波紋
週末の休みの日、夕方から城下町に遊びに行っていたヘンリーが夜遅くになっても館に帰ってこなかった。
そのまま朝になり、心配した面々が食堂に集まってきた。
「まったく。人を心配させやがって」
エズラが怒っていた。
「どこかで酔いつぶれて倒れてるかもしれない」
心配したカインが探しに行こうとしていたので、エズラが止めた。
「俺が行きます」
そばで聞いていたクリスも思わず「一緒に行きます!」と言った。
「しかし……」
「館に残る者も必要ですし。城からいつなんどき急用の知らせが来るかもしれません」
エズラはそう言って、「じゃあ、行ってきます」とすぐさま館を出た。
「待って、一緒に行く」 クリスも続いた。
「先生、馬を借ります!」
「ああ」
エズラとクリスはまず王宮の厩舎に向かった。
「ジャンって馬に乗れるんだっけ」
「……あんまり得意じゃない」
「じゃあ、1頭でいいか」
エズラは厩舎の係の者とすでに顔なじみのようだった。
「先生の代わりによく借りに来てるんだ」
「そうなんだ」
「乗れよ」
「あっ、うん。でも後ろで……」
「前に乗れよ。後ろは怖いからさ」
「……」(なんで前に乗せたがるんだろう)
クリスに手を貸したとき、エズラはびっくりした。
「ジャンは軽いな」
「……」
エズラとこんなに体を寄せることがなかったので、クリスは少し緊張した。
(やっぱ女の子だな……この感触)
エズラは妙な雰囲気になりそうだったので、頭を振った。
(いやいや、理性を保て俺)
城下町に着いてからは馬を降りて引っ張って歩いた。
人の往来はあったが、まだ午前中だったので、酒屋や飲み屋は閉まっていた。
細い路地や家の軒下などを見てみたが、なかなかヘンリーは見つからなかった。
「どこにいるんだろう」
エズラもクリスもヘンリーが無事であることを祈った。
「あれっ、エズラ。ジャンも」
そのとき、後ろから声をかけられた。
振り向くとヘンリーが立っていた。
「よぉ、どうした?」
ヘンリーには連れがいた。
恐ろしく美形な青年がヘンリーの横にいて、彼に肩を貸していた。
「どうしたじゃねーよ! 人をさんざん心配させやがって!」
エズラが珍しく怒鳴った。
「えっ……」
「カイン先生が心配してたぞ。なんで夕べ帰ってこなかったんだよ」
「ああ……ちょっと飲み過ぎちゃってな」
まだ酔いが抜けてないのかフラついていて、それで横の青年が体を支えてくれているようだった。
「こいつ、学校時代の俺の後輩……」
青年はペコリと頭を下げた。
「あっ、すみません。迷惑をかけて」
エズラが代わりに謝った。
「いいんだよ、こいつは俺のことがどうやら好きらしいから」
「……」
エズラはなんとなく意味がわかり、青年は気まずそうにしていた。
「とにかく、後は俺たちが」
そう言ってエズラはふらふらヘンリーを受け取った。
「ジャン、これじゃ歩けないから馬車かごを借りてくる」
エズラはとりあえずヘンリーを道の端に座らせ、町にある共同の厩舎に馬を連れて行った。
待ってる間にヘンリーが寝てしまったので、クリスは改めて青年にお礼を言った。
すると彼はさっきまでの態度とは違う様子でクリスに接してきた。
「君が……ジャン?」
「えっ……」
青年はジロジロとクリスのことを見て、ぶっきらぼうに次のようなことを言った。
「ヘンリーから聞いてる。男の恰好して一緒に暮らしてるんだって?」
「……」
「ふ~ん。何も知らないような顔して」
「……」
「周りにいる男の気を惹いてるんだろ? たちが悪いな」
(なに言ってるんだろう……この人)
「そういう女は嫌いなんだ」
そのときエズラが馬を簡易馬車に仕立てて戻ってきた。
青年は何も言わずにその場を去った。
「あっ……」
エズラは寝てしまったヘンリーを起こし、なんとか馬車の後ろの席に乗せた。
「ジャンはヘンリーを見てて。また寝たら引っぱたいてやれ」
エズラは御者台に座って手綱を握った。
すぐにヘンリーは眠ってしまったが、クリスは起こさずに彼が落っこちないよう体を支えた。
ヘンリーは体が大きかったのでとうとう支えきれずに横になってしまったが。
とにかく馬車から体が落ちないよう気をつけた。
「どうしたジャン? さっきから元気ないけど」
エズラが静かなクリスに気づいてそう声をかけた。
「えっ……あ、ううん」
「……?……」
「さっきの人……」
「うん? ああ、ヘンリーの後輩?」
「どういう関係?」
「……」
エズラはしばらく黙っていたが、やがて次のように言った。
「ヘンリーは男も女も綺麗なのが好みなんだよ。基本は女性だけどね。さっきの人はなんとなくだけど、ヘンリーのことが好きみたいだったな」
「……」
「なんで? 何か言われたの?」
「ううん。なんとなく気になって」
「……そう」
クリスは後宮にいたころから人の嫉妬にさらされていた。
(ただ若い女ってだけで、いつの間にか知らない人にまで憎まれてしまう)
(でも、好きな人のそばにいて欲しくない気持ちもなんとなくわかる)
『周りの男の気を惹いてる』
ズキンと胸が痛んだ。
そんな風に人から思われる言動を自分はとってるんだろうか?
わけのわからない不安がそのとき生じた。




