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108 第15章 トドマの港町 15ー15 山での警邏任務9

前書き

 トドマ支部へ顔を出すマリーネこと大谷。

 支部長はギングリッチ教官を説得しようとしていた。

 

 108話 第15章 トドマの港町

 

 15ー15 山での警邏任務9

 

 翌日。

 

 起きてやるのは、何時ものようにストレッチだ。

 そして空手と護身術もいつも通り。

 剣はブロードソードと私にとってはロングなミドルソードをシャドウで訓練する。

 

 さて、五日目は粘土採集場。

 隊長が代理に変更されて、エボデンという人だったな。

 支部長が直々に任命するくらいだから、信頼されているのに違いない。

 

 階級章を持って、あとはお守りのポーチ。コインの入った小さいポーチ。剣は何時ものブロードソードとダガー二本。そしてリュック。

 鍵をかけ、鐘が鳴る前に門まで行く。

 

 門番の人に挨拶して、今日も両手ダガーの練習だ。

 汗ばむ程、だいぶやっていると朝の鐘が鳴った。

 

 

 「おはようございます」

 「今日も早いな。ヴィンセント殿」

 ズルシン隊長が声を掛けてきた。

 「ヴィンセント殿。今日は支部の方に顔を出すように、指示が来とる」

 「え、今日は、私は、粘土、収集場の、警護、では?」

 「昨日、夜に態々伝令が来たのだ。ヴィンセント殿」

 夜になって伝令があったらしい。夕食の後にか。

 そうでなければ、夕食後の報告と打ち合わせの時に言われたはずだ。

 

 「何、ここを引き上げろという話ではない。行けば解る」

 という事は、部屋の荷物は置いたままでいいという事だ。

 「はい。仰せの、通りに」

 私がお辞儀するとズルシン隊長は笑っていた。

 

 「おーい、エボデン隊長代理」

 ズルシン隊長が声を掛けるとエボデンが振り向いた。

 「ズルシン隊長、何でありましょう?」

 「まあ、今日はヴィンセント殿は、支部に行くので、一緒に行くのは明日になる。そういう事で頼むぞ」

 「はっ。承知」

 エボデン隊長代理はがちがちだった。朝からあんなに緊張して大丈夫だろうか?

 

 彼らはそれぞれの隊で出発の準備の中、私は一度部屋に戻りトークンをポーチに入れた。

 そして宿営地の門を出て一人トドマの港町へ向かう。

 

 森の中の道を歩いて行く。

 まだ朝なので、森の中は薄暗い。

 鳥の啼き声はするが、獣の気配はない。

 

 森の中の街道のような石畳の道を歩いて下っていく。

 朝露に濡れて黒く光る石畳は、下手に平らな場所に足を踏み込むと滑りそうなので、それなりに慎重に足を乗せる場所を選ばないといけない。

 

 苔の生えた石畳の道の沿道は中央部分だけが苔もなく、平らな石だ。

 左右の森は湿気で濡れた地面には朝露で濡れた草が生えていて、奥は暗い。

 街道に時折聞こえる鳥の啼き声を楽しみつつ、下まで降りた。

 

 ……

 

 だいぶ歩いてトドマの港町の北門に到着。

 門番に挨拶して、中へ。

 門から少し歩き、二つ東の通りに入る。

 そのまま、真っすぐ南に行くと北の隊商道の終端。港の波止場前に出るのだが、その少し手前にギルド支部の建物がある。

 

 トドマ支部につくと、日はだいぶ昇っていた。

 扉を開けて中に入ると、スージー係官とギングリッチ教官がカウンターの奥で話し込んでいた。

 「マリーネ・ヴィンセント、出頭、しました」

 そう言ってお辞儀。

 

 「マリーネ殿、もう来たかね」

 ギングリッチ教官がこちらを見た。

 「朝に、こちらに、来るように、言われて、参りました」

 「ああ、昨日に馬車で伝令を出していたのでね」

 教官が受付カウンターから出てきた。

 「君の記録が、昨日届いたのだよ。それで支部長殿が君を呼ぶよう、係官に指示したのだ」

 

 スッファ街の方から、私の記録が来たという。

 そこにあったのは、ステンベレ三頭を真司さんたちと倒したアレ以外に、街道でのイグステラ四頭とマースマエレファッス五頭の記録だった。

 

 ギングリッチ教官が、呆れていた。

 「これを一人で倒したのかね。マリーネ殿はもう、何というかあの白金の二人の子供でもおかしくない。普通はこんな短い期間でこれほど倒すのは不可能なのだ」


 私は銀三階級にする為の正式な書類に署名した。

 

 その時に、ギングリッチ教官が私に言った。

 「そうそう、ここにある署名のテオ・ゼイ殿だが、彼はスッファ支部を去ったよ」

 「え、では、今は、スッファの、支部長は、誰なの、ですか?」

 「まだ後任は決まっていない。空席らしい」

 「そうですか。何が、あった、のでしょう」

 「何とも分からないが、分かったら君の耳にも入れるよ」

 「はい」

 

 そこに奥の部屋から出てきたヨニアクルス支部長がやってきた。

 「たぶん、街道の惨劇の責任を取らされたのだろう」

 ギングリッチ教官と私の間に来て、支部長はそう言った。

 

 「ギングリッチ、済まんがカレンドレは、重傷で動けない。他のを呼び戻すのに時間がかかる。何日か、替わりに入ってくれないか」

 「支部長殿。私はもう現役は引退した身ですよ」

 「そう言ってくれるな、ギングリッチ。粘土採集現場に代役を立てないといかんのだよ。東に出張っている連中をいくらか引き戻すが、五日、六日は最低でも掛かるんだ」

 

 「支部長殿、私との約束は反古ですか。階級落として、ここの指導教官。現役は若いのに任せる。そう言ったのも支部長殿でしょう」

 「分かっているさ、忘れてはいない。だがな。ギングリッチ。そこのヴィンセント君をあそこの現場の一つを任せて隊長にするのと、どっちが酷い事だと思う?」

 

 「……」

 ギングリッチ教官は黙り込んだ。

 それから支部長を真っすぐ見据えた。

 「なぜ白金の二人が来てくれないんです? こういう時は支部長を助けに来るじゃないですか」

 

 ヨニアクルス支部長は両手を腰に当てた。

 

 「ギングリッチよ、なぁ。何故今回はヴィンセント君がここに一人で来たと思う?」

 「まさか。あの二人に限って。何かあったのですか? 山下殿はどこかしら捉えどころの無いお方だとは思っておりましたが、小鳥遊(たかなし)殿は大変に責任感の強いお方だ。優先先の任務を放り投げる様な事は……」

 

 「彼らには野暮な用事が出来たのさ」

 ヨニアクルス支部長はそう言いながら左手で左の耳を引っ張った。

 

 ギングリッチ教官の右眉が吊り上がった。

 

 「まあ、正確に言えば、他の街の監査官に引き抜かれたんだ」

 ギングリッチ教官が大きく鼻で息を吸い込む音がした。

 

 「期間はどれくらいか分からない」

 そう言ったヨニアクルス支部長の目はやや細められて、どこか遠くを見ている目だった。

 「我々は完全に部外者にされたのが、今回の街道の惨劇さ」

 ギングリッチ教官はソファに座り込んだ。

 「何があったのか、さっぱりですな」

 

 「簡単に言えば街道に出た魔獣の駆逐に失敗したんだ。テオは」

 「そこにあの二人が顔を突っ込んだと?」

 「そういう事だな。あの二人の性格から言って放置は出来なかったんだろう」

 「そこにヴィンセント殿も一緒だったという事ですか」

 「そのあたりは、そこに本人がいるんだ。本人に聞けばいいだろう」


 「まあ、八頭のステンベレ討伐失敗で前衛が(ことごと)く全滅したとさ」

 ギングリッチ教官の顔が歪む。

 「全く持って酷い話ですな」

 

 「テオがやらかして、今回の責任を取らされたんだろう。あの街の支部は今や壊滅状態さ。立て直しには相当な時間がかかるかもしれないな」

 「そうですか、分かりましたよ。支部長殿」

 「そうか、すまんな。ギングリッチ」

 「こいつは、支部長殿への貸しにしておきますよ」

 そう言ってギングリッチ教官はニヤッとした顔になった。

 ヨニアクルス支部長の顔が歪んだ。

 「また一つ増えたか」

 そう呟いていた。

 

 「葬式の次から、警邏に入ってくれるか、ギングリッチ」

 「それは構いませんが、誰を呼び戻すつもりです?」

 「あまり選択肢はないんだよ。アガットかリックになるだろう」

 ギングリッチ教官の目が細くなった。

 「アガットは……。あいつはやめたほうがいい。支部長殿。あれの性格や言動が問題で散々色んな騒動を引き起こしたんだ。ようやく東の任務に厄介払いできたのに、また問題を撒き散らしますよ。あいつは」

 「ああ、わかってるよ。ギングリッチ。そうなると、しばらくお前さんが鉱山周辺警邏に入りっぱなしになるんだが」

 「アガットがまたやらかすくらいなら、そのほうがましかもしれませんよ」

 

 ……

 

 私には分からないが、アガットなる人物は相当な問題を抱えた(やから)らしい。

 実力主義というのは、得てしてそういう物だろう。性格破綻していようが、山賊と変わらない様な輩でも、剣技が上で実績を叩き出せば階級が上がる。

 実力主義の弊害だな。

 

 ヨニアクルス支部長は、溜息をついて部屋を出ると係官に指示を飛ばし始めた。

 

 「リッカ係官。今から手紙を書くから、明日一番に、船で東に向かってくれ。船は荷運びの連中に載せて貰え。その手紙を、東のカサマ支部で、支部長に渡すんだ。八名、戻って欲しいと直接口頭でも伝えるんだ。いいな。出来ればアガット隊以外で頼むと上手く伝えてくれ」

 「分かりました」

 そうは言ったものの彼女は苦笑していた。

 

 「スージー係官、指導教官が暫くいなくなる。ギングリッチの代役がいないため、何日間かは自主訓練の通達。頼むぞ」

 「分かりました。自主訓練の監視もですね」

 「ああ、それも頼んだ」

 

 「コリー係官。すまんがこれからポロクワに行って、葬儀神官の手配だ。向こうの支部に行って理由(わけ)を話せ。ヨニアクルスが部下の葬式をやるから、次の休息日の次の日になると伝えて、明日には鉱山の事務所に来るように伝えてくれ」

 「分かりました。馬車を使います」

 そう答えた女性は玉ねぎ色というよりは金髪に近い長髪を後ろで縛っていて身長は高い。やや彫りの深い顔立ち、目は薄い紫色。肌色はほんの少し焼けたような色。褐色肌ではない。先日に一度だけ見た顔だ。

 「ああ、許可する」

 これで、ポロクワ市街からの葬式の神官派遣の手配が出来た訳だ。

 

 「テノト係官、すまんが大至急、魔法師ギルドに行って氷の術士を寄越してくれるように頼んで来て欲しい。ちゃんと内容も言えよ。遺体の保存だと」

 「分かりました。すぐに向かいます」

 この男性は初めて見る顔だった。彫りの深い顔に薄い青の瞳、やや焼けたような肌、茶褐色の髪の毛。やはり身長は高い。

 

 「よし、頼むぞ。術士はここに来る必要はない。今日中に鉱山の事務所に直接出向く様に言っておいてくれ」

 これで魔法師ギルドの方から、氷が使える術士の手配となった。

 

 どんどん手配して、あとは彼らが向かうだけだな。

 

 私も戻ろう。

 「支部長様。私は、鉱山に、戻って、よろしいですか?」

 「ああ、ヴィンセント君、これで君は正式に銀三階級だ。もっとも君の腕前が、これで済んでいるとは思えないがね」

 ヨニアクルス支部長はそう言って、ギングリッチ教官の方を見て左目を閉じた。

 

 そうか。ギングリッチ教官の階級を落として銀三階級にしたという事なら、彼は元々は金の階級、それも恐らくは無印ではあるまい……。

 

 私との試合が、なぜそんなに話題になっていたのか。

 ここに至って、ようやくこの支部が受けた衝撃の大きさを理解した。

 

 彼を金階級から、態々降級して銀三階級にした理由は何だろう。何かやらかしたわけではなさそうだ。

 そういえば、エルトンが金階級になると仕事を選ぶ権利があるとか言ってたな。

 指導教官に固定するために便宜的に銀階級にしたという事だろうか。

 なにか、ギルドなりのルールがあるのだろう……。

 

 私はここに来た用事は済んでいるので、後は特に何かある訳でもない。これが休日なら街の散策もいいのだが、そうもいくまい。鉱山の宿営地に帰ろう。

 

 空は良く晴れていて、二つの太陽が丁度真上。

 

 お昼をどこかで食べるべきか迷ったが、それほどお腹が空いている訳でもない。

 街をじっくり散策するには時間が足りない。夕方までに鉱山に戻っていないといけないのだ。

 

 そこで以前に真司さん千晶さんたちと一緒に入った魚料理の店に入る。

 お昼時で、中は少し混んでいた。

 やっとこういうお店の料理の値段を知る事ができるだろう。

 奥の方はかなり混んでいるので、適当に空いた席に座る。

 

 私はあの時に千晶さんが食べていた「ティマティマ」が気になっていた。

 匂いは香草で臭みが消してあったが、味はどうだったのだろう。

 

 そこで「ティマティマ」を頼んで食べる事にした。

 暫く待たされて、魚醤で煮込まれた魚料理が運ばれてきた。

 深い皿の中には三〇センチ程の魚が一匹と半分。その半分は頭の無い半身だった。

 半身には背骨もなかった。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 魚醤の匂いは香草で消してある。魚自体は横のムウェルタナ湖で採れる、やや細身の魚。魚醤工場で見た、あの淡水の鯛ではない。

 この魚は円筒形の体で頭の部分、上が平たい。

 

 私の目からしたらこの魚は、小型の(ボラ)にしか見えないのだが。

 鯔は出世魚だから、体長で名前が変わる。二〇センチから三〇センチ程度なら『いな』と呼ばれている。本来の鯔は最低でも三〇センチ以上、四〇センチからもう少し大きいくらいまでか。五〇センチから更に大きいと『トド』。トドのつまりとは、行き着いた先。とか結局とか、そういう意味だが、鯔が成長段階で名前を変えて、最終的に『トド』となる事から、そういう言葉が生まれたのだ。

 

 本来は元の世界では骨のかなり硬い硬骨魚なのだが、この異世界のここの料理では魚の骨は柔らかい。

 気圧が高いから必然的に水圧も高いはずだが、それが魚たちにどういう影響を及ぼすかは、私には判らない。

 元の世界の水圧より高いだろうが、基本的に魚は深海でも棲んでいるので問題はない。ただ淡水か、海水かでは事情は少し違うだろう。

 

 この魚の身は淡白で、魚醤の旨味が染み込んでいた。魚自体の身の旨味は感じられない。というよりはやや強い魚醤の味で消されてしまっている。

 もしかしたら、敢えてそうしているので元々の身は臭みが強くて美味しくないのかも知れない。

 とはいえ、白身はしっかりした歯ごたえがあり、食べ応えは十分だった。

 そして、このかなり色の濃い煮汁の中に入っている魚醤と香草のおかげで十分にいい味になっていた。

 

 このやや甘い香りと魚醤の中に感じる甘い味は何かの果実が入れてあるはずなのだが、それが何なのかは、とうとう判らなかった。

 流石に頭は固くて食べられない。頭と背骨と固い鱗が僅かについた皮だけは残した。

 

 手を合わせる。

 「ごちそうさまでした」

 

 さて食べ終えて、勘定を支払う。

 いったい、幾らしているものなのか。

 

 勘定は二デレリンギ。私の感覚なら一〇〇〇円。

 デレリンギコインで支払った。

 

 値段そのものは高いとも安いとも言えない。

 味は良かったので、そういう意味では決して高くはない。

 

 こういう場所でこの値段か。あの『ガストストロン食堂』での一品がソレとしたら、あのときのお祝いでの食事は一〇デレリンギは越えていそうだ。

 私の感覚で五〇〇〇円越えか。もしかしたら二〇デレリンギで一万円くらいかもしれない。

 そうなるとオセダールの宿のあの晩餐会のような食事は幾らしたのか。ちょっと想像したくない金額のような気がした。

 

 たしか、ポロクワに行った時に、千晶さんは、一ココリンギでパン一個だと言った。そしてたぶん簡単なものだろうが食事が四ココリンギ。つまり四〇〇円だと言った。

 

 この魚醤を使った魚料理が二デレリンギなら、簡単な食事二・五回分。

 貧乏人にはちょっと贅沢な料理で、毎回は食べられない料理かもしれない。

 

 基本的に魚醤料理はそれほど安くないという事だな。

 そんな事を考えながら店の外に出る。

 

 

 私はトドマの街の北門に立つ衛兵の二人に挨拶して、鉱山の宿営地に向かう。

 

 森の道は、虫たちの鳴き声で(かまびす)しい。

 鳴く昆虫が多くいるようだ。

 森の奥に向かって街道を歩いて行くと、鳴き声はそれほどでもなくなった。

 奥の方は余りいないのか。次第に静かになっていく。

 緩い上り坂をゆっくり歩いていく。

 

 ……

 

 ───────────────────────────

 この日の暫くは前の事である。

 スッファ街では、監査官の手により、ある裁定が行われていた。

 

 オセダールはマリーネ・ヴィンセントがマースマエレファッスを斃した件を、監査官に報告をするよう執事に指示していた。

 テオ・ゼイは悪い人ではないが、あまりにも評価の仕方に偏りが有った。

 そして、部下を(ねぎら)えない、まして他の支部の人間が仕事をやってくれた事に対して感謝すら無いのでは、上に立つ者としての資質が問われる。

 

 結局、テオ・ゼイの差配ミスが、部下に対して行った評価のミスなのかが、ルクノータ監査官によって調べられる事とあいなった。

 そして過去に起きた冒険者の死亡事例、過去の報告事例とその後の事が調べられたのである。

 特に問題となったのは、ステンベレの惨劇の二回めの出動指令であった。

 この指令が調べられ、何故他の支部に応援が頼めなかったのか、特にトドマ支部の白金に協力要請出来なかったのかが疑問視された。

 結果として、本来ならばもっと少ない犠牲ですんだはずの所を大きすぎた犠牲にしてしまった件に関しては、彼に何らかの罰則を課す必要もあった。

 

 この一件は監査官の差配で、ベルベラディの冒険者ギルド本部代行事務所のギルドマスターから『勅令』が下る事となった。

 

 それは、スッファ街支部責任者の任を解かれ、ベルベラディの本部代行事務所に異動。

 そこで改めてギルドマスターからの指示を待て。というものである。

 

 これは監査官からしたら、この程のステンベレ惨劇の全責任を取らせる意味合いである。

 彼の日頃の言動に寄る贔屓や叱責による人員流出、差配ミスが大きかった事が徹底的な調査で明らかになったからであった。

 しかし、テオ・ゼイは未だに一級の戦闘技能を有しており、クビにして暴れられても問題である。

 

 そこでギルドマスターはテオ・ゼイを二節気の期間、幽閉処分とした。

 それから、管理監督できる場所で彼の能力を発揮して貰う事になったのであった。

 

 空席となったスッファ街の冒険者ギルドの責任者は、新任者が派遣される事が決まった。

 監査官はベルベラディの中からではなく、第三王都に要請した。

 この要請により、新任者は第三王都の方からスッファ街支部立て直しの任務を背負い、派遣される事になったのである。

 

 

 商業ギルド監査官といえど、担当する街の現場における権限は絶大である。

 支部の責任者の異動など、正当な理由さえ見つけられれば、極めて簡単な事だった。

 

 監査官の監査の対象は経済だけでは無い、そして意見表明に留まらない。

 これは謂わば検察官の役目も担っていた。つまり一定の権限を有する行政官に近いものである。

 

 これがアナランドス王国の監査官の役目であった。

 

 ……

 

 テオ・ゼイはベルベラディの本部代行事務所に多数いる戦闘技能指導員の中の一員になったのであった。

 一定期間、幽閉された事実は周りには伏せられていた。

 故に、表向きそれはとても栄転とは言えないが、僻地に飛ばされたものでも無い。

 

 栄転を信じてベルベラディの本部代行事務所に出頭したテオ・ゼイの落胆ぶりは想像するだに余りあるものだが、身から出た錆としか言いようがないものだった。

 

 冒険者ギルド本部としては一度問題の有った地域から離し、彼に反省の時間を与えた後に手元に置いて管理する事にした訳である。

 また彼を人事評価権限のない、そして恐らくは昇進の見込みの無い戦闘技能指導職員として、彼の技能を生かして貰うという事になったのである。

 

 冒険者ギルドは徹底した実力主義。それは支部の責任者とて、例外はなかった。

 

 ───────────────────────────

 

 

 つづく

 

 支部長はギングリッチ教官を説得して、鉱山方面の警護へ向かわせる事になった。

 支部には最早、予備人員がまったくいない所まで追い込まれていた。

 そして支部長は葬儀の手配も手早く行っていた。

 

 マリーネこと大谷は、やっと自分の意志で、食事できるお店に入って食事をして、物価を確かめることが出来たのだった。

 

 次回 山での警邏任務10

 マリーネこと大谷は、鉱山のこの事務所にある売店にいく。

 買い物を済ませ、明日からの準備もすこし。

 そんな1日である。

 

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