2の5 パーティーの日の朝
パーティー当日の朝は大変だ。
男子生徒は十数名ずついくつかの部屋に分かれて着替える。なぜなら、クラバットやクロスタイなどの扱いに慣れない者が多く、協力しあいながら着替えるからだ。クラバットなどの装いについては、授業でやったはずだが、座学で少しやっただけですぐにできるようになるものでもない。普段は制服で、ネクタイはしているが、少し勝手がちがうようだ。
それでも、やりなれている高位貴族の者が各部屋に別れるように部屋割りをしたり、その高位貴族に執事を呼んでもらったりと、どうにか男だけで支度をするようにしていく。
その采配も現生徒会の仕事である。現生徒会で婚約者がいない者は制服で仕事をしている。
婚約者(実際はまだ婚約していないが)のエスコートもあるヨアンシェルは、自分の支度は朝一番に済ませ、学園中に気を配っている。
ちなみに、ヨアンシェルはすべて自分でできる。これも、公爵家の教育の賜物だろう。メイドにやらせるのではなく、自分でできるよう教育するとは、さすがである。もちろん、社交界へ出て本格的に装うことになるときにはメイドに任せるであろうが、自分でできるということは、現場で何があっても直せるということだ。
女子生徒は、自宅からメイドを呼べる生徒は自室で着替える。
そうでない生徒は、パーティーが行われる講堂より一つ小さい部屋に鏡と衣紋掛けが用意されていて、その部屋へ装いのセットを持って集合している。コルセットや後ろリボンなど、やはり女性はプロメイドに任せないとできないことも多い。
学園のメイドだけでは足りないため、王城からもメイドがたくさん送られる。王宮から送られるメイドの中でも、特にメイク班と髪セット班は、決まった鏡の前でスタンバイしていて、オーラを出している(ようにみえる)。
着替えた令嬢から順に髪セットとメイクをする場所の鏡の前に座り待っている。まずはメイク班が、そして髪セット班が流れるように仕上げていく。その鏡の前を離れる令嬢は、自分の変化した姿に、顔をほんのりと染め、プロの力に尊敬と感謝の気持ちを持つのだ。
尊敬と感謝の気持ちを持ちすぎて、弟子という形で王宮のメイドになる令嬢もいるので、仕事の勧誘の面もあるのかもしれない。
アリーシャやイメルダリアなど、上位貴族の令嬢たちは、もちろん、自宅からメイドが来ており、自室にて支度をしている。
アリーシャもコルセットがなければ、ある程度のものなら一人で着替えることができる。が、今日はもちろんそうはいかない。
アリーシャの部屋にも、朝早くから3人のメイドが沢山の荷物とともに現れ、アリーシャを磨いていく。
朝から入浴で、隅々まで磨かれ、マッサージやネイルをされた後、少し早めの昼食をとっているところだ。学園でのパーティーなので、昼すぎから始まり夜は早めに終わる。女性はパーティーではがつがつ食べるわけにはいかないので、今のうちに軽く食べておくのだ。とはいえ、アリーシャは少食なのだが。
サンドイッチを2切れほど食べてから、ふとドレスが予定と違うことに気がついた。
ドレスはアナファルトに贈ってもらったわけではないが、それでも、アナファルトの好みに合わせようと、ふんわりとしたスカートでリボンを多く使い、胸元もふわふわとドレープをたっぷり使った薄い黄色のドレスを用意した。
が、今、鏡の傍にかかっているのは、ダークな紺色の少し光沢のあるドレスで、体の線を強調するようなAライン、腰から下は前面で左右に広がっていき、左右に分かれた間の布に銀のレースが上から下まで贅沢に使われている。胸の上で切り替えが入り、胸から上は透け感のある銀のレースでハイネックになっている。肩は出ているものの、長めの手袋で露出を抑えている。形は大人びているのに、後ろのリボンはこれまた銀のレースで輪の部分は大きめであり、端の部分は裾まで延びていて可愛らしい。太めのウエストリボンとのバランスが絶妙だ。
「あら?ドレスを変えたの?」
「はい、旦那様からこちらをお持ちするようにとのことでした。ですので、こちらに合わせて、靴もアクセサリーもご用意いたしました」
メイドが優しい笑顔で伝える。
「そうなのね。素敵なドレスね。でも、こんなにも大人びていて、わたくしに着こなせるかしら?」
アリーシャが不安そうに呟く。
「お嬢様なら、全く問題ありませんわ。きっとお似合いになられます!!」
「そう?では、メイクも髪型も変えなくてはならないわね。お任せできる?」
メイドたちの勢いにアリーシャは、すべてを任せることにした。
「「「はい!もちろんでございます!」」」
3人のメイドははりきって準備をはじめた。
メイドたちは、もちろん、アナファルトとどうなったかは知っている。
「アリーシャ様、今日は男性からのお誘いが多くて困ってしまうかもしれませんわね」
アリーシャの髪を梳きながら、話し掛けた。
「それはないわ。婚約白紙とはいえ、醜聞には違いないもの。
王子に捨てられた女なんて、誰も相手にしないわ」
けっして、そんなことはない。実は昨日の婚約白紙事件を多くの生徒が見ており、絶好の機会だと考える卒業生は多い。在校生などは今日参加できないことを大変くやしがっている。
侯爵家、伯爵家の長男たちはもちろん、金回りのいい子爵家の長男たちも、僥倖であり好機であると思っている。
長男でなくても、文官や騎士になることが決まっており、将来生計に不安のない者は、可能性は0ではないと、虎視眈々と狙っている。
アリーシャがこのまま社交界に出たら、百戦錬磨の男性たちに囲まれてしまう。そうしたら、さすがに機会は減ってしまうだろうと考えている。だからこそ、今日が最初で最後の好機だとばかりに気合いを入れている。
また、王子の婚約者であったときには年にいくつかある学園パーティーでもダンスに誘えなかったが、婚約者がいないなら、とても美しいアリーシャと最後にダンスをしたいとかわいい夢を見る生徒もいる。
というわけで、アリーシャがモテないということは、ありえない。
「アリーシャ様は、気になる男性はいらっしゃいませんの?」
「………。
まだ婚約が白紙になって たったの1日よ」
少し、間があったことをメイドは聞き逃さない。
「少し気になる方が、いらっしゃるのですね」
メイドは柔らかい表情で鏡の中のアリーシャを促した。
「王妃教育を受けているときに、とても気を遣ってくださって、励ましたり、時には叱ったりしてくださった方がいるの。
でも、その方は、家名がないようなのよ。どんなに優秀で素敵な方でも、平民の方では、お父様はお許しにならないわ。わたくしも、貴族の義務は果たしたいと思っているし」
メイドはそれ以上は何も言わなかったが、紺色のドレスを見て、やさしく微笑んだ。
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次話、明日19時投稿です。




