013 第3章 初めての制作 3ー4 鉄を作る。まずは還元と鍛造
大昔の製鉄をやることに決めたマリーネこと大谷。
大変な作業が待っていました。
13話 第3章、初めての制作
3ー4 鉄を作る。まずは還元と鍛造
───────────────────────────
大谷の雑学ノート 豆知識 ─ 鉄の還元 ─
八〇〇度Cでやっていたヒッタイト帝国の製鉄というのは、酸化鉄の一種、赤鉄鉱石やその粉を熱していく。
この時に三段階程の還元プロセスを経て、鉄に変化させる。
還元方法は、赤鉄鉱に二〇〇度C以上の温度を加えつつ、一酸化炭素が触れると最初の還元反応が起き、二酸化炭素が出る。
必要な一酸化炭素は燃料の木炭を不完全燃焼させれば得られる。
そして二酸化炭素は燃料である赤熱の炭に触れた瞬間、一酸化炭素に変化。
つまり空気を送り込んで燃やす一方、最初に不完全燃焼しつつ十分な熱があれば還元反応が連鎖式に続いていく。
三〇〇度Cを越えて一酸化炭素に触れていると、二段階目の還元反応となる。
四〇〇度Cを越えてなお一酸化炭素に触れ続けると、三段階目の還元反応で酸化鉄が鉄に変化する。
この三段階目の還元反応は上限一〇〇〇度C。
第一段階、第二段階の還元反応は上限八〇〇度C。
なので八〇〇度C弱まで熱を上昇させていく事で、炭素の多い鉄が得られる。
なぜ八〇〇度C弱なのかというと、この温度に近づくと得られた鉄の表面が少し柔らかい粘り気のある飴状態に変わる。
温度が低い時に酸化鉄内部の酸素が抜けるとスカスカの海綿みたいになってしまう。
この飴状の鉄をできるだけ温度を保ちつつ、直接ハンマーで叩くという鍛造が帝国が行っていた製鉄であった。
この鍛造で鉄を叩きつつ、スラグと呼ばれる不純物を取り除きながら焼いていく。
炭素を減らす目的も、計らずともあったであろう。
炭素が多いと、とても脆いので、砕けない程度に叩き伸ばして焼きながら炭素を減らすのが重要である。
飴状の鉄同士を叩いて接着するのを鍛接という。
焼く際には一酸化炭素に触れさせて、叩いて露出した酸化鉄も鉄に変えていく。
その為には叩いて薄く延ばす必要がある。
叩いて不純物が表に出て来た時に炉の熱で焼きつつ除去、さらに叩いて落とすなどの方法をとる。
極めて単調な力作業だが、暑い上に腕力が必要である。
───────────────────────────
炉には大きい扉が付いているが、これを開ける。
扉は相当分厚い造りで、ヒンジはどう見ても鋳物だろう。
下に空気を入れる場所があるのだが、扉の位置はかなり高い。私の身長では大きな踏み台がいる。これも作ってくる。脚立というほどでもないが、ここの元の住人は皆、背が高かった。私の身長は低すぎる。
さて、下のほうの煉瓦を手前にずらして、炉の中の灰やら焼けた土を大半掻き出す。
そこに炭をいれて行く。煉瓦はそのまま。不完全燃焼させるための炭がこの下のやつだ。
次に上の扉を開けてあるので、中に炭をどんどん入れる。
奥の方に押し込んで、炭をかなり下に落とす。炭が積み上がったらその上に鉄鉱石を乗せる。
そして、その上にも炭を乗せる。
炭に火を付けてどんどん熱していく。二〇〇度C越えたら、炉についてる扉を一回閉めて熱を逃がさないようにしておく。
下の炭を不完全燃焼を起こさせるために煉瓦を棒で押し込んで酸欠を作る。
暫く待って上の扉を開ける。鞴で酸素を拭きこめば炭の赤熱で三〇〇度Cは軽く超える。
下の不完全燃焼がうまくいって還元が始まっていれば、しだいに還元作用で鉄になっていく。
四〇〇度Cになると表面は鉄に変わる。
三〇〇度Cになる前に、ここで鉄鉱石を上に追加。かなり体力がいる。
下の桶からシャベルで鉄鉱石をこの炉に放り込むのだ。
しかもいい加減に放り込むのではなく、取り出しやすいようにできるだけ手前に積んでいく。
更にその上に炭を積み上げる……。
大掛かりなピザでも焼くような感覚だな。しかし熱が足りなくならないように上下左右に炭を大量に置いているところがピザとは違うな。
奥の方と左右に熱風が下からくる通り抜けがあるので、そこを塞がないように注意する。
この上に積んだ鉄鉱石も暫く熱せられて二〇〇度Cになると、還元作用を起こして変化して行く。
炭に当たって起こす二酸化炭素からの一酸化炭素が必要なので石の周りの炭は十分用意する。
この一酸化炭素でさらに還元が進む。
扉の手間に煉瓦の台が少し出ていて、その手前に鉄の板を嵌めたらしい、叩く場所がある。
変な作りだ。この煉瓦の台の場所に焼けた鉄鉱石を「やっとこ」で掴んで引きずり出して、この鉄の板のような所で叩くのだろうか。これが簡易な鉄床か。
鋳鉄するならこの台は外さないと駄目だが案の定、移動可能になっている。
この扉のヒンジは大丈夫なのか? とは思うが。
ものすごく分厚く作ってあるので、恐らくは溶けないだろうが鋳鉄時は扉は動かせないだろうな。
重みで歪まないように、下から棒で支えたりとか必要だろう。たぶん。
この炉でもっと大量に鉄を作るにはどうやるんだろうか。
炉の作りには色々あるので、じっくり調べる必要があるのだが。
取り敢えず大量には要らない。私が叩くのだから、そんなには叩けないのだ。
太古の鍛冶屋は大変だった。
ヒッタイトの頃は大変多くの専門的生産職が生まれ、鞴専門は勿論の事、一つの種類の道具を作るのに一つの専門職があったとか。
熟練の職人多数が生産する世界だったらしい。
しかしこのあたりは欧米製MMORPGで生産職をよく遊んだので雰囲気は少しは知っている。
たしかにこんな感じで熱しては叩いて、何でも作る。
まさか自分がこれを実際にやるとは思っても見なかったが。
……
……
温度は三〇〇度Cを越え、そして四〇〇度Cを越えた。
何故か温度が分かった。
これで表面は鉄に還元されたはずである。
ここから八〇〇度C弱まで温度を上げていく。
とにかく暑い。いや熱い。滝のように流れる汗。
塩分と水分の補給のために、水甕の所に行って塩を舐めては水を飲む。
そうだ、このままでは顔がやばい。汗を拭くために置いた大量の布。
一枚は頭に被る。一枚は目を覆って、目の所だけ穴をあけて見えるようにした。もう一枚は鼻と口を覆う。もう一枚が首。服は長袖なので、そこはスルー。汗を拭く布は二枚しか残らなかった。
布も被らず、このまま鍛冶を続けると火膨れも出来て、あの温度で間違いなくガングロになってしまう。もう既に焼けたか?
おっさん鍛冶職人ならともかく、まだ若い少女の鍛冶熱焼けは絶対に嫌だ。
最初からそうならともかく、自分が個人的に許せない。却下だ。
そういえば、MMORPGの鍛冶屋のNPCギルドマスターがいつも変な仮面を被っていて、なぜなのか不思議だった。
熱で顔が火傷していたのを隠していたか、あるいは焼けてしまってひどい風貌だったのか、あるいは焼けるのを少しでも防ごうとしていたのか……。今になってなんとなく分かった。ゲームではその場の鍛冶熱は判らないが、こうして経験すると流石にこれはやばい熱だ。
焼けてきたら「やっとこ」で石を掴んでハンマーで叩く。
飴状になっている石をどんどん取り出し、手早くハンマーで叩きながらくっつけてしまう。鍛接というやつだ。
腕力が物をいうのだが、この体の腕力は凄いので、そこは心配していない。
ガンガン叩く。不純物というか、鉄とは関係のない岩が周りにくっついてるので、それを叩き落とす。
それ以外にも不純物は出てくる。とにかく叩く……。
……
叩く音、その凄い音で、耳がおかしくなりそうだ。耳栓も必要だったのかもしれない……。
だが気にしている場合ではない。飴状の石をどんどん取り出しくっつける。
叩いてる最中も炉の温度を時々、ちらっと見ては六〇〇度Cを切らないように注意する。
そしてハンマーを置いて鞴も押す。
鞴をがんがん押して炉の温度を八〇〇度C弱くらいまで上げる。
ここも何故か温度が分かった。
とにかく忙しい。
休まずに続ける必要がある。
少しでも休む時は叩いて炉に戻した時だけだ。
途中で何度か、塩を舐めて水を飲み、肉を齧る。
そしてすぐに戻る。
かなりの大きさになった。塊の長さは凡そ目算で五〇センチ。
大きい剣を作る訳では無い。
これなら「何か」を作るには十分だろう。これを叩いていく。
とにかくひたすら不純物を取り除く。
叩くと時々欠けてしまう。まだまだ。
ガンガン叩いては表面を焼く。叩いては引き伸ばしつつ焼く。
中まで完全に叩かないと。とにかく叩く。
時々塩を食べ、水を飲みつつ、肉を齧って、どれだけ叩いたのか……。
かなり叩いて薄い板みたいになった。これを『やっとこ』二つで掴んで折り曲げる。
飴状になっている、とはいえ鉄。強引に曲げて手早くハンマーで叩く。
叩いて接着してやや厚みを取り戻した。また叩く。大変な手間だ。
でまた薄い板になるまで叩き続ける。六〇〇度Cまで温度が下がったら、すぐに加熱。
折り曲げては叩き、接着してまた伸ばすのを四回ほどやった。
その合間にも鞴動作が入るのだ。一人二役は辛い。もう体力がやばいかもしれない。
朝からずっと叩き続けている。手近に置いた炭も何回か追加している。
どれくらいの時間が経過したのか、分からない。
取り敢えず不純物は大概取り除けたはずだ。
脆いかどうかは、この後刃物を作ってみれば判明する。
下の桶に水を入れて、石を持ってきた。この工房にはあちこちに石が置いてある。
何に使うかはすぐに分かった。焼いてその石を桶の水に入れるのだ。
桶の水を適当なお湯にする。
焼いた鉄塊を『やっとこ』で掴んで桶に落とす。
ジュワワワー。物凄い水蒸気が上がった。
桶から引き抜いて、土間に置いた。
どれくらいの時間、叩き続けていたのか。真っ暗にして叩いているから時間の経過はまったく不明。
とにかく疲れた……。
もうこれ以上は無理だ。
……
つづく
しばらくの間、地味な製鉄作業が続きます。