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119 第15章 トドマの港町 15ー26 続・山での警邏任務8

 伐採場で出た魔獣も、奇妙だったことには変わりない。

 そして、本来ならこんな奥の森で出るはずのない魔獣でもあった。

 翌日のスラン隊長との警護では再び、あの硬い魔獣に遭遇するのだが。

 119話 第15章 トドマの港町

 

 15ー26 続・山での警邏任務8

 

 やっと森を抜けて、伐根している作業場に出た。

 「おーい、エボデン副長。手が空いているものをこっちに回してくれ」

 「隊長殿、それは?」

 二人で腰を下ろしていると、エボデン副長が走って来た。

 「奥の方で、珍しい事にサモルエルグが出よった。ヴィンセント殿と一頭ずつ(たお)したのでな。解体を手伝える手の空いた隊員を、こっちに回してくれんか」

 エボデン副長が笑って答えた。

 「解体は私がやりますよ。隊長殿」

 「分かった。儂はもう少し他の方も見てくる。後を頼むぞ」

 ズルシン隊長はそう言うと立ち上がって、歩いて行った。

 

 エボデン副長は大きなナイフを腰から抜いて、手っ取り早くサモルエルグの頭を割り始めた。

 私も魔獣の額をダガーで割っていく。

 

 切り裂かれた頭蓋骨から赤っぽい液体が零れる。あっという間にそれも黒くなった。空気に触れてほぼ瞬時に酸化して色が変わったのである。

 この黒い血もそうかも知れない。そして恐ろしく()えた臭い。これは脳漿だろうか。

 その先に脳味噌。ダガーを突き立てて更に切り裂くと「何か」が当たる感触。

 頭の中にあった魔石は、やや大きくて私の親指三つ分だった。楕円形の魔石の中央には渦を巻いたような模様があった。

 あとは小ぶりの角と大きく湾曲した牙を切り取る。

 それをやって、エボデン副長に差し出すと彼は革の袋にそれを入れ、腰につけた。

 あとは内臓を取り出して、それを頭と一緒に穴へと埋めた。

 

 処理が終わると不意にエボデン副長が訊いてきた。

 「ヴィンセント殿。どのような遭遇だったのですか?」

 「え? この、魔獣ですか」

 彼は頷いた。

 

 「植樹も、されていない、様な、奥の、藪に、いたんですよ。霧で、余り、見えなかった、のですが、気配は、分かりました」

 「赤い目、だった、ですよ。以前に、ここで、見た、赤い目」

 「四頭、いて、そのうちの、二頭が、走って、来たのですが、そのまま、隊長と、共に、斬り倒しました」

 「成程。何も匂いはしなかったですか」

 エボデン副長が私を覗き込んだ。

 

 「いえ。何も。あったとしても、分かりません、でした。ですが、ズルシン隊長は、匂いで、動けなくする、吸血魔獣、だと、教えて、くれました」

 エボデン副長は頷いて言った。

 「残りの二頭は?」

 「それが、よくは、判らない、のです。霧が、濃くなって、その、霧に、紛れるように、二頭は、森の奥に、消えて、行きました」

 

 エボデン副長が溜息をついた。

 「その二頭は、また来るかもしれない、という事だね」

 「そうかも、しれません。ただ、ズルシン隊長は、こんな、奥では、見た事が、無いと、言って、いました」

 そう言って私は、伐根作業の方に目を向ける。

 

 男たちが大きな根っこを、三本の丸太で作った櫓と滑車ロープとで、持ち上げている所だった。

 誰かが軽やかに鐘を鳴らした。

 終了の合図だったらしい。

 

 今日はやっと根っこ四つを掘り出した所で、作業は終了である。

 そこにズルシン隊長も戻って来た。

 隊員四名がサモルエルグの胴体二つを持った。

 樵ギルドの人たちは、三本の丸太で作った櫓をばらして、撤収作業完了。

 長雨が降る事も考えると、置いていけないのだそうである。

 

 ……

 

 夕食後の打ち合わせでは、サモルエルグとの遭遇と二頭を斃したあと、残る二頭はその場から去った事が告げられると、魚醤工場近辺警邏の隊員たちから、溜息が出ていた。

 彼らが一番範囲が広く、森の奥まで警邏するからだ。

 

 「濃霧か、雨なら、彼らの、匂い、攻撃は、出来ない、のでは?」

 匂い物質が何であれ、水滴に溶けてしまう筈だ。

 

 ギングリッチ教官が頷いて立ち上がり、皆に向けて喋った。

 「確かにヴィンセント殿の言う事も尤もだ。あれと戦った事の無い者も多かろう。出会っても濃霧か雨なら奴らの突進と牙だけ注意する事だ。もし霧が浅いか雨もないなら風上に行くしかないな。皆、その事を忘れるな。相手との距離と位置取りが生死を分けるぞ」

 ズルシン隊長も頷いて喋った。

 「これから短いが雨の季節が来る。霧も多い。霧の中で遭遇しても慌てるでないぞ」

 それで、打ち合わせは終了になった。

 

 そうか、雨の季節が近いのか……。知らなかった。

 

 それにしても、スッファ街の冒険者たちは弓を持つ者もいた。真司さんたちとステンベレを狩った時は、弓で牽制もして貰えた。

 

 ここ、トドマの冒険者たちは、違う。誰も弓を持たないのだ。この山の森は街道近くの森と違い弓は不利という事だろうか。それもあるのかもしれないが、飛び道具を使わないのはやはり、この人数の少なさが関係している気がした。

 そういう部分に人数を割けないから、剣で何とかするしかない、という事なんだろうな。

 

 

 

 翌日。

 

 日替わり勤務の三日目、粘土採集場。

 

 朝起きて、外を見ると今日も濃い霧が出ている。

 朝靄なのか、それとも、濃霧になるのかは、まだ分からない。

 起きてやるのは、軽いストレッチからの柔軟体操と空手に護身術。

 全て、いつも通り。

 

 部屋を出て剣を振るうのもいつも通りだ。

 ブロードソードを振るい、鉄剣も素振り。ひと汗かくまで、おおよそ一〇〇本ずつ。

 

 朝靄を切り裂いて剣が廻り、その度に短い口笛の様な音が響く。

 

 それが終わると、井戸で顔を洗ってから水甕(みずがめ)の水を交換して、準備。

 青いツナギ服にベルトを付けてリュックも背負う。

 最初の鐘が鳴ったら、何時ものように、其処此処の部屋から女性たちが現れる。

 彼女たちは、いつも長いゆったりしたドレスを着ている。

 私には解らない言葉で、彼女たちは会話しながら渡り廊下を歩いていく。

 私も鍵をかけて部屋を出て、共通民衆語で挨拶。そして門に向かう。

 

 門についた後は門番の二人に挨拶して、二刀剣術のシャドウ練習。

 閉じた瞼の裏にあるのは、あの時の黒服の短剣。

 あの鋭い直線的な動きを無理に受けるのではなく、相手の剣筋に添わせて、相手の刃を僅かな動きで弾く。これが出来れば、あの時、あんなに追い込まれなかったのだろうか。

 黙々とシャドウを続ける。

 その時に、鐘が二つ鳴った。その音に合わせて寄宿舎から男衆が出てきた。

 私は剣を仕舞い、汗を拭く。

 

 今日はギングリッチ隊長が先頭だった。

 「おはようございます」

 私が挨拶するとギングリッチ隊長が応える。

 「うむ。おはよう。それにしても今日も霧が濃いな」

 するとズルシン隊長が言った。

 「そろそろ、雨が本格的に来そうですな、ギングリッチ殿」

 ギングリッチ隊長が上を見上げて言った。

 「確かにもう雨の季節になるな。四の節になればだいぶ降る。二節気、四節気、六節気、八節気、どれも降るな」

 「毎年、長雨は警邏で怪我人もでる。人員は不足しておるというのに。支部長殿がこっちに回す人員を早く手当して貰わん事には、人員割れしかねませんな、ギングリッチ殿」

 そう言って、ズルシン隊長は顔をしかめた。

 

 そこにスラン隊長がやって来た。

 「そろそろ、手合わせをしてみようか、ヴィンセント殿」

 そう言って、部下の一人から剣を借りると二刀を構えた。

 

 私は慌ててお辞儀。

 「よろしくお願いします」

 剣を抜く。左手はミドルソード。右手が短い方のブロードソード。

 

 ギングリッチ隊長が見極め役を買って出た。

 「よろしい。始め」

 

 訓練の結果を見てくれるのだろう。スラン隊長との二刀剣術の試合だ。

 

 私が左手の剣を先にだして、スラン隊長の剣に当てられる寸前に躱すという、フェイント。

 引き戻して逆に右手の剣で踏み込んで当てていくと、スラン隊長も左手の剣を合わせるように出してくる。

 しかし隊長の剣をぎりぎりで小さく当てて、外側へ弾く。

 更に隊長の右手の剣が追い打ちのように来るがこれも弾く。

 私の両手の剣からだいぶ離れた、体の真ん中に左手の剣で打ち込んで来たが、剣の刃を横に倒して平たい部分で彼の剣を上へとはねあげる

 

 一進一退、はた目から見たらただ剣を突き出しあって、小突いているようにしか見えないだろう。

 スラン隊長が明らかに私の顔にめがけて、右手の剣を突き出して来た。

 たぶん、寸止めの剣だが、そのまま打ち込まれたら間違いなく死ぬ。

 私の左手の剣は彼の剣を弾こうとしたが、逆に弾かれた。

 しかし、彼の剣の速度が落ちる。私の剣が再び彼の剣を弾く。

 

 既にフェンシングの往なし合いの様相を帯びている。しかし、両手に剣なのだ。

 双方が互い違いに後ろに下がり、また前に出る。両手の剣が激しく入れ替わる。

 私は右手のやや短いブロードソードを、腰を入れて繰り出す。

 隊長の左手の剣で弾かれる前にフェイントで僅かに躱してこちらから弾く。

 

 再び一進一退。

 

 そこで、ギングリッチ教官もとい。ギングリッチ隊長が声をあげた。

 「そこまで!」

 私はだいぶ汗が出ていた。スラン隊長も、額にかなりの汗があった。

 私の背が低いのでスラン隊長も相当やりにくかったであろう。

 通常、戦場でこれほど低い背丈の者と剣を交える事はないだろうから。

 

 「短期間の間にだいぶ腕を上げたな。ヴィンセント殿」

 「あの剣を当てると見せかけて、逆に躱すのはなかなか上手かった。あれもやるのは簡単ではない。両手の剣で同時にあれが自在に出せるようになればいい」

 そう言って、スラン隊長は借りた剣を隊員に返した。

 「ありがとうございました」

 私はお辞儀で応える。

 

 まだ、改善の余地はありそうだが、当てるか当てないかをギリギリで選択するのは、相手に先を読ませないためにパターン化しないように気をつけていこう。

 剣を仕舞って息を整えていると、陶芸ギルドの人たちがリヤカーを引いてやって来た。

 今日はスラン隊長とルイン副長の隊だ。

 朝靄ならとっくに晴れている時間だろうけれど、霧はそのままだった。

 

 濃い霧が漂い、そぼ濡れた道は不気味なほどに静寂だった。全員無言で登って行くその時に聞こえるのは、リヤカーの車輪が奏でるゆっくりとした打楽器のような音だけだ。

 

 霧は濃いめだが、森の中の警邏はいつも通りにかなり奥まで行う必要がある。

 今日はまずルイン副長が粘土の採集場所での警護。ほかのメンバー四人が副長とともに警護についた。

 

 私は今日は左手側の西のほうの森の中に向かう。

 スラン隊長が後ろから付いてきていた。

 「ヴィンセント殿。君がいくら強いのだとしても、一人での行動はいけない。もうひとり、必ず連れて行くんだ。君はこの合図の鳴り物を持っていない」

 そう言ってスラン隊長は、あの小さい笛のような物をポケットから出した。

 「すみません。気が付きません、でした」

 スラン隊長が現場の心得の一つを教えてくれているのだな。

 

 二人でどんどん森の中に入る。

 ベッタリと張り付くような霧。服はもう、びしょ濡れである。

 西の森はだいぶ視界が悪い。霧はゆっくりと動いているが薄暗い森の中、先を見通すのは難しい。

 

 このあたりの樹々は奥まで行くと等間隔ではない。つまり植樹されていない場所だ。所々に三本の杭。数字の目印が付いているやつだ。

 

 急に背中に少し強い疼きが始まった。これは……。つい先日感じたものか。

 ギングリッチ隊長たちと遭遇した魔獣、ラグナセラゼンの時に感じた疼きに思える。

 「スラン隊長。止まって下さい」

 私はしゃがんで左掌を地面にそっとおいた。濡れた地面はやや泥濘んですこし冷たく、あまり感触の良いものではなかった。

 「どうされた、ヴィンセント殿」

 「この先、…… たぶん。ラグナセラゼンです」

 「数は多そうかね」

 スラン隊長は冷静だった。

 あの時とは、少し疼く強さも違う。たぶん少ない。

 「たぶん、少ないです。一頭か、二頭」

 スラン隊長が私を見下ろしている。彼を見てそう言うと彼は小さく頷いて剣を抜いた。

 私は左手の泥をツナギ服の足首の所に擦りつけて、手を拭いた。どうせ、服はぐしょ濡れである。洗わなければならないのだから、どこで拭こうと同じ事だ。

 

 あの時の群れではなさそうだ。別の群れの個体なのか。それともはぐれているのか、一頭だった。

 今回は、はっきりと敵意があった。なにかの理由で気が立っているのだ。私の頭の中で警報が鳴っている。

 「たぶん、もう、こっちに、気がついて、います」

 私は立ち上がり、ミドルソードを抜いた。

 スラン隊長が片手で剣を構え、剣先を左下の方に向ける。

 初めて見るスラン隊長の表情と剣の構えだった。

 

 霧が動き、魔獣が姿を表した。

 立派な角だ。あれで突進されたら、掠るだけでも皮膚が裂けるだろう。

 そして、恐ろしく硬い体だとギングリッチ隊長が言っていたのだ。

 

 スラン隊長が前に出た。

 まるで闘牛士のように、ラグナセラゼンの突進を躱しながら剣を振るったのが見えた。鋭い金属音。何かを引っ掻くかのような。

 ラグナセラゼンの腹の方の長い体毛が、空中に浮いてそのまま置き去りになって舞った。

 

 下から上に斜めに刈り取られた長い毛の下には、細長い筋状に固い皮膚が見えた。やや鉄色をした、如何にも固そうに見える皮膚だ。スラン隊長の剣で、傷一つ付けられなかったのか。

 再度の突進をスラン隊長が躱し、剣を振ったが剣は金属同士がかち合うような、鋭い音を立てて、弾かれていた。

 

 私の方に来る!

 

 私は両手でミドルソードを握り締め、左後方に剣を引いた。左から一気に横に払う構え。

 突進の角をギリギリで躱して、一歩踏み込んで左から右へ向けて全力で払った。

 その刹那、大きな金属音がして、途中で私の姿勢が崩れた。ようやく踏み堪える。

 

 ミドルソードが、真ん中やや手前で折れていた。

 

 折れたミドルソードを放り投げ、やや短いいつものブロードソードを抜く。

 あの巨体相手にブロードソードでは短くて、間合いも取りにくい。

 

 それにしてもあの短い足で、何という速度だ。あの巨体をして、あの速度なら当たったら大変だ。全身の骨が折れても不思議ではない。この世界のやや大きい重力と、あの巨体の重量からなる慣性力は大型SUVが突っ込んでくるより酷いかもしれないのだ。大型ダンプとか大型トレーラーのレベルか。

 この霧の中、私の匂いが相手に届いているわけではないらしい。

 餌を見つけ興奮している魔獣の動きとは違っている。

 数度の突進で何本かの樹木を破壊した後、魔獣はそのまま走り去って行った。

 

 剣を二回振るって、露を飛ばし鞘に仕舞った。

 私はやや泥に塗れた折れたミドルソードの破片と手元の柄の方を拾う。

 「大丈夫だったようだな、ヴィンセント殿」

 「はい。硬い魔獣、でした。剣が、折れました」

 

 私が手に持っている折れたミドルソードの破片の断面をスラン隊長が見ていた。

 「その剣は、どこで入手したのだね。脆いようだが」

 「スッファです。トドマでは、ないです」

 「そうか。そういう剣に命を預けるのは危険だ。貴女はもっといい剣を持つべきだ」

 そう言って、スラン隊長は戻るように促した。

 私は折れた破片を鞘に入れ、その上に折れた剣の柄も差し込んだ。

 それから泥に汚れた手をツナギ服の足の方で拭き取った。ぐしょ濡れ状態だから、態々タオルを出して拭くには及ばない。どのみち、この服は洗うしかないのだ。

 

 霧は動いているが濃さはあまり変わらない。時々薄い場所もある程度だ。

 

 歩いていると、僅かに背中に違和感があった。これは、村の時に散々狩りをした、あのネズミウサギに違いない。

 「スラン隊長。小さい魔獣が、います」

 「危険そうなのかね」

 「いえ。隊長や、私に、とっては、獣相手と、あまり、違わない、と思います」

 そう言うとスラン隊長は小さく笑った。

 「そうか。こちらに来るようなら無視もできない。採集している場所に行かれると警護の彼らに負担がかかる」

 スラン隊長は剣を抜いた。

 やはり、レハンドッジが一気に勢力を縮小した影響は、間違いなく出ている。

 

 二頭のネズミウサギだった。

 「メドヘアというのだよ。ヴィンセント殿」

 そう言うや否や、彼の剣が一頭のネズミウサギを切り裂いた。

 私も抜刀。

 ネズミウサギは飛上ってこちらに噛みつこうとしたが、私は右に踏み込みながら、左から右へ一閃。私の剣はネズミウサギの喉元からスッパリと首を切断した。慣性の付いた胴体だけが私の横を通り過ぎていった。頭は私の左、やや後ろに落ちた。

 大量に流血した胴体が左後方に落ちていて後ろ足が痙攣している。

 

 剣を二度振るって、納刀。

 そして目を閉じて静かに手を合わせる。

 合掌。

 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 小声でお経をあげた。

 

 スラン隊長が黙って死骸の後ろ足を持ち上げて二つとも持ったので、私は切断した頭の耳を持って歩き始めた。

 

 もう、霧の中出てくる魔物はいなかった。時々、小さな獣の気配がしたが問題ない。たぶん小さなネズミに似た小動物とかやリスもどきのような小さな生き物たちだ。

 

 森を出て採集している現場に戻る。

 「隊長殿、ご苦労でした。こちらは異常ありません」

 ルイン副長が報告した。

 「警護、ご苦労。反対の森は誰が向かったのだ」

 「はっ。レノスともう一名、ノルドンを向かわせました」

 「わかった。昼には交代で戻るだろうから、そこで話を聞こう」

 「それで西の方だが、群れから(はぐ)れたらしいラグナセラゼンに遭遇した」

 「それは!」

 ルイン副長の表情が歪んだ。

 「安心しろ、それは森の中を走り去ったのだ。気が立っていたようだが」

 「また、でますか」

 「それは分からん。しかしだな、剣が通じないのだ。あれには。下手に相手すると、こちらに損害が出るだけだ。あれは無視するほうがいい」

 「分かりました」

 「ヴィンセント殿がな、剣を折られたのだよ。他の隊員で敵う相手ではあるまい」

 ルイン副長がさっと私を見た。

 「…… そうだったのですか」

 

 霧はまだ、斑に濃くなったり薄くなったりしながら、採集場と森の間を漂っていた。

 その時、避難小屋のほうから、軽やかな鐘の音が鳴り響いた。

 お昼休憩である。

 東側の森の方から二名の隊員が戻って来た。レノスとノルドンだった。二人とも首の階級章は、銀無印。

 「隊長殿、少々小型の魔獣はいましたが、どうという事は有りません。他に異常はありませんでした」

 レノスという隊員が答えた。

 その彼は背中に何か背負っていた。

 「よろしい。二人とも食事に行ってくれ、他の者、四名、それぞれ、東と西の森の入り口で見張りだ。何かあれば、鳴り物で知らせろ」

 採集場の警護をしていた四名が向かっていった。彼らは食事を遅らせるようだ。

 

 「皆、食べながら聞いてくれ。先ほど西の森のかなり奥でラグナセラゼンが出た。しかし、こちらへの敵意ではなく、苛立っていた様だった。出ても慌てて攻撃したり逃げたりするな。どのみち我らの持っている剣では、あれは斬れない。向かって来るようなら、進路を見極めてから別の方向に逃げろ。以上だ」

 隊員たちが少し騒めいていたが、闘うなと言うスラン隊長の命令で、少し安堵の表情を浮かべていた。

 

 

 つづく

 

 再び、硬い魔獣と出会い、マリーネこと大谷の剣は折れてしまう。

 自分の作った剣では無かったが。

 あの魔獣はどれくらい硬いのか、マリーネこと大谷には分からなかった。

 

 次回 続・山での警邏任務9

 スラン隊長はマリーネこと大谷のダガーを気にしていた。

 それを見せるマリーネ。

 翌日の魚醤工場近辺警邏では、不思議な魔物が出るのだった。

 

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