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011 第3章 初めての制作 3ー2 鉄の話と製鉄の古代史。

鉄の話です。

マリーネこと大谷は、炉の前で古代の製鉄に思いを馳せる話となります。

 11話 第3章 初めての制作


 3ー2 鉄の話と製鉄の古代史


 探してみたが、探し方が悪いのか鋳鉄(ちゅうてつ)が見つからない。倉庫のどこかにあるのだろうか。

 

 鍛冶屋の作業場にはないらしい。あちこち探したが、何処にもない。

 

 鍛冶屋の裏手の倉庫の入口を開けて、中を見てみる。

 開けて入口にあるのは、鉱石の入った大きな袋とか、木炭の入った袋などが多数、平積みされている。ここを越えて奥に行くには、本格的にあれこれ、どかさないと無理だ。

 

 もし鋳鉄があるなら、そんな奥に置くはずがない。直ぐに使うのだから、隠しておく意味はない。

 

 ともかく、鍛冶屋の中を探す。鋳鉄や武器はどこにあるのだろう。

 

 鍛冶屋が叩いて作ったであろう武器も、さっぱり見つからない。

 もし、武器を叩いたのなら、それが売り物ならもっと取り出しやすい場所に置くはずだ。わざわざ、奥の方にしまい込む理由がない。

 

 他の場所も見てみるが、入口の方に農具があったきりだ。

 

 農具なら、他の家にもあるのだが、武器がない。

 武器を他の家で使うのなら、それぞれの家に在りそうなのだが、それすら見つからない。この村に武器がないとは、到底考えられないのだが。

 これだけの鍛冶の設備を、農具を作ったり修理するためだけに用意したとは思えないのだが。

 

 ……

 

 仕方がない。


 銅鉱石っぽい方は、(すず)や鉛等の含有量を確かめながら溶かす事が必要だ。

 どこから持ってきたのか、村人は当然知っていて錫や鉛の含有量も分かっていただろう。

 しかし、私は溶かしてみるまでは判らないのだ。もし、錫や鉛の含有量が極端に少ないと硬い合金にならない。銅そのものは柔らかいのだ。


 となると、消去法で鉄鉱石という事になる。


 しかし、鉄鉱石からやるのは、とてもとても大変なのだ……。

 目を閉じたら思わず深いため息が出た……。


 そもそも鉄といっても鉄鉱石がそのまま一〇〇パーセント鉄の形ではほぼ、存在しない。


 そう。ここがたとえ、『異世界』でも、だ。


 それには理由がある。


 鉄は殆どの場合、鉄の酸化物としてしか、存在していないからだ。

 これは鉄そのものの性質によるものだ。


 この異世界が滅茶苦茶チートな世界でない限りは、純度の高い鉄が鉄鉱石として多数産出するというのはありえない。


 鉄は、自然金、自然銀、自然銅と少し異なり、自然鉄という物自体は存在するものの、その存在場所が極めて限られている。

 通常、鉄は酸化した鉄鉱石として取り出される。

 これは鉄そのものが安定して存在できない事に起因する問題だ。


 鉄そのものはありふれた元素だが、惑星内部から出てきた鉄は地表ではすぐに酸化してしまう。

 何らかの理由で高純度で錆びにくい物になっているか、あるいは特殊な環境下で再還元(かんげん)が行われた物だけが自然鉄として残る。しかし産出は極稀(ごくま)れ。産地が極めて限られる。

 自然鉄など殆ど手に入らないと思っていいくらいだ。


 昔の西洋のMMORPGで鉄が鉄鉱石などを溶かして素材を得て、さらにそれを叩くところから始まるのは理由があるからだった……。


 チートな魔法でこの酸化した鉄鉱石から不純物だけ取り除いて還元、精錬(せいれん)とか出来てしまうなら、そもそもこんな炉はいらないのだ。


 だからこの異世界であっても、製鉄は大変という事だな……。


 金や銀と異なり、純度一〇〇パーセントの鉄を直接見た事のある人は、特別な職業人だ。

 純度一〇〇パーセントの鉄はすぐに酸化する為に通常の人は見る事さえ無い。


 殆どの場合、鉄は酸化物状態で存在し、金や銀と異なってそのままでは使えない。


 ─────────

  赤鉄鉱(せきてっこう)(Fe2O3)である。

 Oがついているから分かるように酸化している。

 色は黒から銀灰色または、茶色から赤茶色ないし赤色。通常はこの赤茶色系。

 だから赤鉄鉱と呼ばれる。時々美的価値の高い物が産出し、宝石に加工される。

 ─────────


 酸化鉄に熱と化学反応を加えて還元、さらにその後色々経て適切な炭素量にコントロールされた鉄ができる。

 炭素量のコントロールが重要なのである。

 なお、純粋な鉄の融点は一五三八度C。

 現代の高炉が一五〇〇度Cを越えているのはこの純粋な鉄を溶解させる温度となる。

 自分の居た元の世界ではありふれていた鉄や錆び(づら)い鋼は簡単には作れないのだ。


 産業革命以前だと鍛冶は大変だった。


 石器時代の後に銅の時代が少しあったが、銅は柔らかいので石器を駆逐できなかった。

 銅に(すず)が混ざっている鉱石を溶かして作る発明がなされた。この合金が青銅。


 ヒッタイト人の住む土地から豊富に錫を含む銅鉱石が出土した。

 これによって青銅器文明の時代が(おこ)る。メソポタミア文明の初期で紀元前三三〇〇年頃の事。

 ギリシャのほうでも紀元前三二〇〇年頃には始まっていた。初期青銅器時代。

 

 鉄に比べれば低温で融解なのだが、銅の融点は意外と高く一〇八五度C。錫は二三二度C。

 しかし銅と錫の合金である青銅は約八七五度Cと低くなる。これは銅が錫に引きずられて、融点が下がる事による。

 

 鉄は最低でも一一〇〇度C以上。不純物がほぼ抜けている鋳鉄でだいたい一二〇〇度C。

 炭素が抜けていくと、融点が上がる。そして鋼は一五〇〇度Cにもなる。


 青銅は型に流すだけで物を大量に作れ、しかもその当時としては硬い合金だった。

 石より加工がし易く、錆びにくい硬い合金として一時代を築いた。実際には(もろ)い物も多かった様だ。

 

 その後に出現する鉄器文明では、大きい物を相当長い間、作れなかった。大きいものは全て青銅製。

 鉄を鉄鉱石を焼いて叩いていく時代から少しづつ変化し、鉄鉱石から鉄を焼いて取り出した後、融解(ゆうかい)させて固まらせる方向へと進歩していく。

 

 反射炉は中世の頃には存在していた。しかしものすごい量の木炭が必要。

 木材の奪い合いもあって、大きなものを作る事は出来なかった。

 造船と製鉄で木材を奪い合っていたが船が優先されたからだ。

 製鉄のために木を伐採する事を禁じる法を作る国まで現れたという。

 それほどまでに木炭が必要だったのだ。


 石炭は原料としてはあったが、そのままでは製鉄に使えない。不純物が多すぎるからだ。

 コークスが登場するまで製鉄は木炭だった。

 大きい大砲は一九世紀の産業革命においてコークスを使った炉ができるまでは鉛を含む青銅だった。

 このコークスを使った高炉が出来た事で、蒸気機関を含む大型の鉄器が出来ていく。

 ここが近代文明の夜明け。人類が自由に鋼鉄を扱うようになった転回点だった。


 ……


 中世以前の製鉄の歴史が頭に浮かぶ。


 確か鉄器文明の勃興(ぼっこう)がヒッタイト帝国が滅んで帝国が秘匿(ひとく)して独占していた製鉄技術が他に広まった頃を指すとかいってたな。

 それが紀元前一二〇〇年頃。このあと一気にヨーロッパに製鉄が広まったとされる。


 私が昔に学校で習った頃はトロイの戦争で敗れて滅んだように学んだと思うが、近年の研究でそれが違うらしい事が分かってきた。

 帝国が内紛だかがきっかけで揉めに揉めている時に、そこに旱魃(かんばつ)などの天候不良による食料飢餓が加わって内戦になり分裂。それで色々あって滅んだ際に技術が国外に流出。


 帝国の崩壊がきっかけでドミノ倒しのように、あの地域一帯を巻き込むカタストロフになったらしい。


 暗黒時代と呼称されている。


 それ以前とそれ以後が決定的に違ってしまう社会大変動だったという。

 しかしこの厄災の原因については諸説あって、結論は出ていないらしい。


 これは湯沢の友人の雑学だ。呑みで古代の話が出ると必ず大いに盛り上がった変人同士の飲み会の話題だ。


 紀元前一二〇〇年のカタストロフ。

 これは製鉄の技術が地中海や西アジアに広がり、世界の文明度が一気に変わってしまったからともいわれるが定かではない。

 ただそれくらい製鉄技術はインパクトが大きかったのだろう。


 はっきりしているのは、鉄の製造技術を持つ者と持たざる者では戦力において天地の差があったという事だ。殺傷能力が格段に違っていたからだ……。

 古代人の拡大戦争においては決定的な力をもたらしたであろう事は容易に想像出来る。

 そして、手にした鉄製武器で血みどろの戦いが各地で発生。本当に多くの文明が滅んだのである……。古代の豊かな、そして多様性のある文明と多種多様な民族がこの暗黒時代に消え去って行った……。


 この異世界も、そういう時代なのだろうか……。

 

 ……


 しかし、それより前に鉄があったじゃないかという異論もあるだろう。

 紀元前三〇〇〇年頃の物がエジプトで出土した鉄の装飾品。紀元前三三〇〇年から紀元前三〇〇〇年頃のメソポタミア文明でも鉄の板が出土している。

 また世界各地で紀元前二〇〇〇年以前の遺跡から加工された鉄が見つかっている。


 これらは大変貴重なもので『隕鉄(いんてつ)』だった。


 古代シュメール人はこれを『天の金属』と呼んだという。

 確かギルガメシュ叙事詩(じょじし)のあのウルク都市遺跡で見つかった。

 まあ隕石は天から降ってくるからな……。


 その当時は鉄の精錬(せいれん)の技術がほぼ存在しない。


 隕鉄は貴重すぎるので祭事に用いられたらしい。何しろ降ってこないと手に入らないのだ。

 隕鉄は鉄とニッケルの合金だったか、九五〇度C程度の温度で鍛えれば加工も可能。

 青銅器時代なので、八五〇度Cから九〇〇度C前後は達成出来た筈なので、頑張れば加工可能だったと思われる。

 古代の隕鉄による祭器はそうして作られた物と思われる。

 天から降ってきた事で一度完全に溶けて還元されている。

 更に合金になった事で錆びにくくなっていたのだろう。五〇〇〇年も経て発掘されてなお、形を留めている事は驚きだ。


 とにかく、初期の鉄はまだ生産方法そのものが確立されていない。

 そのため生産性、そして加工性に劣り、物が作りにくい上に脆く簡単に錆びる。

 とにかく脆すぎて、熱して叩いてる最中に欠けたりするくらい脆い。そしてすぐ錆びる。


 ほぼ錆びない上に硬い青銅に対して優位な所がまるで無かった。

 

 初期の製鉄の歴史は、そのまま如何(いか)にして青銅より硬いものが作れるか、という事だった。

 しかし、古代においてほとんどの国で鉄は脆いままだった。


 しかしヒッタイト帝国が成功する。

 この国で行っていたのは、酸化鉄の低温還元(かんげん)だ。

 どのようにしてこれが『発見』または『発明』されたのかは謎のままだ。


 青銅のように銅鉱石に錫が混ざっているのを溶かしてみたら出来たとか、銅に他の金属鉱石を積極的に混ぜてみたら青銅とは違う合金が出来たとかいうのとは訳が違う……。


 しかし、ともかくこれによって帝国は他に先駆けて鉄器文明を手にする。

 紀元前一七〇〇年頃の事だ。

 バッチ式の炉を用いた鉄鉱石の還元。そして加熱鍛造(たんぞう)という高度な手法が”発明”された。

 それがだいたい八〇〇度Cくらいの温度で行う鍛造製鉄。今の製鉄とは違う。

 秘匿(ひとく)されていたのは『低温還元の炉とその運用方法』だったと思われる。木炭の燃焼による還元方法だ。


 ここが現実的な生物が住めている惑星世界であるならば、私の今持っている知識も当てはまるだろう……。


 もしかしたらファンタジー設定でお馴染(なじ)みの『ミスリル金属』とか『オリハルコン金属』とか、出てきてしまうかもしれないが。

 

 ──────────────────────────────

 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ ミスリルとオリハルコン ─


 『ミスリル』というのは、有名なJRRトールキンのファンタジー小説で『中つ国』の中で初めて登場する金属だ。

ただし、初出は『シルマリルの物語』の方だともいわれる。こちらはケルト色の強いエルフの物語だが、完結はしていない。

 中つ国の中ではドワーフ族とエルフ族だけがこれを加工出来たとされる、神秘的な金属の名称である。

 その『ミス・リル』はたしかエルフ語で『灰色の・輝き』という意味なのだそうだ……。

 これはファンタジー好きには有名なので覚えている。


 『オリハルコン』はもっとずっと古く、古代ギリシャの文献に登場する合金である。

 ヘシオドスの書いた『ヘラクレスの盾』などの叙事詩に登場する。

 紀元前七〇〇年頃の物らしい。これは銅の各種合金を指したとされる。

 ギリシャ語のオロス(山)カルコス(銅)が語源らしいが諸説ある。

 現代ギリシア語のオリハルコスは真鍮(しんちゅう)である。つまり黄銅。銅と亜鉛の合金である。


 しかし、プラトンの記述した『クリティアス』の中では違う。

 名前のみが伝わる幻の金属の名称とされた。

 名称は『オレイカルコス』なのだが、これこそよく知られる『オリハルコン』の語源らしい。

 あの有名な幻の『アトランティス大陸』に存在していた”幻の合金”である。

 プラトンの時代は紀元前四〇〇年頃。古代ギリシャ共和国時代。

 『クリティアス』の中の記述によればアトランティス(大陸ではなく島)において『オレイカルコス』は”豊富に産出した”という。

 つまりプラトンにとっては、何らかの『金属鉱石』を指していたようだ。

 この解釈にも諸説ある。

 

 ──────────────────────────────

 

 うーん。

 ま、この異世界にあるとは思えんし、コレはどっちも考えなくていいな。


 ……


 此処(ここ)までは古代の歴史だ。

 しかし何故(なぜ)、古代の製鉄の事をそれこそ延々(えんえん)と考えたのかいうと、ここの炉は高炉でも反射炉でもない。

 

 となると、かなり古い時代の製鉄をやらなくてはならないからだ。


 私なぞ、ゲームの中での古い製鉄しか知らない。

 ただの知ったかダッタなんだろうが、鉄のインゴットが無い以上はやるしかない。


 この異世界の文明度合いがどれくらいなのか、この村しか見てないので判断は難しいが、中世より前だろうなという感じがする。

 もっとも、この村が未開のすごく文明の遅れている村という可能性は否定はしない。

 だが。目の前の炉は、相当古い時代の物だろうな、とは思う。

 こんな構造じゃ、相当効率が悪そうだ。


 さて、鉄のインゴットがあって、溶かして鋳物の型に流し込んでOK。ならそれなりに話は簡単なのだが、そうもいかないようだ。

 で、ここで古代のヒッタイト人よろしく、鉄鉱石を焼きつつ叩く。という事になると、現状問題が一つある。

 見たところ、ここには(ふいご)がない。鋳物でも、どのみち必要なのだが。


 鉄を作るには、熱量と酸素がいるのだ……。そして、どっちも大量に、だ。

 鋳鉄を溶かすには最低で一二〇〇度C必要なのだ。

 そうなると、ここの木炭をただ燃料として燃やしただけではまったく温度が足りない。

 しかも一二〇〇度Cはなかなか容易な温度ではない。銅ですら一〇八五度Cだ……。

 ヒッタイト人よろしく、鉄鉱石を焼きながら叩くのでも八〇〇度C。


 ……


 となるとまずは鞴を造る所からか……。

 先が思いやられるが、炉があるだけマシだと思う事にした。

 一人で動かす鞴で風量が足りるのかという不安は置いておく。やってみるしかない。

 

 元の世界の湯沢の友人の雑学から学ぶ製鉄方法だが、彼はゲームの設定でもこういうのを調べるのが好きだったんだろうか。

 

 やれやれ、鞴作らねばな。

 

 

 つづく

 

 鉄を鉄鉱石から叩き出すことに決めた大谷。

 恐ろしく先が長い……。 大谷でなくても深いため息が出そうです。


 いよいよ鞴から制作です。

ーーーーーーー

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― 新着の感想 ―
[一言] 話が進むのが遅くて興味が出るところまでたどり着けませんてました。
[一言] 生産メインのお話にしたいのは分かるんですが、何故ここでガチンコ製鉄を始めてしまうのか?もうちょっと導線が無いと理解が難しいです。 他者と取引をするために生産するとか、どうしても必要な道具を作…
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