其の壱拾玖:葛藤
「すみません。約束の時間までに帰れなかった上、電話でお見送りだなんて……」
『仕方ないわよ、伶子ちゃんにだって付き合いあるんだし。ちゃんとお土産買ってくるからね』
「お土産より、事故に合わないよう気を付けて下さいね。それからお父さんに、夜中に電話掛けてこないよう言っておいて下さい」
『去年の野外活動だっけ?心配のあまりホテルの人に無理言って伶子ちゃんを呼び出した揚句、単に心配って理由だけで電話したのは』
「あのときは本当に参りましたよ。あんな時間だから、お父さんか広江さんに何かあったんじゃないかって肝を冷やしたんですから」
『大事な大事な一人娘がちゃんとやってるか不安だったのよ。今も隣りでそわそわしてる。話したらすぐ伶子ちゃんのところ飛んで行きそうだから代わってあげないけど』
「そのまま手綱を離さないで下さい」
『ふふっ。あ、もうすぐ電車来るみたい。伶子ちゃんこそ気を付けてね』
「はい」
通話を切って顔を上げれば、唇を尖らせてふて腐れた面持ちの茉穂がそっぽを向いていた。そんな表情を浮かべる理由が分からず小首を傾げてみれば、大袈裟に溜息を吐かれた。
「広江さん達が旅行行く話は聞いてたけどさ、駅まで見送りするつもりだったなら前以て言ってくれればよかったのに」
そうすればあんなに長々と話はしなかったのだと、申し訳なさそうに俯かれた。
「気にしないでください。二人の見送りより茉穂ちゃんの話の方が重要だと思ったから、私はここにいるんです」
安心させるようににっこり笑んで見せる。いつも浮かべるものと何ら遜色ない、自分達の間では通常行われている、取り繕う必要などない自然体の笑顔。
普段と変わらない態度を取る伶子に、親友はホッとした様子で顔の筋肉を緩めた。
今朝からずっと、休み時間のときでさえ茉穂は強張った面持ちをしていた。いつも以上の睡眠不足にも拘らず、珍しく今日は寝息を立てる音も聞こえてこなかったのだ。それだけ緊張感で押し潰されそうになっていたのだろう。しかし、叱責を食らい、罵倒されると懸念していたらしい彼女の覚悟は取り越し苦労に終わった。
罪悪感の象徴と見做していた宇佐美が実にあっさりと許容したのだ。
『俺も姪のことがなけりゃお前と同じことしてたかもしんねぇし、気にするな』
ぐちゃぐちゃ考え過ぎなのだと、ニヤリと不敵に笑った担任代理は真っ直ぐに伸ばした人差し指で、茉穂の短い前髪の下に広がる額を小突く。
零れそうになる涙を必死に堪えて謝罪と感謝の言葉を詰まらせながら紡ぐ親友の背中を横から撫でていたが、それでも胸の痞えが落ち切ったようには見えなかった。だから今、彼女が漸く肩の力を抜いたことに伶子も胸を撫で下ろした。
今年の元旦から行われていた災禍殺しのゲーム。佐保姫候補を棄権した少女はその日から宇佐美に対して罪悪感と焦燥感を抱き続けていた。
それを宇佐美本人に、そして親友に告白することがどれだけ茉穂を躊躇と葛藤に渦巻かせたのか……想像に難くない。自分が犯した罪を自ら他人に曝け出すのは、潜めておきたい切り札を表に晒すのと一緒だ。知られたくないと思う相手であればあるほど、捲ろうという気は萎むだろうに。
「茉穂ちゃんは凄いです。私はまだ……先生に言う勇気が持てません」
特に聞かすつもりでもなかったので、囁く程度に抑えた声だった。俯き加減でポツリと呟いたにも関わらず、小耳に挟んだらしい親友は器用にも片方の眉尻だけ吊り上げて、小さく唸る。
「別に無理して言う必要なんてないと思うよ。あたしは罪悪感に耐え兼ねてってのもあるけど、もしかしたら……認めたくないけど、自尊心を傷付けたくないっていうつまんないプライドがあったかもしれない。でもあんたの場合、あんな非道な目に遭わされたのをわざわざ言うことないでしょ。さすがのウサちゃんだって、本当に言いたくないことを無理して聞き出すような野暮な真似しないわよ」
「………」
実際宇佐美は昨日も今日も、伶子から問い質そうとはしなかった。けれども本心は知りたいに違いない。もしかすると伶子自身の口から語られるのを待つと心に決めたのかもしれない。
果たしてそれに甘受していいものか……。
「それじゃ、着替えたらまた学校で」
「はい」
「……本当にいいんですか」と、危うく訊ねそうになった。正直、未だ不安が残っている。疲労と精神衰弱で一度はゲームから離脱したいと切望した親友を、再度冥界のいざこざに巻き込んでしまってよいのだろうかと。
けれども頭ではしかと承知していた。一度背けた現実に再び向き合うと決めたからこそ、茉穂は自分と宇佐美に全てを告白したのだ。
長い脚を組んだ男が高い音を鳴らして口笛を吹く。短く切ったブロンドの髪と服の裾を風にはためかせながら見つめる先には、何の変哲もない、人気がなくなった夜の校舎がある。しかし彼の金茶色の瞳には照明の点された建物が映されていた。
「あれでホントに一月のブランクがあったのかよ……」
オレンジに髪を染めた縦巻きロールの少女が異常な破壊力で災禍の腕を吹き飛ばす。かなりの高温なのか、無くなった肘の先は醜く焼き爛れて血が殆ど落ちてこない。
次に攻撃を仕掛けたのは弓矢を武器とした男。災禍から遠く距離を置いた場所から矢を放ち、それは見事に敵の左目を射抜く。鏃と箆が血濡れながら頭部を突き破り、矢羽が瞼に掛かったところで漸く得物の勢いは収束した。
そして眼鏡を掛けた少女。両手に嵌めたグローブから剥き出た鉤爪、その先にある湾曲した部分を用いて右の眼球を抉るようにして突き刺し、もう片方の腕は横に薙いで頸動脈を裂いた。
小柄な体駆が赤く染まる。頬に被さった鮮血を顔色一つ変えず手の甲で拭う仕種に、高見の見物をする青年は楽しげに喉を鳴らした。
(やっぱそそるよ、お前)
咆哮を上げたのか、口角が裂けるほど大きく口を開いて災禍が消滅する。それに伴い金茶の瞳に宿っていた蛍光灯の光も失われた。
(いよいよ明日だな)
体育館の屋根から立ち上がり、うっそりと双眸を眇めながらほくそ笑む。
「“キー”、佐保姫にはお前がなってもらうぜ」
(安心しろよ。元来の力が出せなくなった原因を作った俺が、責任を持ってお前を貰い受けてやるから)
土曜日。部活動もなく、午前授業を終えて親友と別れた伶子はそのまま帰宅しようとマンションへ向かっていた。
「桜原さん」
後方から呼び掛けられ、振り返り相手の姿を認める前にふと、いつかの放課後と同じだと既視感を覚える。腰に響く聞き惚れそうなバリトンにも記憶の琴線が触れた。
声を掛けられたコンマの間だけ逡巡したが、結局警戒心を抱かずあのとき同様、そのまま振り向くことにした。
「不死原君」
「……少し話したいんだけど、いいかな?」
困惑を滲ませながら自分の様子を窺うようにして訊ねる冥界の皇太子に何かの小動物を連想させられ、伶子は小さく笑みを浮かべた。
二人並んで歩けばわざわざ口に出して確認せずとも、自然と同じ方角に進んでいた。最初に訪れたときは茉穂を交え三人だったが、彼と二人だけならこれで二度目だ。公園でも構わなかったが、少しと言いつつも長話になりそうだとシオンも判断したらしい。
「いらっしゃいませ~」
Bと呼ばれていた金髪の従業員の挨拶とスコティッシュホールドの「ニャー」という鳴き声、そして煙草を咥えたマスターの流し目が出迎えてくれた。昼時だというのに相変わらず店内は閑散としており、客は伶子とシオンの二人だけ。
しかし人気のない方が好都合だと、以前も座った場所に腰を据えた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「私はミートドリアセットで、飲み物はホットをお願いします」
「俺も同じセットで、オレンジジュースを」
ウェイトレスがキッチンへと踵を返したのを見送って、まずは伶子から声を掛けた。
「……ずっと学校欠席してたのは、ずる休みですよね?クラスの皆、心配してましたよ」
主に女子が、という一言は伏せておく。男子も何人かは気にかけていたので嘘は言っていない。
「行きたいのは山々だけど、行ったら茉穂か宇佐美先生に『どの面下げてきたんだ』って首絞められそう」
「あはは、確かに」
小さく笑う伶子につられてかシオンも微苦笑を浮かべる。しかしすぐにまた陰を落として表情を引き締めた。
「……遂に今日がきてしまった」
冷水で喉を潤しつつ、男の硬い声に耳を傾ける。
「正直な話、誰にも佐保姫を担ってほしくないっていうのが俺の本心なんだ」
「でも冥界を統べる者としてそうはいかない。……ですよね?」
双眸を細めて鋭い光を宿した伶子を見つめ返し、シオンは首肯する。
「リオンさんは茉穂ちゃんを是が非でもと思ってるみたいですが――――」
「お待たせしました。ミートドリアのセットです」
胃が空腹を訴えていたので一先ず腹を満たすことを優先させた。黙々と食べ進め、食後の一服代わりの飲み物が運ばれてから、話の続きを始める。
「……リオンは茉穂を佐保姫にしたがってるけど、そうはさせない。だからレオンの力を借りることにしたんだ。あいつを自由にさせることを条件に」
「!」
絶句のあまり、手にしていたコーヒーカップを落しかける。そのことにもまた動揺して一瞬ヒヤリとはしたものの、ソーサーとの距離が近かった為、不快な音を鳴らしただけで割らずに済んだ。
先日リオンが実弟を地下牢から出すつもりはないと宣告した矢先に件の人物が姿を現したので、てっきり自力で逃げ出したのだと思い込んでいたが、まさか目の前にいる同級生が手を貸していたなどとは露ほども思わなかった。
脳裏に、佐保姫として冥界に迎えたいと親友に訴えていた青年の姿が蘇る。そして目の前に座っている同級生。――――冥界の今後を担う立場にある兄弟。
皇太子と宰相、各々の意見が食い違えば、次に手にしようとするものは自ずと見えてくる。今しがたシオンが告げた通り、彼は想い人を佐保姫にしたくないが為に囚人である末弟の手を借りることにしたのだ。
伶子とレオンの因縁も知らないままに……。
「桜原さんとレオンの間に何か関係があるかもっていうのは、薄々感づいてた。でも一昨日リオンから聞かされるまで全然知らなかったんだ。……ごめん。知らなかったとはいえ、君とレオンを引き合わせてしまった」
本当にすまないと、深く頭を下げられる。
天井から落とされる淡い橙色の光を帯びた黒髪がさらりと流れ、男の表情を隠す。口で謝罪を述べつつも、内心では全く反省などしていないのではないか……そんな疑心が首を擡げるが、彼がそこまで器用な性格をしているとは何故か思えなかった。
(敵ながら、どうも憎めないんですよね)
先程シオンは伶子達に情が湧いたと言っていた。伶子もまた、感化されたのかもしれない。互いに好かれていない相手を好きになってしまったという共通点があるからか、同属意識が芽生えてしまったらしい。
「顔を上げてください。こうして謝られても、レオンをまた牢に繋ごうとはしてくれないんでしょう?」
いつの間にか距離を縮めていた左右の眉根の間を解して小さく息を吐く。
「……この際だからはっきり言う。俺は茉穂を佐保姫にさせたくない。だから佐保姫には君か、宇佐美先生になってもらうつもりだ」
覚悟を決めた者が宿す、決意の瞳というのは痛ましいほど真っ直ぐだ。
冥界を第一に考えるのならば、やはりリオンの言うとおり茉穂を佐保姫として迎え入れるべきなのだろう。昨晩伶子は初めて彼女の力量を目の当たりにしたが、自分はおろか宇佐美さえ凌駕していた。あの灼熱光線ならば使い方次第で、短時間で災禍を消滅させることができる。
それでもシオンは自分の願いを優先させ、尚且つ冥界を救う為の手段として伶子か宇佐美を生贄にしようと企てている。その判断もまた、どれほど己の中で葛藤を繰り返したのか……。
「宇佐美先生のゲームに私が関与してたこと、茉穂ちゃんには黙ってたんですよね?自分から話したんですか?」
「君が学校を休んだ日、実は俺も休んでたんだけどさ、あの日に確信したみたい。それで一昨日の昼に問い詰められたよ。結果、烏龍茶をぶっかけられた」
(茉穂ちゃん、そこまでしたんですか……)
仕方がないと肩を竦める美男子を眺めつつ、親友の所業を想像して呆気にとられた。まるでドラマのような出来事だ。
「でも、よくそんな勇気持てましたね。茉穂ちゃんが怒るのは目に見えてるのに」
「どのみち俺が話そうが話さまいが、茉穂は学校に忍び込んでたと思う。ホントはずっと黙ってようと決めてたんだけど……思い直したんだ。相手を本当に想うのなら、どんなに衝撃的な内容であろうとやっぱ、真実を伝えるべきじゃないかって」
嘘や隠し事というのは、やはりどこかに綻びができてしまう。他人の口から耳に入るくらいなら、いっそ自分で伝えるべきだ。
言外に、シオンはそう伝えようとしているのだろう。やはり似た者同士だからか、伶子の悩みを感じ取ったらしい。
「……そうですね。当たって砕けても不死原君、元気そうですし」
「桜原さん、それ酷くない?」
苦笑する冥界の皇太子に遠慮することなく伶子は破顔してみせた。
そして店を出ようかとレジの前に立ったときだ。会計は今までBが対応してくれていたが、今日はマスター直々らしい。シオンは先に支払いを済ませ外に出ている。
(お手洗いですかね?)
金髪のウェイトレスの姿が見当たらないのでそう思っていたのだが、ふと顔を仰げば切れ長の目が真っ直ぐ伶子を見据えていた。
「あの……?」
おつりも貰い、後はドアを開けて店を後にするだけなのだが……どうも視線が外せない。高身長に加え筋肉質の体格、それに三白眼も相まってか、対峙すればどうしても威圧感を覚えてしまう。先程まで一服していたようで、ピアニッシモ・ペシェの仄かな桃の香りが嗅ぎ取れた。
たじろぐ伶子を暫く凝視していたが、やがて瞼を伏せて小さく息を吐いた。
「……いや。宇佐美をよろしくな」
「え?先生とお知り合いなんですか?」
目を瞠る伶子に、“World cross”の店主は意味深な笑みを残した。
咥え煙草のまま窓を開け、サッシに腰掛けて夕日を眺める。
今の時間帯は輝度の差が低いのか、雲のベールを敷いた蒼は緋へと変化し、空一面を茜一色に染め上げて明暗を曖昧にしていた。日没は一日の終わりを迎えるにあたり、寂寥に似た感情……郷愁や懐古、追憶といったものを胸に抱かせたりするものだが、今日はそんな気が失せてしまうほどに毒々しく見えてしまう。眼下に広がる校庭、校舎、電柱、ビル、人……全て押し潰し、呑み込んでしまいそうだ。
眩さに両眼を眇めながら二本の指に挟んだ紙筒を唇から離し、息を漏らす。半端に開いたそこから白い煙が吐き出されて宙に霧散する。微かに漂う桃の臭いが鼻孔を擽った。
――――コンコンコンコン
四回のノック。
大抵の生徒は二回叩くだけだが、それはあくまでトイレノックだと知るのはこの学園でどの程度いるだろう。生徒どころか同僚にだってたまにやらかす者もいる。
とはいえ宇佐美は礼儀に対してそこまで神経質な性格をしてない。寧ろ自分の方が教師らしからぬ口調であることを承知しているくらいだ。
(まぁ直す気なんてほどほどねぇけどな)
扉の向こうにいる人物については予測が付いていた。この煙草の充満した部屋にわざわざ訪ねてくる、ノックを四回する者は一人しか知らない。
「入れ」
だから誰何することもせず命令系で唱えた。
「失礼します」
平淡な声で答えて扉をスライドさせたのは案の定、生徒でもあり共闘者でもある桜原伶子だった。中学生、下手をすれば小学生と見誤まってしかねない外見ではあるが、相変わらず高校生とは思えない意思の強さを窺わせる煌きを瞳に宿している。
「時間にはまだ余裕があるだろ。どうした?」
許可なくソファーに座るのを躊躇っていた生徒を促して、そこに日が当たらないようカーテンを引きながら宇佐美は返事を仰ぐ。
「家にいても一人ですし、ちょっと落ち着かなくて」
唇を湿らせて茶目っ気に笑う少女に緊張の色はない。今夜命を落とすかもしれないという状況であるというのに、随分落ち着いているように見えた。
そんな宇佐美も人のことはいえないが。
「お昼、“World cross”で食べてきたんです。先生とマスター、お知り合いだったんですね」
「かれこれ五年ほど会ってないがな」
教員免許を取ったあの日から、急に姿を消した行きつけのバー。
大学を卒業するまで、幾度となく店の周辺をうろついたが、元々そんな場所などなかったと言わんばかりに地下へと続く階段がなくなり、また入ったことはなかったけれど、昼間開けていると聞き及んでいた隣りに構えてあったはずの喫茶店もまた、建物自体が煙の如く消えていた。一癖二癖ありそうな客がバーに出入りしていたのは確かだが、移転や閉店といったことは全く耳に挟んでいなかったので、見当たらなくなったときは狐狸の類に化かされていたのかと本気で疑ったくらいだ。何せあそこで知り合った店員はおろか、客までもその日以来出会っていないのだから。
「……先生」
神妙な面持ちで、硬い声色で自分を呼ぶ少女を見遣る。
「私とレオンに何があったのか……先生は知りたいですか?」
微かに震えを帯びたその声を怪訝に感じてよくよく注視してみれば、頻繁に唇を湿らせていた。
思えばこの部屋に入ってからずっとそうだった。もしかしたら数時間後に控えた決戦よりも、憎き敵との関係性を自分に話すべきかどうかを懸念していたのかもしれない。
「ま、気にならねぇって言ったら嘘になるな。お前がリオンと顔を見合わせたときの驚愕っぷりはマジびびった。……けど、話したくなさそうなことを無理矢理聞き出そうとするほど、俺の器量は狭くねぇよ。昔がどんなだったか知らねぇが、俺は去年から見てきたお前しか評価しねぇし」
フンと鼻を鳴らし、手にしていた灰皿に灰を落として宇佐美は再び煙草を咥えた。
敵視されていた教師から、思い遣りと捉えられなくもない言葉を聞いたからだろうか。伶子はキョトンとした顔で瞬きを繰り返す。
そんな彼女から向けられる視線に、宇佐美は居心地悪そうに舌打ちした。
「……お気遣いありがとうございます。ずっと、迷ってたんです。先生の方から訊ねてこられない限り黙ってようとか、甘えた考え持ってましたけど……そうですよね、私の醜聞が増えても、宇佐美先生の私に対する価値観はきっと、変わらないままだと思います」
自分の言葉のどこが彼女の心の琴線を揺さぶったのか、宇佐美には分からない。
けれども小さく笑ったすぐ後に、聞いてほしいことがあるのだと、伶子は口を開いた。