呪い
キースは空中に浮いていた。
たぶん気を失っているのだろう、びくりともしない。
クリスは近寄ろうとして池の中に入ろうとした。
「おやめ」
その声にクリスはまたも驚いた。
池の向こうに立っていた老婆だった。
「あなたは……」
「お前には私の姿が見えるようじゃな」
「もしかして、この池の主ですか?」
「お前の母親を知っている」
「……」
「ならば聞いているじゃろ。契約の話を」
クリスは小さいころに母親が自分にしてくれた話を思い出した。
『王は森の池の主と契約したの。今後、人間の争いには巻き込まないと。契約の証に毎年、巫女が池にお供え物を持ってくることになったわ。そしてその時から池の周辺は男子禁制となったの』
(あれは本当の話だったの)
クリスは宙に浮かんだままの親友の姿を見つめた。
彼には兄弟はいなかったが、キースにはたくさんの兄弟がいる。その兄弟たちのためにも彼は城に出仕して養わなければならないことを知っていた。
「彼を許してください。その代わり僕が罰を受けます」
老婆はしばらく無言のままクリス眺めていたが、急にニヤリと笑った。
「私も退屈をしていたところさ。少し人間を試してみようかね」
「……」
「お前は何のためにこの男を助けたいんだ?」
「何のためって……彼は僕の友だちだから」
「その友情とやらは本物なのかえ?」
「……」
「この男の方もそう思っているのか?」
老婆はキースを見上げた。
「友情など本当にあるのか?」
クリスは老婆の真意を探りかねた。
「いいだろう。この男の命を助ける代わりにお前に一つ呪いを受けてもらおう」
クリスはドキリとした。
「覚悟はいいかい」
「あのっ……。その呪いって?」
「呪いの内容は今は教えられないが、一つだけ言っておく。その呪いはこの男からの真の友情を受けることで解ける」
それを聞いてクリスはホッとした。
「それなら……」大丈夫、だと思った。
キースを助られると思ったクリスには老婆の不敵な笑みに気づく余裕がなかった。
「それではよいな」
「……はい」
クリスの言葉を合図にまたその場が白光に支配された。
どのくらいの時が経ったのか、気づいた時には逆にクリスがキースに抱き起されていた。
「おい! しっかりしろクリス!」
「……キース? 良かった……」
「こっちのセリフだよ。まったく女のくせに」
まだ頭がボーっとしていたが、キースの言葉に違和感を覚えた。
「キース、何言って……」
そして、クリスは自身の体の違和感にも気づいた。
「なにこれ……」
胸元の膨らみに思わず手を置いた。
「……!!……」
「どうしたんだよクリス、頭でも打ったのか?」
心配そうに覗き込んできたキースはなぜかクリスの髪に触れてきた。
(えっ……)
なんだか変な触り方だと思った瞬間。
「良かった、無事で」
キースはそう言うとクリスを抱きしめた。
そして、おもむろに唇を近づけてきた。
「ちょっ、ちょっと待って! 何?!」
「何って……俺たちいつもこうやって……。あれ?」
しばし考え込むキース。
「俺たち付き合ってなかったっけ?」
クリスは必至で首を振った。
何がどうなって。
「そだっけ……あれ、おかしいな」
キースはまじまじとクリスを見つめた。
確かに。
よくよく考えたら俺たちは付き合っていない。
なぜだ?
こんなに可愛い人、俺のタイプ。で、幼なじみ。
俺はバカなのか?
キースはため息をついた。
「とにかく家まで送っていくよ」
彼は軽々とクリスを抱き上げた。
「ちょっ、大丈夫だってば!」
慌ててクリスは彼の腕から逃れた。
「自分で歩けるよ」
「何の願い事に来たんだか。溺れてちゃ世話ないよ。俺がついてきてよかったぜ」
「……」
ようやく事情が呑み込めてきた。
(これが呪いなんだ)
「まったく相変わらずお転婆だな」
(女の子になっちゃった)