つながり
「今日でここを去ります」
クライドはお世話になった人たちに挨拶回りをしていた。
あと1週間は宿舎に残っててもいいと言われていたが、とりあえず住むあてが見つかったので出ることにした。
ヘンリーにも演習終わりに声をかけた。
「色々とご迷惑をおかけしました」
「風邪ひかなかったか?」
「あっ……」
酔って吐いてしまったとき、ズボンは裾だけが濡れていたので着たが、上衣は水浸しだったのでクライドはバスローブを羽織ったまま帰ったのだった。
思えば恥ずかしいことをしていた。
「元気でな」
「……もう、本当に会えませんか?」
「会う理由がある?」
「あります」
「……」
「お金を……」
「金?」
「この前、ひどく酔ってしまったときにヘンリーに立て替えてもらったお金を返さないと」
「……」
「酒場と宿代と……バスローブ代も払ってくれたんですよね、たぶん」
「いらねーよ」
「あのっ……! 僕にとっても、あなたのような存在が必要だってわかりました」
「……こんなとこで言うなよ」
「……」
「今夜、この前の店でいいか?」
「会ってくれるんですね!?」
「話の続きを聞くだけだ」
「……」
*
その日の夜、ヘンリーとクライドは約束していた待ち合わせの店で会っていた。
「今日はありがとうございます。来ていただいて」
「飲まないの?」
「あっ、今日はやめておきます」
「こんな店に来て飲まないなんて」
ヘンリーはクライドの代わりに飲むことにした。クライドにはジュースを頼んだ。
「これからどうするんだ?」
「仕事を探さないと。故郷は遠いので、できればこの近くでって思ってます」
「その間、どこに住むつもり?」
「友だちの家に居候することになりました」
「友だちって?」
「あっ、ヘンリーが思うような関係じゃありません」
「わかってるよ。じゃなくて、神学校の?」
「あっ……はい」
しばらくして酔いがまわりだしたのか、ヘンリーはいつもよりおしゃべりだった。
「お前、はじめ自分は普通て言ったよな? 普通って言ったり、変わってるって言ったり」
「自分にとっては普通でも、他の人から見れば変わってると思われる……そういうことです。逆に他の人にとっての普通が、僕にとってはそうじゃないことがあるんです」
「……」
「どうも難しいな……言葉って。上手く説明できない」クライドはこれまで天文や学問や神学など、自分以外のことに夢中になってそれらには詳しかったが、自分の心の機微については疎かった。
「……」そのためクライドがどういう風に人と変わってるのか、ヘンリーには謎すぎた。
相手のことが知りたくてたまらないのだが、クライドの深淵は途方もなかった。
「俺は……お前のことが今だにわからない」
「僕もよくわかりません」
「なんだよそれ」
「自分にとっては当たり前だから言葉にする必要性がなくて」
「……」
「でも、人と違う。僕の言動が相手にとって違和感を抱かせるものだとしても自分にはわからないんです」
「……」
「でも、今日はこれだけを言いたくて……あの……」
「……?」
「現実の中には悲しみもあって、そんな中に好きな人が生きてるのなら、僕は怖がらずに傍にいたいと思ったんです」
(ヘンリーにいつか、心許せるパートナーが現れるまででもいい……)
「僕はヘンリーが思うような綺麗な人間じゃない。でも……汚れながらでもこの世界で生きていきたいと思ったのは、あなたがいるからです」
「……」
「僕は完全にあなたの性癖に合わせることはできないし、あなたの言動すべてを受け入れることもたぶんできないと思う。衝突もすると思う。相違を前提に、それでも僕はあなたと一緒に生きていきたい」
ヘンリーは包み隠しもしないクライドの告白に思わず笑ってしまった。
「……なんちゅうケンカ腰のアプローチだよ」
「えっ」
「お前、根性あるよな意外と」
「……」
「俺には肉体的な快楽も必要だから、お前を不安にさせたり、悲しませることがあるかもしれない。俺が誰を抱いても……お前は俺の傍にいなくちゃいけない。それでもいいか?」
第三者が聞いたら「なんてヒドイ」と思われるかもしれない言葉に、なぜかクライドは安心した。
「一緒にいて……いいんですね?」そう言って泣いた。
本人は「泣いてません」と言い張ったが。




