127 第16章 第3王都中央 16ー1 ポロクワ街の陥穽
ポロクワにあるジウリーロの店に行ったマリーネこと大谷。
しかし、意外なことが待ち受けていた。
127話 第16章 第三王都中央
16ー1 ポロクワ街の陥穽
翌日。
雨の上がった休みの日。
乾いていた下着に着替える。
私は、何時もの服を着て、ブロードソードとダガーだけ持ち、あとは小さなポーチにトークンと小銭を入れて、朝早く宿営地を出た。トドマの港町で馬車を拾い、ポロクワに向かった。
ジウリーロの店に行って、売り上げが少しあったなら、それを受け取るつもりだったのだ。
馬車でポロクワに入り、お店の近くで降ろしてもらった。
ここで再びジウリーロの店の前についたのだが、様子がおかしい。
何故か店の外に、警備兵がいる。
三人の警備兵が私を取り囲んだ。
「こんにちわ」
挨拶しても、挨拶を返してこない。咄嗟に厭な予感がした。
剣を抜くべきか迷ったが、まさか警護兵相手に斬り合うのはまずい。
すると警備兵の彼女たちはいきなり私を取り押さえて、剣を取り上げられた。
取り返すには、本気で暴れるしかないが、それは絶対にまずい。
「おとなしくしていろ。怪我をするぞ」
今までに、聞いた事の無い台詞が彼女たちの口から出ていた。
何かがあったのだ。この店で。
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ジウリーロはポロクワでは目立つと考え、第三王都で魔石、魔物の牙や角を魔法師ギルドにかなりを売り、残る牙や角の一部は薬師ギルド。残りの一部は一般市場で売りさばいたが、かなりコンスタントに売るために、目を付けられてしまっていた。
彼の上の商会とポロクワの商業ギルドは問題とはしなかったが、第三王都にある、大きな商会が、疑いを抱いていた。
余りにもコンスタントに売るという事は供給源がある。それも冒険者ギルドではないところに。
しかし、その報告を受けた商業ギルド監査官側は、横流し或いはギルドの倉庫からの盗品なのではないかと考え始めた。
冒険者ギルドの者が、自分で狩り取った獲物をわざわざ買い取り値段の安い商人に売るという事は考えなかった。従って、これは盗品ではないのかという事になったのだった。
しかし、マリーネこと大谷にはそんなことは知る由も無い事だった。
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「あの、セントスタッツ様は、何処に? 商売の、お話が」
「お前にそれを答える必要などない。これからお前は監査官によって罪状が書かれる。その罪状で裁判官がお前の処遇を決めるだろう。お前はそれ以外の事を知る必要はない」
恐ろしいほどの威嚇的な調子で一方的な通告を受けた。
嵌められたのか、何かの間違いなのか……。
まさかとは思うが、スルルー商会の生き残りが復讐に燃えて私を嵌めたのだろうか。
何はともあれ、私は犯罪者にされたのだ。腕を後ろに回され、手と足にはロープが掛けられ、更には目隠し。
何処に行くのかすら、私にはわからないが、ポロクワにある裁判所みたいなところだろうか。
しかし、一向に馬車は止まらない。車輪から出る音が変わった。もう街は出ている。目隠しされているから、何処なのかはわからないが、ポロクワから出た事は間違いない。私の勘では南方向だ。
馬車は、早くも遅くもない速度で走り続ける。
もうとっくに、夕刻になったはずだが、止まろうとしない。
暫くして馬車は止まり、私は荷物ごと別の馬車に放り込まれた。
その馬車は、また直ぐに走り始めた。
乗り継いだのか。ということは、このまま走り続けていくのだ。
どこまで行くのか。
一番近い大きな都市は、大きな港町のコルウェか、さもなければ、私が地図で見た限りでは第三王都しかなかった。
目隠しをされていたこともあって、いつしか私は眠りこんでいた。
……
途中で目が覚めると、まだ馬車は走り続けている。相当な距離を運ばれているのは間違いない。
しかし、縛られた状態だし、剣もトークンの入ったポーチも取り上げられたままだ。
大人しく、馬車が何処かに着くのを待つしかないのだ。
再び私は眠りこんでいた。
そんなことが何日続いたのか。
……
「起きろ!」
いきなり拳で頭を殴られた。
私は今や罪人らしい。扱いがまともでは無かった。
何処だか判らぬ、煉瓦造りの広い部屋なのか納屋なのか、その中央に馬車が止まっていて、周りは松明の灯り。
腕も脚も縛られたまま、私は持ち上げられて、運ばれた。そして乱暴にとある部屋に放り込まれた。
「さあ、何処で盗んできたのか、喋ってもらうぞ」
甲高い、やや耳障りな声の女性がいた。服はあの監査官のものだ。白いスカーフ。白い手袋。白い腕章。そして男性貴族が着るような服。
「私は、盗んで、なんか、いない」
「お前は、トドマに来る前にどの町にいた」
「私は、山の村で、斃した、魔獣の、魔石を……」
いきなり往復ビンタが数発、飛んできた。鼻血が流れた。
問答無用で、濡れ衣を着せるつもりか、こいつは。
「盗んで来たと早く認めろ!」
細い目を一層細くした女性が、恐ろしいほどの鬼気迫る形相で私を睨む。
また一発、キツいビンタが来た。
こいつは、検察とかそういう女性なんだろうか。
「盗んでなんかい……」
私の頬に再び苛烈な往復ビンタが数回。鼻から流れた血が辺りに飛んだ。
睨み付けて来た目を睨み返す。
「私は盗んでなんかいない」
更に過激なビンタの往復があった。
もう、口からも血が零れた。
私はこの暴力者を睨み返すだけだ。
「ほう。もう少し、痛い目に遭ったほうがいいのか?」
子供だと思ってやりたい放題か?
この女性が手に何やら、鞭を持っている。
やれやれ、どこぞの王国の、あの死んだ魚のような目をした太った男の再来か?
この体が、何処まで痛みに耐えられるか。我慢比べになるのだろうか。
多少は耐えられる。たぶん。
コイツが音を上げるのが早いか、私の体が壊れるのが先か。
長期戦かも知れん。
そんな覚悟を決めた矢先だった。そこに別の監査官が駆け足で飛び込む様にして入ってきた。
「やめろ! まだ、盗んだかどうかも確定しない者を拷問にかけるつもりか。ザインベル」
「エルカミル。お前のやり方はいつも手ぬるいと言っているのだ」
「いきなり殴って血を流すのがお前のやり方なのか、ザインベル!」
「これが一番早いんだよ。エルカミル。あんたのやり方じゃ、いつまで経っても吐きゃしない。ぶん殴って喋らせるのが一番さ。あの商人の様にな」
鞭を持った監査官の顔に薄っすらと残忍そうな表情が浮かんでいた。
「これは誰の指図なのだ、ザインベル第三商業ギルド監査官」
恐ろしいほどの冷静な、冷たい声音……。
私は、はっとした。
内輪揉めしている上に、こっちの女性は、どうやら相手の事を正式な呼び方をしたのだ。敬称抜きだった最初と違う。つまり、これは相当怒っている。
何が起きているのだろう。それにしても鼻血が止まらないな。
「これは中央のトルヴァトーレ監査官からの指令だ。捕らえて吐かせろとな」
「トルヴァトーレだと? 来たばかりの新人が指揮をしてるというのか」
「自分で確かめてきたらどうだ」
「ああ、だが、その間にお前が無茶をするかもしれん。この子供は私が連れて行く」
「なんだと! 尋問は私がやるんだ」
「序列を辨えよ! 第三商業ギルド監査官!」
そこで、鞭を持っていた女の顔にはっきりと悔しげな表情が現れた。
怒り狂った様な目を私に向けたが、彼女は叩きつけるようにして鞭をそこに投げ捨て、扉を乱暴に開けて出ていった。
「済まなかったな。少女よ。全員がああではないのだ。いきなりの暴力は私が詫びよう。ああ、血が出ているな。直ぐに止血剤を」
「いえ、拭いて、おけば、じきに、止まります」
「そうか。では私が拭こう。そうだ、自己紹介していなかった。私はノレアル・リル・エルカミル第一商業ギルド監査官だ。まず、名前を教えてくれるか。私はそなたが言いかけていたことを、ちゃんと聞いておかねばならない。話してくれるか」
そう言いながら、監査官はポケットから出した布で、私の鼻から口にかけて流れ出ていた少し多めの血を拭き取った。
私は頷いた。
「私はマリーネ・ヴィンセントと言います。信じて、貰えるか、どうか、判りませんが、北の方に、ある、小さな、村に、居ました。村の、外は、魔獣で、一杯で、たくさん、斃した、のです」
話を聞いてくれそうな監査官に、取り敢えず村での事を話した。
…………
「話は聞いたが、これは、規則なのだ。そなたにも従って貰わねばならない」
私は投獄されるらしい。
これはもしかしたら、冒険者ライセンス剥脱かもしれない。と思った。
そこにもうひとり、別の監査官が入って来た。さっき出ていった監査官とは別の人、たぶん。顔の見分けは付き難いが。そういえば、腕章の模様が少し違う。
「ああ、バウンスシャッセか。そこに座って一緒に聞いてくれ」
エルカミル監査官が、入って来た監査官に椅子を示した。
そして、エルカミル監査官は私の脚を縛っているロープを解いた。
「なぜ、こんな事をしたのだ」
エルカミル監査官がそう言うと、バウンスシャッセと呼ばれた監査官が私を睨んだ。
「最初は、私が、居た、村で、一年間、狩りをした、素材を、売るのが、目的、でした」
「冒険者に、なりたくて、なった訳では、無いです、し、ギルドで、説明の、つかない、素材を、納品する、なんて、私には、出来ません、でした」
「港に、捨てて、しまおうか、とも、思いましたが、僅かな、金額でも、いいので、売って、お金に、しようと、思って、セントスタッツさんの、所に、卸しました」
「なぜ、彼を選んだのだ」
バウンスシャッセ監査官は相変わらず睨むような眼だ。
「白金の、小鳥遊様が、彼を、信用して、買い物に、来る、店に、していた、からです」
「私も、彼を、信用して、素材を、買い取って、貰う事に、しました」
「説得したのか」
「ジウリーロさんにも、言いましたが、私は、目立ちたくは、なかった、のです。ギルドに、納品、すれば、場所も、時間も、訊かれて、数は、討伐記録、として、実績に、なります。たとえ、嘘の、場所であれ、報告すれば、どんどん、討伐記録が、積みあがる。そう、したくは、なかった、のです」
「なぜだ。実績を積んで階級を上げるのは、当然の事だろう。業務以外の時間で斃した物は記録に残したくないと言うが、その話は全く信用できんな。もう少し上手い嘘をついたらどうだ」
バウンスシャッセ監査官が、如何にも不審そうに私を睨んでいた。
私の鼻血がまた垂れて来て、エルカミル監査官が再びタオルの様な物で血を拭いてくれた。
私の手は後ろ手に縛られているので、自分で血を拭くことも出来なかった。
……。
「エルカミル第一監査官殿、彼女のその血は?」
「ザインベルがやらかしたのだよ。あれはいつまで経っても、手が先に出る」
……
「降りかかる、火の粉を、払っている、だけと言って、理解して、いただけない、でしょうか」
私は再び話し始める。
「私は、冒険者を、したかった、訳では、無い、ですし、魔獣は、襲って、くる。生き延びる、ためには、降りかかる、火の粉を、払うしか、ない」
「斃した、魔獣の、魔石を、納品して、いるのは、彼らにも、命が、あった。その命を、奪った、のですから、無駄に、捨てるのは、私としては、心苦しい。何かに、使われるなら、そうして、やって、欲しい」
「私が、業務、以外で、斃した、魔獣の、素材は、本当は、タダでも、よかった、のです。ですけど、商人は、そういう訳には、行かない、でしょう。だから、彼の、納得いく、値段で、買い取って、もらった、だけです」
二人の監査官は、ずっと私を見ていた。
「これによって、階級章、取り上げでも、王国から、追放でも、仕方が、ありません」
「ただ、悪意が、あって、やった、訳では、ない、事は、判って、欲しいと、思います」
……
監査官二人は暫く絶句していた。
「まさか、階級を上げたくない等という冒険者がいるとは、想像すらできなかった」
やや呆れ気味にエルカミル監査官が私を見ながら言った。
「階級を下げない為には、一定期間の実績を必要とするようにはなるが、それとて、そなたのその首についている金属が本物なら、全くそれを意識する事すらあるまいに」
バウンスシャッセ監査官が椅子から立ち上がり、部屋の外で何かを指示した。
エルカミル監査官のその口調は有無を言わせないものがあった。
「とりあえず、決定が出るまでは、牢屋にいて貰おう」
「セントスタッツの事は判った」
「彼には店に戻ってもらう。どの様な沙汰になるにせよ、ポロクワの商業ギルドにも通達する」
「しかし、貴女に関しては、まだ結論は出ていない」
そう言って、私の手を縛ったロープも解いた。
これでジウリーロは釈放になった。
しかし私は牢屋行き決定である。
おっかない裁判官みたいなのが来るのだろうか。
冒険者ギルドのルールにない処を私がやった。隙間を衝いていたのは間違いない。ジウリーロには迷惑が掛かったので、もし後で私が釈放されたらだが、いきなり国外追放でなければ、その時に何とかお詫びをしよう。
私の扱いがどうなるのかは、彼女ら監査官次第だ。
私は王宮事務員たちに両方から捕まえられながら、暗い階段を降りた。
石段の段差がかなりあって、私の身長では結構厳しい段差だ。この階段の横幅とか、この段差はこの王国の准国民に合わせたものだろうか。それにしては天井の位置がやたらと高いな。六メートル。いや、七メートルくらいの高さがありそうだ。
壁にある松明に照らされた石造りの階段を降りていく。周りには窓もない。
どんどん降りていく。
途中で、大きな廊下の有る階に着いたが、そこを過ぎて更に下に降りていく。
……
どこまで、下に降りるのだろう。
とうとう、奥が真っ暗な廊下の端についた。廊下は所々がぼんやりと光っているが、どれくらい先があるのは全くわからない。
割と広い廊下で、天井もやたら高い。廊下の左右には、格子状の窓が付いた古ぼけた扉がいくつもあり、多数の部屋があるのが分かった。三人の足音だけが、甲高く響いていく。
地下牢だな。たぶん。
王都の王宮地下深くにある地下牢なら、これが正しく本当の『ダンジョン』ってやつだ……。
最初にこの世界に来て放り込まれた、あの牢屋もたぶんそうだったのだろうけれど、あの時は状況もさっぱり分からなかったし、牢屋に入ってからは、動くのも容易ではない状態だったからな。
辺りは、黴臭い匂いだけが漂っていて、どこかで一定間隔で水が垂れる音だけが、ずっと響いていた。
…………
『ダンジョン』だからといって、魔物たちがいる訳では無い。
それはそうである。地下牢だといっても、どこかにつながっていない限りは、魔物も入って来ようが無い。
元の世界では、洞窟の事を何でもかんでも『ダンジョン』と呼ぶ軽薄な輩が多かったようだが、洞窟は『ケイブ』である。『地下牢』とは別物だ。そして、洞窟ならば色んな物が棲んでいたとしても、不思議でもなんでもない。なぜ、あんなに出鱈目な乱用が続くのか。コンクリート・ジャングルより酷いな。
さて、ここの王国の地下牢が、これだけでは足りずに更に地下や横方向に拡張して、それがどこかの地下洞窟にでも偶然繋がって、洞窟奥にいる怪物たちが扉を破って入って来るような事が起こると、『ダンジョン』の中に魔物たちが蔓延る。
そういう事でもなければ、『ダンジョン』というのは、湿気た黴臭い、灯りの極めて乏しい地下にある牢屋の集まりでしかない。
ここは恐ろしく静かで水の垂れる音以外は聞こえない。普通に地下牢なら、幽鬼の如き囚人たちの呻く様な声とか、繋がれた鎖が立てる音だとか、鼠がいたりだとか、有ってもよさそうなのだが。
鼠のような小動物すらいないという事から、一つ分かる事がある。
ここには、彼らが食べる様な物がない。という事だ。
つまり食べ残した食料や、死んだ動物などもいないという事を意味する。
そして、侵入できる場所が限られていて、そこに小動物が近寄れないという事だ。
……
扉の一つが開けられ、私はそこに放り込まれた。
私の後ろで扉が閉められ、鍵をかける音だけが響いた。
暫くして、彼らが会話もなく階段を上っていく音だけが響く。
水の垂れる音以外、他に物音は一切なし。
たぶん、私しか、この地下牢にいないのだろう。
つづく
マリーネこと大谷は、王国の警備兵に捕縛されて運ばれて行き、王都の地下牢に放り込まれてしまったのだ。
何が起きたのか。大谷には分からなかった。
次回 地下牢
マリーネこと大谷は、ダンジョンに放り込まれても、鍛錬を続けた。
他にすることがなかったのである。