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103 第15章 トドマの港町 15ー10 山での警邏任務4

 3日目は魚醤工場付近の警邏任務。

 湿気た森の霧の中、とうとう魔物と出会うマリーネこと大谷。

 現れた魔物とは。

 

 103話 第15章 トドマの港町

 

 15ー10 山での警邏任務4

 

 翌日。

 起きてやるのは、いつものストレッチ。

 そして柔軟体操で体をほぐしてから、着替える。今日もツナギ服。

 ベルトにダガーとブロードソードをつけて、ミドルソードを持って外に出る。

 

 外はまだ薄暗く、霧に煙っていた。

 

 ソードは渡り廊下に置いて、まず一礼。

 空手と護身術をやってから、ダガーの訓練。特に護身術を絡めた剣の受けや反撃を練習する。

 汗も出てきたところで、ブロードソードで一通り振る。

 ブロードソードをおいてミドルソードを持ち、立ち居合抜刀。

 これもいつものように一〇〇本。一回休んで、また一〇〇本。

 素振りを一〇〇本。そこからブロードソードと同じように一通りの上段、中段、下段の斬りなどを練習する。

 

 そして二刀流。あの黒服の男たちがやっていた剣。私は左手にダガーを持ち、右手にはミドルソード。これで左手で受けつつ、右の剣で攻撃に出る二刀流も練習に入れた。

 

 だいぶ汗が出ている。瞼の裏に焼き付いているあの男の剣技を思い浮かべ、シャドウで練習を続ける。

 

 今日はいつもより朝霧が濃い。朝のうちは大抵湿気で煙っているのだが、今日は一段とその湿気が多い。

 気圧の高さと、この温度と湿気。普通ならとっくに体が不調を来たしていそうだが、この優遇された体はびくともしないらしい。

 

 練習はここまで。

 

 汗を拭いて、井戸水を飲んで顔を洗う。

 部屋に戻って水甕(みずがめ)を井戸へ持っていって水を交換。革の水袋も洗って水を交換。

 

 部屋に戻って少し休憩。

 すると、廊下に人が出ていく気配。

 女性陣が出ていくようだ。私もいつものように小銭を入れたポーチとリュックを背負ったが、魔石のポーチは大きなリュックの横において外に出る。鍵をかけて出発。

 

 トドマの支部の人員は、もっと居るのだろうけど、鉄階級以下の人たちを見た事がない。居るのは間違いないはずだが彼らはどこに居るのだろうな。

 それともう一つ。金階級の人は見た事がない。彼らはどこに行ってるのだろう。

 新人研修したモックたちも見かけないので、彼らも別の場所か。

 

 そんな事を考えつつ門に向かう。

 

 門について、門番の彼女たちに挨拶。

 今日はどうやらこの二人は、昨日の人と違う。見分けるのはけっこう大変だ。みんな一卵性双生児みたいに似ているからだ。

 

 とはいえ……。耳の後ろに小さな黒子(ほくろ)がある人とかも居る。

 スッファのオセダールの宿で行われていた香合わせで数人にそれを見た。

 全く違いがないという訳ではなくて、ちゃんと個性っぽいものが有るのだ。

 

 そういえば。警備隊詰め所で見た私服の彼女たちは微妙に背丈も違っていた。

 全く同じという人は居ないのだな。やはり個性は出るのだろう。

 

 さて、お仕事は今日で三日目。魚醤工房の警邏だったな。

 

 カレンドレ隊長を待てばいいのだ。

 そうしていると朝の鐘が鳴った。

 男衆の寄宿舎から、彼らがぞろぞろと出てくる。

 どうやら、鐘が鳴らないと出てこないのか。

 

 カレンドレ隊長は真っ先にやって来た。

 「おはようございます」

 私はお辞儀して挨拶した。

 「今日も早いようだな。ヴィンセント殿」

 

 ズルシン隊長がスラン隊長と話しながらやって来た。

 「おはようございます」

 私は彼らにもお辞儀して挨拶した。

 

 「おお、おはよう」

 大声でズルシン隊長が挨拶を返してきた。

 相変わらずだ。

 スラン隊長はこちらを見て軽く頷いただけだった。

 

 「さて、ヴィンセント殿は、私の後ろについて来てくれ。殿(しんがり)は別の者がやる」

 「分かりました」

 私は軽くお辞儀した。

 「匂いに慣れていない者は、もうここで鼻を覆っていくんだ」

 そう言われて、私もリュックを一度下ろしてタオルを二枚取り出し、鼻を覆って頭の後ろで縛る。

 あの強烈な分解臭には慣れそうにもない。

 

 隊員たちは一様にマスクのようなものを装着し、頭の後ろで縛った。

 あれは、売ってるんだろうか。買えるなら買ったほうが良さそうだ。

 

 「準備が出来たなら、それぞれ人員を確認しろ」

 四人づつの班が三つ、三人の班が一つ出来ている。

 そうしたらカレンドレ隊長が命令を下した。

 「ダイン。君が今日は二班だ。モッカ。君が三班。ルダ。君が四班。ツィーシェ。君が今日は殿(しんがり)だ。気を引き締めていけよ」

 

 「全員、縦列」

 ささっと全員が縦に並んだ。

 

 ズルシン隊長も大声を上げて出発した。

 スラン隊長は例によってリヤカーの人たちを待つようだ。

 

 カレンドレ隊長が出発を宣言し、縦列のカレンドレ隊は魚醤工場に向かう。

 霧はまだ濃く漂っていて、森の中は見通せなかった。

 暫く縦列で奥に向かう。

 

 四班がまず最初の工場に向かった。工場の入口で待機していた夜廻りの四名に交代を告げて、その夜廻り四人は工場の建物の中に入っていった。

 

 隊列は更に先に進む。

 

 次は三班。同じように工場前に行って、夜廻りの人と少し会話して、夜廻りの四人は工場の中に入っていった。

 

 次は二班。工場の入口で何か話していたが、ダインと呼ばれていた男が戻ってきた。

 

 「カレンドレ隊長。夜警邏で聞いた事の無い掠れる唸りのような声が、森の奥で数度していたそうです」

 「判った。ケンデンの所でもあったかどうか聞いてみる。報告ご苦労」

 「はっ」

 と言うとダインは工場入り口の三名の所に戻った。

 

 五名で最後のケンデンの魚醤工場に向かう。

 

 しかし、それにしても四人で警邏は如何にも少ない。ここでステンベレの群れでも出たら終わりだろう。

 

 「カレンドレ隊長。ここには、ステンベレの、ような、魔獣は、出ない、のですか?」

 カレンドレ隊長はこちらも見ないで答えた。

 「ああ。彼奴等(きゃつら)は山には住まない。普通の平らな森がお好みらしい」

 「判りました」

 私には分らないが、生息域がある程度決まっているのだ。

 そうなると、イグステラもそうなのだろうな。

 

 ケンデンの魚醤工場に到着。

 隊長はずんずん歩いて、工場入口前の四人に向かった。

 「ドレアル、おはよう」

 「隊長、おはようございます」

 「ドレアル、何か異常はなかったか?」

 「はっ。報告します。深夜だとは思いますが、何分霧が濃くて月も星も見えませんので、時間は定かではありませんが、聞いた事のない奇妙な掠れ声が数回、森の奥から確認されました。以上です」

 「よろしい。分かった。第二班のほうでも夜中に声を聞いたという。これから調査する。ドレアルたちはゆっくり安め。ご苦労」

 そう言うとカレンドレ隊長はこちらに戻ってきた。

 

 「さて、諸君。ドレアルたちも何か聞き慣れない声を聞いたという。これから森の奥まで行って調査を行う。全員、気を引き締めていけ。何が出るか判らん」

 

 いよいよ本格的に警邏が始まった。

 

 魚醤工場の強烈な臭いの中、私の匂いが果たして魔獣の餌になるのか、ある程度の事は分かるだろう。

 

 「ヴィンセント殿。私の横に来るように。離れるなよ」

 そう言うとカレンドレ隊長はどんどん歩き始めた。歩くペースが早い。長身の上に足も長い。私が付いていくには小走りしなければならなかった。

 

 所々、長い草もあり全てが露で濡れていた。

 私のツナギの足の周りは忽ち濡れていった。

 

 辺りは濃密に霧が漂い、たちまち服の袖はずぶ濡れ。顔にも水分が纏わり付く。顔に巻いたタオルの鼻の辺りが濡れてきた。タオルも服もどんどん湿気てくる。

 

 しかし、かえってそのおかげで臭いが水分に吸収されて臭わなくなった。

 が、ぺったり張り付かれては息ができない。タオルを取ると、辺りは殆ど臭わなくなっていた。

 この霧が臭いを吸収しているのだ。私はタオルを二本とも絞って左腕に縛った。

 

 私の匂いもこの霧に吸収されているだろうか。

 それはもうしばらくすれば分かるだろう。

 

 視界の届く距離はせいぜい五メートルから一〇メートル前後。少し歩いては止まるのを繰り返す。

 

 ヴェー、ジェーケンッ。ヴェー、ジェーケンッ。

 

 いきなり凄い鳴き声が轟いてきた。

 全員に緊張が走る。

 

 「野生の鳥か」

 隊長は反射的に抜いた剣を鞘に収めた。

 

 かなり大型の鳥がそこにいた。魔獣ではないのか。

 私の方に向かってくる訳でもない。

 長い長い首。大きな黒い瞳。平べったいやや短い嘴。そして控えめな鶏冠(とさか)

 全体はまだらに茶色だが、羽の先はやや黄色い、しかし濡れそぼったその羽毛は下の方は橙色。

 鳥はこちらをじっと見ていた。

 

 グックルル。クルル。クルル。

 

 喉を鳴らすような声を出し、ソレはくるっと振り向いてそのまま霧の中に消えていった。

 背中に疼きはなかった。あれは魔獣ではないのか。ダチョウより大きい鳥だったが。

 こんな森の中に棲む鳥には思えなかった。

 「隊長、今のは?」

 私は素直に訊いてみる。

 「あれは野生のブルクだ」

 カレンドレ隊長が答えた。

 「ブルク?」

 「ああ、普通は飼い慣らして騎乗する。少しばかり貴重な鳥で野生は珍しい。山林で見る事は滅多に無い」

 隊長はそう言ったが、捕らえようという気はなさそうだった。

 

 「聞き慣れない鳴き声というのは、アレではないな。ブルクの鳴き声を知らない人員が此処の任務については居ない。ああ、ヴィンセント殿はこれからだったな」

 カレンドレ隊長は素っ気無くそう言って、更に先に進む。

 「ただ、ブルクは何かに対して牽制の鳴き声を出したのだ。何かしら、いる。それは間違いないはずだ」

 隊長は独り言のようにそう言った。

 

 一行は更に先に進む。

 

 ……

 

 背中が、疼いた。たしかに何か居る……。

 

 「隊長。待って、下さい。何か、います」

 私は先行するカレンドレ隊長に声を掛けた。

 「ヴィンセント殿。どうした」

 「何かが、います。ここで、暫く、待ちましょう」

 「どういう事だね」

 そう言ってカレンドレ隊長が私の所にやって来た。

 私はしゃがんで左手を地面につける。目を閉じて集中。

 

 「前方に、何かが、いて、こっちに、ゆっくりと、来ます」

 

 ……暫くの時が経った。

 

 霧の中から現れたのは、鎧を着た蜥蜴のような姿の生物だった。背中にはやや大きめの蝙蝠のような羽というのか翼。

 しかし頭の中の危険を知らせるはずの警報は鳴らなかった。

 

 「お前は何者だ。ここには何の用事だ」

 カレンドレ隊長はいきなり誰何(すいか)した。

 「ふん。人どもがここで何をしている」

 その蜥蜴男は、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「我々は危険な魔獣が居ないか、調べているだけだ。お前は何者だ」

 「相変わらず、野蛮人どもは名乗りもせんな」

 「む。私はカレンドレ。ここの警邏の隊長だ」

 「我はラドーガ。我がグレミケル族の掟に従い、森の探索をしておるだけよ」

 頭には二本の立派な雄牛のような黒い角。顔は明らかに蜥蜴だが、やや縦長。二本の足で立ち、長い尻尾。二メートルは軽く超えている体躯。全体は焦げ茶。あの翼は飛べるのだろうか。

 手にはやや短い斧。

 肘から手首を覆う革には金色に輝く金属も嵌っている。それは複雑な模様の施された篭手になっていた。

 そしてかなり手の込んだ鎧は、革と何かの複合素材で鱗のような鎧である。

 それにしても綺麗に作り込まれている。

 

 

 「そして、随分と変わった者を連れておるな」

 「何?」

 カレンドレ隊長は虚を突かれた顔だった。

 「そこな茶色の髪の小童(こわっぱ)よ」

 どうやら、私の事だ。

 

 「私は、マリーネ・ヴィンセント。小童、じゃない」

 「クックックッ。ヴィンセントとはな。エルフ族も魔族も謀るか、この姫君は」

 「私は、魔族でも、エルフ族でも、ない」

 「そんな事は、判りきった事よ。しかし、お主の血はただの人ではなかろうが」

 「お主が生きておるとはな。まさに魔族ではないのが不思議だわな。クックックッ」

 「それは、どういう事?」

 「クックックッ。自分の血も知らぬとはな。お笑い草よな」

 「私は、人だ」

 蜥蜴男は明らかに笑っていた。

 

 「まあ、珍しいものを見た。長老のいう珍しい者とは、お主の事だな。それならそれで我の探索も終わりよ」

  

 くるっと踵を返す、蜥蜴男に向かって叫んでいた。

 「待ちなさい。私の、血の、何を、知って、いるのよ。答えなさい」

 しかし、私の頭の中で警報が突如、鳴り響いていた。


 蜥蜴男は振り向き、いきなり私の前に居た。ブロードソードの抜刀がギリギリだった。

 「ほう、我の斬刃を止めるか」

 蜥蜴男の右肘から飛び出た白い刃がブロードソードと交差していた。

 蜥蜴男の姿が揺らめく。

 左手でダガーも抜いて両手に剣。相手の両肘から繰り出された白い長い刃を止めた。

 縦長の顔の左右についた目の中に蛇のような縦長の瞳。その縦長の瞳が更に細くなった。

 

 速い。しかし、あの黒服の男たちの速さを思えば。

 右手に持ったブロードソードと左手のダガーで受ける。受ける。

 蜥蜴男の攻撃は、まさしく縦横無尽。躱すだけでも厳しい。

 

 カレンドレ隊長は急いで隊員を下がらせた。

 「全員下がれ。危険だ」

 

 「クワッハッハッハッ。小童。面白いぞ」

 

 そういった瞬間、僅かに隙きあり。

 踏み込んでブロードソードをその隙きに捩じ込む。

 

 剣先は相手の鱗のような鎧に届きかけたが、相手が瞬時に引いて躱された。

 剣が短いのが痛い。大きい鉄剣は持ってきてない。

 こんな戦闘は想定していなかった。

 

 「ここまでやるとはな。二〇〇年の時を越えて、あのジジイがそこに居るようだわ」

 蜥蜴男は会話しながらも恐るべき速さで肘から飛び出した長い白い刃を振るっている。

 

 「お主は自分の血が知りたければ、すぐそこの銀の森に行けば自ずと解ろうものを」

 

 「私は、銀の、森に、踏み込めない。紅鮮大蜂の、怒りを、買うと、お(ばば)が。ベラランドス様が、言って、いたのよ」

 

 「クワッハッハッハッ。お主はあの樹木の婆婆(ばばあ)にも逢ったか。ならば尚更の事、お主は自分の事を知ったであろう。今更ガイスベントに有りもしない家に行った所でどうにもなるまい」

 

 更に剣を合わせる。また押し込まれかけている。

 本当にこの蜥蜴男は強い。喋りながらこの強さ。この余裕だ。

 たぶんあの黒服の男と比べても引けを取らない。喋らなければ、もう一段階上げてくるのは確実だ。

 

 「お主は、本当の事を知りたければ、魔王国に行け。魔王様に教えを()う事だ」

 「なんですって」

 

 蜥蜴男はぐるっと回転して地を這う様な尻尾の攻撃を繰り出した。

 私は後ろに飛びのく。

 「ジオランドス様なら、全てを御存知だろうよ」

 そう言うと、さっと蜥蜴男は間合いを大きく外した。肘の先、白い刃は瞬時に消えた。

 

 「お主は面白い。長老にもいい土産になるわ。そして良き試合であったわ」

 そう言うと蜥蜴男は羽を広げて飛び上がり、そのまま森の奥に消えていった。

 

 ………

 

 

 つづく

 

 霧の中で遭遇した蜥蜴男との試合になる、マリーネこと大谷。

 かの蜥蜴男は、マリーネこと大谷の躰の事を知っている素振りだった。

 そして、本当の事を知りたければ魔王に会えと言うのであった。

 

 次回 山での警邏任務5

 蜥蜴男が去ると再び警邏任務を続行する一行。

 しかし、その霧の先に恐るべき敵が待ち受けていた。

 

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