お誘い
「マギーあさっての夜は空いてるか? もし良かったら夕方から来てくれないか? 帰りが遅くなるかもしれないが……」
帰りがけに、カインからそう誘われてマギーはドキンとした。
「カイン先生……」
「ん? どうした? 都合が悪いか?」
「いえ、来ますとも。ぜったいに来ます!」
(ジャンは長期休暇で帰郷してるけど、館には今、エズラとヘンリーがいるのに……先生ったら、大胆ね)
*
「なんだその恰好は……」
約束の日、カインの部屋に入ってきたマギーはやおらコートを脱ぎ始めた。
下には、胸の谷間がギリギリ見えるような大胆なドレスを着ていた。
「本当は玄関で脱がなきゃいけなかったけど、寒かったから」
「そんなこと聞いてない」
幸いにもエズラやヘンリーは自室にいるのか会わなかった。
(密会ってドキドキするわね)
「先生、どうしたの?」
「……まぁいい。要点を言おう」
「……?……」
その数分後、マギーはカインの机に向い合わせで座っていた。
「君はそっちを現代語に翻訳してくれ。後で私がチェックする。時間が足りない」
「……クシュン!」
「まったく……なんで真冬にそんな薄着で来るんだ」
「だって、先生……」
「なんだ?」
「……なんでもないです」
カインはくしゃみだけでなく、涙を拭いているマギーに気づいた。
「で、なんで泣いてるんだ?」
「泣いてません」
「泣いてるだろ!」
「怒らないで……!」
マギーは勘違いした自分がバカみたいだと思った。
カインみたいな修道僧のような人間が、今さら自分を女性として見てくれるなんて。
そんなことを期待して風邪をひきかけている……泣けるほど情けなかった。
「……」
カインは立ち上がって自分の上着をマギーに着せた。
「先生……」
「目のやり場に困る」
カインはマギーにかけた上着の前をきちっと止めた。
そう言ったときの顔は心なしか赤かった。
「……」
「男に会うときにそんな恰好してくるやつがあるか」
「……」
グスン……。
「だから、なんで泣いてるんだ」
「違うの、先生。今度のはうれし涙なの」
「……」
わけがわからない、というようなカインの表情を見てマギーは声を出して笑った。
「いいわ、先生のためにこの仕事頑張る!」
「……」
「その前に先生、ちょっとお茶休憩しません?」
*
「でも先生、私が訳してるこれって何なんですか? なんでこんなこと……」
マギーは台所で作ってきたお茶をカインと自分のカップに注いだ。
「ありがとう」カインはお茶を受け取ってからマギーの質問に次のように答えた。
「王宮書庫の資料の一部。現代語訳にする仕事だよ。古代語を読める人間が少ないから手伝わされてる」
「そうなんだ……どうりで古いと思った。見たことのないものばかり」
「そりゃそうだろ。まだ現代語に訳されてないんだから複写本も存在しない」
「ふぅ~ん」
「悪いな、この分は給料に上乗せするから」
「いいんですか? 私、こういう仕事も好きだからまた誘ってください」
「……わかった」
「あっ、そうだカイン先生。さっきヘンリーが地下にお酒とりに行くとこ見つけて注意しました」
「なんか言ってたか?」
エズラとヘンリーには、今夜マギーに古代語を訳す仕事を手伝ってもらうと伝えていた。
二人はマギーの知られざる知識にカイン同様驚いていた。
「幽霊を見たみたいに驚いてました。もうすでに顔が赤かったからあれはお代わりを取りに行ってたんだと思います」
しょうがないなぁとカインも内心思った。
「古代語って人気ないんですか? 教える人がいればいいのに……」
「……」
マギーは聞いてもいないのに、なぜ自分が古代語に興味を持つようになったか話しだした。
「母がよく言ってたんです。古代語を研究する父の膝によく乗ってたって。それで、だんだん古代語を覚えるようになって。子供の頃は父がくれた古代語の本をずっと読んでました。後宮に入ったときも、今も愛読しています」
「マギー……そろそろ休憩を終わりにして続きをしようか」
「は~い、先生♪」




