133 第17章 トドマの鉱山事件 17ー2 正夢と魔獣と
マリーネこと大谷は悪夢のような「夢」を見た。
そして、現場に向かった先で、魔獣達が暴れ始める。
マリーネこと大谷の剣が煌めく。
133話 第17章 トドマの鉱山事件
17ー2 正夢と魔獣と
…………
夢を見た。
何故、見たのか。判らない。
変な夢を見た。こんな夢を見た事は一度も無かった。
私が何かに翻弄されていた夢だ。
それはなにかを守ろうとしているのだが、私は魔物に翻弄されている。
──始まったのだ。
誰かの声がした。誰だ。
そして、何故私は赤いんだ?
服が鮮やかな赤。掌も赤い。スカートがまるで血のように赤い。脚も赤い。
髪の毛まで赤い。
何か大きな魔物を叩き斬って、大量の返り血を頭から浴びたのか。
「何か」が私を視ている。
──お前は赤く、そして黒い。だが、それがお前の運命というわけではない……。
誰かの声がした。誰だ。
魔物たちが一斉に統制の取れた動きで、鉱山の人々を襲う。
逃げ惑う人々。広がる恐慌。襲われている作業員の人々。
あり得ない。
王国の警護兵がいるはずなのに。
警護兵たちが魔獣に押し込まれている。王国の槍の次に力のある筈の人々が。
あり得ない。
全く種類も異なる魔獣が連携している。
あり得ない。
何が起きているのだろう。
それよりもなぜ私は、この景色を俯瞰しているのだろう。
──お前は、お前の運命を切り開くのだ。
誰かの声がした。誰だ。
魔物たちは何か、一見して出鱈目に襲っているように見えて、何か意思があるように思えた。
いや、明らかに意思があるんだ。
何者かが手引している。
冒険者ギルドから、鉱山の坑道入口護衛に派遣されている男たち。
私を鉱山のほうに案内した支部長が紹介した男たちが、入口にいない。
そのうちの一人が鉱山の入口から離れた場所にいる。
鉱山の坑道入り口警備専任のツォディッロだ。
こいつ、裏切り者か? 鉱山の坑道を守らず、人々も守っていない。そして、明らかに様子がおかしい。
こいつは、何をやらかしているんだ……。
ツォディッロの見つめる先にいるのは、魔獣の一群れ。それらは統率の取れた襲撃をしている。しかし彼の眼は、怯えているのではない。なにか恍惚としたものが、浮かんでいる。
鉱山の鉱石を、金と銀の混ざった鉱石を持ち出す男たち。
鉱山入り口を襲う魔獣なのか野獣なのか。押し寄せている魔物たち。
さらに混乱する鉱山。
…………
夢はそこで終わっていた。
いや、本当に夢だったのか?
生々しい夢だ。
久しぶりに、酷く夢見が悪かった。
厭な汗をかいていた。ベッドで目が覚める。
何だったんだろう。この夢。
のろのろとストレッチをして体を解す。
薄蒼にまで、色が褪めたツナギ服を着る。
空手と護身術もいつも通り。
しかし、夢見が悪く体の動きにキレがない。
一度井戸に行き、数度顔を洗って気合を入れ直す。
何時もの靴を履いた。
よし。剣の鍛錬も行う。
新ミドルソードと鉄剣を交互に振ってみる。
ダガー二本の私が勝手に始めた、謎の格闘術もだ。
だいぶ汗がでるまでやって、井戸に行き顔を洗って、部屋に戻る。
ブロードソードを腰に。新ミドルソードは昨日同様に背中に背負う。
小さいポーチにはマスクとタオルが入ってるかを確認。ダガーを両腰。
リュックはなし。
この出立ちで門に向かう。
本来ならば、昨日は休みの日なのだが、雨が降り続いて、恐らく作業は長く止まっていたし、雨が上がった後は彼方此方が土砂崩れとあっては、ここの現場は休んでいる場合ではないのだろう。多分暦通りに戻るまでにはしばらくかかる。
今日は第四節、上後節の月、第四の週、始まりの日。
一つの節につき、月が四つ。一つの月に四三日あるから第七の週まである。つまりは月半ばと言う事だ。
一年は三六の月があるが、それで元の世界の三年では無くて、一つの月の日数が多いから元の世界の四年とちょっとあるのだ。
(※作者注:暦については九七話参照)
……
入口の門につくと、今日はギングリッチ教官が数名の鉄階級と、大勢の銅階級を連れてきていた。
たぶん経験を積ませようという事だろう。相変わらず大変だな。
たぶん、実地訓練の一環だな。
そうか。白金の二人がスッファ街に行っているから、新人研修を頼めないのだな。それで、教官が連れてきたのか。態々査察のある日にか? 何かあるのか。
門の周りは、もう人でいっぱいだ。
土木工事のメンバーたちは、伐採場の方に向かっていった。
残ったのは、私と教官と、新人たち多数。
二列で鉱山入り口に向かう。北北東に太い道があり、石畳になっている。
この道路は鉱山のために作られているので、行き交う荷車はすべて鉱山関係である。
坑道入り口は、宿営地からさほど大きくは離れていない。直ぐ近くというほど近くもないが。
鉱石をすぐ運び込めるような位置を選んだのだろうから、これはある意味当然である。
少し離れた場所にある、もう一つの坑道は木の扉が付けられ、厳重に塞がれていた。
更にその前に石が置かれていて、開けられないようになっていた。
あっちは廃鉱か。
廃鉱の中も興味はあるが、王国が管理しているのだ。立ち入ることは出来なさそうだ。
さて、鉱山の人たちの邪魔にならないように、私は少し入り口から離れた。
何をすれば調査の手伝いなのだろうか。
鉱山の作業はとっくに再開していて昼夜交代で、採掘が行われていた。
坑道入り口近くに王国の護衛兵が四人。ギルドメンバーの専任の男たちも二人が立っていたはずだが、彼らが居場所を離れていた。交代なのだろうか。
護衛兵の彼女らが坑道入口から左右に少し離れた時だった。
森の中から急に現れたのはゲネスだ。それも何頭もいる!
それはまるで夢で見たのと同じ様に魔獣が来た。ゲネスはもう、全力で走って来る。
なぜ、私の背中は反応しなかったのだろう。おかしい。
いつもなら現れる前に背中に何かぞくぞくする様な、あるいは違和感のようなモノが何かあるのに。
ゲネスに気配消しができるなんて話は、聞いていない。ゲネスは小さいながら火の玉を吐く魔獣だったはずだ。
その時に頭の中で危険を知らせる警報が鳴り始めた。
今までにない事態だった。
相手がどれ位いるのかも判らない。
だが躊躇している暇はない。攻撃される前に斃さなければ。
それと、鉱夫を安全に逃さないといけない。
もうこの時点で、坑道入り口近くが混乱し始めている。
「作業員はすぐに退避! 逃げるんだ! 荷物はその場に置け! 隊員は手助けしてやれ!」
簡素な命令が飛んだ。教官の声だ。
「もたもたしてると死ぬぞ!」
教官が怒鳴った。
魔獣は坑道入り口に一直線に向かっている。
私は走ってその前に割り込んだ。
抜刀!
突っ込んできたゲネスを一頭斬り捨てる。一瞬魔獣から悲鳴がした。
そこから右八相。斬り捨てられたゲネスが痙攣しながら、鮮血を迸らせる。
ゲネスはどんどんやってくるのだが、私を標的にしているのではない。
坑道の中に向かおうとしているのだ。
更に一頭。右から左に払う剣で斬り払った。やはり一瞬だけ魔獣から声が上がる。
どんどんやってくるゲネスを斬り払う。
右足一歩踏み込んで、半身。そこから左から右に剣を振りながら、斬り捨てては踏み込んだ脚を戻して逆の半身。
その時、私の横を抜けようとするゲネスが居た。素早く反応し魔獣を横から突き刺した。鋭い悲鳴があがった。
振り返って、更に反対側の魔獣も突き刺す。剣を抜いて、正面。
飛びつこうとするゲネスを右下から正面上に剣を跳ね上げる。
ゲネスの胸と腹のあたりに下から剣が入って体がちぎれ、ゲネスの顔は私のほぼ真ん前。左に躱す。半分に斬れたゲネスは大量に出血しながら私の右やや後ろに落ちた。口から血が泡のようになって噴き出していた。
時間差で別の場所にまた、何かが来た。なんだろう。背が低い魔獣がどんどん坑道入り口にやってくる。
私はもう少し立つ位置を変えて入り口の前に立ち塞がる。
ちょうどその時に鉱山の中の作業員たちが入り口に出て来てしまった。
まずい。
荷車には鉱石が満載だった。彼らの目がまん丸に見開かれている。
彼らから叫び声が上がる。
「後ろに! 下がって!」
私も大声を出さなければならなかった。
しかし。何かがおかしい。
魔獣の群れだと思ったのに、さっきから私に一直線に向かってこない。
私には今、魔石が手元に無いのに。
『アジェンデルカ』の警告以来、私は魔石のポーチを置いてきている。格好の餌となっているはずの私に魔物が向かってこないのは、変だ。
少し離れた場所にやや大きい魔獣一五頭以上が次々と現れ、坑道入り口から少し離れた場所の警護兵と戦っているのが見えた。魔獣の数が多い。
二人の警護兵に同時一五頭以上では流石の彼女たちも魔獣を瞬殺という訳にはいかない。
警護兵が押され、逆に押し込まれている。反対側の二名が合流したが、乱戦になった。
魔獣は坑道の中に入ろうとしている。
私は剣を右八相から剣先を下に向け、そこから更にやや右後ろに引いてから一気に剣を左に払う。三頭のゲネスが瞬時に転がる。
レハンドッジの時の比ではない。どんどんやってくるのだ。ゲネスも、名前の分からない小型の魔獣も。
「あぁぁぁ、あぁ、あぁぁぁぁぁ」
自分の声とは思えない声が喉から絞り出され、迫る魔獣を斬り払っていく。
ブロードソードの切れ味は全く衰えない。鉄灰色の剣が煌めくと、そこには魔獣の死体が転がっていく。少しずつ下がりながら剣は低い位置で左右の軌道と∞軌道をもう何度も何度も、描いていた。
死体を飛び越えてやってくるゲネスは全てどこかしらざっくり斬れて、激しく流血し転がっていた。どのゲネスも激しい痙攣を起こしていた。
ゲネスじゃない、この背の低い毛皮の汚らしい小型の魔獣はなんだろう。
こいつらも全てが、どこかしらざっくり斬れていた。その殆どが顔か首。そこからの夥しい流血。
元の世界の『リカオン』の様な感じか。
あれは犬の仲間なのだが。尻尾の先が白い。顔は目から下は黒で首も黒で目から上は白っぽい狐色だが、耳が黒。体毛全体が浅い狐色と黒の汚らしい斑だ。
その『リカオン』に似ていた。鼻の後ろに小さな角が無ければ。
坑道入り口に濃密に血の匂いが漂う。噎せそうなほどに。
剣を二度、大きく振って血を払う。ゲネスの毛皮に刃を擦りつけて脂を拭いた。
剣を腰の鞘に仕舞う。
このままでは通れない。転がっているゲネスと名前も分からぬ魔獣の足を掴んで、どんどん入口の外に投げる。
やっと荷車が一台通れそうな程度の道ができたが、夥しい流血で赤黒い。
そこにさらに魔獣の群れがやってきた。八頭か九頭はいるだろう。種類が違う魔獣が、連携してやってきたのだ。
まだいるのか……。
しかし、魔獣たちの動きにキレがない。私の匂いで冷静さを失っている状態の魔獣たちとあまり変わらない。
何より私に向かって来ないなんて、あり得ない。
これは……
そうだ。魔獣を誰かが操っているのだ。たぶん……。だからか。
これは……。
もしかしたら『魔獣使い』ってやつか。
だとすれば、どこかに居る。操ってるやつが。
夢で見たのはツォディッロが裏切り者だったが。
操られているなら、いきなり私に向かっては来ないし、何より魔獣たちはそれぞれの必殺の技を効果的に出せまい。操る奴が余程、魔獣を知り尽くしていないと。
突っ込んでくる。
抜刀!
つづく
やって来た魔獣を、ほぼ一蹴したマリーネこと大谷だったが、魔獣は「必殺技」を放たない。そして、自分に向かってこない事で、大谷は疑問に囚われた。
大谷はほぼ確信する。魔獣使いがいるのではないだろうか。と。
次回 魔獣と混乱
次々と現れる魔獣の前に、マリーネこと大谷の剣が躍動する。
最早、それは人の為す技では無かった。