6.自称凡人
あのデート(仮)の日以来数日、私は魔王さまと会っていなかった。
なにやら東の方で内乱が起きそうとか、北の山で噴火が起きたとか、なんだか運悪く一気に色々な事件が起こって城内はてんてこ舞いだった。
そして国を治める魔王さまもまた、休憩ひとつ取る時間もなく走り回り、私なんぞに構う暇が全くなかったのである。
「……私としては、助かるけど」
私室として与えられたやたらに広く豪華な部屋で、誰もいないのをいいことにぼふん、とお行儀悪くソファに倒れる。
「あら、何がですか?」
「えっっっ!?!?な、なんでここに!」
何気なく落としたひとり言を拾ったのは私付き侍女(らしい。実際は見張り役とかなんだと思う。)のセリだった。
セリはネコっぽい獣人で、明るく可愛く、どこかセーラを思い出す子だった。
あー、セーラは元気にしてるかなあ…。私を置いて行った事、気を病んでないといいんだけど。
というか今までこの部屋私1人だったのに!いつのまに入ってきたの!?気配消すのやめて!!!!
「ねえねえリリシア様、先日陛下とデート♡でしたよね、どうでした?」
「……いえ、あの、あれはデートというか視察に私がついて行ったみたいな感じだったので……」
「動揺したということは何かあったってことじゃないですかぁ」
「うっっ」
セリは私の質問には答えないまま、にまにましつつできれば聞かないでもらいたかったことをつついてきた。
獣成分のせいか本人の気質のせいかセリはいちいち察しが良く、ついでに若い女の子らしくかなりすごくグイグイくる。
姉妹か侍女(主にセーラ)としかほぼ会話せず生きてきてしまったせいでこのグイグイくる新キャラに私は日々MPを吸い取られてばかりだ。
魔王さまからの攻撃を受けなくなったと思ったのにこれはきつい…。
「かっ、かくかく、しかじかで…」
「!!!!あーーーーーー、はい!ありがとうございますグッときました!!」
言うまで離してくれないどころか頭からバリバリ食べられそうだったので命のために事の次第を白状すると、セリはおもむろに天を仰ぎ崩れ落ちた。
どうした大丈夫かめちゃくちゃいい薄い本を読んだオタクみたいになってるぞ。
「もー!やだー!リリシア様ったら羨ましい!あの陛下にそんなこと言われるなんて!」
「ええ…?私にとっては恐怖でしかないのですけど……というか私にアレなら周りじゅうに似たようなこと言ってたりするんじゃないですか?」
きっとそうやって数多の乙女を食っては投げ食っては投げしてるに違いない。
顔がいい男なんてみんなそんなもんなんだよ!!!!(偏見)
…と思いきや、セリはなんだか言われたことがわからない風にぽかんとしていた。
あれ?私何か変なこといったかな…?
「まっさかー!!!リリシア様がいらっしゃる前の陛下は硬派で冷徹な魔王らしい魔王様だったんですよ!少なくとも私含め多くの国民の前では!!あの冷たい瞳でゴミでも見るように見られたい国民めちゃくちゃいますからね!!!」
最後なんかおかしい気がするけど……え?そうだったの?
今度はこちらがぽかんとする番だった。
「だから私たち本当にびっくりしたんですって!あの氷の王があんなこと言えるんだー!?って。しかも相手はまさかの人間!……って言ってもリリシア様は魔力持ちですけど」
確かに最初から周りは魔王さまの発言に驚いてたけど、ただ単にぽっと出の人間の小娘に言い出したからだと思ってた……。
ゲテモノ食いの王様に困惑してたからじゃなかったんだ……。
でも、だとしたらもっとわからない。
どうして私なんだろう。
魔王陛下ともなれば私より何もかも優れたヒトが選り取り見取りだろうに。
「これまでどんな美人を相手にしても素っ気なくってお見合い相手の選別をしてた方々をノイローゼにさせてたのに、一体何が!?ってお城で働いてる人みーんなびっくりしたんですから!」
「は、はぁ…そうなんですね……」
「一体どんな美人が陛下の寵愛を獲得したのか気になって気になって!あまりに気になっちゃったので側仕えに立候補しちゃいましたもん!」
それは私に言ってもいいことなのだろうか。ちょっぴり失礼では?と思わなくもないが、屈託がなさすぎてひたすらに眩いばかりのセリの笑顔の前に私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「へぇ……蓋を開けたらこれでさぞがっかりされたでしょう……」
ごめんな……期待に添えるような飛び抜けた容姿も才能も何もなくて……。
ちょっぴり落ち込んでいると、セリはまたきょとんとしていた。
「えー、なんでですか?」
「だ、だって、私良いところ何もない凡人ですし、」
「やだあ!凡人だったらとっくに殺されるか山か洞窟にぽいっとされてますよ!」
「……え?」
私は凡人のはずでは?と首を傾げた時、突然部屋の扉が勢いよく開かれ、私はどういうことか聞くことができなかった。
「リリシア!!!!!!」
ノックの1つもなく扉を開けたのは、
「お言葉ですが魔王陛下、レディの部屋に入るのにノックの1つもないのはいかがなものかと思われます」
そう、まさかの魔王さまであらせられた。
セリの(命知らずなように思える)小言に1mmも耳を貸す様子がないままずんずんと寄ってきて、流れるようにぽかんと口を開ける私を抱きしめた。
展開が早すぎてよくわからないけど、これどういう状況?
「はーーーー……リリシアだ、リリシアの匂いがする……」
ちょっとすごく危ない発言と共にすごい勢いで匂いを嗅がれた。
な!?なに!?なんだこれ???
突然の事に頭が真っ白になって指一本動かせない私はされるがままにならざるをえず、抱かれる力が強すぎてミシミシいう体の心配をするしかなかった。
ちなみにセリはそんな私を尻目にそっと部屋から出ていってしまった。
お願い助けて!!!あと部屋から出て行く時にやにやと嫌な笑顔で親指を立てていったのなに!そういうのやめて!!!
私がようやく動けるようになったのは魔王さまの気が済んで抱擁から解放された時だった。
「突然すまない、だが、あまりにリリシアが不足してしまって耐えられなかったのだ……」
「ちょっ、と、意味が分かりかねますね……」
「最近どうにも仕事が多くて君とのお茶の時間も取れなかっただろう?仕事が落ち着いても夜中、というかほとんど朝方でな、さすがにそんな時間に女性の部屋を訪ねるわけにもいかず」
「そのご配慮ができてるのになぜ突然入ってきてだ、抱きしめ、たり、できるのでしょう」
「いやな、私も数日会えないくらいでこんなにリリシアに触れたくなるとは思っていなくてな、なんというか、誤算だ」
まるでわからない。
なんだこの人宇宙人かな…?
ちなみに抱きしめられてこそないが、ずっと手をにぎにぎされている。
ひぇっ!と思って手を引こうとしたらぎゅっと握られて逃げる事は叶わなかった。
「ああ……数日ぶりに見るリリシアは砂漠のオアシスの如く愛らしい……が、すまない、まだ仕事があってな。今もヘイゼルを騙してここに来ている」
「ええ……」
「もうじき落ち着くと思うから、そうしたらまた茶を共にしてくれないか?」
目の下にクマをつけてたり、なんとなくやつれてぼさっとした魔王さまを前に「このひとも生きてるんだな」と思いつつ、まるでほんとうに私のことが好きみたいに瞳を溶かされて、私はもう魔王さまの顔が見れなかった。
「……は、い。お茶くらい、いつでも」
「そうか、ありがとう」
なんでそんなにうれしそうなんだろう。
セリに聞いた話だと魔王さまは「氷の王」らしいけど、今の魔王さまは太陽かはちみつかパンケーキのようだ。
なんだかそわそわしてしまって視線を床で彷徨わせていると、控えめに扉がノックされた。
「失礼、魔王様はこちらにいますよね。魔王様、そろそろお戻りになっていただかないと困ります」
扉越しにそう言ったのはヘイゼルさんだった。
小さく舌打ちをした魔王さまは最後に私をもう一度きゅっと優しく抱きしめて「ではまた」と立ち去っていった。
パタン、と扉が閉まって、私はどういうわけかへにゃりとその場に座り込んでしまった。
はー、と息を吐いてハッとした。
私、今日、魔王さまに触られてもぞわぞわ気持ち悪くなかった。
あまりに触られ愛を囁かれすぎてついに私にも耐性がついてきたか……?
「まあ、そんなことより、果たして」
私が凡人ではないって、どういうことだろう?