とうとう、そのジャンルに手を出しましたか
化け物と向き合っているというのに心は平穏そのもの。
緊迫した場面だというのに焦りはない。
不慮の事態なんて想定済みだ。
ゴブリンっぽいのとは距離があるので、色々とやれる時間がある。それに走るわけでもなくゆっくりと歩きで近づいている。
俺は背負ってきたバックパックを地面に下ろし、中から折りたたみ式の警棒を取り出す。安全装置を外してスイッチを押すと先端が三倍に伸びた。
相手がびくりと体を震わせたが、敵対行為を示したことで刺激をしてしまったようで、手に持っていた棍棒を振り上げて走ってくる。
迫り来る敵を見据えたまま警棒を構え、少しだけ腰を落とす。
もう一歩で攻撃の届く間合いに入る直前、警棒に付いている別のスイッチを押した。
すると警棒に備え付けられていたライトが強烈な光を放ち、一瞬だが相手の目をくらませる。
目を閉じて顔を背けた隙に警棒を叩きつけた。
回避不能の一撃が当たる直前にもう一度手元のスイッチを押す。すると警棒が蒼い稲光をまとう。
バチッと弾けるような音がすると、ゴブリンっぽいのは大きく体を震わせて地面に倒れ伏した。
「さすが警備業務用のスタンバトン。威力が半端ないな」
俺が手にしている警棒はスタンガン機能とフラッシュライトを備えた警棒。更に付け加えると海外製で違法改造済み。その威力はご覧の通りだ。
さてと、問題はこの後か。
この気を失っているゴブリンっぽいのをどうするか。普通の日本人なら化け物とはいえ人型の生物を殺す、なんてことは相当の覚悟がないとできない。
だけど、こんな異世界作品の主人公の多くはためらいなく生物を殺せる。
個人的には殺しなんてやりたくないけど、見逃して復活したらそれはそれで厄介だ。やりたくないけど、やらないといけないか。
バックパックからキャンプ用品の鉈を取り出す。これは主に薪割りで使う物だけど、生物を殺すのにも使える。
実際に以前、山中での本格的アウトドアで獣を狩ったことがあり、鉈でとどめを刺したことがあった。
それと同じだと思い込もう。
「出番はこれで終わりだけど恨まないでくれよ」
手を合わせてから、気絶しているそいつの首に刃物を落とした。
すると死体から薄い煙のような物が立ち上ったかと思うと、俺の体にぶつかり消える。
……目に見える呪いか何かなのかと少し焦ったが、体におかしな感じはない。
気にはなるけど、こういうのは考察するだけ無駄で後で明かされるパターンだろう、と開き直ることにした。
「現状の確認といくか」
車にはねられた、と思ったら別の場所にいて化け物と遭遇。
これは間違いなく異世界転生とか異世界転移とかいうジャンルだ。最近流行でアニメでもバンバンやっているから間違いない。先生も原稿中によく見ていたからな。
なので現状への驚きよりも、やっちまったか……という感想の方が強い。
こんなこともあろうかと、色々荷物を持ってきてよかった。野宿の準備もバッチリだし、武器もいくつかある。食料だって軽く一週間はもつ。
さて、なんでこんなに都合よく準備が整っているのか疑問に思っている人もいるかもしれない。でも、大半の人はここまでの展開でピンときているだろうけど。
――ぶっちゃけると、俺は漫画のキャラだ。
そして、主人公だと自覚している。
もっと詳しく言うなら、最近ヒット作とはご無沙汰な漫画家の先生が生み出した主人公キャラ。
そして、この世界は先生の五作目になる作品のはず。俺がここにいるのが何よりの証拠だろう。
先生の漫画にはいくつか特徴があって、真っ先にあげられる特徴がキャラデザインが似通っているという点だ。といっても登場人物が全員同じ顔をしている、というわけじゃない。むしろ、キャラの描き分けは見事で画力も評判はいい。
ただ、一度書いたキャラを次回作でも使い回すのだ。
主要キャラは他の作品にも登場して、だいたい同じ顔で似たような性格をしている。
歴代の主人公キャラを並べて、どれがどの作品のキャラでしょう? というクイズをやったらほとんどの人が間違えたという実績があるぐらいだ。
こういうのをスターシステムと言うらしいが、その知識がないネット民からは「キャラ使い回しすぎ」と、からかわれることが多い。
主人公である俺は四作品通して同じ顔で、ほぼ同じ髪型。
今回もよく言えばイケメン寄り、悪く言えば特徴のない顔をしていた。できることなら、もう少しワイルドにして欲しいんだけど。
ちなみに車にはねられる原因となった幼馴染みらしきキャラも、歴代ヒロインと同じ顔をしていたので、一目見て直ぐにわかった。
……それはさておき、なぜ漫画のキャラが自我を持っているのか、そう疑問に思った人も多いことだろう。これにはもちろん理由がある。
皆さんは作家のこんな発言を目にした事はないだろうか?
「キャラが勝手に動き出す」
これはあくまでたとえ話――ではなく、真実だとしたら?
本当にキャラに自我があり、漫画家の想像したストーリーに従い演じているとしたら?
そう、我々は作者が生み出した一人の役者のような存在なのだ。作者は監督であり脚本家であり演出家でもあるが、演じているのは我々。
普通は自分が漫画のキャラなんて気づくことはなく、ひたすらに与えられた役割を演じるだけなのだが俺は違った。
先生が毎回キャラデザインを使い回した弊害により、主人公キャラの記憶が蓄積されていき、三作目の中盤辺りで突然今までの記憶が蘇った。
初めの頃は戸惑いもあったが、それよりも体に染みついた漫画キャラの習性が勝り無難に役をこなしてこれた。
そして、今はこうやって新作のキャラを自覚して演じている。適応力が高くないと漫画の主人公なんてやってられないから。
うちの先生は中堅どころの漫画家らしいのだが、最近はヒット作が出ていない。三作目、四作目は連載期間も短かった。
そこで流行のジャンルに挑戦してみたのだろう。
小説投稿サイトから火が付いた、異世界系に!
創作の世界では何かが流行ると追随するというのが当たり前で、先生も今までラブコメ、バトル、料理、キャンプと様々なジャンルに挑戦してきた。
それでも、異世界やファンタジーだけは描かなかった。そのジャンルは苦手らしくずっと避けていたにも関わらず……やっちゃったかー。
俺は先生の執筆中や仕事中の記憶もある程度は共有しているので知っているが、最近は休憩時間も漫画やアニメの異世界転生系を食い入るように見ていたので、いつかやるとは思っていたけど。
とまあ、そんな理由で俺は現状をあっさり受け止められた。
ここで俺のやることは決まっている。先生が考えたストーリーに沿って役割を演じるのみ。そして俺の行動を参考に先生が漫画を完成させる。
人気が出て連載が続けば、俺はこの世界でずっと生きていける。逆に人気が出ずに打ち切られたら、この世界ごとまた消えてしまう。
頑張ろう。今度こそ長生きをしたい!
俺は漫画のキャラに過ぎないのでストーリー進行には基本逆らえないし、行動やセリフもある程度は決まっている。
いや、正確には決まっていた。
でも今は違う。決められたシナリオに自分のアドリブを入れ込むことが可能になっている。これがさっきも説明した作者の意思とは別に《キャラが勝手に動き出す》現象だ。
これを最大限に駆使して今回は物語をもっと面白くする!
やってやるぞ。今度こそは中途半端なところで打ち切られずに、最後の最後まで演じてみせる!
まずは無難に役割をこなしたはずだ。
初戦闘で圧勝。こういう異世界系は主人公が苦戦すると読者が逃げるらしい。なので、圧倒的な強さを演出してみた。
この世界に放り込まれるまでは漫画のジャンルが不明だったから、用心のためにバックパックに大量の物を入れておいたのは大正解だったな。
ちなみに、このアウトドア用品は四作目の《ハードキャンプ》という作品で使った道具だ。一度でも漫画で自分が使った物は、自室の押し入れの奥にしまってあることは知っているので、そこから過去作で利用したアイテムの中から使えそうなのを引っ張ってきた。
あまり人気はなかったけど、アウトドアの漫画を描いてくれたことに感謝しないと。
ここからの行動は取りあえず、先生の思い描くストーリーに沿っていってみるか。
そう考えると地面に半透明の矢印が表示される。
これはメインストーリーの道標だ。これに従って動けば作者の求める展開にたどり着ける。今はまだ世界観も掴めてないので従うことにしよう。
矢印の先にあったのは平原を割るように走る一本の街道。
道幅は俺が二人縦に寝転んでも余裕があるぐらいだ。
矢印に従ってここまで来たが、ここから先に矢印はない。ということは待てばいいんだな。
道の脇にバックパックを下ろし、中からキャンプ用の一人椅子とアウトドア用のガスコンロと鍋を取り出してお湯を沸かす。
前にこれをやったのは川沿いのキャンプ場だったな。深夜に星を見ながら、アイツと飲んだんだっけ。懐かしい。
自分が四作目の世界を失ってから、久々のキャンプ。
個人的にはあの作品が好きだった。一作目の過剰なラブコメ展開で胃を痛めることもなく、二作目みたいに毎回殴り合いをして痛い思いをすることもなく、三作目の料理を食べた人のオーバーリアクションを見なくてもすんだ。
基本単独行動で、たまにヒロインやキャンプ場で出会った人と過ごすぐらい。演じている身としては一番性に合っていた。
そんなことを考えながら、出来たてのコーンスープを飲んでいると遠くの方から音が響いてくる。
右手側の道の先から何かが地面を蹴るような音がする。
視線を向けると砂煙を上げて疾走する二頭立ての馬車が見えた。
馬車は白塗りの見るからに高級そうな外観をしている。貴族御用達、といった見た目だ。
「これはお決まりのあれか」
立ち上がって目を凝らすと、その馬車を追うように走る馬が三頭。その上には小汚い格好で剣を手にしている山賊っぽいのがいた。
「やっぱり、襲われている馬車を助ける展開か」
バックパックの中からボウガンを取り出して、矢をセットする。
このボウガンは二作目のバトル漫画で敵が使っていたのを奪い利用したときの物。ちなみに警棒も元々はバトル漫画の敵キャラが使っていた武器だ。
狙いを定めた状態で近づいてくるのを待つ。
馬車が徐々に大きくハッキリと見えてくると、御者席で手綱を振るうドレスを着た女性と目が合った。
向こうも同じタイミングでこっちに気づいたようで、大きく目を見開きある言葉を口にした。……俺と同じく。
「「やっぱり」」
そこには見慣れた顔の元メインヒロインがいた。




