてきた隊員たちが数名、手伝いに来た。

 何か怯えているような目でこちらを見ているが、私は笑顔で頼んだ。

 「ここを、お願いしますね」

 彼らは黙々と頭を割って魔石を出していく。そして小さな角と牙も削っていく。

 私は彼らにこのゲネスと汚らしい魔獣たちを任せ、別の場所に行く。

 

 次は首にも目がついていた鹿のようなやつ。角は小振り。

 頭に脳があるのか不安だったが、脳は頭蓋の中にあって、魔石もその中だった。

 血の匂いが濃い。脳漿は他の魔物と違う、独特な匂いだ。これもまた噎せる。

 どんな必殺技を持っていたのだろうな。見ることなく斃せたのは幸運だったと思う事にしよう。

 

 それと、目が四つの野牛のようなやつ。

 血の色が黒に近い。脳漿は透明だったが酸っぱいような臭いがきつく、これまた噎せた。

 取り出した魔石は少し大きかったが、模様はなかった。

 

 昆虫のような顔のヤツラもあった。黄色い体液だか血液のやつ。

 どうしてやろうと考えていると、そこにも銅の階級章を持つ隊員が数名、手伝いに来た。これも彼らに任せよう。

 彼らもまた、怯えたような目で私を見ていたが、これまた笑顔で頼む。

 「ここの、魔物、お願いします」

 

 

 あとは、黒い山羊みたいなやつ。

 体毛の色は真っ黒に近い焦げ茶だった。大きな丸まった角。偶蹄類の獣にあるような角だ。やや外に向かって最後は先端が左右に飛び出している。この角は両方、切り落とした。

 牙は無さそうだ。

 

 頭蓋骨を割る。こいつは血の色が濃い。脳漿は透明だったが、匂いはきつかった。もう鼻がおかしくなりそうだ。噎せながらダガーで抉じ開け、魔石を取り出すと親指よりだいぶ大きい。

 

 これが数体いるのだ。

 眼の四角の瞳が山羊そっくりで、『悪魔の使い』という元の世界の話を少し思い出して身震いした。

 たしか、この四角い瞳は横に広い視野角を持ち、なんとほぼ一八〇度。両目で三六〇度あるという。全周が見えているのだそうである。

 

 

 鼻の上辺りからダガーを叩き込んで、頭頂部に向かって切り、どんどん頭蓋骨を割って魔石を取り出す。勿論そのたびに、きつい匂いで噎せた。

 

 すごい数のアイテムになったが。まあ任務中だし、しょうがない。

 ギングリッチ教官と支部長がいる場所でやったのだ。斃した数を少なく見せたくても誤魔化しようが無い。やれやれ。

 

 大量の魔獣の死体の処理は鉱山の人たちに任せた。彼らはどんどん血抜きを始めた。

 辺りには濃密に血の匂いが漂う。血が、流れ過ぎた。

 

 私は静かに目を閉じて両手を合わせる。

 合掌。

 「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」

 お経を上げる。

 

 今回の件は、私に降りかかる火の粉は少なかったが、他の人たちを守るには斃すしかなかった。何より操られていたのなら、彼ら魔物には是も否もなかっただろう。

 致し方ない。

 

 他の隊員がだいぶ手伝いに来たので、解体した魔石や角やら牙などを手伝いの隊員に全て渡してから、井戸の横に行き手を洗った。それから教官の元に戻ると、さっきのスヴェリスコ特別監査官が来ていた。

 「スヴェリスコ特別監査官様、脅威は、全て、取り除きました」

 私は簡単に報告した。

 

 「腕前は噂通り、いやそれ以上のようだな。ルクノータはそなたの事を指して、『規格外』と言っていたが。なるほど」

 特別監査官は右手を握って人差し指と中指を伸ばして揃え、それを右耳の前にそっと当てて二度、軽く叩いた。

 

 「この、三人を、手引き、した者は、誰だった、のでしょう?」

 「さっきのあの男は名前を知らぬと、頑張って気絶した。今日はこれ以上やると死ぬかもしれないから、尋問は明日になる」

 「わかりました。手引き、した者の、後ろに、いる、黒幕が、誰なのか。そこを、押さえないと、他の、鉱山も、やられますね」

 私がそう言うと、スヴェリスコ特別監査官も頷いた。

 

 その日の天気はよく晴れていたが、夕方になると外の湿気は霧になっていた。

 それから程なくして雨が振り始めた。かなりの雷がなって、(しの)突く雨は暫く降り、夜になると上がった。

 生温かい夜風が(そよ)ぎ、何かの鳥が啼いた。

 

 ……

 

 私は一度部屋に戻り、血染めのツナギ服を脱ぎ捨てていつもの服に着替える。

 ツナギ服は井戸の横の大きな桶に水を汲んで、そこに浸した。

 

 夕食は、いつもの共同食堂。

 今日のメニューは、いつもここで出される魚醤の味付けの施された魚を煮込んだ物と、魚醤味を付けて焼いた燻製肉に何かのソース掛け、あとは黄色と赤の葉っぱのサラダがでた。

 そして何時もの硬いパンと茶色の濃い味のシチューのようなスープらしい。

 今日はスープシチューのようなのが出た。

 

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 煮込んだ魚を食べつつ、スープシチューのような物の中に千切った硬いパンを沈めて。ふやけた状態にして食べる。

 魚醤と何かの香辛料を混ぜた茶色のスープシチューは、相変わらず塩分多めだった。

 

 ……

 

 焼いた燻製肉を食べながら思った。

 

 何かの陰謀だろうか。

 この国の国家財政はあの程度では揺るぎもしない。

 通貨や他の金属、石炭の流通も、だな。

 

 そんな事は、やってる連中は判っている。

 

 しかし、ただの小銭稼ぎにしては、手が込んでいすぎるのだ。

 

 銀山でも金山でも無い、多種掘っている鉱山に、わざわざ多数の魔獣を動かせる魔獣使いを二人或いは四人も送り込んで、鉱山の護衛に就かせたのだ。それも二年も。

 そして銀がいくらか出て、彼らの予定通り魔獣が暴れて、その騒動の最中に彼らが価値の有る鉱石を運び出そうとしていた。

 ただ、其れだけなのだろうか。

 

 白金が出たのならともかく。

 そして、銀鉱石は偶然出たのか? 出るかどうかも判らぬ鉱石のために彼らが彼処に居たとは考えにくい。

 本当は白金が出るはずだったのかもしれない。

 そして、魔獣たちを坑道の中に突っ込ませようとしていた。

 これも引っかかる。考えすぎだろうか。

 

 それでも、何かが引っかかる……。


 

 ……

 

 考えるんだ。

 

 ……

 

 もしかしたら……。

 

 カモフラージュじゃないのか、これは。

 

 偽装、或いは目眩(めくら)ましだ。今回の事件が……。全て。

 たぶん、狙いは別にある……。

 

 だとしたら、何が狙いだったのか。

 反応を見る為だったのか?

 

 此処に目を集めさせる為か。

 

 これは何だか厭な匂いがする。私の第六感が警戒を呼び掛けている気がする。

 

 残りの料理が冷えかけている。

 急いで食べた。

 

 手を合わせる。

 「ごちそうさまでした」

 

 トレイを持って片付ける。

 

 私はコップに水をもらって一杯飲んで、それから考え続けた。

 さて、本当の狙いを見極める必要がある。

 

 もしかしたら……、監査官たちの注意を鉱山に引き付ける()()の陽動作戦……。

 それにしては魔獣の数が多すぎたが。この多い魔獣にも意味があったとしたら。

 坑道の奥まで魔獣で埋めて、陰惨な殺戮が行われようとしていたのだろうか。

 

 ……

 

 だが、もし、陽動だとしたら……。今回の物は、全てが捨て駒という事だ……。

 あれほどの数の魔獣を繰り出して、()()()()()()……。

 

 あり得ない事だろうか。思い込みが一番危険だ。

 しかし。

 残念ながら、調査して外堀を埋める様な権限も時間も無い。

 

 これは、ただの出鱈目な思い付きの妄想だろうか。

 

 否。 これは何かある。

 

 この北東と西に集まる監査官の目を(くぐ)りたい何かが、ある。たぶん。

 

 東では無いな。船がたくさん必要だ。勿論西ではない。大きな干潟は何かやらかすのには適当な場所ではない。

 さらに西の国境近くは鉱山が集中した地域。そこには軍団も出張っているだろう。そこでやらかすとは思えない。

 

 となると、南の隊商道か。

 西に集中した鉱山には重要性の高い物が多い。送り込む監査官の人数もかなり必要になる。たぶん衛兵も。

 そんな所で何かやらかすのなら、死にに行くようなものだ。

 何かやるとしても、目眩ましだろうか。

 

 となると、王都か東南の国境、或いはもっと、南で意表を突いた場所だ。

 そこで何かがあるな。

 

 つづく

 

 全てを片付けて夕食をするマリーネこと大谷は、今回の魔獣暴走に疑念を抱く。

 この事件は、ただの始まりに過ぎないという確信めいたものがあった。

 

 次回 特別監査官

 スヴェリスコ特別監査官に会いに行くマリーネこと大谷。

 マリーネこと大谷は、特別監査官に、自分の予想をぶつけてみることにしたのだった。

 

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