脱走と新キャラ
目が覚めて、まず自分の体を確認した。
服が脱がされた形跡はない……な。念のためにパンツの中も確認したが異常はなし。
次に部屋を見回すと、扉の前に置いてあった本棚が少し動いていた。
「やっぱり、こりてないな」
次にこの部屋に一つだけある窓のカーテンを開け放つ。
窓ガラスに円形の穴が空いていた。誰の仕業かは言うまでもない。
そこから手を突っ込んで鍵を開けようとした形跡も残っている。だけど、俺が事前に針金でぐるぐる巻きにしておいたので開けられなかったようだ。
「よっし、とっととこの村から離れよう」
ボスらしきモンスターを倒してメインストーリーを指し示す矢印も発生した。これ以上、ここに残る必要はない。
バックパックに荷物を詰め込んで一階へと降りていく。
まだ朝も早い時間なので食堂は開店準備中らしく、女将もスーズッキも厨房で慌ただしく働いているのが見える。
「すまない。チェックアウトお願いできるかい?」
台拭きを手にこっちに向かおうとしていたスーズッキと目が合ったので話し掛ける。
すると、目を見開いて少し驚いたような顔をしていた。
「もう、出られるのですか……。もっとゆっくりしていかれては?」
「街に用事があってね。これ以上、待たせると後々うるさいんだよ」
きっと今回もメインヒロインの彼女が待ちかねているはずだ。
あまり時間を掛けるとあらぬ疑いをかけられそうだからな。今度は真っ直ぐ向かわないと。
「そう、ですか。残念ですけど、引き留めるわけにもいきませんよね」
潤んだ目で見つめられると名残惜しくなる。
でも、アイツが来る前にこの村から立ち去りたい気持ちのほうが上だ。
「ああ。他の村人にもよろしく伝えておいてくれ。それじゃあな」
「バクさん、本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げる彼女に背を向けて俺は宿を出る、と同時に全速力で出入り口の門……ではなく反対側の柵へと向かう。
そして、軽く飛び越えると村を全速力で後にする。
これでキーサラギの裏をかけた、なんて甘い考えは抱いていない。
「ふううっ、弾ッ!」
足に気を集中して放出、地面を蹴りつけ大きく飛翔する。
村の直ぐ裏に生えていた樹齢百年は超えてそうな大木のてっぺん近くまで飛ぶと、今度は大木を蹴りつけ空を飛ぶようにして前に進む。
通常の人なら絶対に追いつけない動きで道なき道を進み、大きく迂回してから街道へと戻った。
「前方よし、後方よし」
真っ直ぐ伸びる道には人の姿はない。
気配を探ってみるが近くには誰も……いないようだ。
「本気を出せば、ざっとこんなもんよ」
「遅かったですわね、バク様」
聞きたくない声が道の脇の岩陰からする。
どうやって俺の《気配察知》から逃れたのかは不明だが、考察は後でいい。
クラウチングスタートの構えをして、一気に《弾》で逃げようとしたがその前にキーサラギの声が届いた。
「逃げても地の果てまで追いかけますよ?」
踏ん張っていた脚から力が抜ける。
岩の裏から出てきたのは、妖艶な笑みを浮かべるキーサラギだった。
「それに、私が一緒の方が何かと便利だと思いませんか。この世界について伝えていないことはまだまだありますし、それに」
そこまで言うとすーっと近づき、耳元に唇を近づけて囁く。
「私は濡れ場NGではありませんし、お色気シーンもドンとこいですわ。バク様も理解していますよね。漫画においてエロ要素がどれだけ重要かを」
その言葉を聞いて、逃げる気力を失った。
エロの重要性。これには賛否あると思う。
物語が面白ければエロは余計な要素でしかない。それも間違いじゃない。
でも、少年誌……特に男性向け作品においてエロ要素は切っても切れない間柄なのだ。
読者のすべてがエロを望んでいるわけではない。むしろ嫌悪感がある読者だっている。だが、それはエロを求める読者と比べると圧倒的少数派なのだ。
いや、そんなことはない。男を馬鹿にするな! と憤る読者もいるだろう。だが、先生の担当編集は以前こんなことを言っていた。
「web連載の漫画ってあるじゃないですか。あれって最新話を更新するときに、本編の漫画をワンカット切り取って載せられるのはご存じですか。あれでエロを強調した絵で釣ると驚くほど閲覧者数が上がります。みんな、なんだかんだ言いつつも思わずクリックしてしまうようです」
先生はその説明を真に受けて大きく頷いていた。
あれが本当の話なのか、それとも担当が先生にエロいシーンを描かすために思いついた嘘なのか。それは登場キャラである俺には判断ができないが、今までエロを前面に押し出したシーンは苦情も多かったが、人気も高かった。
一概に嘘とは言い切れないのが現実なのかもしれない。
「それに青年誌となると、もっとエロの需要は高まると思いませんか」
くっ、悪魔の囁きに抗うことができない。
俺は肩を落とすと大きく息を吐く。
キーサラギから逃げることばかり考えて当初の目的を忘れかけていた。俺は今作を人気作へと導く使命がある、ことを。
そのためにはキーサラギを仲間に入れた方が絵的に映えて、更にお色気シーンも期待できるのは間違いない。
「わかった。完敗だまいった。一緒に行こう」
「ふふっ。よろしくお願いしますわ」
スカートの両端を摘まみ片足を曲げ、優雅にお辞儀をする。
こうしていると、上品なお嬢様にしか見えないのに。
「旅の同行は構わないけど、見たところ荷物も何もないみたいだけど」
黒のゴスロリ風ドレスを着て、足もとは頑丈そうなブーツ。だけど他に荷物が一切ない。
「ご心配には及びません。荷物はここに」
そう言ってキーサラギが何もない虚空に手を伸ばすと、指先からすっと手首まで消えてしまう。まるで見えない何かに手を突っ込んだかのように。
「もしかして、それって……」
「はい、アイテムボックスです。こうやって異空間にアイテムを収納できる便利なアイテムですわ」
出たな、アイテムボックス。
これも先生が読んだり見たりしていた異世界系で頻繁に出てきたやつだ。
名前は様々だが能力はほぼ同じで、物を大量に持ち運ぶのに便利すぎる能力だ。
「もしかして、この世界では誰もが持っていたりする物なのか、そのアイテムボックスって」
「いえいえ。とっても希少で高価な魔道具なので、一部の金持ちや権力者。そして上級冒険者が所有しているぐらいかと」
なるほど。この世界ではそういう設定なのか。
「荷物持ちはお任せください。このアイテムボックスかなりの容量がありますので。その背中の重そうな鞄もお預かりしましょうか?」
「遠慮しておくよ。自分の物は自分で持ってないと不安になるたちでね」
正確にはキーサラギに荷物を任せたら何されるかわかったもんじゃない、という不安がある。
物語の序盤で予想外の仲間が増えてしまったが、うじうじ考えても仕方がない。
「そういや、キーサラギは魔法とか武芸とかなんか特技があったりするのか?」
「魔法は簡単な物なら使えますわよ。といってもごく初歩の魔法ですが。ライターの火ぐらいの炎や、蛇口を軽く捻ったぐらいの水を出したり、うちわで扇ぐ程度の風を起こせたりはしますけど」
地味だけどアウトドアには便利そうな能力だ。
「戦闘の方はどうなんだ?」
「からっきしですわね。でも、足を引っ張ることにはならないかと」
胸を張って自慢気に話しているが、ゴブリンジェネラルとの戦闘時はお世辞にも役に立っていたとは言えない。
「あっ、戦力としては無力なのですが、このアイテムボックスは契約者のみ、その異空間に少しの間だけ入ることが可能なのですわ。なので、危ないときはこそっと逃げ込めますので」
「そりゃ、確かに足手まといにはならないな」
それが可能なら足を引っ張ることもなく、戦闘の邪魔にもならない。
さっき気配を感じられなかったのも、その中に隠れていたからか。
「心配もなくなったことだし、それじゃあ街へ向かうとするか」
「はい。お供しますわ」
晴れ渡る空の下、二人で肩を並べのんびりと街道を進んでいく。
村襲撃という大きなイベントの後なので、今のところは特に問題なく時間だけが経過していく。平和っていいなぁ。
漫画の主人公なんかやっていると、話を盛り上げるために何かしらのアクシデントに巻き込まれるのが日常で、精神の休まる時間が本当に少ない。
こういう何もない時間というのは貴重だったりする。
「街までどれくらい時間が掛かるかわかる?」
「そうですわね。この速度ですと、明日の昼ぐらいにはなんとか」
早朝に村を出て今は昼前ぐらい。あと丸一日は覚悟しないとダメか。
「バク様は街に着いたなら何をなさるおつもりで?」
「目的はないけど、たぶん……冒険者に登録するんじゃないかな」
先生のメモ書きの一つに、異世界系における王道の流れというものがあったのを覚えている。
その一つにまず冒険者ギルドに登録する、というのがあった。
なので俺の次の目的はきっとそれだ。俺としてはメインヒロインとの再会にも期待しているけど。
「ふーん、でもそれだけではない、って感じですわ」
「気のせいじゃないかな」
ジト目で俺の顔を覗き込むキーサラギから、すっと顔を背ける。
女が絡むと鋭いんだよな、彼女は。
「このまま、何もなく街に着くといいんだが」
「バク様、それは口にしてはダメな言葉では?」
あっ、話を逸らすことに必死でフラグっぽい発言をしてしまった。
漫画の世界で主人公やメインキャラが思わせぶりな発言をしてしまうと……。
「おらっ、さっさと動きやがれ。奴隷風情が歯向かってんじゃねえぞ」
前方から聞こえてくる男の怒鳴り声を聞いて、思わずしかめ面になる。
隣を見るとキーサラギも同じような表情をしていた。
しぶしぶ、声の方へ視線を向けると進路方向に幌付きの馬車が止まっていて、中には大きな鉄製の檻が見える。
馬車の近くでは鎖に繫がれた金髪ツインテールの女の子が、厳つい顔をして鞭を振り回している男に対し、鋭い目つきで相手を睨み付けている。
ボロ切れを胸と下半身に巻いているだけの粗末な格好だというのに、鞭を持つ男よりも堂々とした態度。
「助けに行かないとダメな場面か」
「アレは……わたくしとしてはスルーを推奨しますが?」
少女を見て露骨に顔をしかめるキーサラギ。
非情な発言にも聞こえるが、あの奴隷っぽい少女に俺もキーサラギも見覚えがあるので危機感がほとんどない。ここで殺されることはないとわかっているから。
とはいえ、これ以上痛めつけられるのを放置するほど人でなしではないつもりだ。
「ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
呑気に手を振るキーサラギに手を上げて応えると、金髪ツインテールを助けるために、俺は《弾》を発動して一気に距離を詰めた。




