似た展開を何回見たことがあります?
嫌いだなー。連載漫画にありがちな話を跨ぐときの引きと、強敵を倒したら更なる強敵ってベタベタな展開。
村人たちの怯えようから見て相当の強敵だよな。
わずかな希望にすがり振り返らずに背後の気配を探ってみた。
デカい気の塊が一つある。さっきまでのモンスターとは比べものにならない強大な気が徐々に迫っているのがわかる。
いつまでも相手に背を向けているのも無謀なので振り返ると、こちらの予想を裏切らない巨体で醜悪な化け物がいた。
姿形はホブゴブリンを彷彿とさせるのだが、コイツは鎧と大剣を装備している。アイツらは半裸に棍棒だったのに。
それに体格がホブゴブリンよりも更にデカい。
ゴブリンは小学生並みの身長で、ホブゴブリンは中学生ぐらい。そしてこのよくわからないゴブリンは三メートル近く身長がある。
「あ、あれは、ゴブリンジェネラル!」
キーサラギが震えながらもその名を叫ぶ。
ジェネラルか。つまり将軍クラスの化け物って認識でいいのか。
「一万匹に一匹の確率で現れるという変異体です! その力はゴブリンを超越し、並の冒険者では束になっても勝てないと言われています!」
俺にも読者にもわかりやすい解説ありがとう、キーサラギ。
実際の話、その説明を聞かなくても相手の強さは理解できた。バトル漫画時代に得た《気配察知》により俺は相手の気の大きさによりある程度の強さを測ることができた。
今までのモンスターとは比べものにならない気の量と質が化け物からあふれている。
「バク様、逃げてください! 異世界の知識がある私にはわかるんです。あれはバク様でも敵いません!」
断言するのか。キーサラギは二作目のバトル漫画でも主要キャラの一人だった。だから、あの時代の俺の強さを知っている。
昔は俺がピンチになっても「私は勝つと信じてます!」と励ましてくれていた。
そんな彼女が勝てないと口にした。それぐらい力の差があると……判断したのか。
「確かに敵は強大だ。でも、ここで引いたらキミたちが殺されてしまう。だから、引けない。引くわけにはいかないんだ!」
よっし、先生が好きそうな主人公っぽいセリフだ。
漫画のことを考えた発言ではあるけど、それだけじゃない。本心でもある。
「で、でも、バク様が死んでしまってはこの物語が終わってしまいます! もしかして、負けイベントの可能性に賭けているのですか?」
負けイベントとは負けるのが前提の戦いを指す。どうやっても勝てない相手と戦って負けることでストーリーが進行する。
確かにこの戦いがその可能性はある。もしそうだとしたら、俺は負けたところで死ぬことはない。だけど、キーサラギや村人はどうなる。
ここは漫画の世界だけどキャラには体もあれば心もある。傷つけられれば痛いし、殺されたら二度とこの世界では出番がなくなる。
それが生身の人間の死と何が違うというのか。
漫画に載っているページがすべてじゃない。載らないシーンでも俺たちは存在し、日々を過ごしているんだ。
俺だけが助かればいい、という話じゃない。
「いや、勝つよ。勝ってみせるから」
「で、でも勝つことを望んでいないかも……せんせ、あぅ」
絶望の言葉を口にしたキーサラギが慌てて自分の口を手で塞ぐ。
そうか、ストーリーの心配までしていたのか。
ここで自分の無力さにより村が滅ぼされて、主人公は泣きながら強くなることを誓う。ありがちだけど、燃えるシチュエーションだ。
青年誌になったことで先生がいつもよりもシリアスで重厚な話を書きたい、と思っても不思議じゃない。
「それでも、運命の神(先生)に逆らってでも、俺は皆を守ってみせる!」
強い決意を秘め、向かってくるジェネラルを正面から見据えた。
ちなみに結構長い間会話していたが、敵の距離はそんなに縮まっていない。ジェネラルは歩行速度をかなり落としてくれている。
漫画界において決めのシーンでは時間の流れがゆっくりになったり、敵が空気を読んだ行動をするのはお約束だ。
「信じてます。私はバク様を信じています!」
俺の覚悟を理解してくれたキーサラギがその場に膝を突くと、目をぎゅっとつむり俺のために祈ってくれている。
そういうところは……嫌いじゃないよ。
「ああ、信じてくれ!」
彼女の頭に手を添えて自信満々に答える。
初めっから負ける気なんて微塵もない!
大股で相手に向かって歩き始めると、向こうもこちらに合わせたように歩く速度が上がり、距離が急速に縮まっていく。
近づけば近づくほど相手の大きさに圧倒されそうになる。
相手のデカさは規格外だ。バトル漫画で一番デカかったヤツでも二メートル二十二の外国人だった。
それよりも一メートル以上は背丈があり、腕も足も丸太みたいな太さで筋肉ではち切れんばかりに盛り上がっている。
大剣がなくても殴られただけで肉塊になりそうな凶悪さだ。
まずは、オーク戦でもやった、バトル漫画の掟その弐に従って動くか!
ゆったりとした歩みから全力の疾走へと切り替える。相手はこの体格差に怯むことなく突進してくる俺を見下ろし、口元に不敵な笑みを浮かべた。
肩に担いでいた大剣を掲げると、そのまま力任せに振り下ろす。
轟っ! と風が鳴く音が俺に届くより先に風圧と刃が眼前にまで迫る。
紙一重で躱すと、走る速度を落とさずにジェネラルゴブリンの横を抜けた。
よっし、完全に裏側に回れ――
咄嗟に両腕を自分の前に出した瞬間、腕に衝撃が走り体が重力に逆らって横に吹き飛ぶ。
「ぐおおおっ! 蹴られたのかっ」
地面で二度バウンドしてから、転がり続け木の根元にぶつかり動きを止める。
危なかった、防御が間に合ってなかったら顔面が吹き飛んでいたぞ。
忌々しげにゴブリンジェネラルを睨み付けると、片足を伸ばし半回転した体勢のジェネラルが牙を見せて笑う。
「回し蹴りかよ」
デカいくせに動きも機敏ときやがった。それは序盤のバトル展開でやったらダメなやつだ。
大剣でなぎ払われなかっただけどもマシと思うしかないか。
「バク様、逃げてください! わたくしたちのことはいいですから!」
泣き叫ぶキーサラギの要求には……応えられないな。
そんな絶望的な顔をするなって。キーサラギがこんなに泣いているのは何作ぶりか。
不安にもなるよな。一方的な力の差を見せつけられたのだから。
「でもなっ」
土まみれの体をなんとか起こし、大きく息を吐く。
今の一撃でジェネラルゴブリンも勝ちを確信したようで、「グギャギャギャ」と不快な笑い声を漏らし、大股でこちらに歩いてきた。
村人たちの半分以上は村へと逃げ込み、残っているのは腰が抜けて動けない連中だけ。
キーサラギは完全に目を閉じて、必死の表情でずっと祈りの言葉を口にしている。
大丈夫だって、そんなに心配するな。
お前は知らないだけなんだよ。
立ち上がると腰を軽く落とし、両腕を曲げて、意識を腹の奥――丹田に集中する。
「はああああっ! 弾ッ‼」
両足の裏に気を集中して、体を前に倒す。
そして、両足の裏に――力を発動させた。
地面が爆発して体が前に引っ張られる。あまりの勢いに風圧で顔が歪み、周りの景色が吹き飛んでいく。
跳躍と呼ぶにはあまりに異様な加速にジェネラルゴブリンは対応できず、目の前まで迫った俺に防御が間に合わない。
俺は右手を伸ばし、相手の体に触れた直後にもう一度、力ある言葉を叫ぶ。
「弾ッ‼」
脇腹が俺の手の形に陥没すると何かが弾けたような鈍い爆発音が響き、相手の体が急速に小さくなっていく。
正確には小さくなったのではなく、ジェネラルゴブリンが重力を無視して吹き飛んでいた。
激突した大木をなぎ倒していき、四本目を破壊したところで完全に動きが止まる。
「ふうううぅぅ……」
大きく息を吐き呼吸を整えた。
敵のボスを倒したのに歓声が上がらず、シーンと静まりかえっている。
そーっと振り返ると大口をぽかーんと開けて間抜けな顔をさらしている村人たち。
キーサラギに至っては涙で濡れた顔で唖然としながら、俺を指さしてぷるぷる震えていた。
「な、な、なんですの今のは!? バク様、あんな技使えませんでしたよね!?」
「あー、それか。ほら、キーサラギがメインだったのって序盤から中盤だっただろ。あの頃って一応正統派っぽい格闘漫画やっていたんだけど、キミがレギュラー落ち……出番が少なくなってから敵の強さがインフレしてきて、超能力者とか陰陽術を組み合わせた超人格闘家とか出てきたんだよ」
「……え?」
「それで、そういう敵に対抗するために新たな力に目覚めたって設定」
あっさりと強さの理由を明かすと、キーサラギは涙を拭い半眼でこっちを見る。
俺にそんな顔されても。文句は先生に言ってくれ。