135 第17章 トドマの鉱山事件 17ー4 魔獣と混乱2
些か強引な、傷口を痛めつける手口で男の口を割らせた衛兵。
その情報を教官に伝えに行くが……。
135話 第17章 トドマの鉱山事件
17ー4 魔獣と混乱2
男から物凄い悲鳴が上がった。
「大袈裟ね」
そう言って、護衛兵はさらにグリグリ指を動かす。
男が大きな悲鳴を上げている。
「言いなさい。言わなければ、さらに傷口は広がるだけ」
もはや、護衛兵の彼女の右手は血だらけ。
「言う、言うから、やめてくれ」
「そう。一体誰なの」
「……」
彼女は更に奥深くまで突っ込む勢いで人差し指を傷口に入れた。
悲鳴を上げている男の顔はもう真っ青を通り越えて土気色になっていて、顔は脂汗だらけだ。
彼女は一度、指を止める。
「言わないのね」
彼女は指をまた突っ込もうとすると、男から悲鳴のような声が上がり、とうとう喋った。
「やめてくれー!! たのむ……言うからやめてくれ」
もう、男は哀れな叫び声だった。
護衛兵が男の顔を覗き込んだ。
「誰なの?」
「……ディブラッシだ」
「そう、嘘を言うと次は発狂するような痛みが待ってるけど、それは本当なの?」
護衛兵はサラリと言った。
「ほ、本当だ。もう、止めてくれ、本当の事を言った」
「どこに居るの?」
「も、もう、いない。ここにはいない。本当だ」
護衛兵の細い目が更に細くなった。
「本当だ。さっきの騒動であんたらが魔獣をどんどん斬っちまった。あいつの手駒が一気に失くなって、あいつが先に逃げ出しちまった」
私はもう一回、治療師を呼んだ。
「手をかけさせて、申し訳ないけど、この男は、まだ、死んじゃ、困る、みたいなので、治療を、お願いします」
ウィードマン・シュテッテン鉱山ギルドマスターはエルドレッド・セルゲイ鉱山監督と監査官とヨニアクルス支部長とで何かを話していた。
とんだ失態なのは間違い無い。たぶん、鉱山監督に何かのペナルティが課せられるだろう。支部長の方はなんとも言えない。あの専任の男たちが、特殊能力を隠していた事を見抜けなかったからと言っても、無理からぬ事だ。
しかし、監督責任を問われる可能性はある。
倒れた二名、ビスィドマーと、あとで支部長が教えてくれたコンベックという男も銀の鉱石と他にも鉱石を持っていた。重罪、いや死罪かもしれない。
コンベックは瀕死だったが、一応、現時点では一命を取り留めた。私の投石で下腹部の内臓がだいぶ傷ついた。破裂かも知れない。いつ死ぬかは分からないが、治療がうまく行けば、取り敢えずは助かるだろう。
この二人を裁くのはここの人達じゃない。王国の審判か、裁判官が決める事だ。
コンベックがそれまで生きている保証はないが。
……
そうだ。言っておく事があった。この三人には、間違いなく手引したものが居る。
逃げたやつじゃない。お膳立てしたやつがいるのだ。
それとその脚に大怪我したツォディッロは魔獣使い。もしかしたら、ビスィドマーとコンベックも、だ。
それに逃げられたが、コイツラの仲間の男、警護兵に魔獣をけしかけたやつか。
さっきの魔獣を其々が何体か、もしかしたら一人で一五体以上操っていた。
少なくとも、この国にそんな技能の持ち主はいない……。
「マリーネ殿はご無事か」
そこに来たのはギングリッチ教官だった。
「だいぶ赤いが、返り血を浴びたかね?」
「え? まあ、少しは。それでも、覇気の無い、魔物が、何体いても、ただの獣と、同じです。なんでも、ないです。それより、一味の、男が、あと一人、どこかに、いるはず、です」
ツォディッロから吐かせた名前だ。
「ディブラッシ、という、男です」
「なんと!」
ギングリッチ教官は、その男を知っていた。
二年前に、ツォディッロと共にトドマに来た男で、その腕を買われて、鉱山護衛になっていたという。
剣の腕はそれほど大したことはないのだが、魔物を相手にすると、何故か魔物が弱体化して、大物の魔物が殺られている。不思議な剣術だといわれていた。それでめきめきと階級が上がって、銀になったという。
その実績で鉱山護衛に上り詰めたのだ。
「それは、剣術、じゃない、からです。たぶん、魔獣を、手懐けて、その、瞬間に、切り倒して、いる。そういう、魔獣使いの、技能、でしょう。ツォディッロも、その、技能が、あります。ディブラッシが、どの辺に、逃げそうか、心当たりは、ありますか?」
「あれは、元々はルッソームの街から来たのだ。ラバーラ出身だと言っていたが、本当かどうかは分からない。もしかしたらさらに東かもしれん」
「それは、どこに、あるんです?」
「ムウェルタナ湖の一番南側は大河になっているのは知っているだろう。ムウェル河だ。その少し先にルッソームの街があるのだが、そこから河を渡って東に行くと山を越えた所にラバーラの街がある」
「となると、もう、逃げている、かもしれない、ですね。おそらく、そいつは、鉱山の、先の、東の川に、船を、隠していても、不思議じゃない、です。川を渡って、反対岸から、山を下って、いるでしょう。たぶん、この人たちを、手引した者が、どこかに、居る、はずです。どうしましょう」
「ディブラッシの手配はだそう。しかし、連絡が行き届くまでに、逃げられるか。手引したものが居るというのは本当か?」
「私の、勘、です。ツォディッロから、吐かせますか。言わずに、死ぬかも、しれませんが」
「それはまずいな。監査官の許可がいるだろう」
「判りました。監査官様に、聞きましょう。それと、コルウェと、ルッカサの、街にも、連絡が、必要です」
「うむ。しかしカサマの街に連絡を出して、そこからだから四日、いや五日は最低でも掛かる」
「完全に、何処かに、逃げられて、しまいますね」
「たぶんな」
「やれる事を、やるしか、ありません。監査官様の、方に、行って、きます」
「わかった」
私は鉱山ギルドマスターと監査官を探した。
二人は、屋根と三方向に壁のある東屋の近くにいて、まだ何かを話していたが、監査官に私は階級章を見せて話に割り込んだ。
「おふたりが、お話中に、すみませんが、大至急、許可が、必要な、件が、あります」
「ヴィンセント殿、何かね?」
「ツォディッロが、今回の件で、彼らを、手引した、人物の、名前を、知っているかと、思いまして、口を、割らせたい、のですが、その最中に、彼が、誤って、死ぬ可能性が、あります。その尋問を、私が、やって、良いものか、許可を、戴きたく、思います」
「判った。そういう事なら、直ぐ護衛兵にやらせよう。ああ、私はクッカリス・リル・スヴェリスコ特別監査官という。スヴェリスコと呼んで欲しい」
「わかりました。スヴェリスコ特別監査官様」
この監査官も、やはり玉ねぎ色の短い髪、整った顔立ちに細い目。
そして男性貴族が着るような服を着用した男装の麗人だった。要するに今まで見て来た監査官たちと物凄くよく似てる人。
しかし、肩に肩章が乗っている。そして腕につけている腕章は今まで見た物とはまったく文様が違う。第三王都の監査官たちの服はあの王都の冒険者ギルドで見たが、スッファのルクノータ監査官やここのトウレーバウフ監査官とは服の色が違っていた。この特別監査官の服は萌葱色。
きっと色々と、他の人が見分けるのに困らないようにしているのだろう。
取り敢えず、戻るか。
私の斃した魔獣と魔物で四七体はあった。一日で斃した数としては最高記録だな。
坑道入口にいた事で、魔物達は広がって私を囲む事も出来なかったし、大半は操られていて必殺の技を持っていても、それを出さなかったからだ。つまりはほぼ獣と同じ。
ギングリッチ教官は、混乱の収拾に手を貸していたが、ほぼ収まってきていた。
「教官。あの件は、護衛兵の、方が、行うと、いう、指示、です」
私は大声で教官に声をかけた。
「そうか。判った。こっちに手を貸してくれ」
その時だった。背中にぞくぞくするというより、びくっとする感覚と頭の中に早鐘のような警報が!
何かが来る!
再び、魔物だ。
肌の色が真緑、頭はやや大きく、髪の毛がない。鼻がまるで湾曲した嘴の様な形状。
そして、顔の中央に巨大な目が一つ。顔に不釣り合いな大きな尖った耳。
体は小さい。私と同じくらいだ。そして飛び出した腹、粗末な腰巻き。裸足の足。
二本足で立っている。尻尾は無いらしい。
森から、それが駆け出すようにして、出てきたのだった。
今までに全く見た事がない、そいつはかろうじて『人の姿』をしていた。
手には鈍器らしき棍棒。
甲高い奇妙な鳴き声、いや叫び声か。
私は走り出していた。
鉱山の護衛兵達四人は、監査官達が連れてきた衛兵や制服組と共に、お偉い人達の周りで壁を作った。
教官の連れてきた銅階級の隊員達では、手に負える相手では無さそうだ。
「気をつけろ!」
誰かが叫んだ。
「逃げろ! 早く逃げろ!!」
事態は収まりかけていたのに、再び混乱か。
魔人というのか、それとも、ただの魔物というべきなのか。
人の姿には近いが。
私はそいつらの前に躍り出た。
恐ろしいほどの速さで、そいつが棍棒を振るってきた。
だが。見切れた。そう、あの黒服の男の剣を思えば、まだまだぬるい。
当然、避けられないほどの速さでは、ナイ。
背中の銀灰色のミドルソードを抜いた。
そいつを片付けようとしたら、もう一体、更にもう一体と、どんどん森から走って出てくる。全部で八体か。
鼻の先が大きな嘴のように飛び出し曲がり、先端が尖っている。アレが当たっても皮膚が裂けるだろう。
私を食べようと、一つしか無い目が、ぎらぎらと血走っている。
つまり、コイツラは私の血の匂いで出てきたのだな。
ならば、私を仕留めるまでは他を襲うことは、ナイ。
その代わり、囲まれれば、圧倒的に不利。
だが。負けられない。
こんな所で。
私はこんな所では死なない。
こんな魔物の手に掛かって死ぬ訳にはいかないのだ。
「私は負けない。……私の剣は魔物より速い。魔物を遥かに凌駕した剣。私は負けない」
自然と言葉が口から出た。勿論、元の世界の言葉だ。ここにいる誰にも判らない。そして、これは自己暗示だ。
私は正面の敵を見ながら剣を真っ直ぐに構えていた。
物凄い速さとはいえ、最初の一撃ほどではない、襲いかかってくる棍棒を左から右へ払った。
二本の棍棒がすっぱり斬れて飛んでくる。私は左に躱すと、棍棒の先端は右の後方に転がる。
こいつらは一気に広がって、私を囲んだ。
しかし、私は自分の剣を信じる。シャドウではあっても鍛錬してきた剣を。
剣を戻して右八相から、素手で飛び込んでくる二体を真横に左へ一閃。切り払いながら踏み込み、そのまま前方へ転がって、左手で体を支え、脚を上に向けて開いて回転し、そこから起き上がる。
二体は胴体が真っ二つになって転がって倒れ、内臓をばら撒きながら脚が痙攣を続けていた。濃い緑色の血液なのか体液なのかが、多量にそこに飛び散って不気味な血溜まりを作り始めていた。
三匹が棍棒を前に突っ込んでくる。
左から一閃。やや右下方に左と中央の棍棒を切り払って、右下から手を返し、地を這うような剣が上に抜け、この右側の怪物を股から上に切り裂いた。
剣先を左に向けてそこから踏み込んで右に。突っ込んでくるそいつら二匹の首を刎ねた。
倒れた胴体二つは、まだ四肢が痙攣していた。股から肩口に切り裂いたそいつは内臓をぶちまけていた。飛び出して千切れ散乱した黒っぽい内臓が、まるで生きているかのように蠢いていた。
まだ残り三体。
一体は、いきなり飛び上がって私に向かって飛んでくるようにして棍棒を振りかざしている。左から右に一閃。そいつの胴体が横から切り払われて、下に落ちた。
私が飛びのいたその瞬間、二体が左右から迫る。
右の魔物がやや早く、こちらに来たが私はさらに右に一歩踏み込んで、棍棒を躱して、剣で突き刺した。首に刺さった剣がそのまま首を切り落とした。
左にいた魔物も私の剣が逃がすはずもない。手首を返して右から左へと払った剣は魔物の胸を横から腕ごと横断し、そのまま全て切断した。
廻り一帯には濃い緑色の血が流れ、厭な匂いが充満していた。
戦闘は、相変わらず僅かな時間だった……。
つづく
魔物たちを斃した後片付けをしようかという、その時に不意に現れた緑色の小人の魔物たち。
しかし、マリーネこと大谷の前では、彼らもまた壁となるほどの強さはなかった。
あっさりと片付けてしまったマリーネこと大谷である。
次回 混乱とその先
多数の魔物から魔石を回収するマリーネこと大谷とその他の冒険者ギルドの隊員たち。
斃した数が多かった。