一番会いたかった人
水晶玉に浮かんだ《残り八つの予定だけど考え中》の文字を見て全員の動きが止まる。
すっと視線を上げた四人の視線が水晶玉の上で絡み合う。
全員の顔には「どうすんだこれ」という戸惑いの表情が浮かんでいる。
「これはアドリブ力が試される場面では……」
キーサラギの呟きにゴクリと喉が鳴る。
「そうだな……。先生がアイデアに詰まったときほど、俺たちのアドリブ力が試される。ここは凌ぎきろう」
決意を口にすると、全員が小さく頷いた。
肌を刺激するような緊張感が張り詰める中、真っ先に動いたのは……元姉の受付嬢だった。
「気配察知と気操作は見えますが他のが眩しすぎて見えません! こんなの初めてですよ!」
嘘を吐かずに現状を驚きと共に伝える表現だ。なかなかやるな、元姉さん。
「わたくしもこんなの見たことも聞いたこともありませんわ!」
追従するキーサラギ。無難な反応といったところだ。
こうなると同じような反応でお茶を濁すか、もしくは何かしらの設定を生み出して乗り切るか。
一仕事終えた感がある二人の見つめる先には、ジェニファーがいる。
追い詰められた表情の彼女は、一度天井を仰いでから前を見据えた。
「村の伝承で聞いた事があるわ。神から与えられた特別なギフトは他人が覗き見ることはできないって……」
真剣な顔して意味深なことを呟き、ドヤ顔でこっちを見ている。次はお前の番だ、と言いたげだ。
……正直、その大袈裟な設定はどうなんだ。今後の無双展開に繋げやすくはなったが、先生はうまい具合に後付けできるかな。それだけが心配だ。
「わからないものはしょうがないさ。その二つのギフトがわかっただけでも良しとしよう」
どうしようもないので取りあえず……先送りにしてみた。先生、頑張って考えてください。
そこからはスムーズにことが運び、四角い半透明のカードを手渡された。
「これが冒険者カードです。所有者が念じることで自分のステータス、ギフトなどが確認できます。あと倒した敵や経験値とかレベルも表示されますね。使い方としては、右下の黒い三角形のマークに手を添えて、見たい項目を念じます。ステータス、とか、ギフトといった具合ですね」
これも先生の見ていたアニメと漫画で何度か見た設定に似ている。基本はしっかり押さえているな。
頭に禁断のキーワード「パ〇リ」という文字が浮かんだが、これはテンプレであってそっちじゃない。魔法とか冒険者とかと同じような扱いだと自分に言い聞かせる。
……よっし、気持ちを切り替えて試してみるか。
「ステータス」
冒険者カードから光が射出されると、空中に文字と数値が浮かんでいる。
筋力、素早さ、知力、体力、魔力、気力という文字の隣に数字が並ぶ。……予定だったんだろうな。
「わっ、凄いじゃないの! 筋力、素早さ、体力が中堅冒険者……いえ、それ以上よ! 知力も高い方だし、魔力が少ないのは残念だけど一番驚いたのは気力ね。こんな高い数値初めて見た!」
と元姉の受付嬢が興奮して説明してくれているが、肝心の数値の欄が《高い》《凄く高い》《少ない》《めっちゃ高い》となっていて数字が見えない。……これも後回しか。
この反応はすべて元姉のアドリブだ。天才設定は伊達じゃない。
「凄いですわ、バク様!」
「なかなか、やるじゃないの」
ここぞとばかりに二人も褒めてくれる。こうやって主人公を過剰に持ち上げていい気持ちにさせるのが異世界系では重要らしい。
その役割を二人は十二分に理解しているので、称賛の言葉を口にするのを忘れない。
……正直、こういったやり取りは冗長で盛り上がりに欠けるから、全部省略してもいいと思うのだけど、先生の考察ではこういったシーンを外してはいけないそうだ。
今までの作品でも褒めてもらうシーンは多かったので、持ち上げられたところで今更照れることも調子に乗ることもない。でも、役柄として少し嬉しそうに照れておく。
続いて二人のステータスも調べると、キーサラギは知力と魔力が高く、ジェニファーは筋力、素早さ、体力が高いという予想通りの結果だった。
「皆さん、とても優秀ですよ。ですが、能力値が高くてもギルドの決まりにより、初めはEランクと決まっています。クエストをこなしてランクアップ目指してくださいね!」
ここから冒険者として活躍するストーリーの流れになっていくのか。
正直、この展開は嫌いじゃない。少年漫画の主人公をやってきた身としては、少年心をくすぶるようなストーリーはかなり好物だったりする。
肉体的に苦労して辛かったのは二作目のバトル漫画だったが、演じていて気持ちよかったのもバトル漫画だった。
「バク様、少し嬉しそうですわね」
「うん、笑ってる」
二人に言われて口元に手をやると、無自覚で笑っていた。
異世界に行って活躍する。男の子が好きなシチュエーションだからこそ、ここまでのブームを生み出した。そんなの、少年漫画にずっと携わってきた俺が……好きになるに決まっている。
「じゃあ、一つ目の依頼受けてみようか」
「早速ですか。では、初心者向けのクエストとなると、これとこれとこれぐらいでしょうか」
元姉から提示されたクエストは三つ。
《薬草採取》
《ビッグラット退治》
《店舗掃除》
大体の予想はつくが、一応訊いておくか。
「仕事内容を詳しく教えてもらってもいいのかな?」
「はい、もちろんです。薬草は街から少し離れた森に生えている薬草の採取です。どのような薬草かは絵と特徴が書いてある紙をお渡ししますので、それを参考にしてください」
そう言って机の上に置かれたのは、黄色い花の咲いたタンポポみたいな花の絵だった。その下に『日光が苦手で木陰に咲いていることが多い。花からは柑橘系の匂いがわずかにする』と書いてある。
これがあれば問題なく見つけられそうだ。
「ビッグラットはご存じの通り、巨大なネズミ型モンスターですね。最近、畑や食糧倉庫を荒らす被害が相次いでいまして、倒した数だけ報酬が出ます」
ビッグラットはこの世界で一般的な害獣……害モンスターなのだろう。初心者向けなのだから強くもないはず。
「もう一つは、街中にある古い雑貨屋からの依頼です。祖母のやっていた雑貨屋を引き継いだ孫娘が改装をしたいらしく、荷運びや解体といった力仕事を冒険者に頼みたいそうです」
なるほど。ドが付くぐらいの定番のクエストは《薬草採取》と《ビッグラット退治》だな。三つ目の《店舗掃除》は冒険者というより何でも屋の仕事っぽい。
「二人はどれがいい?」
自分で決めてもいいが、参考程度に二人へ聞いてみる。
「「三つ目以外」」
おっと、意外にも意見が一致した。
二人は基本相反する意見を口にするのに、珍しいこともあるもんだ。
「理由を聞いてもいいか?」
「「ハーレム臭がするから」」
……ずっとサブヒロインをやっていたキャラに備わるという、対ヒロイン危機察知能力。
ライバルキャラに対する嗅覚が働いているようだ。
「どうにも、嫌な予感しかしません」
「うん。絶対にあたしたちの知っているキャラが潜んでいるわ」
言われてみると、なんとなくそんな気がしてきた。
まだ序盤なのに、これ以上ヒロイン候補を増やしたいとは思わない。作品的にはヒロイン候補を大量に出して、ハーレム状態になった方が読者受けするのかもしれないが……俺はそうじゃない。
ハーレムは男のロマン。モテまくりの主人公が羨ましい。なんて言う読者がいるかもしれないが、当事者の俺としてみれば勘弁して欲しい。
美人やかわいい子に囲まれて嫌な気はしない。それは認めよう。
だけど、当事者にしかわからない苦労があるんだよ、ハーレム展開には!
全員がベタ惚れで何をしても嫉妬しない「全員あなたの恋人よ!」と受け入れてくれるなら男の理想かもしれないが、そんなことはあり得ないのだ。
特に先生の書くヒロイン候補は嫉妬もするし、怒りもするし、時に暴走までする。
当たり前だが誰もが俺にとっての一番になりたがる。
なので、ヒロイン候補同士の軋轢もあるし、嫌悪感もむき出しにして時に暴力沙汰になる。漫画の表現ではコミカルに描かれたりするが、裏側はそりゃもう酷いもんだ。
漫画では描写できない、ギスギスとした空気。
相手を出し抜くことしか考えていない腹黒い会話。
バレンタイン、クリスマスイブ、初詣、とかに一人のキャラを優先すると、漫画のシーン外でどれだけネチネチ責められるか。
なので、毎回全員分のプレゼントを用意して、全員の相手をしなければならない。
漫画には描かれてない裏で、俺がどれだけ苦労してきたと思ってんだ!
拳を握りしめ、声にならない声を漏らす。
もし、更なる仲間が増えるなら、親友キャラのアイツがいい!
一作目から親友でもあり悪友でもある、気の置けない友。気兼ねなくバカ騒ぎもできる大の親友だ。きっとこの作品でも登場するに違いない。
俺は信じているぞ!
「それで、どの依頼を受けるのですか?」
現実逃避しそうになっていた思考を引き戻し、改めて三枚の依頼書に視線を落とす。
あれを選んだら二人の機嫌を取るのに苦労するし、この序盤でこれ以上ヒロイン候補は勘弁して欲しい。
となると……。
「このビッグラット退治で」
「わかりました。では、詳しい内容は依頼書の裏に書いてありますので目を通しておいてくださいね」
渡された依頼書をポケットに入れる。
もう用はないので立ち去ろうとしたが、ずっと気になっていたことを元姉の受付嬢に質問した。
「あなたの名前を聞いても?」
「あら、二人もかわいい子を連れているのに、お姉さんもナンパするの? 嘘、嘘。冗談だから、お二人さんも怖い顔しないで。私の名前はモートアーネよ」
……元姉だからモートアーネ。もう、ネーミングセンスに関してはツッコミ不要か。
「では、行ってきます。モートアーネさん」
「はい、いってらっしゃい。バクさん」
さん付けで呼ばれるとむず痒くなるが、今回は血縁関係もない赤の他人。設定に早く慣れないと。
「おい、兄ちゃんちょっと待ちな」
ギルドの出口に向かって歩いていると、進路方向に一人の男が現れた。
赤髪を整髪料で逆立てたとしか思えない重力に逆らった髪型に、口元に見るからに軽薄そうな笑みを浮かべた顔。普通にしていたら顔面偏差値が七十点は堅いのにもったいない。
額には鉄のプレートが縫い付けられているバンダナ。服の上には革製らしい鎧。腰からは剣がぶら下がっている。
この世界の一般的な冒険者スタイルっぽい。
「なんだ、あんた」
「俺はこの街の冒険者をやっているもんだ。兄ちゃん、ずいぶんと綺麗どころをはべらせているじゃねえか。羨ましいねえ」
ねちっこい話し方で絡んでくる男。俺と同い年にしか見えないのに、中身がオッサンみたいだ。
「これが冒険者に絡まれるテンプレイベントか」
「新人の通過儀礼みたいな感じでは?」
「他の冒険者もニヤニヤしながらこっち見ているだけだし」
周りを観察してみると誰も助けようともせずに、こっちを眺めながら酒を酌み交わしている。
ここは苛立つなり、怒るなりする場面なのかもしれない。
だけど俺は……。
「てめえには、そんな美人はもった……なんで、ニヤついてんだお前」
セリフの途中で男が戸惑った声を出す。
「バク様、めっちゃ笑顔です。ここは表情を引き締めて」
「あんた、あたしと会った時より嬉しそうよ」
両脇腹に二人の肘が入るが、そんな痛みなど気にもならない。
だって、絡んできたのは全シリーズ通しての――親友キャラだったから。
「ちなみに名前は?」
「お、俺か? マーブダッチって言うぜ。知り合いはダッチって呼ぶがな」
確定した。コイツは今回も俺の……親友ポジションだ!




