冒険者ギルドといえば
「あれっ、普通に着いたな」
もう一波乱ぐらいあるのかと道中では警戒していたのに、あっさりと街へたどり着いた。
といってもまだ街には入っていない。
視線の先にはずらっと並ぶ人の列。その先には巨大な鉄扉と高い城壁が視界の端まで伸びている。
この人の列は街に入るための手続きの順番待ちだ。
「この世界では街の一つ一つが自治区のようになっているのですよ。常にモンスターの脅威にさらされていますので、街はこのように城壁で囲むか大きな堀に水を流すか、その両方の対策がされています」
「モンスター相手だとルールなんてないもんな。自衛は必須か」
「うちの村は丸太の杭でぐるっと囲ってたわよ」
荷台からひょこっと顔を出したジェニファーが大あくびをしながら、珍しく村の話をしてくれた。
猫獣人になった影響なのか、昼間は荷台や幌の上で眠ってばかりで会話が極端に少ない。なので未だに彼女の生い立ちや設定に不明な点が多い。本人も話したがらないので、触れないようにはしていたが。
ただ夜行性なので夜になると呆れるぐらい元気で、夜の見張りはほとんど彼女へ一任していた。
「そういや、奴隷商人が獣人は差別してもいい、みたいは発言をしていたが街に入っても大丈夫なのか?」
「その件ですか。心配は無用ですよ。バク様の性奴隷……奴隷ということにしていますから」
キーサラギが焼いたはずの奴隷契約書を取り……似ているが、ちょっと違うな。
「まさか、偽造したのか?」
「いえ、本物の奴隷契約書ですわよ。ちゃんと、ジェニファーさんの許可もいただいてます」
そんなの初耳だぞ。思いもよらない発言に驚き、ジェニファーに戸惑いの視線を向けると、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「仕方ないじゃない。そうしないと、街には入れないって言うから渋々なんだからね! 自分の思い通りになるとか、勘違いしないでよね!」
ほぼ日課になっている「勘違いしないでよね」いただきました。とか言っている場合じゃないな。
「俺はその契約を交わした記憶がないんだが?」
「奴隷にされる側は手続きが複雑ですが、奴隷の主人となる契約には指紋と少量の血が必要なだけですから。眠っているときにちょちょいと」
「……指紋はまあわかるが、血なんてどうしたんだよ」
「ジェネラルゴブリンとの死闘の際に傷を負われていましたよね。それをわたくしが治療したのを覚えていらっしゃらないので?」
そういや、擦り傷だから放っておいていい、って言ったのにしつこく治療しようとするから根負けしたな。って……あの時のか!
「なあ、あんまり聞きたくないんだけど、俺の血の付いた布をなんでずっと持ってたんだ?」
「もちろん、朝昼晩にアイテムボックスから取り出しては、くんかくんか匂いを堪能して、寝る前にはその血を舐」
「もういい、黙ってくれ」
くそっ、聞いた方が後悔するとは!
精神的にどっと疲れたので荷台の奥に引っ込むと、手続きはすべてキーサラギに任せることにした。
「バク様、バク様。街に入れましたわよ」
頭の上の方から声がする。
ああ、眠ってしまっていたのか。上半身を起こすと、俺を挟んで右側にあぐらを掻いて座っているジェニファー。左側は顔に縦線を刻んだキーサラギがいた。
「説明をよろしく、ジェニファー」
「そこの痴女が寝込みを襲おうとしたから撃退した」
「グッジョブだ」
見事な働きに思わず頭を撫でた。いつもなら「気安く触らないで!」と文句の一つも飛んでくるのに目を細めて喜んでいる。
こういうところも猫寄りなんだな。喜んでいる姿が妙にかわいい。これが猫効果か恐るべし。
ジェニファーはツンデレのツンの方が強いので、キーサラギみたいに常日頃から発情して襲うようなことはない。だから、こういう場面で非常に助かる。
褒められているジェニファーを妬ましそうに見ていたキーサラギが、口元を押さえて芝居がかった仕草で崩れ落ちた。
「あんまりですわ。皆様のために手続きを頑張ったご褒美に、接吻と舌入れぐらいよいではないですか」
「「よくない」」
俺とジェニファーの声が綺麗に重なる。
性欲を半分……いや、十分の一ぐらいに減らしたらいい女なのに色々ともったいない。
過剰な性欲はあれだが、頑張ってくれているのは事実か。
「でも、色々とありがとう。助かっているよ」
そう言ってキーサラギの頭も撫でておく。
「もう、そういうところですわよ。日頃鈍いのに変に気が回るのが悔しいですわ」
文句を言いながらも頬を染めているので、喜んではもらえている。
ちなみに女性の頭を撫でるという行為は普通の人がやったらひんしゅくものらしい。主人公に許された特権、だと先生が羨ましそうにこぼしていた。
一作目から頻繁にやっていたから癖みたいになっていたが、リアル寄りのキャンプ漫画のときは一度しかやらなかった。それも仲良くなった後のヒロインにしか。
「じゃあ、さっそく冒険者ギルドに行こうか」
頭から手を外すと、名残惜しそうにじっと俺の手を見つめる二人。
うっ、この上目遣いヤバいよな。相手もラブコメ時代に覚えたテクニックを駆使してくるとは。
「もうちょっと……まあ、わがままはやめておきますか。今日の夜にでも頭以外も撫でてもらったらいいことですし」
「撫でないっての」
不満そうな顔をしない。隣でジェニファーも満更でもないみたいな素振りをしない。
「話を戻しますわね。冒険者ギルドよりも先に宿屋にまいりましょう。そこでまず馬車を預けたいので」
「あっ、そうか。街中をずっと馬車で移動するわけにもいかないよな」
この世界のルールや常識に関してはキーサラギに頼りっぱなしだ。
俺は異世界人でジェニファーは辺境の村出身なので人間の世界については詳しくない。
結局、他作品と同じ立ち位置なんだな。他の人の面倒を見て世話を焼く。全作品において彼女がやってきたことだ。
「宿屋代は冒険者になってから働いて返すで構わないか?」
「体でお支払いになっても……わかりました、その笑顔で振り上げた拳を下ろしてくださいませ」
理解してもらえたようなので拳はしまう。まあ、実際に殴る気なんてないのは、向こうもわかったうえでのやり取りだ。
少し大きめの馬小屋がある宿屋で宿泊の手続きをした。
まあ、三人部屋にするか部屋を分けるかで一悶着ある、いつものパターンは一応やっておく。
結論としては俺が一部屋。キーサラギとジェニファーは二人部屋で一緒となった。先生とはして三人部屋でハプニングありの展開を求めていたようで、軽い強制力があったのだがそれはどうにか抵抗できた。
これぐらいは許容範囲らしい。
大きな荷物は部屋に置いて、二人を連れて冒険者ギルドへと向かう。
徒歩で五分ぐらいか、目的地の前に到着した。
巨大な石を並べて繋げた、城の石垣のような壁をした建造物がある。
この街の住宅は基本木造でレンガ造りもちらほらあるのだが、こんな建材を使っているのは初めて見た。
見るからに頑丈そうで威圧感もある。荒くれ稼業の冒険者には相応しい建物といえるかもしれない。
両開きの木製扉を開けて中に入ると、中にいるのは何人もの屈強そうな男やローブを着た女。あとジェニファーに露出度勝負で負けないぐらいの服を着た女性、そういった人が一斉にこっちを向く。
普通なら動揺の一つでもする場面なのだろうが、漫画の主人公は注目を浴びるのには慣れている。平然と奥に見えるカウンターへ歩み寄る。
できるだけさりげなく辺りを観察してみるが、ここは巨大なホールになっていて、向かって左側が冒険者ギルドとして機能しているみたいで、残りの右側は酒場のようだ。
ギルドの方は丸テーブルが均等に配置されていて、そのテーブルを何人かで囲んでいる。たぶん、あの四、五人の塊が冒険者の仲間同士だ。
それが五グループぐらい。一つは身につけている鎧が真新しく、全員が俺たちよりも若く見える。たぶん、初心者冒険者だな。
他は俺たちと同年代のグループが二つ。十は年上のベテランっぽい雰囲気を醸し出しているのが残りの二つか。
受付と書かれた看板がぶら下がっているカウンターの前に立つ。
緑の帽子を被り、銀行の制服みたいな格好をした三つ編みの女性が笑顔を向けた。細い縁の眼鏡がよく似合っていた。
年齢は俺より一つか二つ上に見える。
「冒険者ギルドへようこそ。何かご用ですか?」
俺は微笑みを返し一言。
「何やってんだ、姉さん」
忘れるはずもない顔がそこにあった。
俺は全作品通して自由奔放の姉が存在していた。見た目は古き良き委員長像みたいな外見なのに、その中身は他のキャラと同じく個性が強い。
片付けのできない人で家事は基本俺が全部やらされていた。家では下着姿でうろついていたので、俺のエロ耐性を培ってくれた要因でもある。
頭がよく天才肌なのだが、他人に妬まれないように必死で勉強している真面目キャラを学校では演じていた。
本当はいい加減で適当なくせに。
今回はギルドの受付嬢か。ということはここがホームタウンになりそうだな。
そして、姉も当たり前のように自我に目覚めている。
「あら、私はただの受付嬢ですよ。もしかして、故郷の美人で素敵なお姉さんと似ているのかしら」
俺の言葉に動揺することなく対応している。
あくまで今作のキャラを演じるつもりのようだ。俺もそれに倣うか。
「汚部屋に下着姿で寝転び、だらしなく腹をボリボリと掻く姉に少し似ていたので。そんなダメ人間と比べて申し訳ありません」
「だ、誰にも間違いはありますから」
一瞬だけ眉がピクリと動いたが冷静な対応だ。人前で猫を被る能力は相変わらずか。
これ以上いじると後が怖いのでメインストーリーを進めよう。
「では、この書類に必要事項を記入していただけますか。後ろのお二人も冒険者に?」
「はい。三人の手続きをお願いします」
これは事前に話し合いで決めていた。冒険者カードは身分証にもなるので、実際に冒険者をやるかは別にしても持っていて損はない代物だ。
書類をもらい、近くにあったテーブルに移動して書き込んでいく。
まずは身長、名前、魔法の有無、ギフトとある。
「バク様。身長は大まかで構いませんわ。名前は本名でなくてもいいのですが、奇抜な名前にするとずっとその名で呼ばれるので後悔しますわよ。……先生のペンネームみたいなものです」
そういえば先生は初期のペンネームが今と違って、覚えやすくてインパクトはあるがちょっと口にするのは恥ずかしい名前だったらしい。
打ち合わせやパーティー会場で何度もその名前を呼ばれて心が折れて、ペンネームを変更したという逸話がある。
……無難にバクにしておこう。
魔法は使えない、と。もう一つのギフトって……たぶん、あれだろうとは思うけど説明シーンは必要か。
キーサラギに質問しようと思ったけど、さっきから会話シーンのなかったジェニファーに話を振る。
「ギフトってなんだ?」
「あんた、そんなのも知らないの? あのね、神様が与えてくれた特別な能力よ。誰もが一つは生まれ持って得ているの。多い人は五つぐらいあるって話だけど、眉唾よね」
やっぱり、スキルとか技能とかそういった感じの特殊能力系だったか。
「ちなみに二人はギフト所持しているのか?」
「はい。三つほど」
「あたしも三つかな。これってとっても凄いことなんだから」
二人が三つと口にした途端、周りで聞き耳を立てていた冒険者たちがざわついている。
「おい、ギフト三つ持ちだとよ」
「二つでも珍しいのに、三つなんて滅多にいねえぞ」
モブらしき冒険者がわかりやすく反応してくれるから助かる。
「ちなみにそのギフトってどうやったら調べられるんだ?」
「十歳の誕生日に教会でギフトを調べてもらうのが一般的ですが、ギフトを調べるのにもギフトが必要でして。小さな村の子供なんかは都会に出るまでギフトが不明、というのは珍しくもない話です」
どうしようか。異世界から来た俺はギフトを調べているわけもなく、ここは空白で出しても問題ないのだろうか?
「ギフトの欄は空白でもいいですよ。ただ、書いてあると仕事を受注するときの目安になりますので」
姉さん……受付嬢がカウンターに身を乗り出して助言をくれた。
あー、履歴書の資格みたいなものか。ギルド側としては有能な相手の方が仕事を回しやすいもんな。
「あっ、まだギフトを調べてないなら有料ですが、ここで調べますか? 私、そのギフトを持っていますので」
「お願いできますか?」
「お姉ちゃんにドンと任せなさい」
ありがたい申し出に飛びつく。
異世界系と言えば主人公にはチート能力が与えられると相場が決まっている。
今までは過去作のバトル漫画で得た能力を活用してきたが、今作ならではの力に目覚めているはずだ。
受付嬢の元姉に連れられて、俺たちはカウンターの奥にある個室に連れて行かれた。
ギフトは人にバレると問題になることもあるので、こうやって人の目に触れない場所で調べるそうだ。
キーサラギとジェニファーには隠す必要もないので同席させている。
机の上に丸い水晶玉のようなものが置かれた。
「これに手を添えて、ギフトと言ってみて」
言われるがままに手を置き「ギフト」と口にする。
すると水晶玉が目もくらむような光を放つ。
「きゃっ!」
「うぎゃああ、目が、目がっ」
「こ、こんな光は初めてです!」
驚いて目を押さえる二人と、ちゃっかりサングラスを装着していた受付嬢。
思わず目を閉じたが目蓋の向こうの光が弱まったのを確認してから、ゆっくりと目を開く。
ほんのりと光を放つ水晶玉には、赤い文字が浮かんでいた。
《気配察知》《気操作》《残り八つの予定だけど考え中》
「おい」




