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春風戦華  作者: 地球儀
15/35

其の壱拾伍:再会

『もうすぐ裏門に到着します』。

そうメールを打とうとして携帯電話をスライドさせれば、どこからか視線を感じた。立ち止まって周囲を見渡すも、微かに湿った夜の春風が凪ぐだけ。白に若干黄を交えた色の明かりを放つ外灯が一定の間隔で設置されており、視界はそれほど悪くないのだが、人影らしきものは見当たらない。

(……気のせいですかね)

この周辺で変質者が出たという噂は聞かないが、不審者というのはいつ湧いてくるか分からない。撃退する自信がないといえば嘘になるが、そんなもの、端からすれば驕りや過信と見做されて当然のこと。

薄気味悪さを覚えたのも事実なので、伶子は足早に裏門へと急いだ。

メールを送ろうと思い至ったにも係わらず、それを実行していなかったことに気付いたのは、鉄の門を視界に捉えたときだ。しまった、と口の中で呟いたとき、裏門の傍らに設置されている簡易扉に上背を預けた男の姿を見つけた。

「宇佐美先生」

「そろそろ来る頃だと思ってな」

伶子を一瞥した宇佐美は踵を返して扉を開ける。

その後に続きながら、想い人が背中を向けているのをいいことに、伶子は胸に疼く歓喜を押し殺して噛み締めた。今までならば、共闘者のメールを受信して裏門の鍵だけ開けて後は宿直室にて待機していたはずなのに、今回はわざわざ表に出て待っていてくれた。

些細なことであろうと、自分を忌み嫌うこの教師が気遣いの面を見せてくれた事実が心に響いた。

校舎に入り、下駄箱にてスニーカーから上靴に履き替える。爪先で簀の子を叩き履き具合を整えていたそのときだった。

――――ブォン!

天井から一斉に蛍光灯の光が注がれる。

「今日は時間、早くないですか?」

鉤爪を両手に出現させて壁に掛けられた時計を見遣れば、九時十五分。今まではどんなに早い時間であっても、長針は六の数字を回っていたというのに。

「確かに珍しいな。まぁ二時間、三時間待ちぼうけ食らうよりマシだろ」

弓の弦を右手の指先で弄りながら、何てことはないとあしらわれるが、伶子は腑に落ちない思いでいた。

(単なる偶然でしょうか?でも……)

ざわざわと胸の内を不安の風が吹き荒らす。先程道端で不穏な視線を感じたからだろうか。神経がざわついて、杞憂に終わりそうなことさえ大袈裟に捉えがちになっている。

「とりあえずフロア一つ一つ見て回るぞ」

「はい」

宇佐美の横に並んで一階から四階、屋上に繋がる踊り場まで確認するが、災禍の気配は感じられない。二階の渡り廊下を経由して隣の校舎に移り、一度一階まで下りて廊下を練り歩いてから再度二階に戻ったところで、鼻腔が異様な臭いを嗅ぎ取った。

「……うっ!」

「何だよ、この臭い」

(これ、血の臭い……!)

濃密な、錆びた鉄のような臭気。

物陰から廊下を覗いてみるが、何もない。

「上だな」

返事の代わりに首を縦に振り、階段に足を掛けて一歩ずつ、音を立てないよう爪先だけでそっと進む。こんなとき、ゴムベラが底になっている履物というのは不便だ。

そっと隣りを窺えば、共闘者は眉間に皺を深く刻んで口元を掌で覆っていた。やはり慣れていない者には堪え難いものらしい。そう考えると、自然と唇が自嘲の形を模った。

(吐き気を催すほどの濃い血の香りに慣れてるなんて、やはり普通じゃありませんよね)

三階の踊り場に着く頃には、鼻を摘んだところでもはや慰めにもならないほど臭気は強くなっていた。皮膚を切っただけではこうも強力に嗅覚を刺激する臭いにはならない。肉を割り、臓腑を抉り、吐瀉したものの上に更なる多量の血を被せている。

「桜原」

若干蒼い顔色を残しつつも、顔を半分覆っていた手を除けながら、声を潜めて宇佐美が囁く。

「先に仕掛けてくれ。俺は隙を見計らって攻撃する」

近距離の攻撃しかできない鉤爪が得物の伶子とは正反対に、宇佐美の武器である弓矢は遠距離でこそ威力を発揮する。たまに弓で敵の打撃を防いだり、ときには殴ったりもしていたが、致命傷には至らせられない。

首肯し了解の意を示した伶子は廊下に飛び出した。

「……!」

あまりに悲惨な場景に絶句する。

全身が紫の鱗に覆われた、成体の象ほどあろうかという大きさの異形が夥しい量の血液を流し、地に伏せていた。投げ出された右手は肘の辺りで引き千切られた跡を残し、それより先は既に無い。その横には壊れたオブジェのように踝から先の足が転がっていた。伶子の胴はあろうかという太さの首から、骨が覗くほど深く肉が抉られており、下肢にはぶくぶくした長い何かがはみ出している。

(あれ……腸、ですよね)

他にも臓器らしきものがあちらこちらと飛び散って、窓にも赤い液体以外の何かがこびり付いていた。

(一体誰が……?)

災禍が二匹召喚されて共食いでもしたのだろうかと思案したときだ。

グシャ、と何かを潰す音がした。

「まだ死なないのか。しぶといな」

災禍の背後から聞こえた、若い男のテノール。脳裏に一瞬、例えようのない既視感が過ぎる。

驚愕、焦燥、不安、憤怒、怨み、絶望、無念、苦悶……それらを綯い交ぜにして圧縮したかのような、不愉快な感情。

首を大きく振ることで瞬時にそれを切り捨て、鉤爪を構える。敵の姿が見えないまま飛び出すのは得策ではないので、じりじりと瀕死の異形との距離を縮めていく。

グチュ、グシャ、メキッ、ベチャ、バキッ、ヌチュ………

骨を折る音、肉を潰す音、溜まった血の上を踏み躙る音……聴覚だけで、まるでこちらが嬲られている気に陥りそうだ。

生死の境目にいる災禍の意識がないのは明らかだった。辛うじて両目は薄く開いているが、瞳孔は淀んでいて、焦点も合っていない。

もう、一思いに死なせてやった方がいいのかもしれない。

双眸を痛ましく眇めて湾曲した得物の先を血濡れた首筋に押し当てたときだ。

「……誰だ?」

災禍の後ろから立てていた、残虐の音が鳴りを潜める。

ギクリと四肢を強張らせて、どうしてバレたのかと冷や汗を掻くが、すぐにハッと息を呑んだ。

鉤爪の刃が天井からもたらされる光に当てられ、鋭い輝きを帯びていたのだ。

(光が反射して……!)

後方に跳び縋り、得体の知れない何者かから距離を置いた直後、地に伏せていた巨体の災禍が一瞬にして隅へと押しやられた。

「まぁ俺と災禍以外のモンっていえば、佐保姫候補しかいないけどな」

血溜まりの上に立つ長身の青年。服や体だけでなく、顔や髪まで赤く染まり、汚れることなど意にも返さない様子で左手を腰に当て、小首を傾げて挑戦的に笑みを刷く。

「――――!」

ぞわりと産毛が逆立ち、全身の毛穴から一気に冷や汗が噴き出した。咄嗟に小さく息を呑み込めば、引き攣った音が咽喉から漏れる。半ば開いた口の中は一瞬にして乾き切り、歯はガチガチと噛み鳴って、それに連呼するように膝もがくがくと笑い出す。

温度を失くしてゆく指先。過剰なまでに粟立った肌。瞬きを忘れた眼輪筋。熱を持つ涙嚢。

まるで先日起こしたパニックの再来。

(牢獄から出さないつもりだって言ってたのに……!)

――――けれども湧き上がってくる悲鳴は中咽頭に差し掛かる寸前で止まっていた。

赤い液体を浴びた箇所を除けば、短い地毛は艶やかなブロンド。人を食ったような目つきをした、金茶の双眼。シャープな顎のライン。白皙の肌。

顔の造形や髪質、肌の色はまるでリオンと瓜二つ。だが目の前の男ほど彼の髪は短くなかった。身長に関しても、リオンは目測百七十センチほどだったが、この男は頭一つ分以上あるだろう。

ただ……リオンが自慢の一つに上げていた鼻梁の高さに関しては、伶子の位置からだと甲乙つけ難い。

「あれ?どう見てもあんた、女だよな?胸ないけど。でも佐保姫候補は男って……ああ、もう一人の冥玉使える方か」

ぺロリと上唇を濡らし、舐るような眼差しを放ちながら双眸が細まる。

そんな些細な動作でも、伶子を竦ませるには充分だった。分かりやす過ぎるほどに肩が大きく跳ね上がり、再度呑み込んだ息がまたしても異様な音を立てる。そのおかげか、今にも迸りそうになっていた叫びは腹に押し込められた。

「まぁいいか。あんたが手に嵌めてるの、冥玉で創ったものだよな。判断基準はそれだけで充分だな」

犬歯を覗かせ男は三日月形の笑みをつくる。視覚がその表情を捉えた直後に、かの人物が近付いてきていることに気付いた。

「!」

両手を交差させ、顔面を狙ってきた右ストレートを鉤爪で防ぐ。しかし圧倒的な身体差がある所為か、伶子の体はいとも簡単に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ぐぅ……!」

痛みに顔を歪める暇もなく今度は蹴りを繰り出され、しゃがむことによってそれを回避し、鉤爪を薙ぎながら敵の脇を素早くすり抜けて距離をとる。

「そういや自己紹介まだだったな。俺はレオン。あんたは?」

じりじりと後退りながら伶子は首を振る。

先程から狼狽した様子しか見せていないことに焦れているのか、レオンは気分を害したと言わんばかりに眉宇を顰めるが、伶子にとっては不可抗力としか言いようがない。

彼の姿を、声を、気配を感じるだけで全身が畏怖し、逃げ惑うことしか考えられなくなる。

(レオンはまだ、私の正体に気付いてない……)

安堵したのもほんの一瞬。恐怖に震える身をクルリと翻した伶子はそのまま走り出した。

「おい、ちょ、おま……待てよ!」

伶子の行動に呆気にとられた様子ではあったが、すぐさまレオンは加虐的な笑みを張り付けて後を追った。その表情はまるで小動物を狙う猛禽類の如く、愉悦に浸っている。

いくら短距離走で速い記録を叩き出したといえど、年齢に反して伶子の体は女子高生の平均に比べれば小さく、一方のレオンは成人男性でも特に高身長の部類に入る。当然脚も比較的に長い。加えてスタミナ面でも前者が劣るのは明らか。

追いつかれるのも時間の問題だった。

(宇佐美先生……!)

隙を見計らい攻撃を仕掛けると言っていた共闘者の姿はどこにも見当たらない。先程レオンの攻撃で壁際に追いやられた際も、待機しているだろうと思っていた踊り場には誰もいなかった。そして今、逆側の階段を下っているわけだが、求めている者との遭遇は叶わない。

「先生、助けて……っ」



パシン、と一瞬前まで佇んでいた場所に鞭の先が飛ぶ。

避ける為に跳び上がった状態のまま矢を放つが、憎き相手に届くより先に敵が持つ得物によって叩き落されてしまう。いとも簡単に攻撃がいなされ、宇佐美は舌打ちした。

胃液混じりの饐えた臭いを含む濃密な血の臭いは、未だ階下から漂ってくる。それはまだ、あの瀕死の災禍を倒し切っていない証拠だ。随分としぶとい異界の生物に呆れる反面、教え子の安否が気になって仕方がなかった。

宇佐美が伶子を最後に見たのは、災禍に近付いていく後姿だ。大きな図体をした化け物の背後から聞こえてきた男の声に警戒し、慎重に足を進めていた。

また宇佐美も、踊り場の影から身を乗り出して弦に矢を掛け、いつでも攻撃できる態勢をとっていた。

何せ見下した響きを乗せて呟かれたテノールには聞き覚えがあった。正確には、記憶している声音に比べ、些か音程が低めの気はしたものの、発声された言葉の掠れが脳裏にこびり付いている天敵のものと一致したのだ。

伶子が災禍を殺し、死体が消滅してその向こうが露わになった瞬間を狙おうとしたときだった。

四階へと連なる階段から物を振るう鋭い音を聴覚が捉え、目を瞠りながら首を捻れば、ワインレッドの色をした何かが宇佐美の顔面を狙って飛んできていた。慌てて体を捻り無傷で避けたはいいものの、よくよく凝視をしてみれば精巧に編みこまれた長いブルウィップの先がある。

自分を狙った者が何奴かを確かめようとして振り返る。すると意外なことに、伶子と瀕死の災禍の更に奥にいると目論んでいた男の姿があった。

静かに宇佐美を見下ろしていた彼は背を向けると、そのまま階段を上っていった。

そしてそれを追いかけた宇佐美は今、自分をこの深夜行われるゲームに引きずり込んだ張本人と対峙していた。

しかしリオンとの攻防に意識を研ぎ澄ませつつも、共闘者である女子生徒のことが気懸かりでどうしても集中しきれない。

(一昨日、桜原伶子はこいつを見て取り乱した。女は男より聴覚が鋭い分、音の違いには敏感だが、俺にはさっきの声とこいつの声は同じに聞こえた)

一卵性双生児というのは多少の違いはあれど、顔立ち、声音、指紋が似通っている。

あのとき、パニックを起こした伶子を目にしてリオンもまた、宇佐美と同じく動揺していた。もしあの反応が演技でなかったとしたら……。

「……リオン、お前もしかして双子か?」

「ええ。血の繋がりを認めたくない、レオンという愚弟がいます」

歯を食いしばり、眼光を鋭くさせながら弓を構えた直後、膝に鞭を当てられ痛みがはしる。

「っつう……」

伶子と、彼女をあれほどまでに錯乱させるトラウマを植えつけた男との間に何があったのかは知らない。万が一、先程のテノールがその因縁の相手とあったならば、今度こそ彼女は発狂するかもしれない。

自分の目の届かない場所で、かの男にその姿を視姦されながら。

(無事でいろよ、桜原伶子……!)



「はぁ、はぁ……ぜぇ、はぁ、はぁ……」

全力疾走で既に五分近く、伶子は走り続けていた。もはや自分がどこを駆け巡っているのかも理解し得ていない状態だ。心臓は肺を食らいそうなまでに暴れ回り、血液を全身へと活発に循環させているおかげか、手足が澱みなくスムーズに動く。けれども眼球にまで強く作用しているのか、目に映る光景は赤みがかって見えた。まるで闘牛にでもなった気分だ。

しかし足を止めるわけにはいかなかった。今もなお、背後から聞こえてくる足音は止まないままなのだから。

(先生、先生、宇佐美先生……!)

唯一この状況で救いの手を差し伸べてくれる筈の存在を胸中で叫び続ける。されどその姿はまだ見出せない。

「た、すけて……せんせい……」

引き攣った呼吸の合間に小さく救いの声を零す。

「あ〜、そろそろ鬼ごっこも飽きてきたな」

後方から呟かれた言葉にヒッ、と息を呑む。恐怖で竦みそうになる膝を叱咤して、より一層加速を心掛ける。

角を曲がりいつの間にか通っていた渡り廊下を抜けて階段を駆け上る。そこで漸く自分が逃げ出した場所に戻ってきたのだと悟った。通路の半分を塞ぐようにして、血濡れの災禍の肢体が転がっている。

その脇を抜けようと血溜まりの上を上履きで踏みしめたときだった。唐突に、雄叫びを迸りながら巨大の異形が立ち上がったのだ。

震えながら必死に起き上がる姿は傍からすれば一種の感嘆を覚えるものだろうが、伶子にとっては進路を塞ごうと蠢く、単なる障害物でしかなかった。躊躇することなく、通りすがりざま頚動脈を狙って鉤爪を振るう。断末魔の悲鳴を轟かせながら災禍は消滅するが、迫り来る影に怯える彼女に振り返って確かめる余裕など、当然ない。

四階に進み、伶子は漸く共闘者の姿を捉えることができた。

「宇佐美先生……」

出現した伶子を振り返るリオンの更に向こう側、全身に傷を負った宇佐美が息を弾ませながら佇んでいる。

「桜原ぁ!」

「せんせぇ!」

両目の縁に涙を溜めて、安堵のあまり休めてしまっていた足を宇佐美に向けて踏み出そうとした瞬間だった。

「つっかまえた」

右手首を掴まれた感触が、皮手袋越しに伝わる。二の腕から頬にかけて鳥肌が粟立つのと同時に、リノリウムの冷たい床に押し倒された。その衝撃でカシャンと小さく音を立て、辛うじてモダンが耳に引っかかったものの、眼鏡が定位置からずれてしまう。背中に痛覚がはしったのはそれからだ。

「桜原っ!」

「リオン、あの男がお前が見つけた佐保姫候補か?」

獲物を捕らえた喜びに唇を湿らせながらせせら笑うレオンとは対称に、リオンは彼の出現に驚愕していた。

「レオン……どうしてここに?!」

「後で種明かししてやるから、まずはそいつ殺っちまえよ。俺はこの女を……」

ニィ、と愉悦に浸った薄ら笑いを刷いてレオンは片手で伶子の両手を頭上で一纏めにし、その恐怖に歪む表情を覗き込む。

そこでレオンは初めて、腑に落ちない、いかにも怪訝といった色を顔に浮かべた。

一方の伶子は完全に錯乱状態に陥っていた。無理矢理仰向けに押し倒され、眼前にはこの世で最も厭う男が圧し掛かっている。

それはまさしく以前、レオンという脅威を脳に、体に、精神に刷り込まされたときの体勢だった。

「嫌だっ!やめて!離して!お願いだから、逃がしてよ、レオン!」

閉ざした瞼から涙を滲ませ、身を捩り、両足をバタつかせ、必死になって声を張り上げる小柄な少女。

痛ましげなまでに抵抗の意を見せる彼女を見つめながら、青年は茫然と言葉を紡いだ。

「お前……“キー”か?」

小さく、茫洋とした声ではあったが、暴れる伶子を止めるには充分すぎる威力を伴っていたらしい。

(………バレた……この男に、私のことが)

眦に溜まっていた大粒の涙がこめかみを濡らしていく。

息をするのも忘れたように、身動き一つとらない伶子。彼女の顔に掛かった眼鏡を取り外し、露わになったその素顔を目にして、レオンは顔を綻ばす。

「ハハッ、やっぱり“キー”だ」

一度手放した玩具を懐かしげに再び手にするような無邪気さと、これからどのような残虐な方法で甚振ろうかという暗い嗤いを綯い交ぜにした笑顔。

それを見て即座に宇佐美は弓を構えた。

「今すぐ桜原から離れろ!」

「伶子から離れなさいよ!腐れ外道が!」

宇佐美の張り上げた声と甲高い少女の声が重なる。

その一瞬後に、宇佐美の後方から光線が放たれた。それは瞬く間にリオンのすぐ脇を抜けて、レオンの顔面へと手を伸ばす。

「ぅおあ!」

間一髪のところでそれを避けた男は拍子に伶子の手の拘束も解いた。

その隙を逃さず、起き上がった伶子はレオンから距離を取ろうと一目散に宇佐美の胸に飛び込んだ。

「ううぅぅ……」

唸り声を上げながら宇佐美の白いシャツを濡らしていく。普段とは違う弱気な一面を目にしたからか、宇佐美は何も言わず小さな後頭部を撫でた。

しかし首を後ろに捻った視線の先は、一人の少女を映していた。

「何でお前が……?!」

只ならぬ様子で呟いた宇佐美を訝しみ、彼の目線を辿る。視界に飛び込んできたその姿に、伶子も驚愕した。

「茉穂、ちゃん……?」

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