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ポンポンペイン

作者: RAMネコ

小さな体、とびっきりの勇気。


それは名前のない星の人達の特徴だ。彼らには名前がない。名前とは“勇気の行い”についてまわるものであって、産まれながらに与えられるものではないからだ。だから、彼らで名前があるということは、とても名誉なことで、とても尊敬されることだ。


だけど、勇気とは大変なことだ。


此処に、一人の名前のない星の人がいる。どこにでもいる、まだ名無しだ。彼は勇気を見せようとしていた。名前を受ける為だ。名前がないと、どこにもいないのも同じだと、彼は考えている。


そしてーー名前は偉大であるべきだとも。偉大な名前には偉大な勇気が必要だ。彼はそんな、偉大な勇気へと挑戦した。いや、しようとしたら、偉大な名前を冠した魔女に止められた。


「まだ名前のないもの、生きを急ぐな」

「うるさい」


まだ名無しは、魔女の忠告を聞かなかった。勇気を邪魔するものだと、恐ろしいことにも石の剣先を、この偉大な名前を冠した魔女に向けた。


「剣を向けるべき相手を誤る。生き急ぐから見えるものが見えず、考えたことを考えられないのだ。それは勇気とは言わない」

「黙れ、俺の道を塞ぐ魔女。俺は叡智の竜を見事打ち倒し、もっとも偉大な名前を貰うのだ。それを邪魔するのならば、偉大な名前であろうとも斬り倒す!」


まだ名無しのものは、大足で魔女を振り切った。魔女の足は、追うことをしなかった。追う必要がないからだ。生きていれば必ず壁にぶつかり立ち止まってしまう。その後をついて行くだけで、急がずとも追いつけるものなのだ。


果たして、石の剣を片手にしたまだ名無しは、魔女に追いつかれたのは巨大な壁に立ち塞がれたからだ。


「お前が叡智の竜か!」


叡智の竜は巨大であった。大地の巨大な裂け目、それを完全に覆い隠すだけの白い霧のような体だ。小さなまだ名無しでは、到底打ち倒すことは不可能だ。だが、まだ名無しは石の剣を振るうと、この叡智の竜に挑みかかった。


石の剣を振る!縦に!横に!斜めに!


だがどの剣も、まるで叡智の竜には届かず、白い霧を透き通るだけだ。名前にないものは、叡智の竜を斬ることができなかった。しかし何度も何度も振る、いつかは必ず斬れるという一切の根拠のないものを信じていた。石の剣を振るたびに、まだ名無しは一歩踏み込む。石の剣を振って変わるのは、まだ名無しが進み続けている、それだけだった。


ーーだがそこは、どこだ?


まだ名無しは気付かず、見えず、その最後の一歩を踏み抜いた。足が踏むものはない。何故ならば、まだ名無しは大地の裂け目へと進み続けていたからだ。ぐらりと体が傾いた。裂け目の底は白い闇で覆われて、見えない。ずっとそうだったが、まだ名無しは深く白い闇へと呑み込まれた。


「うわぁぁぁっ!?」


まだ名無しは、落ちる体を止めようと手を伸ばすが、何も掴めなかった。大切にしていた石の剣も手放した。だが、命が落ちるのを止められなかった。


まだ名無しで、は、だが。


救ったのは偉大な名前をもつ魔女だった。白い霧は払われ、まだ名無しを裂け目から助けだした。


「……面目もない」


偉大な名前をもつ魔女は、まだ名無しが手放した石の剣を返してきた。大切なものをを手放すな、とだ。まだ名無しは、魔女に頭をあげられなかった。命を助けられたばかりか、愚かな勇気、蛮勇さえも止めてくれたことに気がついたからだ。


「これは叡智の竜ではない。大地がお前を呑まんと広げた大口であり、幻だ。常の気であったなら気づけたはずだが、お前は心もまたこの霧と同じく目を瞑り見ようとしなかった」


ーーだが。


まだ名無しは、叡智の竜を倒さなければならなかった。偉大な名前を貰うためだ。まだ名無しは、また、叡智の竜を求めて旅をした。


幾度もに地平線を超えて、氷の平原へと辿り着いた。見渡す限りに氷原が広がり、果てまで見晴らせた。まだ名無しは注意深く、叡智の竜と見誤った白い霧のときと同じ失敗をしないために、足元をよく見た。大丈夫そうだ。全て見えていた。もう偉大な名前をもつ魔女の手助けなんて受けないと決めていたからだ。勇気に相応しい偉大なおこないは、一人でこそなしえてこそ、偉大だといわれるからだ。


まだ名無しは怪鳥の鳴き声を耳にした。氷の砂漠である氷原とは対照的に、空はどこよりも深みのある青が重ねられていた。怪鳥が、狙っていた。石の剣を抜いた。


「お前が叡智の竜か!」


白い霧などではなかった。怪鳥は翼から赤い火を噴きながら、煙を後に引きながら飛んでいた。幻ではない、確かな怪鳥だ。石の剣が確かに届く相手だった。石の剣が届くということは、負けることが無いということだ。少なくとも、まだ名無しはそうやって考えていた。


来い!来い!来い!


しかし幾ら待っても、怪鳥は、まだ名無しの石の剣が届く間合いに入ってはこなかった。時折り下がってきては、氷原を火を噴く翼で引っ掻いていくそれだけだ。まだ名無しは焦れったい思いだ。斬れさえすれば勝てるのに、怪鳥は幾ら待ってもやってこないのだ。かといって怪鳥はとても素早く、とてもまだ名無しの足で追いつけるものでもなかった。


「馬鹿にしてーー」


足元がぐらついた。氷原が動いたのだ。馬鹿な!とまだ名無しは石の剣を氷原に刺したが、氷原が割れたせいで役にはたたなかった。分厚い氷は今や、その下の海にまで裂け目が作られていた。怪鳥が火を噴く翼で執拗なまでに溶かし続けたせいだ。氷原は巨大な湖へと変わりつつあり、いつ薄くなった氷の足場が割れてもおかしくはない。


「計られたのかー!?」


怪鳥は気味の悪い、グェ、グェ、グェ、と鳴き声をあげ続けながら上昇していった。空をまわりながら、まだ名無しが氷の海の中へと沈む瞬間を見ものしていた。


凍える海の底から、氷原が蓋をする瞬間を見上げていたときに助けてくれたのはやはり、偉大な名前をもつ魔女だった。二度、助けられた。もはやまだ名無しには、この命の恩人に反抗できる言葉を失っていた。


「三度目はないぞ。助けるのは二度までだ。三度目はない」


まだ名無しは、偉大な名前をもつ魔女にそう忠告された。次に死にかけたときは、死ぬときだと。三度目は助けないとだ。


「まだ名無しの星の子よ、そこまで名前にこだわることもないだろう」

「いや、名前がないのは普通ではない。名前は絶対に必要だ」

「妥協した名前に意味はないぞ」

「叡智の竜は妥協ではない」

「だが不相応ではある」


不相応なものを追い求めた。だがはたして、相応なものなんてどこかにあるのかとは誰にも答えられないことだ。価値とは誰にもわからないのだ。誰もが誰もの価値の中で揺れ動くからだ。


「では、俺に相応な名前はどこにあるんだ」

「そんなものは知らん」


まだ名無しは呆れた。きっと偉大な名前をもつ魔女が名前をくれるのだと思っていたからだ。


「だが、そうだな……お前に相応しそうな名前には覚えがある」


魔女は懐に手を入れ何かを探した。それはすぐに見つかった。


「なんだそれ」


炎を小さく固めたような深い陽の色をした球体だ。熱そうだったが、触れてもそれは冷たいものしか感じなかった。


「卵だ。お前の石の剣でも簡単に打ち倒せる名前だ。今のお前には相応しい名前だ」


まだ名無しは、石の剣で火色の卵を軽く叩いた。斬れる音だ。斬るのは容易そうだ。手軽な名前だ。だが言われるがままに、この卵を一刀両断してしまうのかはまた別の話で、悩みになった。


「斬らないのか?」

「ちょっと待て」


考えた。まだ名無しは考えた。躊躇ったのだ。斬ってしまうのか?


「いや、斬らない」

「名前はいらないのか。お前が望んだんだぞ、相応しい名前を与えて欲しいと」

「そのつもりだった。だがやはり、この名前では満足できない。例え俺に相応しい名前だったとしても、やっぱり背伸びをしたい欲がある」


石の剣は納めた。斬る相手がいないのだ。ならば抜いていても仕方なかった。だがこれで、まだ名無しは一つ自覚した。


「相応しい名前は自分で探す。俺は魔女の勧めが気にいらない」


まだ名無しはまた旅にでた。名前を探す旅だ。


「偉大な名前をもつ竜など遠の昔にいなくなった。どこにいるのやら、星の狭間で果てたのだろう。だが数多い星の人がこれを追い、そして帰ってはこない。何故だかもうわかっただろう、まだ名無しの星の人」


偉大な名前を探す旅で、偉大な名前をもつ魔女に、そう言われた。偉大な名前をもつ竜などいない、とだ。


「じゃ、俺の旅は、俺の死にかけたことは、間抜けそのものだな」

「そうでもない。お前は名前を授かる準備をしたのだ。そしてそれはなされた」

「あんまり自覚ないな」

「修めるとは、そんなものだ」


偉大な名前をもつ魔女が、名前を刻んだ。まだ名無しだった星の子の名前だ。


「仮名だがな。だが自らの名を選ぶ資格をもつ、偉大となりえる一人と認めた。ゆえにこの名を授けよう。さぁ、真の名を見つけるまで今しばし、この名を名乗れ」

「感謝する、偉大な名前をもつ魔女」


時は過ぎた。そこには、旅の目的を変えた、かつてまだ名無しだった星の子が旅を続けていた。偉大な名前をもつ魔女を追い回す旅の途中だ。


「ふざけた名前をつけやがったなー!」

「いっひっひっ!嫌なら早く新しい名前を受け入れるか見つけることだ!」

「その前ににお前を斬るのが先だ!」


からかいの名前が授けられたのだ。かつて名無しだった星の子の怒りは旅の中であってなおまだまだ燃え盛り続けた。


新しい名前は、ポンポンペイン。


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