傷心
城からの馬車の迎えにびっくりしたクリスだったが、カインからの要件を聞いてさらに驚いた。
「後宮……ですか?」
カインはエズラとヘンリーには休暇をとらせていたので、部屋には2人しかいなかったが周囲を警戒して声を落としていた。
「これは極秘任務だ。近頃、第三夫人のカミラ妃がティモシー王子を次期後継者にしようと不穏な動きをしているとの情報が入った」
今年60歳になるマイクローブズ城の王には5人の子供がいた。
第一夫人には子はおらず、第二夫人は王女のみ、第三夫人のカミラ妃には王女が2人とまだ10代のティモシー王子が1人いた。第四夫人はすでになくなっていたが20代のウルヒ王子がいる。
継承順位でいえばティモシー王子が上であるが、ウルヒ王子の方がしっかりしていて女性の人気も高かった。それがカミラ妃には目障りのようだった。
「ウルヒ王子に何かあってはまずい。だから護衛をつけているのだが、どうしても男子禁制の後宮にまで護衛はつけられない。だからジャン、今回はクリスとして後宮に潜入し王子を守って欲しい」
「……」
*
用意されていた衣装を身に着けたとき、クリスはため息をついた。
(こんなヒラヒラの衣装を着るために城に来たんじゃないのに……)
今さらながら母マリアの注意が思い出される。
『いい? 男ってのはね、スカートが風でめくれても誘ってるって思う生き物だからね。なるべくキースの前では女性らしい服装も禁物よ』
(こんな格好、キースに見られなくて良かった)
しかし、後宮の女官長に連れられて長い庭を横切っていくとき、まさかキースに見られているとは思いもしないクリスだった。
「おい、新しい女官みたいだな。可愛いな」
そう同僚に言われてなんとなく見張り窓から庭をのぞいたキースは目を疑った。
(クリス……?)
「後宮女官って最低20年は勤め上げなけりゃならないって聞くけど、その間男子禁制の園で過ごさなきゃならないってある意味修道女みたいだな」
「でも、王子の側室になるチャンスもあるんだろ?」
同僚たちの声がキースに届いても彼には実感がなかった。
(なんでクリスが……)
そのとき、ウェインの言葉を思い出してハッとした。
(王室から迎えの馬車が来ていたのはこのためだったのか?)
*
「えっ……」
キースが怪我をして城の救護部屋に寝かされていると教えてくれたのはカインだった。
「どうも後宮に君が入ったと勘違いしたらしい。キースから女官長に問い合わせがあってね、女官長は話を合わせてくれたけれど。心痛な面持ちだったらしい。キースは君と同郷なんだね。幼なじみだって? 任務が終わるまで彼には真実を話せないが、見舞いに行ってくるか?」
カインはキースとクリスをただの幼なじみとは思っていないらしかった。
気をつかってくれているのが伝わった。
許可を得て、キースの病室へとお見舞いに行くことにした。
女官の恰好をして。
魔導士として、いつか一緒に仕事する夢は捨てていなかった。
でも、今は傷心の友をなんとか慰めたい。
「あいつ、なんか最近ボーっとしてて心ここにあらずって感じだったから」
案内してくれたキースの同僚がそう話した。
キースはクリスが後宮女官になってしまったと勘違いしている。
本当はその誤解を解きたいけれど、今はできなかった。
もどかしかった。
*
「クリス……?」
ベッドに横になっているキースは心なしか痩せたように感じた。
こんな弱々しいキースを見るのは初めてだった。
キースは女官の衣装をまとったクリスを見てショックを受けているようだった。
「やっぱり、本当だったのか」
「……」
手の届かない存在になってしまった、と感じているようだった。
「ハハッ……後宮女官か」
「……」
「お前はそれを望んでるのか?」
「……」
「後宮に入るって意味わかってるんだよな……」
「キース……」
(言えない……本当のことは)
「ねぇキース。友としては見てくれないの?」
「……」
「キースみたいに強くなれたら認めてくれる?」
「何言って……」
キースは頭を抱えたまま、しばらく何もしゃべらなかった。
友として……。
でも、こんなキースは見たくなかった。
(キース、ごめん。傷つけて)
「一つだけいいか」
キースはそう言ってクリスのことを見つめた。
「俺、あきらめないから」
「えっ……」
「お前がもし、おばあさんになって一人になったとき……そのときは、お前の手をとってもいいか?」
「……」
「その希望さえあれば、俺は生きていけるから」
*
女の子だった元のクリスはあんな風に想われていたのか……。
彼女だったらキースを受け入れてあげられたのに。
せめて元に戻るまでの間、女の子のクリスの体を守って、キースの元に返したい。
(キースに愛されて元のクリスは幸せだね……)




