言い伝え
すっかり元気になったクリスの元へ、母マリアが会いに来た。
首の傷もほぼ癒えて、包帯を巻かなくても目立たなかった。
クリスはダンの家の居間でくつろいでいた。
ヘラは買い物に出かけていて、ダンは庭いじりをしていたので手を洗いに行っていた。
「ダンから事情は聞いたわ。そんなことになっていたなんて。どうして早く言ってくれなかったの?」
そう言ってマリアはクリスを抱きしめた。
(母さん……)
「ごめんなさい、でも、もう大丈夫だから」
クリスはこれ以上母を心配させないために、左手首には包帯を巻いてアザを隠していた。
「母さん、父さんには何て?」
「マークは何も知らないわよ。今でもお城で働いてると思ってる。母さんができなかった女魔導士の夢をクリスは果たしたのか、って自慢気よ。でも、男装してるのか……って気にしてたけどね。この前なんか、お客さんがいる前でお城の話をしだしたから足を蹴ってやったわ。ダンの古書店で働いてることになってるの忘れてるんだもの」
「父さんらしいね」
マリアはクリスが笑顔を見せたのでホッとした。
「大丈夫なの? 安心していいのね?」
「……うん」
「でも……キースにバレちゃったのよね」
「……」
「これで、ますますキースから友情を得るのは難しくなったわね」
「……」
「よく眠れてる?」
「う…ん。でも、ときどき変な夢を見る」
「変な?」
「古代の木の夢とか、動物になった夢。人間じゃないんだ」
「……」
「ダン先生が眠らせるために黒魔法をかけてくれたから、そのせいかとも思うんだけど」
クリスのその話を聞いてマリアの表情が変わった。
「黒魔法で眠りにつくとね、遠い先祖の記憶まで蘇ることがあるって言われてるの」
「先祖の記憶?」
「……私たちの家に代々伝えられてる話があるんだけど、聞いたことあるかしら」
「……?」
「私たちの遠い祖先にソフィアって女性がいるの。ソフィアはもともと人間ではなくて、妖精みたいなものだったの。植物や動物と交信する能力がとても高くて、動植物に変身できたのね」
(変身……)
「あるとき、鹿だと聞いてるけど……動物に変身しているときに猟師に見つかって。逃げたんだけど、逃げ切れなくて一人の青年に助けを求めたの」
「……」
「彼はソフィアが化身しているとは知らずにその動物を助けてかくまってくれたわ。ソフィアは恩に着て、一生彼を守ることに決めたの。人間の女性としてね。それが私たち女性の祖先だと言われてるの。おとぎ話だけどね」




