記憶
「カイン先生、ちょっといいですか?」
クリスはカインの部屋を訪れていた。
「なんだクリス?」
「あの……言ってなかったことが」
「ん?」
「あのとき……」
クリスはアクセルの別邸で、色んな光景が見えた、とカインに伝えた。
「広いお屋敷に小さな男の子がいました。その子は誰からもかまってもらってなくて、一人で遊んでました」
「……」
「父親と母親の争う声が聞こえて、母親が自分の子でもない子を可愛がることはできないって。大きな大人ばかりに囲まれて、同じ年くらいの子とは遊ばせてもらえてませんでした。本棚にあった魔導書だけが心の拠り所で、愛情っていうものを知らずに育ったんだと思います。小さい頃から他の人には聞こえない様々な声が聞こえていました」
クリスはアクセルに噛まれたときに彼の記憶を受け取っていた。
「……とにかく早く独立したくて、魔導書の魔法を使って悪魔とも契約した。何もかもそれで自分の思い通りになった。人もお金も何もかも。与えること、与えられることがわかってない感じでした。すべては奪うものだと」
「……」
このとき、クリスは見たすべてをカインに語ることができなかった。
その子供は周りにいる大人たちから愛情ではなく(気味の悪い子)という目に見えないメッセージをもらっていた。拒絶と恐れ、それが自分に向けられていることを子供は知っていた。
「それから……。魔導書は鍵のないもので、彼は黒い魔導書も開けることができました」
「黒い魔導書には家系図があって、アクセルの本当の名前は右のページの下の方にありました。名前は読めませんでした」
「……」
(たぶん、あれは……古代語) クリスは思った。
以前、カイン先生が自分の本名は読めない文字で書かれていると言った。
そのときに、クリスは先生の鍵のついた黒い魔導書に、カイン先生の本当の名前が古代語で書いてあるのではないかと気づいた。
「私が怖いか?」
思ってもみない言葉がカインから出た。
クリスは驚いたが、すぐに首を振った。
するとカインは言った。
「私は自分が怖かった。だから大切なものを作るのを恐れた。しかし、いつの間にか大切なものがたくさんできていた。弟子もその一つだ。……ある人が言ったんだ、心の中に大切なものがあると強くなると。その通りだと思った」




