マギーの後悔
春が巡ってきた。
魔導士の館の周りも、色とりどりの花が咲きこぼれ華やかな色彩に満ち溢れていた。
毎年この時期に、城の新人兵士たちの訓練が始まる。
エズラとヘンリーもこの日、郊外の演習場で新人兵士の訓練に付き添っていた。
が、それはまるでお守り状態だった。
エズラは大砲の訓練に付き添っていた。
「火傷しました!」
「えっ……」
「すみません。エズラさんに回復魔法をかけてもらうよう言われました」
新人兵士は顔を真っ赤にしてエズラの前に立っていた。
「で、原因は?」
「あの……大砲に手を置いてしまって……」
「ぶっぱなした大砲の筒に手を置いたってことか?」
「……はい」
「爆発してんだから熱いに決まってるだろ」
「……そうですよね」
「……」
(俺は救護班か……)
ヘンリーは剣も得意だったので、新人兵士の相手になっていた。
それほど長時間でもなかったが、中には貧血か何かで倒れる者もいて、そのたびにヘンリーがテントに運んでやっていた。
「大丈夫か?」
ヘンリーは腕の中で目を覚ました新人兵士にそう声をかけた。
「あっ……」
彼は自分の状況に気づいて顔を真っ赤にした。
「あの……僕……」
「名前は?」
「……クライドです」
「いくつ?」
「えっ……あの20歳です」
「恋人いる?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「タイプだから」
「すみません。おろしてください!」
「立てるのか?」
案の定、新人兵士はフラフラだった。
「ちゃんと食べてるのか?」
「……」
*
「マギー、授業の方はどう?」
王宮の離れから帰ってきたマギーにそうエズラが聞いた。
エズラは珍しく居間のフカフカの長椅子に腰かけて魔導書を手にとっていた。
「うん。小さい子が多いから賑やかだけど、教えるのも楽しい」
マギーも真似して長椅子に座ってみた。
「そうか」
「エズラたちは演習は終わったの? ジャンとヘンリーは?」
「ジャンはお使いに行ってる。ヘンリーは新人兵士の歓迎会にお呼ばれ。俺も誘われたけど断った。何時に帰れるかわからねーし」
「ふ~ん。何読んでるの?」
「ああ、これ? 剣についての魔導書。今度、ダン先生がこっちに来て、弟子三人とキースに剣についての講義してくれるんだって。その打ち合わせにカイン先生が今、会いに行ってる」
「ダン先生……よく聞く名前ね。そうなんだ。私も聞いていいのかな」
「興味あんのかよ」
「ないけど……カイン先生もいるなら一緒に、って」
「不純な動機だなぁ」
「魔導書、前に勝手に触って怒られちゃった」
「俺はちゃんと許可得てる」
「そうなんだ……エズラはここにある本、全部開けられるの?」
「なんで?」
「ヘンリーが開けられない本があるって」
「……」
「どれかなぁ?と思ってその本らしきものを触ってたらカイン先生に怒られたの。あの黒い本でしょ?」
「知ってどうするの?」
「なんでそんなにエズラまで警戒してるの?」
「……」
しばらく黙ったままだったマギーだったが、次に口を開いたときは全然違うことを話題にした。
「カイン先生のお母さんてどんな人なんだろう」
「……なんで?」
「カイン先生の好みがわかるかと思って。だって、男の子って母親に似た人を好きになるって言うじゃない?」
「そうだっけ」
「エズラはどうなのよ」
「俺、小さいときに母親を亡くしてるから覚えてないんだ」
「……そうなんだ。ごめんなさい」
「いいよ。先生に聞いてみれば?」
「そうね……。あと、昔付き合ってた人はどんな感じの人だったんだろう」
「えっ……先生に聞いたの?」
「ううん。この前ね、たまたま聞いちゃったの」
「……?……」
「カイン先生の旧友が訪ねてこられたことがあったの。エズラたちは演習でいなくて、ジャンはキースと庭で自主練習してたわ。私はカイン先生とその友人のためにお茶を入れてたの。そしたら会話が聞こえたのよね」
マギーはそのときのことを思い返しながらしゃべった。
「カイン先生とお友だちの話の中に女性の名前が出てきたの。『彼女も元気にしてる』って言ってた。それがすごく気になって。見たことも会ったこともない女の人なのに……。若いころのカイン先生と親しくしてたってだけで、心の中がこうモヤモヤと……わかる?」
「……」
「でね、カイン先生が急に王宮に呼ばれちゃって、私とその友人の二人っきりになったから、帰り支度してるその人に思い切って聞いてみたの。『さっきの話の中の女の人はカイン先生の恋人ですか?』って。『なぜそんなことを聞く?』ってびっくりしてたけど、私が、『とても気になるんです。私には重要なことです』って言ったら、そのあと話してくれたわ」
「……(さすがマギー強引だな)」
「何年も付き合ってたけど、あることがキッカケで別れたって。後年、その彼女と再会したときに『後悔してる』って言ってたんだって。なぜ?って聞いたら、『私はあのときまだ若くてそのままの彼を受け入れる包容力がなかった』って言ったそうよ」
「……」
「先生ね、明け方によくうなされてたんだって。はじめは不安だけだったけど、あるとき、彼女は見ちゃったの。カイン先生が見てるものを。それで怖くなって、一緒にいられなくなったって……」
マギーはしばらく黙ったままだった。
「魔導士の中には色んなものが見えたり聞こえたりする人もいるって、前にヘンリーが言ってた。黒魔導士になるのはそういう人だって」
「……」
「私ってバカよね……」
マギーはため息をつきながらさらに言った。
「先生、知られたくなかったよね……。聞かなきゃよかった」
珍しく落ち込んでいるマギーを見てエズラは心を動かされた。
「その人、なんでそんな話をマギーにしたのかな?」
「……」
「きっと、マギーみたいな子にカイン先生の傍にいて欲しいって思ったんじゃないかな」
その言葉を聞いてマギーははらりと涙をこぼした。
「エズラ……あんたっていい人ね」
そして次にこう言った。
「メガネ外すとまぁまぁ男前だし」
「……ハイハイ」
*
「今日はありがとうございました。その……助けていただいて」
「……ああ」
「でも……あの、なんでさっきからずっと僕の隣にいるんですか?」
クライドは新人歓迎会で隣の席に居座ったままのヘンリーに恐ろしさを感じていた。
「ここの店予約したの誰?」
「えっ……」
ここは城下町の居酒屋だ。
歓送迎会などの予約は新人が担当するのだが、新しい店のコース料理の出し方がかなり怪しかった。
はじめにドーンとサラダの大盛りが届いて、次にマッシュポテト、その次に大量のポテトフライがテーブルに並んだ。
「すでに1時間は経ってるのに、草と芋でお腹いっぱいだ」
ヘンリーにそう言われてクライドは赤面した。
「僕です……この店の予約をしたのは」
他の面々が「肉はないのか」とザワつき始めた。
そして届いたのが大量の激辛ソーセージだった。
あまりに辛くてほとんどの者が食べられないという状態に。
そしてその大量の激辛ソーセージは隣の卓からもヘンリーの前に集まってきた。
ヘンリーは激辛好きでも有名だった。
「しかしいくらなんでもこんなに食えん」
その状況に笑っていた。
「フリーなんだろ?」
ヘンリーはかなり酔っぱらっていた。
クライドは本当は1次会で帰りたかった。
なにかわからないが、ヘンリーという体格のいい先輩に懐かれていた。
「あの……僕はその……普通なので」
クライドが戸惑い気味にそう言うとヘンリーは大笑いした。
「恋愛に普通とか関係ない」
「……」
「あるのは好きか嫌いか」
「えっと……」
クライドはヘンリーが遊び人だということをさっき別の先輩から聞かされていた。
『気をつけろよ。お前ヘンリーに狙われてるから』
「なんで僕なんですか? 僕……遊びの恋愛なんてできません」
「……」
「俺、黒い髪って好きなんだよな……お前の白い肌によく似合ってる。それに綺麗な顔してるよな」
クライドは確かに中性的な美しい顔立ちをしていた。
そのせいで学生時代から同性からもモテた。
しかし、神学校でもあったので恋愛は表向きには禁止されていたし、生徒たちもどちらかというと草食系だった。
クライドはよく哲学的な話や神学、天文の話で憧れの先輩や級友たちと盛り上がった。
そんな淡いプラトニックな雰囲気の中で育ってきたので、ヘンリーのような肉食系男子には免疫がなかった。
はっきり言って苦手だった。
どうも自分とヘンリーとでは価値観が違う気がしてならない、そういったことをつたない言葉で伝えた。
だが、酔っているヘンリーは聞く耳を持たなかった。
「お前、そんな恵まれた容姿して恋愛に興味ないとかふざけるなよ」
「……」




