109 第15章 トドマの港町 15ー16 山での警邏任務10
鉱山の事務所の裏にある売店で買い物をするマリーネこと大谷。
買っておくべきものがあったのだ。
109話 第15章 トドマの港町
15ー16 山での警邏任務10
街道の途中で荷馬車に出会った。鉱山のほうに向かっていく。
護衛の人が付いているだけでなく、なんと王国のあの門番の玉ねぎ色の髪の毛の女性たちと同じ姿の人が二名、荷馬車に乗っていた。
荷馬車の荷物は食料品。野菜が沢山。そして多数の樽と木箱。
宿営地の食事を賄うための食材はこうして運ばれていたのか。
私の歩く速度よりは、かなり早くアルパカ馬が荷車を引っ張り、緩い坂の街道を登って行った。
……
鉱山の宿営地に到着。門番に挨拶して中に入り事務所に向かった。
私は鉱山の事務所で聞いておくべき事がある。
まずは売店があるかどうかだった。
事務所の中にはセルゲイの部下が居たが、あの時のケリックでは無かった。
彼の名前はケストン。
ケストンもケリックとよく似ている。顔立ちまで似ていた。
長身で浅黒い肌、薄い青い瞳。それほど長くはないが尖った耳、そして茶褐色の髪の毛だ。
「ヴィンセント殿、この建物の裏側にお行きなさい。そこに貴女の求めているものが何であれ、大抵のものは置いていますよ」
「あの、現金、でしょうか、代用通貨で、いい、のでしょうか?」
おずおずと尋ねると、その男性は私を見下ろしながら、笑顔で答えた。
「どちらでも。現金をお持ちなら、そのほうが簡単でしょうけど、貴女のご都合でいいですよ」
「分かりました。ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀。
鉱山事務所の裏側に、私の目指していた場所があった。
売店というか、これはこの宿営地の酒保だろうか。日用品の他に衣服と飲食物も売っている。
そう、ここで私はあの隊員たちがしているマスクとタオルを買っておきたかった。
あとは、他に何があるのか見て回ろう。
…………
本当に色んなものが置いてある。乳石は多数。ごっそりと置いてあり、購入意欲が高い事が伺える。よほどたくさん売れるのだろう。
奥の方には木の樽でお酒も売っていた。陶器の瓶も売っているが、何か入っているらしい。
ベルトや衣服も多く有る。
どこを探せば良いのやら。
そこで売店の店員に尋ねるとマスクのような布が出てきた。
それを数枚とタオルの様な布を数枚、それから私は雨具を探した。
雨の日も見回りだけはやるというし、工場の周りの警邏は雨の日も休みじゃない。
売店の人に、雨に使う雨よけはどんなものを使っているのか訊くと、どうやらポンチョのようなものか、マントの上にフードを縫い付けた物かの二種類だった。
どっちも大人サイズしかないが。
剣を抜く事を考えたらポンチョでは不味い。
マントの方が良さそうだ。そのマントの中で一番小さい物をお願いして出してしてもらった。
これでも大きすぎるが、自分の裁縫道具で一部を畳んで長さを縮めればいいから、そこは問題じゃない。
やや薄い革で作られたマントの裏には薄い布が裏打ちしてあった。裏地の色は紫色。マントの表面は薄い茶色。他の色は無さそうだった。
あとは砥石。
砥石を頼むと売店の人は変な顔をした。
普通は鍛冶ギルドの方に頼むので、自分で研ぐ人は居ないという。
「鍛治ギルドで、砥石は、売って、居ますか?」
おずおずと尋ねると、頭を振られてしまった。
これは直接行って訊くしか無い。
勘定を頼む事にしたら、代用通貨を出すように言われてしまった。
こういう場所で小銭は出さないのが普通か。
ケストンは現金の方が簡単だと言っていたが。
マスク四枚、一枚は五デレリンギ。四×五で二〇デレリンギ。
タオル五本で、一本は一一デレリンギ、五×一一で五五デレリンギ。
七五デレリンギは私の感覚で三万七五〇〇円といった所か。
布は高い。という事だな。
そしてマントは五リンギレ。つまり二五万円か。割とするんだな。
トークンを取り出して、売店の男性に渡す。
受け取った彼は、皮紙に神聖文字を書き取ってから品名を署名し値段を書き込んだ。
五七五デレリンギ。そして、彼の名前であるらしい、ティクティムと書き込んだ。
私もそこに署名し、もう一枚にも署名。
このもう一枚は鉱山事務所に預ければいいとの事。
鉱山事務所であとで冒険者ギルドの支部に全部持って行くという。
まあ、個人で保存して無くすと大変だから預かるという事だな。
品物を受け取って、トークンも返してもらった。それをポーチに入れて、荷物をリュックに入れて、マントは手に持った。この丸めた書面を持ってもう一度鉱山事務所に行き、ケストンに預けた。
一度自分の部屋に行き、荷物は全部置く。
ダガーと剣をつけたまま、リュックだけ置いて鍵を掛けてからまた外へ。
鍛冶ギルドの事務所まで行く事にした。
鍛治ギルドはかなり奥の方にある。
当然の事ながら、ハンマーの音が煩いからである。
多くの鉄の窯がある建物の横を通って、更に奥の鍛冶場の脇を掠め、その奥にある鍛治ギルドの事務所に行き着いた。
「すみません。誰か居ますか?」
あの時のホアンスが出てきた。
この職場の連帯責任者であるザウアーの部下である。
「ホアンスさん、こんにちは」
そう言ってお辞儀をした。
「こんにちは。おや、この間のヴィンセントさんですね。どうしましたか?」
「あの。砥石が、欲しい、のですが、何処に、行けば、手に入りますか?」
「何かを研ぐのでしたら、こちらで引き受けますよ?」
私は黙ってダガーを抜いて柄のほうをホアンスに向けた。
「これを、見て、貰えますか」
私はそう言って彼にダガーを渡す。
ホアンスは受け取って刃を眺めた。
「私は、自分で、そこまで、研ぎあげて、います。同じように、刃を、研ぐのは、お任せ、出来ますか?」
ホアンスは少し難しい顔をした。
「こんなに研いでしまったら、直ぐに駄目になりますよ。ヴィンセントさん」
そう言って、返して寄越したので受け取って腰に戻す。
「分かって、います。ですが、使い方、次第ですし、切れ味の、方が、重要、です。鈍い刃は、当てに、出来ません」
「そこまで仰るなら、こちらへ」
そう言うと、ホアンスは、鍛冶場に向かった。
「ここに砥石があります。どれを使いますか」
私は並べられている砥石に、次々と触っていく。
一番荒い砥石より、もう少し目が細かいくらいの砥石を手に取った。
「刃が毀れた時は、これくらい粗いものが必要です。全体を、研いで、合わせるので、かなり、研ぐ、必要が、あります」
ホアンスが頷いた。
「普段の、手入れなら、もっと、きめの、細かい、砥石です」
一番きめ細かい砥石よりやや粗い砥石、更にやや粗目の砥石を手に取った。
「この、二つくらい、でしょうか」
ホアンスが意外な事を言った。
「ここで、研いで見せて下さい。その状態を見て決めます」
私は頷いた。
「では、一番、短い、剣から」
そう言って、まず水の入った桶を横に置いた。
きめ細かい砥石に水を掛ける。ダガーにも僅かに水を掛けた。
何時ものように刃を寝かせて、研ぎ始める。刃の角度を鋭角にするために、ほぼべったり寝かせている。ベタ研ぎである。
そして、やや速いながらも一定の速度。
刃は砥石の置いた方向に対して直角。これが斜めにならないように、全体を真っ直ぐに前後に動かす。
少しづつずらしていき、刃全体に砥石を当てる。
少し水を掛けながら、研ぎ上げて、裏側。
黙々と研ぎ、刃の反対側も同様に研ぐ。
ホアンスが、目を丸くしていた。
「こんなに早く研ぐんですか」
「毀れて、いないなら、何時もの、研ぎは、これくらい、です」
そう言って刃に水を掛け、最後の研ぎを終える。
研ぎ上げた刃をホアンスに見せた。
ホアンスは思った。
こんなに研いでしまうと、刃はすぐ擦り減るし、毀れる。
だが、この少女はこれでよいと言う。
我々、鍛治ギルドは剣を此処まで研ぐのはやっていない。
たとえ料理に使う刃物でも、ここまではやらない。
この少女は一体どういう使い方をしているのだろう。
「ヴィンセントさん、分かりました。貴女が選んだその砥石は持っていっていいです。私たちでは、貴女が望む研ぎ方にはならないでしょう。もしまだ砥石が入用なら、またそう言って下さい」
ホアンスがそう言うなら、貰って良いのだろうけど、ただでは気が引ける。
「お幾ら、でしょうか?」
「いえ、お金はいりませんよ。あとで親方には言っておきましょう」
「ありがとうございます」
私はお辞儀して、お礼を言った。
「また、何かあったら、遠慮なく来て下さい」
うーん。本当は鍛冶場を使わせてほしいのだが、そこまでの我儘は言いにくい。
それは必要になった時に相談しよう。
「それでは、失礼します」
そう言って軽く会釈して、自分の部屋に戻る。
部屋に戻ってやるのは、買ったばかりのマントの大きさを自分に合わせる事だ。
フードは、サイズを詰めにくい。かなりぶかぶかだが。
マントは、まず丈を調整して合わせるところからだ。
肩に掛けて長さをみる。まるで王様がマントを引きずっているかの様な状態だ。
切ってしまうよりは、内側に折り込んで縮める事にする。
まず、自分の脹ら脛の下くらいで終わるように、まち針をそこに打ってどれくらい長いのか測る。
大人用だから、相当余る。横幅も同様。
横幅も合わせるためにそこも内側に折り込む。
フードはかなりがっちり縫い込まれているので、切り離して合わせるのは難しそうだ。
一応、縁を少し折り込んで、まち針を打った。それから、フードは幅を縮めるために、左右共に革を寄せて、三角の形状で後ろの方に行くに従って、詰める量を少なくなる様に二等辺三角形にした形で内側を縫う。
まず、マントの横幅を私の肩幅よりすこし大きめにするため、折り込んだ部分は左右ともに一五センチくらいはある。これを上からずっと糸で縫って行く。
左右それを終えたら、水で濡らしたタオルを折り曲げる縁に当てていく。
濡らして、軽く癖をつけておくのだ。
次に自分の肩から二〇センチくらいの位置で一回折り曲げて上に寄せてまち針を打っておき、そこを横に縫っていく。ケープを肩に掛けているような形状にしておく。
最後は下の方、マントの端が脹ら脛にくるようにする為に腰の裏よりやや下くらいの場所を持ち上げて、そこを折り込んで一回横に縫い、出来上がった飛び出したような形状を下にして沿わせて縫い止める。
そんな作業をしていると、外で鐘が鳴った。女性陣の夕食の時間か。
もう夕方だった。
男性陣の鐘の音に合わせて、食堂に行く。
今日の食事はなんだろう。
いつもとは違う香りがする。香辛料の香りが辺り一面立ち込めていた。
スープは明らかに赤い。肉の煮込みも赤黒い。硬いパンはいつも通り。
サラダのような生野菜も、これまたいつも通り。
トレイに受け取って、食卓に向かう。
これは明らかに辛い料理だろうな、という予想はついた。
かなり珍しい。これまでに出た事がない料理だった。
手を合わせる。
「いただきます」
恐る恐る、スープを飲んでみる。
口の中に刺激作用のある味が広がる。やはり辛い。それも相当に、だ。
慌てて水を取りに行った。大きな金属製のゴブレットに水を一杯入れて、その場で飲み干し、もう一杯。
ゴブレットを持って食卓に戻る。
スープの方は顔が真っ赤になっていそうなくらい、辛かった。
辺りの男衆が普通に食べているのが信じられなかった。
肉の方はどうなんだろう。
スープがこの辛さである。肉も同じ様に辛いと、食べきれるか心配になった。
しかし、肉の方はやや香辛料の味はあるものの、どちらかといえばまったりとした味である。スープとの落差が大きい。
このまったりした味の肉を、辛いスープとともに食べろという事なのだろう。
赤黒い煮込みソースは一体なんだろう。野菜の味と魚醤と、この煮込まれている肉のエキスだろうか。
硬いパンを千切って、この辛い味のスープに浸して食べつつ、このまったり味の肉を切って頬張る。
なるほど。この味で食欲が進むという事だろうか。
とはいえ、私には辛すぎる。何度も水を飲んだ。
硬いパンに浸すだけでは、スープは無くなりそうもない。
スプーンで掬って肉の方に何杯か、掛ける。
肉の方のまったり味に混ぜると、ピリピリした煮込み肉に変わった。
この味変の肉の煮込みを食べて、辛いスープに浸した赤いパンを食べる。
汗だくになって、やっと食べきる。
いつも同じ味だと、働いている人が飽きるだろうという事での変化なのは間違いないが、私はここまで辛いのは苦手だった。
しかし、折角作ってくれた料理に文句を言ってはいけない。
味は悪くないどころか、いい味だったのは間違いない。ただ、私には辛かったというだけだ。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
食器の乗ったトレイを奥にある配膳室の前に持っていって置く。
まだ辛さが口の中に残っていて、更に水を飲んだ。
暑さと湿気の多い、こういう場所では辛い食事も必要なんだろう。
そんな事をぼんやり思った。
ここは、言ってみれば元の世界の夏の暑さだった。
夏に辛いカレーとか、辛い煮込み鍋料理とか暑気払いで食べるのはよくある事だ。
その後は娯楽棟に行き、ギルドメンバーの話を聞く時間である。
前日報告した赤い目をした魔獣は、どの場所でも確認できなかったらしい。
あれは私の血の匂いで出てきて、ポーチの魔石が放つ魔力に気圧されて、すごすごと帰っていったという事だろうか。
しかし、遠からず出てきて現場を襲うだろう。
この日はこれで解散。私は部屋に戻る。
部屋に戻ってから、まずは燭台の蝋燭に火を灯す。
明日はエボデンの担当する、粘土採集場に行く事になる。
私が行けば、あの赤い目の魔獣は出てくるのだろうか。
つづく
マスクのような物と大人用の革製マントを買った大谷。
砥石は売られておらず、鍛冶ギルドの作業場で譲り受け、これで心配事はいくつか減った。
大人用の革製マントは、自分のサイズに合わせて、適当に縫って縮めていき、子供用に仕立て上げる。
こんな作業も村でさんざんやった裁縫のお陰で順調である。
次回 山での警邏任務11
何時ものように、1日交替で次の現場に向かう大谷の前に現れたのは、不思議な魔獣だった。
山に何かが起きている。