7.魔王城地下図書室
私はリリシア・カテリン。
故郷のフィロジーア王国において不吉の象徴である白髪と魔力を持って生まれてきた。
家族はみんな私に優しかったし私も家族のことは愛していたけど、周囲の目は厳しく、生来の性格も相まって社交の場には必要最低限しか行かなかったし、友達と恋人は本だった。
かと言って自分の好きな小説ばかり読んでいたので多種多様な知識を持っているわけでもない。
まあ、凡人である。
カースト的にはだいぶ下の方である。
私の前世、萩野 由理。
享年26歳。職業はただの事務員だった。
死因……は覚えてない。
前世では家と学校、就職してからは家と職場の往復しかしてなかったので特技もなにもなく、友達も少なく、恋人?なにそれおいしいの?状態だった。
凡人である。
カースト最下層で蠢いていた。
前世の記憶を保持したままこの世界に転生してきたということで、もしや異世界転生物語のように神さまが何か特殊能力を授けてくれてるかも!と思いきや、残念ながらそういうステキなことはなにもない。
ただの、凡人の記憶を26年分もった凡人(16歳)が誕生しただけである。
そんな、凡人(というのももはやおこがましい気がしてきた)が凡人でないとはどういうことだろうか。
……もしや、私が気付かない特殊能力があるのでは!?
そう思った私は、詳しそうだし一応顔は知ってるから話しかけやすかった通りすがりのヘイゼルさんを捕まえて聞いてみた。
「というわけで、例えば私の持つ魔力って特殊だったりするんでしょうか」
「いや、別に特殊ではないですね」
「そ、そうですか……」
「まあぱっと見ですけど、気になるなら魔術部か図書室の司書にでも聞いてみたらいかがです?すみません俺はまだちょっと仕事が残ってるんで」
それだけ言って風のように去っていったヘイゼルさんを見送って考える。
魔術部、の方が名前的にきっと詳しくわかるんだろうけどなんかちょっと怖そう……その点図書室とはなんと心落ち着く響きだろうか。
よし、図書室に行ってみよう。
図書室はお城の地下にある。
1人で行こうとしたらいつのまにかセリがくっついてきたので(「だって場所わからないでしょ?それにこの間の事も聞きたいので!!!」とのこと)2人で地下へ続く階段を降りると、そこには端がどこかわからないくらいの広大な空間が広がっていた。
「わ、わあ……すごい……」
「ここが魔王城が誇る図書室です!この国で出版された本全て収められているとかなんとか!」
見渡す限りの本に圧倒されていると、背後から突然誰かに抱きしめられた。
「うぎゃあ!?!?」
「いらっしゃい、可愛いお客さん。今日のお目当はなあに?」
耳元で囁かれて背筋がぞわっとした。
慌てて振り返ると、灰青の長い髪が美しいゴスロリ美少女がいた。
「あ、司書さん。こちらが今話題のリリシア様です。何か聞きたいことがあるんですってー」
あっけらかんとしたセリの言葉で、彼女が求めていた図書室の司書であることを知った。
え、なんか、こう、イメージと違う?
「じゃ、こんなに本に囲まれてたら頭が痛くなっちゃうのでセリは戻りますね!」
「えっ!」
一緒にいてくれるんじゃないの!?
引き止める間も無くぴょんぴょんと階段を上り消えていくセリを見送ってしまうと、図書室には静寂が訪れた。
思ってたのと違うタイプの司書さんにちょっと心が付いてきてないけど、ここに来た目的を思い出し、意を決して私は口を開く。
「あの、」
「レベルは5、HP500、MP800、まあレベルにしてはちょっぴり多めかな。何かに特化してるわけでもなさそうね、あ、でも魅了半減持ってるわねえこれはレアかな?レベル上げたら無効化になるかも。……まあこんな感じかな?魔力は特に特殊ではないと思うわよ」
問う前にすらすらと言われた言葉にぽかんとしてると「これが聞きたいことでしょ?」とにっこり微笑まれた。
「なんで、」
「そりゃあ私は知識の魔女だもの!わかるわ」
「ま、まじょ」
魔王さまとか、農園のリザードマンさんたちとか、セリとか、その他にも色んな魔族の人々をもう随分見てるんだけど、魔女ははじめてだ。
すごい……さすがファンタジー世界……本当に魔女いるんだ!!
箒に乗って飛んだりするのかな……。
魔女という存在に内心ちょっとわくわくしていると、司書さんは靴の踵をコンコンと2回地面に打ちつけた。
何事かと思っていると、
「ひぇっ!?」
本が、規則正しく収まっていたはずの本棚からこちらに向かって猛スピードで飛んできたではないか。
「なっ!なっ!?」
「はいどうぞ」
司書さんは驚愕に吃っている私を無視して飛んできた本を器用に捕まえ、こちらに差し出してきた。
「ここは図書室で私は司書さんだもの、本を貸し出さないとね」
そう花がほころぶような笑顔で言われて、本が飛んだきた衝撃を忘れてああ、こういう子を美少女というのね、としみじみ感じてしまった。
前世より可愛いやったーとちょっと思っていたけど、司書さんに比べたら私はスッポンである。
聞きたいことは聞く前に教えられてしまったので、貸してもらった綺麗な表紙の本を抱いてとりあえず今日は帰ろうと階段を上り始めた時、来た時と同じように後ろから抱きしめられた。
「読んだ感想、お待ちしておりまぁす。可愛い女の子のお客さんは大歓迎だから、また来てね。ユリちゃん」
「え?」
いま、私のこと、なんて?
聞き返そうと振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
しかし、魔力もどうやら普通、特殊能力もこれと言ったものはないようなので、ますますわからない。
どうして私は生かされて、どうして私は魔王さまに口説かれ続けているのか。
まさか、本当に魔王さまは私に一目惚れをーーー……やめよう。そんな薄桃色にきらめくふわふわなものは物語の中にしかないのだ。
現実を見るのだリリシア。
ああでも現実もよくわからないことだらけでちょっと目を背けたい!
そんな私の手には司書さんが貸してくれた本が都合よく収まっていた。
本の世界に逃げよう。そう決めた私は中庭にセットされてるテーブルセットを陣取り、ページをめくりはじめた。
この本はタイミングがいいのか悪いのか恋愛小説のようだった。まあ本に罪はないので読むことにする。
魔族の国の本らしく、種族違いの恋の話のようだ。魔族、と私たちはひとくくりに言っているけど、その中では多種多様な種族がいて、その中でもどうやら優劣があるらしい。
まあ人間の国でも貴族だとか平民だとか色々あったから似たようなものだろう。
魔族も色々大変なんだなあとページをめくり、ふと視線を文字から上げた時、私の目は正面にあったはずの緑豊かな庭園ではなく金色の瞳とばっちり目が合ったのだった。
「やっとこちらを見てくれたな」
椅子ごとひっくり返らなかったのは奇跡であった。代わりに本は取り落としてしまったけど。
「ま、まおう、さま、いつからそこに」
「君がここに座ってその本の表紙をめくりはじめた時からだな」
最初から!!!!!
「お声をかけてくださればよかったのに」
それならこんなに驚かなくて済んだのだから。いないと思ってた人が目の前にいる衝撃って本当に凄いから、心臓に悪いから、私の命のためにもぜひやめていただきたい。
「最初はかけようかと思ったのだが、目を伏しページを手繰る姿があまりに可憐でな。それと、君に気付いてもらいたくて」
「可憐、などと。魔王さま、それは目の錯覚ですよ」
真の可憐な乙女というのは司書さんみたいな人の事をいうのだ。
しかし、魔王さまはその言葉にムッとして私の手を取った。
「リリシアは可憐だ。その愛らしさは出逢った瞬間から今まで、常に私の心を乱してくる。君は私がどれだけ君のことを想っているか知らないからそのようなことが言えるのだ」
「お、お戯れを!私をからかって遊ぶのも大概にしてください!」
「最近はそうして照れてくれるようになった。一歩前進したということかな?」
「目の!錯覚です!!」
そう、妙に魔王さまの笑顔がきらきらふわふわして見えるのも、直前まで恋愛小説を読んでいたせいで、目の錯覚なのです!