事の発端は
夏の午後だった。
「待ってよキース!」
肩のところでふっつり切り揃えられたまっすぐに伸びた金髪を、キラキラ陽光に光らせて少年が追いかけてきた。
ここはマイクローブズという小国にある禁断の森と噂されているところ。
「何をそんなに怖がってるんだよクリス。お前もうすぐ15だろ?」
褐色の肌に巻き毛の黒髪の少年がそう言うと、クリスと呼ばれた方の少年が少しムッとした表情を浮かべた。
「だって、ここは男子禁制だって言い伝えが……」
「古い言い伝えだろ? だいたいおかしくないか。失恋した女性が身投げした池が今や恋愛成就の聖地って。願い事を書いた紙をその池に浮かべたら魚がたくさん寄ってくるって。魚がうようよいるってよ」
「まさかキース、いい釣り場って……」
「大漁じゃん」
「だめだってば!」
そんなことを言いながらどんどん森の奥へと入っていくキース。
「とにかく、俺もうすぐ17になるし城兵として出仕しなくちゃいけないから、その前に度胸だめしってわけ」
「呪われるかもしれないんだよ」
自分と同じ青い瞳をしているが、クリスのはどこまでも澄んでいて優しい。
キースは思わず微笑んだ。
「呪いなんて信じてるの? クリスは可愛いなぁ!」
「キース……!」
二人は幼馴染だったが年上のキースの方は体格がよく豪胆な性質で、クリス少年の方はまだまだ華奢で性格も柔和だった。
クリスは恋愛成就の迷信は信じていなかったが、別のことが気になっていた。
『クリス、禁断の森の池には絶対近づいちゃだめよ。あそこには主がいるの』
「ここがそうなのか?」
キースの目の前には思ったより小さな池があった。
彼はしゃがんで池のふちに流れ着いている紙きれを手に取ろうとした。
「だめだよ! 人の願い事でしょ、それ」
慌ててクリスがそれを阻止しようとしたが間に合わなかった。
「だって、ほら、俺の名前が書いてある」
「えっ……」
キースから渡された紙には確かに彼の名前が書いてあった。
「これも……こっちも俺かな?」
クリスは怖さも忘れて好奇心のまま紙きれを次々と読んだ。
キースへの想いだけにとどまらず、恨みつらみまで書かれていた。
「だから一人に決めなって言ったのに」
「お前が女だったら俺だって一途になれたさ」
「はいはい」
キースはクリスの忠告を無視して池の端に座り、釣り糸をたらしはじめた。
「ちょっ、本当にここで釣りをするつもり?」
その時、クリスは池の向こう側にいつの間にか一人の老婆が立っていることに気づいた。
「ほら見ろ、もうかかったぞ」
「えっ」
見ると本当にキースの竿がしなっていた。
「すごい大物だ」
興奮したキースはじりじりと池のふちに寄りはじめた。
「キース危ないっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びと同時にキースは池に引きずり込まれた。
「キース!!」
クリスが駆け寄ろうとしたその時。
「……!!……」
まばゆい光がその場を支配し、クリスは一瞬目をつむった。
目を開いたとき、クリスは心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。
「キース……?」