ウルヒ王子
「こちらが王子のお部屋。新人は王子が留守の間に掃除するくらいだけど」
新人の指導を担当するのは年長のマギーだった。お局様のような存在だった。
「私もあんたくらいの年齢のときは、いつか王子様と……なんて夢見たものだけど」
後宮には数え切れないほどの女性がいた。
しかし、王子に近づけるのは少数の女性だけだった。
それも派閥を作っていて、頂点の女性のためにいろいろと動く女性たちもいる。
(こんな中でどう王子を守れっていうの)
*
しかし、ある日クリスは女官長に王子の部屋まで薬を届けるよう命を受けた。
「えっ……」
カインはクリスが薬師の技能を持っていることを事前に知っていた。それを利用したのだった。
「女医見習いでございます」
そう女官長がウルヒ王子に説明した。
王子の部屋に入ると甘いお香のような匂いがした。
(あれ……なんかおかしいな)
クリスは違和感を感じたがそれが何かわからなかった。
「そうか……まだ若そうだな」
ウルヒ王子は上半身裸のまま現れた。
かなりの長身でスラっとしており、色白で少しクセのある黒髪がサラサラと目に落ちかかった。
(うっわ~女性にモテそう)
キースの嫌いなタイプだな、と思ってクリスは思わず笑いそうになった。
「何かおかしいか?」
(ドキッ)
「フッ、変わった女だな」
クリスは焦った。
「気に入った。この女医見習いと話をしたい」
「えっ、あの……」
女官長はとまどったが王子は「この見習いを残してお前は下がれ」と言った。
女官長はクリスに目配せした。
(いざとなったら逃げなさいよ)
*
「薬の知識があるようだな」
「はい……」
「もっと近くで話がしたい」
「あの……」
クリスが近寄らないと見るとウルヒの方がクリスに近づいてきた。
(これなんかヤバイ感じなのかな……)
「毒草の知識にも詳しいか?」
「えっ……」
ウルヒはお香壺をクリスに差し出した。
「この中身が何かわかるか?」
(この匂い……さっきの)
そのとき、ドアがノックされ一人の女官が入ってきた。
「そろそろお香を新しいものに替えますね」
女官は香を交換するとサッサと部屋を出ていった。
次の瞬間ウルヒが窓を開けてそのお香壺の中身を外へ捨てたのでクリスは驚いた。
「最近めまいがする。お香と何か関係があると思ってる。女医見習いのお前の見立ては?」
そう言われてクリスはハッとした。
「もしかして……」
「遠慮はいらない。言ってみろ」
「このお香には毒草が少量だけ混じっている可能性があります」
「……」
「黄火草の実は乾燥させて火をつけると甘い匂いがします。人間の神経を麻痺させて痛みをなくすので治療で切開するときに使われることがあります。ただ、使いすぎると体に蓄積し弱っていきます」
「そうか……」
*
「ウルヒ王子、今夜のお相手はどなたに……」
女官長補佐がニコニコしながらウルヒに尋ねた。
「……」
「では、こちらで手配いたしますね」
女官長補佐がそう言って行きかけたとき。
「今日入った女医見習いはクリスと言ったな……」
「えっ……」
「彼女でいい」
「あの、それは……」
*
「どうした? 緊張しているのか?」
夜に王子の部屋に呼ばれる意味がわからないクリスではなかった。
「あの王子……私は女医見習いであって、あの……」
ウルヒは笑いだした。
「わかっている。心配しなくていい。誰も信用できないからお前を呼んだだけだ。人除けの口実になるだろ?」
その言葉を聞いてクリスはホッとした。
「お前を無理やり抱くつもりはない。話でもなんでもいい、私の傍にいてくれないか」
こうして毎晩クリスはウルヒの寝室に呼ばれることになったが、実のところ他愛ない話をして一晩過ごしていた。
後宮内では新人の、しかも女医見習いにウルヒ王子が手を出し寵愛しているといってゴシップのネタになっていた。
(やだな……キースの耳に入ったらどうしょう)
ウルヒ王子を守れるのはいいが、それだけがクリスの悩みの種だった。
(それにしても眠たい……)
昼間は昼間で雑用があるのでクリスの睡眠時間はどんどんなくなっていった。
「それで? 羅洲の実はどうやって薬にするんだ?……クリス?」
「えっとですね王子……」




