先生
キースはなぜクリスが自分の前であんなに泣いたのかわからなかった。
クリスに聞いても首を振るばかりで何も答えてくれなかった。
仕方ないので、魔導士の館に来たときにマギーに聞いてみた。
「クリスがこの前、俺の前で大泣きして……。何か理由とかわかりますか?」
「……」
マギーにはピンときたみたいだが、どう説明していいか悩んでいるようだった。
「あのね……。女の子って情緒不安定になるときがあるのよ。そういう年頃なのよ。笑ったかと思ったら、急に悲しくなったりね。体の成長に心の成長が追い付かないのよ。特にジャン……じゃなくて、クリスは……」
マギーはジャンのことを相変わらずクリスと呼ぶキースに微笑んだ。
彼の前では、ジャンのことをクリスと呼んだ方が自然に思えた。
「……?」
「まぁ、気長に待ってあげなさいよ」
「……」
「クリスに時間をあげて」
キースはまだよくわかっていないようだった。
マギーには後宮時代に幼なじみの男性と結婚した知り合いがいた。
彼女は厨房の女の子で年が近かったせいもあってよくおしゃべりをしていた。
『友達としか見てなかったから。そんな風に思えなくて』
彼女は彼からの求婚にとまどっていた。
『でも、離れてると不安で、なんでか泣けてきて。これって恋ですか?』
(私に聞かれても……)そう思ったマギーだったが、なんとかアドバイスをしていた。
その戸惑いの過程が似ているような気がした。
(いいわね、青春て……。当の本人たちは大変そうだけど)
*
「今日はヘンリーもエズラも町まで行ってるから帰りが遅い。私は入ったから次入ればいい」
カインは風呂上りに、そうクリスに声をかけた。
「お風呂は……今日はいいです」
「いや、しかしこの前から入ってないだろ?」
「風邪をひいてるので……」
「……」
魔導士の館でお風呂に入るのも躊躇するクリスを見て、カインはあることを思いついた。
別の日、カインは来たそうそうのマギーを自室に呼んだ。
「マギー、頼みがあるんだが……」
「はい」
マギーは机をはさんでカインの前に座っていた。
「古代語の先生をやらないか?」
「……えっ?」
「王宮の離れで貴族の子女を相手に古代語の授業を受け持って欲しいんだ」
「……」
「もちろん、給料は別で出る」
「私が先生に……」
「どうだろう?」
「あっ……やってみたいです!」
「そうか。助かる。もう王宮の方にも話をしてて先生待ちだったんだ」
「嘘みたい」
マギーはさっそく食堂でカインの弟子たちに報告した。
「私、来月から週に二度、王宮の離れで貴族の子女を相手に古代語の授業を受け持つことになったの!」
エズラやヘンリー、クリスたちはマギーの喜びように思わず拍手した。
「良かったね、マギー」
「ありがとう、みんな」
そうそう、とマギーは話をついだ。
「その他の日は魔導士の屋敷で働くでしょ……だからカイン先生がいっそのこと、ここで暮らせばいいって言うの。クリス……じゃなくてジャンもその方が喜ぶだろうって」
「えっ……」
「屋根裏部屋を綺麗にしてくれるって。ね、エズラとヘンリー?」
「……」
*
「あっ、ジャン。なんかさ悪かったな」
たまたま食堂で二人きりになったときにヘンリーが言った。
「……?」
「いやぁ、この前さ……酔っぱらって城下町までエズラと迎えに来てもらったとき。会っただろ、俺の後輩に」
「……」
「昨日休みで町に行ったときに、あいつに会ったんだ。そしたら、なんかジャンのこと女の子って言いだすからさ……。俺、酔ってあいつに余計なこと言っちゃったかもしれないんだ」
「……」
「覚えてなくてさ。なんか言ってた?」
「……」
クリスは首を振った。
「そっか。ならいいんだけど。一応、否定したから。俺酔っていい加減なこと言ったみたい、って。女の子みたいに可愛いって言ったんじゃねーの?って」
「……ヘンリーは……その人のこと……」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
クリスは自分の知らないところで他人の恋愛事情に巻き込まれることに少し恐ろしさを感じた。
*
マギーの引っ越しは思っていたより簡単に済んだ。
もともと荷物が少なかったので、馬車一台で済んだし、城下町の家も一部屋を借りていただけなので掃除をして終了だった。
問題は魔導士の館の屋根裏部屋だった。
王宮の役人からマギーを雇ってもらえないか?と頼まれたとき、本当は住み込みで、という条件もついていた。
しかし、部屋がない、という理由で断っていた。
今回、マギーを住まわせるにあたって色々と考えた結果、カインは開かずの扉だった屋根裏部屋を見てみた。
案の定、ほこりだらけだった。
そして、見知らぬ荷物の山々。
「まずは掃除からだな……」
恐ろしいホコリが屋根裏部屋から舞い上がった。
とりあえず綺麗にはなったが、屋根裏部屋全体だとマギーの部屋には大きすぎた。
そこで、もともとあった荷物(歴代の魔導士たちの荷物を含む)は、とりあえずそのままにして、マギーの部屋を別に作ることになった。
空いている窓際のスペースにベッドを置き、タンスと机と椅子を置いた。
そこに壁を作って、ドアを取り付け、屋根裏部屋に新たな部屋を作った。
「あの埃だらけの荷物もいずれどうにかしないとね……」
マギーは部屋の外にある、屋根裏部屋にいつからあるのかわからない荷物の山を見て思った。
「……ふぅ」
大工のような仕事をやらされて、さすがにカインも疲れていた。
「先生、御苦労様。はい、お茶です」
「ありがとう」
マギーは部屋の窓からの眺めを気に入っているようだった。
「……素敵。色んな想像が刺激されるわ……」
そして、ついついカインがいるのも忘れて妄想の世界に浸ってしまった。
「あの遠くに見える森からこの部屋まで馬に乗った王子様が迎えに来るとかね……」
マギーはもう25歳だったよな?と思いながらカインは聞いていた。
「そして、馬から降りた王子様が膝をついてこう言うの……」
「ちょっと待て。その馬はこの部屋にいる設定か?」
「えっ?」
「馬に乗って屋根裏部屋まで来るのか」
「……もう、ヤダ先生ってば。人の想像の世界に勝手に入ってこないで下さい!」
「勝手に聞かされてるんだろうが」
マギーは「もう……」とつぶやいて、次にニッコリ笑ってこう言った。
「ところでカイン先生、私の歓迎祝いっていつするんですか?」
「……」




