129 第16章 第3王都中央 16ー3 冤罪(えんざい)
特別監査官が、スッファとトドマの監査官との会話で明らかになったのは、マリーネこと大谷の剣の実力。そして、貰えるはずの褒美も遠慮しているという事実。
どうやら、マリーネがどこかで、魔獣を大量に斃したらしいという事実である。
そして、マリーネの行動原理に金銭ではないものがあるらしい事だった。
129話 第16章 第三王都中央
16ー3 冤罪
スヴェリスコ特別監査官は別室の二人の所に向かった。
「待たせたな。やや手荒な真似で他を追い払ったが、今回二人に来てもらったのは、ここに拿捕しているマリーネ・ヴィンセント殿の事だ」
「!」
「何があったというのです」
二人がほぼ同時に喋った。
スヴェリスコ監査官は椅子に座るとまず足を組み、それから両手を胸の前で組んだ。
「他の監査官たちは、ヴィンセント殿がどこかから盗んできた大量の魔石と牙をとある商人を使って、この王都で売り捌いたと考えている。しかし、事情を聞いて見ると、実態はだいぶ違うようだな」
「彼女は業務以外で出会った魔獣を斃し、得た魔石と牙を商人に格安で卸していた」
「理由は、ただ、これ以上目立ちたくない、階級も積み上げたくないからだという」
スヴェリスコ監査官は対面の二人に視線を送った。
「二人はこれについて、何か思う処はあるかね」
「雑音は一切なしだ。他の監査官の目を気にする必要もない。下がらせたからな。そなたたちは、他の監査官よりはヴィンセント殿の事を知って居よう」
「本音で頼む」
わざわざ、スヴェリスコ特別監査官は念を押した。
「さて、トウレーバウフ監査官。書類に拠れば君が最初にヴィンセント殿と関わっている。階級章を出したのも君だ。何かあるかね」
「はっ。申し上げます」
「ヴィンセント殿は最初、銅の無印で申請があったのですが、彼女の腕前は銅どころか銀ですら無い様に思われたのですが、流石にいきなり銀三階級や金階級を与えるのは、周りの動揺が大きすぎます。なにしろ、あの背丈、我らの半分ほどですから」
トウレーバウフ監査官は、特別監査官の前で説明し始めた。
「そこで銀無印としようとしましたが、トドマ支部で彼女の腕を見た戦闘技術師範が、彼女の腕が自分より上であろうことを暗に肯定しました。彼は銀特別三階級です。それで銀一階級としたのですが、ヴィンセント殿は、銅の無印でいいと言い出したのです。目立ちたくない。という事だったでしょう。その気持ちが滲み出ていました」
そこでいったん言葉を切ったが、トウレーバウフ監査官は付け加えた。
「彼女はその後、すぐに白金の二人と共に新人を連れた実戦で実績を上げ、実力を証明。更には街道での討伐でも目覚ましい活躍を見せました。それで銀三階級にした時も、本人は不本意だったようです。全然実績は見せていませんと言い張っていました。以上です」
「ふむ、なるほどな」
特別監査官は軽く頷いた。
トウレーバウフ監査官は、元の椅子に座った。
「ルクノータ監査官、何か有るかね。こちらにある報告書では、スッファの方で騒動に関わって居たようだ」
「報告します。ヴィンセント殿は偶然にも、私の担当する街でならず者となっていた北部街区商会の者を倒してしまい、その者たちは逮捕されましたが、商会の影響力が大きいために、ベルベラディまで運んで裁きを受けさせました」
ルクノータ監査官が立ち上がって、特別監査官の前で説明し始めた。
「その事で、どうやら北部街区商会が逆恨みをして、ヴィンセント殿に様々な殺し屋や傭兵、暴力の専門家を差し向けたようです。しかし、彼女は全て、ほぼ素手でそれらの者を叩き伏せてしまっています」
ルクノータ監査官は一度そこで言葉を切って、咳払いした。
「最終的に暗殺団が彼女を狙いましたが、それも退け、暗殺団が逆に商会を逆恨みして、彼ら北部街区商会の代表一家を斬殺してしまう一幕もありました。彼女の言葉によれば、それら全てが降りかかった火の粉を払っただけだと言っています」
そこでまたもや、ルクノータ監査官は言葉を切った。
「こちらとしては、最初のならず者逮捕に功績のあった、ヴィンセント殿に褒美を与えようとしたのですが、希望の物を言いません。彼女ほどの腕ならば金銭は無意味でしょう。それで保留のままになっておりました。以上となります」
説明を終えて、ルクノータ監査官も元の椅子に座った。
「ふむ。なるほど」
特別監査官は大きく頷いた。
「どうやら、そこには一本の線がある。そもそも冒険者になりたくてなった訳では無いと彼女は言っているようだ。あれほど魔獣を斃す腕がありながら、だ」
「トウレーバウフ監査官。これはどう思う」
「はっ。申し上げます」
「白金の二人が、ヴィンセント殿に身分証明書を与えようとした、と聞いております」
「ふむ。やはりそうか」
スヴェリスコ特別監査官は握った右手の人差し指と中指を伸ばして揃え、右耳の前に添えて二度、三度、軽く叩いた
「これはヴィンセント殿の心中は我らには理解できぬが、彼女はこの王国において目立った存在にはなりたくない、出来ればひっそりと暮らしていければ良いという事だ。この北東部においては、もはや十分すぎるほど目立ってしまっているようだがな。白金の二人は、その地位を十分に生かして暮らしているように思えるのだが、ヴィンセント殿は違うという事だな」
「なぜか、彼女は魔獣に出会い易い体質であろうと思われるが、それは彼女から聞こえるという香りと無縁ではないのだろう。そのあたりは想像するしかないが」
スヴェリスコ特別監査官は、目を閉じて考えていた。
「私としては、本件を記録にする事自体、却下としたい。彼女はギルドの規則に違反した訳でもない。ここに犯罪性は全く無い。そもそも、彼女がたった独りで多数の立ち塞がる魔獣を切り倒してしまう事自体が想定外だ。恐らくは、な」
「従って、この想定外をどうするかは今後の冒険者ギルドの取り決めに任せる」
そこでスヴェリスコ特別監査官は、目を開けて、二人を見た。
「それと、彼女がセントスタッツに渡した魔獣の遺物だが、この近辺ではまず見かける事が無い物も、いくつかあったとの事だ。それは湖の東に行った程度で出てくるような魔獣ではない物もあったようだ。販売された物の記録はセントスタッツが帳簿につけていた。そして彼では鑑定できなかった物で販売できていない物がいくつかある。つまりこれらが盗品ならば、彼女は商人たちが踏み込めない、魔王国から来た事になる。蛇の女王国を越えてな」
二人の監査官の細い目が大きく見開かれていた。
「しかし、彼女が魔王国の住人だった、というのも考えにくい。あれらは、ヴィンセント殿がどこかで斃したのだ。彼女の言う村が、何処なのかは判らぬが」
「今後も怪しい流通はギルド構成員からの犯罪による横流しの可能性もある。監視する必要はあるが、本件についてはその必要はない」
「セントスタッツの件も記録から消しておいてやれ」
「あの者にも悪意はなかろう。ヴィンセント殿の気持ちを汲んでやっただけなのだ。各々商業ギルドにもそう伝えろ。ポロクワのデモアネス監査官の方には、私から手紙を書いておく」
「それとな、セントスタッツに伝えろ。もう少し、上手にやれ。とな」
スヴェリスコ特別監査官の顔に薄笑いが浮かんでいた。
「スヴェリスコ特別監査官様がそう仰るなら、商業ギルド監査官としては、その御命令に従うだけです」
「よろしい。本件はこれで終わりだ。エルカミル監査官を呼び出せ」
「それと。ヴィンセント殿をあの地下牢から出してやれ。私は上に報告をしなければならん」
「上と、仰いますと?」
二人がほぼ同時に、同じことを訊いていた。
「規律総監殿と監察官様、だ」
そう言うと、スヴェリスコ特別監査官は微笑した。
……
……
地下牢を管理する王宮事務員たちが詰めている事務所に、呼び出されたエルカミル監査官とルクノータ監査官がやってきた。
「ヴィンセント殿を釈放するようにと、特別監査官様が仰っています」
そこに居た王宮事務員たち全員の顔が歪んだ。
しかし、特別監査官に逆らうような真似は出来ようはずもない。
一人の王宮事務員が、取り上げていたマリーネの荷物をそこに出した。
ベルト。ブロードソードとその鞘、ダガーと鞘。そして小さなポーチ。中身のコインと彼女のトークン。
すべてがテーブルに並べられた。
そして、二人の王宮事務員が鍵を持って、地下牢に向かった。
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…………
誰かが下りてくる音がする。二人か。
食事の時間ではあるまい。
すると、牢屋のドアがいきなり叩かれた。
「ヴィンセント殿、出なさい。貴女への嫌疑は晴れました」
王宮事務員の共通民衆語だった。
彼女らの言葉はかなりそっけなかった。
私は相変わらず、鍛錬の途中だったが、声をかけられて慌てて服を着た。
それを待っていてはくれたが、無造作に格子窓のついた扉が開けられた。
……
王宮事務員の顔が険しい。
それはそうだろうな。私が何処ぞのギルドの素材を盗んで転売し、不当な利益を上げていた不逞の輩であるとして捕らえたのに、何故か嫌疑が晴れた。捕まった時はもう、何が何でも有罪という雰囲気だったのだが。
しかし、やはり売るべきではなかったのだろうな。トドマの港で投げ捨ててしまえば、ジウリーロに迷惑を掛ける事も無かった。
だが、投げ捨てるには忍びなかったのだ。村を出る時は確かに、幾らかのお金になればとは思ったが、今となっては、重要なのはそこではない。お金ではないのだ。
それは、あの魔獣たちの命を奪ったのだから。
……
王宮事務員二人と階段を登る。段差がキツい。身長の低い私では、這うようにして登ったほうが早いのだが、左右に王宮事務員がいて、私を掴んでいるのだ。
登りにくい事、夥しいが、身長の高い彼女らには判らないようだ。
延々と登る。
途中で、一つ上の地下牢のある廊下に出た時だった。
何かまた音がする。
床では無く、今日は壁を叩く音だ。
「ケウサー、リッテ、ウッス、デ!」
いきなり、王宮事務員が鋭い言葉を発した。勿論、意味はさっぱり分からない。
王宮事務員が私を引っ張り上げて、更に階段を上がった。
あの時の、床を叩く振動はここか。ここの何処か近いところに、誰かがいるのだ。
咎人がいるのだ……。
……
そうして、やっと登り終える直前、何故か目隠しをされた。周りを見るなという事だな。
そして両手を左右二人の事務員が握り、私を廊下に引き上げて何処かに連れて行く。
扉を開けて部屋に入れられたらしい。そこで目隠しも外された。
沢山の蝋燭の光が差し込む部屋は眩しすぎた。咄嗟に目を閉じて掌で両眼を抑える。
一瞬で周りが真っ白だったからだが。
地下牢は、ぼんやりとではあるが光苔が発光していた事で、真っ暗では無かったものの、十分暗闇に慣れてしまっていた目には厳しい光だった。
暫く指の隙間を調整しながら、辺りの光に慣れるまで待つ。
やっと光に慣れると、そこには私の剣とダガー、ポーチ等全てが置かれていて、返却して寄越された。
私がそれを身につけていると、何故かルクノータ監査官が部屋に入ってきた。
「お久しぶりね。ヴィンセント殿。こんな所で会うとは思わなかったわ」
ルクノータ監査官は笑顔をみせて、右手を胸に当てて軽く会釈した。
私も胸に右手を当てる。
「お久しゅうございます。ルクノータ商業ギルド監査官様。その節は、大変、お世話になりました」
そう言ってからスカートの端を軽く持ち上げて、左足を引きながらお辞儀した。
「この都度は、大変な手違いがあったようです。それについてはこちらでお詫びするしかないのですが、それで貴女の気が済むという訳でもないでしょう」
ルクノータ監査官はそう言いながら、私の方を見下ろした。
「今宵は此方で宿を用意します。明日、迎えに行きますので宿で疲れを癒やして下さい」
私は訳もわからない状態のまま、箱馬車に載せられた。
……
走り始めて程なくして着いた場所は大きな商館といった趣があった。
そこで降ろされ、ルクノータ監査官が入り口で何か言っている。
すると、軍服の様な制服姿の女性が二名やってきて、私を招き寄せた。
「ヴィンセント様。監査官様から伺っております。どうぞこちらに」
なにやら、豪華な館に入れられてしまった。
つづく
嫌疑が晴れたマリーネこと大谷だったが、大谷には今回の事自体が、全く納得もいかない出来事だった。
次回 第3王都冒険者ギルド
そしてマリーネこと大谷は、大きな商館に連れていかれ、その後は第三王都の冒険者ギルドに連れていかれてしまうのである。




