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132 第17章 トドマの鉱山事件 17ー1 鉱山の警護

 マリーネこと大谷は、やっと鉱山の宿営地にある共同食堂で、魚醤味の料理にありついていた。

 風呂にも入って、やっとゆっくりして、明日からの警護を頑張ろうとしていた。

 

 132話 第17章 トドマの鉱山事件

 

 17ー1 鉱山の警護

 

 夕食は、何時ものような物に戻っていた。

 雨が上がったことで、宿営地に大量に食料が補充されたのだろう。

 

 共同食堂のうっすらと漂う魚醤の(かお)りすら、今は心地よかった。

 あのアグ・シメノス人たちの、香りしかしない、ほぼ薄い塩味と薄い甘味、薄っすらと付いた、野菜の味らしいスープは、(しばら)くは見たくも無かった。

 

 何時ものように、魚醤で味をかなり濃くした燻製肉と、茶色のシチューと硬いパン。野菜の入ったスープと、黄色と赤い葉っぱの野菜サラダ。

 

 久しぶりに、()()()()()()だ。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 燻製肉を食べた瞬間に気が付いた。塩味がかなり濃い。元々、ここは塩分多めだとは思っていたが、ここまで多かったか?

 急いでスープを飲むが、このスープもかなり塩分多め。

 どうなっているんだ。あの王宮地下牢と、続く街道の宿での食事で私の舌はすっかり、彼女らの味覚に近づいてしまったのか。

 とりあえず、水を取ってきて、水を飲みながら食事する。

 

 味はいい。しっかりとついた旨味が今は、ただただ(うれ)しい。

 茶色のシチューに硬いパンをちぎって入れ、ひたすら燻製肉とサラダを食べ、塩分多めのスープで流し込む。

 

 茶色のシチューも、やや臭みはあったが旨味はしっかり出ている。中に入っていたのは、魚の切り身だった。シチューでやっと食べられる程度にふやけたパンと共に食べてお腹を満たす。

 

 久しぶりに濃い味の食事で、一心不乱に食べ続けた。

 旨味を堪能(たんのう)して満足した。

 

 手を合わせる。

 「ごちそうさまでした」

 

 トレイを片付けがてら、もう二杯程水を飲んだ。

 やっと落ち着いた感じ。

 暫くして、娯楽棟へ移動。

 

 娯楽棟では打ち合わせが行われていた。今週の作業は魚醤工場警邏のメンバーを除き、隊員全員が同じ場所の土木作業らしい。

 

 私が第三王都から戻ってみると、あれから何と二一日も経っていた。

 壁に掛けられた暦を見ると、第四節、上後節の月、第三の週となっている。

 私が街に出たあの日は、偶々(たまたま)雨が上がっていただけで、それから暫くしてまた大雨になったという。

 確か第四節、上前節の月、第五の週の最終日だったはずだ。

 

 季節は確実に移り変わっている。

 トドマの山の方はようやく雨が上がって天候が安定した状態らしい。

 

 それで、あちこち土砂崩れを起こしたり、舗装工事されていない道が相当傷んでいて、それを直す作業に入っているようだ。

 既に、土木工事というか修復工事はだいぶ進んでいるようだ。

 彼らは、復旧工事の警護の役割分担について、話し合っていた。

 私が加われそうな所は何一つ無かった。

 

 打ち合わせも終わって、娯楽棟を出る。

 外の空気は相変わらず、湿気ているが空はどうにか雲が少ない。

 星空が見えた。

 

 よし、お風呂に入ろう。

 共同浴場に行くと、ちょうど二人の女性がお風呂から出て部屋に戻っていくところだった。

 「こんばんは」

 しかし、二人から返ってきた言葉は、私には分からない言葉だった。

 多分、王国の彼女たちの言葉だな。第一公用語。

 暫く私を見ていた二人は、また私には分からない言葉を喋って、部屋に戻っていった。

 共同浴場の脱衣場にいくと、今日はお風呂場が左らしい。右の方のドアには、読めない看板がぶら下げてあった。

 

 手っ取り早く脱いで、お風呂場に行き、頭からお湯をかぶる。

 第三王都から戻る最中に宿で()()みがあったが、ほぼ全部お付の人がいて勝手に洗われて、お湯をかけられて。そう、お湯にゆっくり浸かるのもなかなか出来なかった。

 

 今日はやっと、自分でお湯に浸かれそうだ。

 体と髪の毛を洗って、湯船に入る。相変わらず立ったままだが。

 湯船の縁に両手を置いてそこに(あご)を乗せる。

 

 暫くお湯に浸かりながら考えた。

 

 結局、今回の事は第三王都の勇み足で私を捕縛し、犯罪ではないとして釈放されたが、ジウリーロはどうなったのだろう。

 かなりの怪我をしていなければいいのだが。

 あの手が先に出る監査官の(むち)はジウリーロに振るわれたことだろう。

 

 とにかく、次の休みで彼には何かお詫びをしよう。

 巻き込んだのは私だからだ。とにかく今回の事は、私のミスだ。

 

 次からは、一つとか二つだけにしよう。それがよさそうだ。

 

 取り敢えず、たっぷりとお湯に浸かりながら今後の事を考える。

 

 第三王都から、まだスッファに応援が行っていないというのが驚きだった。

 ベルベラディからは八人のみ。

 となれば、真司さん、千晶さんたちもオセダールの宿からあまり出れていないのかも知れないな。或いはその逆で、連日連日、魔獣狩り三昧だろうか。

 ベルベラディからの八人と組んで、スッファとキッファの間くらいは、やり始めているだろうけど、私のような餌無しでどれだけ魔獣が出てきて、討伐できたか怪しいものだ。

 

 第三王都からスッファの支部長も派遣されるはずだが、これもそうすぐには決まらなさそうだ。ベルベラディと第三王都の間で、どれくらい戦力を出せるかの協議もされるだろう。

 となると、二人が戻ってくるのは、まだまだ先になるな。

 

 私は湯船を出た。体を拭いて脱衣所に戻る。

 服を着て、外に出る。髪の毛はまだ乾いていないが、夜風に当たる。

 

 雨は完全に終わったのだろうか。

 

 ……

 

 

 翌日。

 

 朝起きてやるのはやるのは、何時ものストレッチ。

 まずはツナギ服に着替える。そして空手と護身術。いつも通りだ。

 ブロードソードとか鉄剣を振るう鍛錬。一通りやって、井戸で顔を洗い、汗を流して鍛錬は終了。

 

 ブロードソードとダガーを身に着けて、小さなポーチにマスクを入れてからそれを肩に掛け、小さい方のリュックを背負う。

 

 何時ものように鐘が鳴って、私は門ではなく娯楽棟に向かった。

 娯楽棟には、ギルドのメンバーが集っている。

 ここで打ち合わせをやるのは、どうやら全体行動になるかららしい。

 魚醤工場の方は、工場横の警護だけという事になっているらしい。

 その人員は、ズルシン隊長と他の隊員一五名。もう向かっていった。

 リック隊長は私に待機するように言った。

 

 土木工事が暫く続くので、警邏はその後だという。

 しかし、現場がどうなっているのかは、一度は見る必要がある。

 今回スラン隊長は、リック隊長に権限を譲っているように見えた。

 

 「リック隊長様、見学だけでも、許可を、お願いします」

 「現場を見てみたいのかい。それは構わないけど、君の足だと泥の場所を避けるのは難しいな。背負ってあげてもいいが、それは君が嫌だろう。脚が泥だらけになる覚悟はあるかい?」

 「構いません」

 「わかった。君は珍しいね。普通ならあんな泥だらけの現場は嫌がるんだが」

 そう言ってリック隊長は笑った。

 

 土木工事に向かう隊員たちの後について、現場を見に行く。

 スラン隊長は八名の人員を警護に当てて指揮している。

 

 魚醤工場近辺の道路は、真っ先に直されていた。

 出来上がった魚醤を出荷する都合もあるのだ。

 

 (えぐ)れた道は平らになり、少し固め直されている。

 それと道の脇に積極的に溝が少し掘ってあり、雨水を流せるようにしているのだが、それがだいぶ埋まっている。それも泥を取り除いている途中だった。

 ズルシン隊長の隊が工場近辺警護についていた。

 

 私たちは歩いて、やや泥濘(ぬかる)んだ小径を通りぬけて伐採場のある木々の方に行くと、状況は結構悲惨だった。

 

 やや斜めになった場所の何本かの木は、根こそぎ倒れて土砂が流出しているし、若木の方もいくつかは流れてしまって、もはや流出している土砂で元の状態が分からない。

 ここを直すのは、やはり時間がかかるのだろう。

 それでも、木を切らずに残している部分があるから、土砂の崩れ方がある程度少なめに済んだという事か。

 

 そこから、採集場に行くのは大変だった。彼方(あち)此方(こち)が歩ける状態ではない。

 かなりの周り道になった。

 

 粘土採集場のほうは陶芸ギルドの人たちもいて、人数もいるし道具もあるので復旧は早そうだが、崩れた場所をどうするのか。粘土を掘るためにはこの流出土砂をどかさなければならない。伐採場の復旧にも土砂の撤去が待っている。

 

 これは大変そうだ。

 暫くは、土木工事とその作業の警護だけで、日にちが過ぎていきそうだった。

 

 

 現場を見終えて戻ると、思いの外時間が経っていた。

 夕方になる前だが、お風呂にはいることにする。

 まず、いつもの服に着替えた。つなぎ服はもう膝の下は泥だらけである。

 灰を使って洗い、そして干す。

 

 靴も大概(たいがい)なのだが。

 自分で作った靴を引っ張り出し、この最初から履いている靴を洗った。

 それからお風呂に向かった。

 

 こんな時間に入りに来る人はいないようだ。

 それで、安心してたっぷりお湯に浸かって堪能した。

 

 お風呂を出てから、夕食になった。

 

 ……

 

 翌日。

 

 起きてやるのはいつものストレッチ。そして柔軟体操から空手と護身術の稽古。

 いつも通りだ。

 そしていつもの服を着て、剣の鍛錬。靴は自作のやつ。

 

 鐘が鳴って、娯楽棟に行くと私は鉱山ギルドの事務所に呼ばれた。

 支部長からの指令が有るということで、テノト係官が来ていた。

 「ヴィンセント殿。支部長から特別な指示が来ています。今回、大至急という事で、私が来ました」

 係官がそう説明する。

 「具体的には、明日以降、鉱山の方に行って貰います。支部長がお越しになりますので、そこで詳しい話も有るかと思います」

 「わかりました」

 

 テノト係官は、アルパカ馬の馬車で来ていたらしい。

 彼はそれだけ伝えると、馬車に乗って帰っていった。

 

 私は支部長から一つの特別な命令を受け取ったという事だな。

 トドマの港町の北に二つの鉱山がある。

 それは鉱山の宿営地から北北東にある崖のような岩肌に開けられた洞窟がそれだ。

 そこに私を少し行かせるという命令だ。ここの警護は、脇においておけという事だな。

 

 そこには確か、専任がいるのだ。何だろう? 何かの手伝いだろうか。

 支部長が急に私をそこに振り向けるというのは何か、あるのだろうか?

 勿論、特別な『何か』があるのに違いない。あの支部長が然したる理由も無く、配置を変えるはずが無い。

 

 ……

 

 今日は、私は何も作業がない。

 本来なら粘土採集場の警護だが、暫くは土砂崩れの復旧だ。

 

 余った時間は、何時もの様に空手をやってから護身術。そして剣の鍛錬にあてる。

 

 大きな鉄剣も振るう。

 汗を拭いてふと気が付くと、宿営地の北の方で、何かの鳥が啼いていた。

 さらに鍛錬続行である。

 

 スラン隊長から授かった、あの二刀剣術も忘れない様に訓練する。

 たとえシャドウでも、続けることに意味があるのだ。たぶん……。

 

 

 ……

 

 翌日。

 

 起きてやるのはストレッチ。

 何時ものように柔軟体操から空手と護身術。

 ツナギ服に着替えて、剣を点検。

 あのポロクワ街で買ったミドルソードは背負える帯を、私の自作のベルトに付けてから、鞘を取り付け。

 ブロードソードとダガー二本を付ける。

 小さいポーチにはマスクとタオルだけ入れた。

 さて、準備は出来た。

 

 娯楽棟に向かうと、支部長が鉱山ギルドの事務所にいると言われ、事務所に向かう。

 支部長は朝一で馬車を出し、もう鉱山ギルドの事務所に居た。

 私は、支部長に呼ばれてついていくと、歩いて鉱山のほうに向かった。

 支部長は、何時もなら気さくに何か話すのに、今日に限ってはかなり深刻そうな表情で、何も喋らない。

 

 ……

 

 鉱山の入り口手前に到着。

 そこで、冒険者ギルドの方からこの鉱山護衛に派遣された、坑道護衛専任という人を紹介された。

 一人はツォディッロ、そしてもう一人はビスィドマーという名前だった。

 どちらも、今までに見たことのない顔立ち。ツォディッロは二メートルぎりぎりくらいの背丈。

 ニキビ顔。耳は尖っているものの、少し短い。目はやや小さい。灰色っぽい瞳。これも見たことがない。ビスィドマーも瞳や耳は同じだ。ニキビ顔ではないというのと、髪型も違う。この二人は同じ国から来たのだろうか。

 

 交代にはあと二人いるという事だった。

 

 支部長は私を紹介してまわり、鉱山の仕事を見守った。

 あの二人はどうにも、冒険者ギルドのメンバーらしさがない。どういう事だろうか。

 何だろう。最も重要な任務に専任で就いている人物が、どうにも頼りない感じなのは違和感を覚える。

 

 鉱山の中は深いらしい。風をあつめて送る魔法士が二名。太い管のような筒に空気を送り込んでいる。

 

 通路中央は掘った物を運び出してくる人々。小型の荷車には大きな箱が取り付けられ、掘った鉱石が満載されていた。

 次々と運び出される(かたわ)らで空になった荷車を再び鉱山の奥地に運んで行く男たち。まだトロッコのような物は作っていない。ただ、滑車はかなり使われていた。

 

 鉱山の横には大きな屋根に壁が三方だけ付いた場所がある。公園の東屋の巨大な物に壁を付けたとでも言えばいいのか。その横にトイレが二つ。井戸は一つ。そして大きな水甕が四つ。

 そこでは大きな荷車に鉱石を積み直す人や、休憩する男衆でごった返している。

 傍らに王国の警備兵がいた。入口付近とここで計四名。

 

 その時に支部長が戻ってきた。

 

 「ヴィンセント君。少しいいかな」

 「はい」

 「今回は少しお偉い人が来て査察なんだ。君はその査察の間に魔物が出た時の用心なんだ。向こうの、いつもの作業から外れてもらったが、あっちもちょうど、土木作業で君の出番がないだろう? こっちを手伝って欲しい」

 「わかりました」

 私はお辞儀した。

 

 「君の今回の任務は、この鉱山の坑道入口護衛の補佐やってもらいたい。いや、表向きは入口護衛の補佐だが、やってもらうのは調査という名目で行われる査察をする人員の護衛の付き添いという事だ」

 「査察、ですか? それなら王国の護衛の人も沢山来そうですが」

 「うむ。その辺り、まだ詳しい事は言えない。ただ、とても重要な事なのだよ」

 「わかりました。支部長様」

 私は再度お辞儀をした。

 調査という名の査察か。何だろうな。

 

 警護はともかく、私の匂いで魔獣を(おび)き寄せてしまっては、あべこべな気がする。

 それに護衛の付き添いとか補佐といっても何をすればいいのやら。

 

 取り敢えず、位置関係などを頭に叩き込んで、周りを観察。

 今日はそれで作業も終わり、宿営地に戻って夕食。

 

 私は、この日は娯楽棟での打ち合わせには参加せず、暫く鉱山の方に行くことだけ告げた。

 リック隊長たちには既に話が通っているらしく、そうか、気をつけろよとしか言われなかった。

 

 明日から鉱山か。何故かこの日はなかなか寝付けなかった。

 

 

 つづく

 

 マリーネの元に係官がやって来て、マリーネこと大谷は、支部長の命令で鉱山の方に向かう事になった。

 

 次回 正夢と魔獣と

 マリーネこと大谷は、今までに見た事の無い「夢」を見る。

 そして、この「夢」を境に、マリーネこと大谷の運命が、大きく動く。

 

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