譲れないこだわり
地面すれすれを滑るように跳躍すると、鞭を持つ男のだらしない腹に両足で着地した。――プロレス技のドロップキックともいう。
「ぐべらあっ!」
唾液をまき散らしながら男が吹っ飛んでいく。
触れたときに《弾》は使わなかったが、ここまでの勢いだけで十分な威力を秘めていたようだ。
「えっ、えっ!?」
突然の光景に金髪ツインテールは現状に頭が追いつかないようで、さっきから戸惑いの声を漏らしているだけだ。
俺は彼女をかばうように背を向けて立っているから、向こうが俺の顔を確認することはできない。
「何者だ、貴様!」
男の仲間が何事かと一斉に馬車から降りてくる。
総勢三名。全員が武器を携帯していて、堅気には見えない顔つきをしている。だけど、顔で職業を判断するのは早計だ。悪人顔で実はいい人、というのも漫画の定番だから。
「すみません、ちょっと転んでしまいまして」
「転んだ人間がそんな綺麗な跳び蹴りをかますかっ!」
相手の一人は蹴った瞬間を目撃していたのか、なかなかいいツッコミをする。
「女の子相手に鞭を振るうのはやりすぎでは?」
「おいおい、何言ってんだてめえ。そいつは獣人の奴隷だぞ。乱暴に扱って何が悪いってんだ」
振り返って金髪ツインテールを観察すると頭の上に猫らしき耳と、尻から尻尾が生えていた。よく見ると肘から先と膝から先も猫の手足になっている。
なるほど、そっち系の獣人か。
露骨にガッカリした俺と少女の目が合う。
向こうは俺をビシッと指さし、大声で叫ぶ。
「あーっ、あんた! やっと助けに来てくれたのね!」
「こらこら、役を忘れてるぞ」
俺がぼそっとぼやくと、金髪ツインテールは慌てて指を下ろし、大きく深呼吸をする。
「人間がどうして私を助けたのよ!」
そう、それそれ。
さて、なんて返そうかな。主人公キャラとしての相応しいセリフは頭に浮かんでいるが、あんまり言いたくない。
けれど、言わないと話が進まないんだよな。
「かわいい女の子が痛めつけられているのを放置できるわけないだろ」
そう言って優しく微笑む。ここまでの流れを照れずにやれる演技力を褒めて欲しい。
「かわいい、女の子って……あたし、獣人なのに。そんなこと言ってくれる人間なんて初めて」
うつむいて呟く金髪ツインテールが顔を上げると、その瞳は潤んでいて頬は赤く上気している。
ちょろい! びっくりするぐらいちょろいキャラしてるな、今回も。
当人もそれを自覚しているようで、言い終えたあとに小さく「ちっ」と舌打ちしたのが聞こえた。
そういうところも変わっていないようで何よりだよ。
「兄ちゃん、格好良いこと言ってくれるじゃねえか。だがな、俺たちは奴隷商人だ正式に商売をしているんだぜ? お前さんのやっている行為の方が犯罪なのを理解してんのか?」
この世界のルールはよくわからないので、そうなの? と疑問を込めた視線を金髪ツインテール獣人に向ける。
「嘘を言わないで! あたしを騙して借金まみれにして奴隷契約を無理矢理結ばせたくせに!」
憤る声には嘘偽りを感じない。……いや、この世界ではみんな芝居をしているようなものなので、嘘と真実の境界線があいまいだ。
ってこの設定を出すとややこしくなるだけ。嘘を言っているようには聞こえなかった、でいいか。
「はー? そんな証拠がどこにあるってんだ、ほら契約書はこの通りここにあるだろ? いいか、行程が違法であったとしても契約を交わした時点で合法なんだよ」
男が懐から出した契約書らしき物は本物のように見える。
というか、異世界にきたばかりの俺に公式の書類を見抜く目なんてない。
「ちなみにその契約書がなくなったらどうなるんだ?」
「魔法の契約だからな。複製もできない一品だ。破られたり燃やされたら契約は破棄になっちまう。だから、こうやって肌身離さず持ってんだぜ」
小馬鹿にしたように鼻で笑い、契約書をひらひらと見せびらかしている。
……無言で相手の目の前まで歩いて行き、契約書を奪い取った。
目を見開いて驚いた顔をしているが、バカなのかこいつ。そんなの奪えと言っているようなものだろ。
先生これはあまりにも敵の知能を落としすぎでは?
手にした契約書を丸めて、後ろで控えているキーサラギに投げ渡す。
「て、てめえ、何しやがんだっ!」
怒り狂う奴隷商と護衛らしき二人が襲いかかってきたので取りあえず倒しておいた。
このまま立ち去りたい、という気持ちも強いが、地面にぺたりと座り込んでいる金髪ツインテール猫耳に歩み寄る。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとう。一応、お礼はいっておくわね」
ぷいっと顔を背けながらも礼は口にする。
うん、ツンデレとして理想的な対応だ。さすが長年ツンデレを演じているベテランツンデレだけのことはある。
手を差しのばすと、相手もそれを掴み……あっ、肉球が気持ちいい。
「名前を聞かせてもらってもいいかな?」
「ふんっ、ジェニファーよ」
あれ? 異世界の住民なのに普通に一作目と同じ名前をしている。元々、父親がアメリカ人で母親が日本人なのでキラキラネームというわけじゃないのだが、如月がキーサラギになったように若干の変更もないのか。
異世界でも違和感のない名前だと先生が判断したのかな。
しっかし……改めて見るとあれだ。
「ただでさえ、外国暮らし、転校生、金髪、ツインテール、ツンデレ、強気、世間知らず、って属性てんこ盛りだったのに、更に猫耳まで乗っけてくるのか。胃もたれしそうだ」
芝居を続けるつもりだったが、本音を口にしてしまっていた。
前から無駄に属性が多すぎると読者に言われてきたのに、まだ足すのか。
「ほっといてよ! あたしだって好きでこんなキャラやってんじゃないんだからね!」
とか言いながら口調も態度も理想的なツンデレ像だ。
そもそも、ツンデレはそういうものじゃない、みたいなツンデレの定義については触れないでおく。これを言い出すと論争が起こるらしい。
「ちなみに今回の設定は?」
「この世界では迫害されている獣人たちが住む村で平和に暮らしていたんだけど、猫の獣人としての好奇心がとめられなくて、村を出て放浪しているときに悪い連中に騙されて……このありさまって感じ」
元々、猫みたいな自己中でわがままな性格をしていたのに、更に猫要素が強くなったのか。
「そういえば、あんたって猫好きだったわよね。ははーん、もしかして、あたしのこの姿を見てたまんないんじゃないの?」
凹凸のない体をくねくねさせて、色っぽいポーズを取っているつもりらしい。
お色気はジェニファーの担当じゃないんだけどな。
胸もないし、尻の膨らみもない。ハッキリ言ってしまうとキーサラギとは真逆のスタイルをしている。
でも、人の好みは千差万別。ジェニファーの体型の方が好みの読者もいて根強いファンも多い。
「あらあら、陸なのに海草が揺れているのかと思えばジェニファーさんではないですか」
「げっ、あんたもいたの? 相変わらず運動に邪魔なもんぶら下げてるわね」
いつの間にか近くまでやってきていたキーサラギが穏やかに微笑んでいる……ように見えるが薄く開いた目蓋から覗く目が笑ってない。
キーサラギより十センチは低いジェニファーが腕を組んで、見上げながら睨み付けている。
この二人、どの作品でも犬猿の仲なのだ。
大和撫子風のキーサラギと、外国育ちで気の強いジェニファーは水と油。毎回、こんな感じの関係なので、出会うのはもっと後にして欲しかったのが正直な感想だったりする。
ここにヒロイン候補のアイツかアイツがいれば間を取り持ってくれるのだが、今は緩和剤が何もない。
もしかして、その役割は俺なのか……? やりたくないなぁ。
「前からわがままで自分勝手のところが猫っぽいとは思ってましたが、本当に猫になってしまうとは」
「猫の獣人よ、そこんとこ間違えないで。あっ、でもぉ、もしかして一歩リードしちゃったのかな。だって、コイツは無類の猫好きだもんね。ほーらほーら、猫耳に猫尻尾よー」
俺に見せつけるように尻と尻尾を振って挑発してくる。
それを見たキーサラギが視線だけで人が殺せそうな目でじっとこっちを見ている。怖いって。
確かに猫の属性は魅力的なんだが、わかってないな。
俺はジェニファーの肩を叩くように力強く手を置く。そして、正面から彼女を見つめハッキリと意見を口にした。
「ケモ度が甘い!」
「「ケモ度?」」
二人はぴんときていないようで、揃って首を傾げている。
やれやれ、一から詳しく説明しないと理解できないのか。
「ケモ度ってのは人間と獣の割合だよ。大まかに五段階に分けられていて、獣の耳と尻尾が付いているだけの人間はケモ度1。ジェニファーみたいに腕とか脚まで獣化しているとケモ度は2になる」
俺が熱く語っているのに何故か二人の顔は訝しげだ。
「見た目は獣だけど骨格が人間に近いのはケモ度3。完全に獣なんだけど人間みたいに二足歩行をするのはケモ度4。で、獣そのままはケモ度5になるんだよ」
そこまで説明するとキーサラギがすっと挙手した。
「あのー、つまりディ〇ニー作品とかはケモ度4なのでしょうか?」
「そうだね。どっちかといえば3よりの4って感じだけど、いい質問だ」
ちゃんと理解してくれたようで何より。二人が若干呆れ顔なのは気にしない。
「で、あんたはどのレベルのケモ度が好きなのよ」
「一番はケモ度5だが、ケモ度4も愛せるぞ」
きっぱりと言い放つ。
それを聞いたキーサラギが口元に邪悪な笑みを浮かべ、ジェニファーが「ちっ」と、また舌打ちをした。
「いいかい。猫は猫だからかわいいのであって、そこに人間の要素は不要なんだよ。むしろ、それは悪手。劣化するだけの要素だ!」
ここは声を大にして言いたい。
「猫耳とか尻尾だけの獣人なんて邪道中の邪道! ただの好みの問題? その通り! だけど、言わせてもらう。猫はそれで完璧なのに余計な人間要素を足すなと!」
猫狂いという裏設定がある俺としてはここは譲れない。
言いたいことを言ってスッキリした。……二人がドン引きしていて、心の距離がかなり開いた気がするけど気にしない。




