113 第15章 トドマの港町 15ー20 続・山での警邏任務2
巨大な蟷螂もどきを3人で駆逐する。
マリーネこと大谷もかつて経験した事の無い量で、魔物は押し寄せていた。
113話 第15章 トドマの港町
15ー20 続・山での警邏任務2
ギングリッチ隊長は自分の剣を大きく突き出した姿勢で、こちらを見た。
「二人共怪我はなかったようだな。もっとも、マリーネ殿の腕前ならこの魔蟲の二体やそこらでは問題でもなかろうが、奥にだいぶいるようだな」
ギングリッチ隊長は再び前を向いて、魔蟲を睨みながら続けた。
「ルイン、さっきの警告の笛は良い判断だ。作業員は全員建物に避難させた。アレが我らの横を抜けて広い場所に出られると厄介だ。森の中で仕留めるぞ」
「了解」
ルインがそう言って頷き、ギングリッチ隊長のさらに右横で剣を構える。
私は左だな。
本当は、私が真ん中のほうがいい。たぶん。私に向かってきているのだから。
私はやや小走りして隊長の右前に出た。
少なくともこの魔蟲の死骸が邪魔になる。彼奴等がどう来るのか、私は見なければ。
レハンドッジの群れは最初のモノたちが斃されようと、まったく気にも留めていない様で突っ込んでくる。
二体のレハンドッジがほぼ同時に私の前に現れた。
「!」
ギングリッチ隊長が反応して、左側のレハンドッジの右手鎌二つを斬り落とす。
私は自身に向けて放たれた右の魔蟲の右手鎌を止めたが、ルインが右側の左手鎌を一つ斬って落とした。私は止めた右手鎌を斬り、すぐに両方から時間差で繰り出されてきた鎌の攻撃を二本の剣で止める。
上から迫る頭は途中で私の真下に転がり落ちた。顎がものすごい速さでガクガクと痙攣していた。
ルインが斜め横に踏み込んで首の上の方を斬り払っていたのだった。
黄色い体液が目の前に大量にぶち撒けられて、落ちた顔も焦げ茶ではなく黄色になった。胴体も脚も激しく痙攣している。
私は少し後ろに飛び退いた。
左側のレハンドッジはギングリッチ隊長が首の根元を斬り払い、そのまま魔蟲の躰が崩れ落ちた。
まったくピクリともしない。斬られた場所から激しく黄色い体液が噴出した。
「マリーネ殿、アレの首の根元の後ろの方、一箇所にヤツの全神経が集まる中枢があって、そこを斬ると全く動かないで死ぬ。あの首の後ろが弱点なのだ」
ギングリッチ隊長は、剣をまた腰につけて前に向けながら説明した。
彼はそこを冷静に見極めて斬っていたのだ。
やはりそういう部分は、この異世界に住んでいる彼らでなければ判らない事だ。
ギングリッチ隊長の斬った場所を素早く観察する。位置を覚える。
私は、最初に倒したレハンドッジの目からダガーを回収し、腰に仕舞った。
奥から、まだまだレハンドッジが押し寄せる。彼奴らは横三列になった。
「来るぞ!」
ギングリッチ隊長が大声を上げた。
左手のミドルソードで、相手の鎌を見切ってギリギリのタイミングで弾く。
鎌を二本とも弾く。そのまま私の躰は右足で踏み込み、ブロードソードで一点を突く。ただし、彼が示した首の根元の一箇所。剣の刃を寝かせて、魔蟲の首の真後ろまで貫く。そのまま剣を引き抜いて、一気に後ろに飛び退いた。
引き抜いた傷から真っ黄色の体液が吹き出し、魔蟲が蹲るようにして、長い首が崩れ落ちた。
右手側のルインが苦戦している。
右側のレハンドッジの右手鎌を二本とも鎌の根本を叩き切った。
ギングリッチ隊長は自分に向けられた鎌を全てへし折り、首の根元を突いた。
ルインはそこまで正確には差し込めず、魔蟲が暴れる。
彼は引き抜いてすぐに横に払った。
魔蟲の首の根元から大量に黄色い体液が飛び散り、魔獣の躰が横倒しになり、そのまま暴れた。
暴れた躰にどんどん黄色い体液が付着し躰は黄色と茶色のぶちになっていった。
……
私が少し前に出て、後ろ左右に隊長と副隊長。デルタ隊形だな。
奥から殺到したレハンドッジは、辺りの邪魔な樹々をあの大鎌で切り倒し始めた。
動きにくいから、場所を作ろうというのだ。
そんな知恵があるというのを目の当たりにして、私は内心ショックを受けていた。
所詮は大型の昆虫。なんの考えもなく狭い場所で鎌を振り回して、こちらはその大振りな鎌を躱した上で、身動きしにくい彼らの首を斬り飛ばせばいい、くらいに思っていたが当てが外れた。
彼奴等が切り倒す樹々を避けて、魔蟲の鎌の切断を試みる。
しかし、鎌を切断できたのは一つだけだ。
彼奴等は場所を確保するや私に向けて殺到する。
その中、やや後方に一際大きい魔蟲が居た。恐らくは長さ四メートルは軽く超えている太い胴体。まるまる太っていた。その躰は全体がやや赤みを帯びた茶色に鈍い艶があり、顔部分も少し黒ずんだ赤だった。
こいつが親分だろうか。
このやや大きいのを斬り倒せば他のは逃げるだろうか。
しかし近寄る事すら出来ない。
途中から乱戦になった。
私はひたすら鎌を斬り飛ばす方に専念する。
彼奴等の武器はあの大鎌だけだ。
頑張って首を斬り飛ばす事を考えなければいいのだ。
トドメは左右の二人がやってくれる。
私は、私に向けられてくる全ての鎌の根本を斬る事にした。
ギザギザの付いた鎌が迫る中、ギリギリのタイミングでミドルソードで全て弾いて、隙きを見てはブロードソードで一本づつ、ギザギザの根本を斬る。
最大の武器を無力化してしまえば、あとはあの口しか、彼奴等には攻撃方法がない。
その隙きに隊長と副隊長が、魔蟲の首の根元に必殺の剣を打ち込んでいた。
……
……
殺到する全ての魔蟲が退治されるまでには、かなりの時間がかかった。
最後の数匹はあの大きいヤツも含め、退散していった。
辺りは黄色い体液でまみれ、強烈に饐えた匂いが漂っていた。
全部で一八匹。いやこの巨体だから、一八体。
ルインは汗だらけで肩で息をしていた。おそらく、これまでに無い経験だっただろう。
ギングリッチ隊長も額には大汗をかいている。
この暑い中、いくら日差しのかなり少ない森の中とはいえ三人並んでの九体連続はきつかった。
辺りには倒された樹木と切り落とした鎌と魔蟲の死骸が散乱しており、脚の踏み場もなかった。
倒すたびに、森の中は魔蟲の胴体と黄色い体液で埋まっていたからだが。
「凄い、数でした」
私がそう言うとギングリッチ隊長は苦笑を漏らした。
「マリーネ殿の駆除数の多さの一端を垣間見た気がするのだがね」
「まさか。こんな、数に、出会ったのは、初めてです」
正直、ここまで出てくるとは予想外だった。
「マリーネ殿。途中から鎌だけ切り落とす事にしたのは、どういう理由なのだ」
「相手の、武器を、無力化、したほうが、結局、討伐が、早いと、思ったからです。トドメを、刺すのなら、お二人のほうが、身長も有るし、この方法なら、こちら、三人に、無用な被害も、最小限で、抑えられる、かなと、思いました」
ギングリッチ隊長は暫く私を凝視していた。
私は黙って、剣を仕舞い、片膝を付いて目を閉じる。
両手を静かに合わせる。
合掌。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
短いお経を唱えた。
ギングリッチ隊長は何も言わず、私を見ていた。
「魔石の、回収を、しますけど、頭を割れば、いいですか」
「ああ、数が多いから三人でやろう」
目が大きく、頭を割るためには、目のところから斬らざるを得ない。
ゼラチンのような感触の透明な部分にブロードソードをいれて、眼球を切断して頭から取り除く。眼球もぶよぶよした感触で、頭から無理やり取り出すと、長い白い神経が目玉の後ろについていた。
そしてぽっかり開いたその穴の淵から頭頂部やや後ろに向けてダガーで切り裂いた。中から真っ黄色の体液が流れ出し、そこには緑色の脳らしきものがあった。
周囲に漂う饐えた臭いより更に酷い臭いが一気に噴出して、目から涙が出そうになった。その臭いで噎せる。マスクを持ってくればよかったかもしれない。
そこにさらにダガーを当てて切ると、黄色い体液に混ざって濃い緑色の液体が脳らしき物から流れ出て、ダガーにはコツンと「何か」が当たる感触。魔石だな。
魔石は取り出して見ると例によって楕円形をしており、色は灰色で私の親指にして二個分。楕円の中心にはへんな渦巻きのような模様が入っていた。
「それにしても、ギングリッチ隊長は、腕は、全く、落ちて、いない、ようですね。支部長様は、それを、心配して、いたよう、でしたが」
私がそう言うと、彼は魔蟲の頭を抉じ開けながら、こちらを見た。
「どうだろうな。実戦から離れて、自分で素振りと部下との剣技鍛錬しかしていないからな。ただな、この魔蟲たちは大きな鎌を四つも持っているとはいえ、大振りだから隙だらけだ」
そう言って、また次の魔蟲の頭に取り掛かる。
三人で手分けして、一人が六つの頭を解体して魔石を取り出す作業に専念した。
……
手はもう、黄色の体液と脳から出た緑色をした脳漿らしき液体でドロドロだった。
三人はまず、避難小屋に戻る事にした。
入り口左右にある塀を繋いで蓋している大きな板に付いた扉を開けてもらい、中に入る。
あの大きな板塀は複数の丈夫な板で構成されていて、∨字形をしている。∨の頂点の方を外に向けて設置される。
今回の魔物のような襲撃や土砂災害の時に、全員が退避した後にこうやって閉じて、中を守るのだそうだ。
三人とも裏手に回り、井戸の横で手を洗った。
「あの、沢山の、死骸は、どうしましょう」
手を洗って、ようやく顔も洗って一息ついた処で私が尋ねると、ギングリッチ隊長は少し難しい顔をしていた。
「あれの胴体は薬師たちが欲しがるかもしれんが、あれ程沢山は持って帰れまい。今回は埋めたほうがいいかもしれんな。そのまま放置も出来んのだ。アレの死骸で他の魔蟲たちがやってくる」
彼がそういった所で、お昼になったらしい。ギルドのメンバーがやって来て、昼休みになった事を隊長に告げた。
陶芸ギルドの採集作業班の人たちは今日は午前中作業にならなかったな。
お昼を食べる時に、ギングリッチ隊長は隊員たちに魔蟲の死骸を片付けさせる為の人員を選んでいた。
何時ものように、燻製肉を炙ったものが出された。
「いただきます」
手を合わせる。
燻製肉を食べながら考えた。
あの三メートルほどもある魔蟲の胴体が、一八体もあるのだ。
重さも相当な物になる。
正直言えば、穴さえ掘ってくれれば、私が一人で全部そこに運んで落としたほうが早い気がする。
私はあの程度の重さなら、全く気にも留めないで運べる。
脚を引っ張ると脚が根元から千切れるかもしれないから、ロープを掛ける必要はあるかもしれないが。
しかし、問題はそんな事ではない。
アレだけの大型の肉食魔蟲を一八体も殺してしまったのだ。この山の中における食物連鎖に大きなインパクトがあったはずである。
あれに食われていたモノたちが、今後爆発的に増えてしまう可能性も否定できない。
あの鎌やあの口を見れば判るように、相当に獰猛な肉食の蟲だったのは間違いない。
どんな物を食べていたのかは知る由もないが、天敵がいなくなったとばかりに変なものが繁殖する可能性が高い。その事が気がかりだった。
そんな事を考えていると、すっかり炙り燻製肉が冷えてしまった。
油でやや、ねとつく燻製肉を一気に食べて、水を飲んだ。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
午後の作業は大幅に変更となったらしい。粘土採集は今日は出来ないと判断。
ギングリッチ隊長が指揮している。穴を掘る班、警護する班、死骸を運ぶ班である。
陶芸ギルドの人たちが穴を掘るのを手伝ってくれる。そこにあの魔蟲の死骸を落とす事になった。
なにしろ数が多いので、全員でやらないと夕方までに終わらない。
退避小屋からシャベルを持ち出してきた隊員たちが、手際よく穴を掘っていく。
このシャベルは勿論、土砂崩れの後片付けや土砂が流されて川のようになった場所を補修するための道具である。
彼らは作業が早い。
それもそのはず、彼らは銅の階級になるまでは土木作業に従事しており、道路補修や河川補修作業経験者だっただけあって、穴を掘るような作業はお手の物らしい。どんどん作業は進んでいく。
私も見学している場合ではない。魔蟲の死骸を運び出す。
胴体にロープを掛けて、ズルズルと森から引っ張り出す。
重さははっきりとは判らない。
あの時の鹿馬とあまり変わらないか軽い気がするが、私は重さに対して耐性があり、尚且筋力がずば抜けているせいか重さはあまり感じないのだ。
他は四人がかりで引っ張り出している。ここの重力がやや大きい事を考えれば、当然なのだろう。
私はそのまま引っ張って、皆が穴を掘っている近くまで運んだ。
私のその運搬姿を見つめる作業員たちの視線が痛かったが、それは無視だ。
結局、穴を掘る方が間に合わないので、運ぶのは私と、あと四人だけになった。
ギングリッチ隊長は周りを警戒しながらの指揮である。副長のルインがその警護の補佐。おそらくは先程の戦闘で疲労しているから、穴掘りや運搬から外したのだろう。
陶芸ギルドの人たちも懸命に掘っていてくれるが、何しろ大きい蟲なので深く掘る必要があった。
……
結局一八体、全てを埋めるのには日暮れ寸前までかかった。
この日は、リヤカーも桶も避難小屋に置いて全員手ぶらで戻る事になった。
隊員たちの疲労が手にとるように分ったが、それに関してはギングリッチ隊長の範囲である。
全員、早足で山を降りる。
戻る途中で、もう鐘が鳴っていた。
これは女性陣の夕食の時間である。
隊員たちの脚が自然とさらに早くなり、門に駆け足で向かった。
門が閉められる寸前だった。
いや、正確に言えば門番の人たちは私たちが走ってくる音が聞こえて、閉めずに待っていてくれたのだ。
もう、辺りは暗くなっていて彼方此方に松明の明かりがあった。
ギングリッチ隊長は全員に慰労の言葉をかけて、隊長は全員のお風呂代を負担するから、打ち合わせのあとに風呂に入るように言った。
今回の全員穴掘り作業の埋め合わせという事だろう。
さっそく夕食の時間である。
この日の夕食も何時もの様に魚の魚醤料理、燻製肉に何かのソースがけと味の濃いスープに、赤っぽい野菜のサラダと固いパンだった。
さっそく手を合わせる。
「いただきます」
魚は魚醤で煮込んだ物で、トドマの港町にあった魚料理店のザビザビよりは真司さんの食べていたパケパケの魚醤に近い味だった。
味の濃いスープは勿論毎回思う通り、塩分が多い。
これに固いパンを千切って付けて食べる。
それにしても。
あんな数が出た事は今までになかった。
蟲だと、数が多くてああいう事になるのか。
蟻だとか、甲虫だとか、飛蝗や蝗の魔蟲の群れが来たら、防ぎきれないかも。
あまりそういった事は考えたくなかった。
私が御守り無しで山歩きなら、十分起こりうる事態だと判ったからだ。
料理の残りが冷えないうちに、急いで食べた。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
……
夕食後の打ち合わせで、粘土採集作業中に森の中で魔蟲の群れが出た事が報告された。
「恐らくは、その数は二六体程もいただろうか、儂が確認した時には数体がマリーネ殿と副長のルインによって斃された後だったが、一際大きい個体も確認されている。大きい個体は色からしても、女王で間違いないだろう。全部で一八体斃したが、恐らく女王と思われる大きい個体はその最中に数体を引き連れて撤退した」
ギングリッチ隊長は皆を見回した後、付け加えた。
「レハンドッジが女王と一緒にああいった行動するのは、稀有な事だ。女王が群れを従えて、新しい群生地を作る最中だったのかもしれない」
ギルドメンバーが一斉に響動めいた。
「ギングリッチ隊長殿のお考えをもう少し聞かせて戴きたい」
そういったのはスラン隊長だった。
「うむ。あの群れは今回の遭遇で恐らく兵隊部隊をほぼ失ったと見るべきか。よって、暫くは大きな行動は起こさないと見てよかろう。問題なのは、あれを天敵としていたモノたちの活動になる。今後はもう少し小型の獣や魔獣の動きが活発化すると儂は予想している」
「なるほど」
スラン隊長は頷いてから腕を組んだ。
「今後は、少しばかり騒々しくなるかもしれんな。スラン隊長」
そういったのは、先程から腕を組んで目を閉じていたズルシン隊長だった。
「それにしても、レハンドッジの群れがこの山にいたのが驚きだな」
スラン隊長は腕を組みながら、まるで独り言のように呟いた。
「あれは、もっとまばらな林に棲む魔蟲なのだが。こんな木の多い山中に巣を作っていた事自体、稀有な事かもしれない。ここ数年の小型魔獣の少なさは、それで説明がつくかもしれん」
「ああ、儂もそう思う」
同意したのはズルシン隊長だった。
「明日からの警護、今以上に引き締めてかかれよ」
ズルシン隊長が全員に声をかけて解散となった。
私は、部屋に戻らず共同浴場に向かった。
男性用の方には、ギングリッチ隊長の言葉で風呂に行く事にした隊員たちが集まっていた。
私は女性用の方のドアを開けて中に人が居ないのを確かめ、脱衣場に入る。
お風呂場で体を洗いながら、少しばかり考える。
ギングリッチ隊長は魔石の事について、一切話さなかった。
あの葬儀の時にも、魔石に関して支部長から特に説明もなかった。
何かの決まり事があって、それはもう言わずもがな。という事なのか。
ギルド概要にはそういう部分は書いてなかったので、もっと詳しく知る必要があるのかもしれない。
ギルド支部に上納されて全員に分配されるかもしれないし、ギングリッチ隊長と一緒になった、今回の隊員の一ヶ月毎の報酬に上乗せかもしれない。
まあ、どういう扱いでも構わないが。ただ、平地の魔獣狩りのようにはやっていないのだけは確かだった。
なるほど。金の階級になるとここの仕事をしなくなるとエルトンが言っていたが、自由は効かない、稼ぎはギルドからの固定の支払いよりは、自由の効く一攫千金な仕事に移るのだろうな。
サラリーマンをするほうがいいのかそれとも自営業か、みたいな差だろうか。
自由に魔獣狩り出来るとはいえ、それは間違いなく危険度の高い仕事が割り当てられる。自分とあと二、三人の仲間で斃せる自信がない限り、この山仕事のほうが安定しているのは間違いない。それでも、クバルのような不運は有るが。
あるいは、トドマの支部から別の支部に転属もありうるだろうな。
……
そういえば。
スッファ支部の支部長の事をオセダールが怒っていたような。
たしか、そんなだから、スッファの支部に優秀な人が居なくなるのだとか、何とか、怒っていたのだ。
あの分だと、優秀なギルドメンバーの転属願いか、あるいは転属届けを支部の方で拒否出来ない可能性があるな。それで人材流出か?
この異世界も、色々面倒くさい事がありそうだな。
この支部ではまだ、目の当たりにしていないだけで、使う側と使われる側の認識の齟齬や意思疎通不足とか、元の世界と何も変わらんな。
トドマの支部でそういう問題が出ていない様に見えるのは、やはりあのヨニアクルス支部長が優秀だからに違いない。
あの飄々とした態度ながら、肝心な場所ではきちんと配慮が行き届いている。
私の紹介や職場の案内など、本来ならば支部長のやるべき事ではない。だが、敢えて私を連れて案内をしてみせたのだ。アレによって現場にはっきりと私の事を周知させる効果があったのだろう。何しろ、私の姿はまるっきり子供だから。
支部長自ら引き連れての紹介ならば、疑う余地がない。そういう事だな。
ギングリッチ隊長の説得も、あれは根回しという感じだったが、彼を納得させてから連れてきている。支部長権限による強引な命令とは違っていた。
そして、カレンドレ隊長負傷の時は、態々支部から走って駆けつけたのだ。
比べて見るに、あのゼイ支部長は、確かに人の上に立つ器ではなかったのだろう。
中間管理職なら、あれでも通用するのかもしれないが。
深い溜息を吐いて、私はお風呂に浸かった。
……
私的には助かる事に、この日も私がいる間は誰も入ってこなかった。
意識という、中身だけが五〇代半ばのおっさんだから、女性に入ってこられるのは困るのだ。
お風呂を出て空を見上げると、今日も満天の星だった。
つづく
倒し終えた魔物の数が多く、このままでは死骸がまた魔物を呼ぶらしい。
そこで、現場の人員総出でこの死骸を埋めることになったのだった。
次回 続・山での警邏任務3
暫く警護の場所が粘土採集場となった、臨時隊長ギングリッチと補佐役のマリーネこと大谷。
昨日倒した魔物の死骸を埋めた場所に異変が起きていた。