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65.私にできること

人気のない道を進んで宿に着くも、思った通りそこはもぬけの殻だった。


ロビーに落ちていた付けっ放しの小型ラジオから聞こえてくる、『フラメル山にて、ここ300年で最大規模の噴火が観測されました。近隣住民は直ちに避難してください。繰り返しますーー』というノイズ混じりの声に、嫌な汗が浮かぶ。


どのくらい気を失っていたのかはわからないが、ここまで街に人気がなくなるならきっと随分長いこと意識を飛ばしてしまっていたのだろう。

火山が噴火してどれくらいでその麓まで火砕流やらなんやらが到達するのかは知らないが、それなりの時間が経っていながらまだ私が生きている事は、とりあえずまだ発生していないか、していても向きが違うのだと思われた。不幸中の幸いとはまさにこの事だが、それでも、今後はどうなるかわからない。一刻の猶予もない事に変わりはないのだ。


「もしかしたら、もう手遅れかも」


死を目前にしたら忽ち手が震えてくるし、足もふわふわしてくる。


「ジークハルトさま……」


ぽつりと、恋人の名を呼んだ。


呼べば、いつものはちみつのような瞳で「どうした?」と返してくれる気がしたのだが、現実は静かなものであった。


それでも、その名前を口にした私は、ふわふわして使い物にならない手足といやに大きく跳ねる心臓を抱えながら半分転ぶようにしながらも外へ駆け出していた。


「こんなところで……っ、死んでたまるか……っ!」


最早どっちに向かえば正解なのかもわからないけれど、兎に角山から離れる方向に向かって走る。

息は切れるし脇腹も痛いが、足も止める事なく走る。

けれど、土地勘も運もない私がそう簡単に逃げ切れるはずもなく。



「う、そでしょ……」



私の目の前に無慈悲に立ちはだかるのは、閉ざされた大きな鉄の扉だった。


フラメルーシュの街を囲う壁の門は、固く固く閉ざされていて、私を通してはくれなさそうだった。

流石にこんな大きな鉄の塊をどうにかする術なんて知らないので、もうお手上げだ。


限界まで走って走って走りきった体はへとへとで、その上絶望感にのしかかられればもう立っていられず、私はその場にへたり込んでしまった。

冷たい風が目に沁みたのか、絶望か悲しみか悔しさか、わからないけれどぼろぼろと涙が零れ落ちてゆく。


「わたし、今度こそ死んじゃうのかな……」


ぽろりと落ちた言葉と一緒に、またひとつ涙が落ちた。

その雫が力なく膝に乗った手の甲に辿り着いた時、私の胸は得体の知れない怒りでいっぱいになった。



「あーーーー!!!もう!!!」



爆発する感情のまま立ち上がると、くるりと後ろを向き歩き出す。

手も足も震えているけれど、そんな事では私はもう足を止めない。


「こんな所で何もせず死ぬのを待つなんてまっぴらごめん!最後まで足掻いてやる!こっちは春に結婚式を控えてるのよ?死ねるわけないでしょ!」


一周回って怒りにシフトチェンジした私は、不安も恐怖も膨らむ怒りの餌にして

来た道を戻るように足を進めていると、どこからか微かに泣き声が聞こえた。


空耳かなとも思いながら泣き声を辿ると、人ひとり入れるかどうかの狭い路地で膝を抱えて蹲る小さな女の子を見つけた。少女はセリのような獣人の子のようで、猫のような耳はぺたりと力なく垂れている。


「……おかあさん」


小さな手で自身をぎゅっと抱きしめる彼女を見て、私は居ても立っても居られずそちらに足を向けていた。

足音に気付いて顔を上げた彼女は、ゆるゆると涙でぐちゃぐちゃの顔で私を見上げる。


「えっと、どうしたの?お母さんとはぐれちゃったのかな?」

「……」


少女はただ目を丸くするだけで何も答えない。そりゃあ、知らない人から突然声をかけられてもびっくりするだけか。

怯えている感じではないのが救いだ。


「あー、えっと、あのね、お姉ちゃんも同じなの」

「…………こうふくのきみだ」


少女は何度か目を瞬かせると、不安と恐怖に塗り潰されて瞳にほんの少し光を灯す。

そっちの切り口か、と返答の言葉を選んでいると、少女が飛びつくように私に抱きついてきた。危うく後ろにひっくり返りそうになるのをなんとか耐える。


「わ、わ!」

「こうふくのきみ!おねがいします、たすけて!フラメルーシュをまもって!」


私を見上げる期待のこもった瞳を前にして、私はとてもじゃないけれどそれを拒否する事なんてできなかった。


「……わかった。私に任せて」


何をどうすればいいのかもわからない癖に、私の口は勝手にそんないい加減な事を口走っていた。

幸福の君だからって何が出来るのかもよく知らないのに、出来る事といえば護身に偏った武術が少しと、基本的な魔法くらいなのに、私はそれをひた隠しにして、少女に向かってできるだけ“幸福の君”らしい笑みを浮かべてみせたのだった。


だって私は幸福の君なのだから。











どうすればいいのかなんてアテはないけれど、ひとつだけ浮かんだ考えを実行すべく、私は街の中心に向かっていた。

その間にも山は灰色の煙を吐き出し続けていて、空を染め上げている。

煙の隙間からちらちらと見える毒々しい赤に焦りを感じた。





なんとか無事生きたまま街の中心の広場まで辿り着いた私は、一度深呼吸をして目を閉じた。


お腹の底から力を引っ張ってきて、それを周りに広く広く広げていく。途中でぶつかったものはそのまま包み込んでおいて、それから、この街を囲むように障壁を何重にも張った。



「準備は万端。よし来い。幸福の君なめないでよね!」



自分に言い聞かせるように言った直後、一際大きく山が煙の塊を吐いた。


すぐに、一番外側の障壁が割れる気配がしたが、即座に張り直す。

それをただひたすら繰り返した。

複雑な事ができるだけの技術も、もっとスマートな案を出せるだけの頭もないけれど、私には無尽蔵な魔力があるのだ。

霊山と力比べをするためのものでもない気がするけど知った事ではない。


私は、私にしかできない事をするまでた。






最初は、椀子そばでも注ぐように張り直していた障壁だったが、次第にそのスピードを落としていき、最後に割れるのを確認してからもうだいぶ時間が経った。

そこから更にもう少し時間を置いて変動がない事を確認して、どうやらようやく落ち着いたようだと私はやっと息を吐いたのだった。

最中はどのくらいの時間がかかったかなんて考える余裕はなかったけれど、頭上で燃え続ける太陽はその位置を随分と傾けていて、私がどれ程の時間力比べをし続けていたのかを教えてくれる。



「あれ、」



息を吐いた途端に気まで抜けたのか、耐え難い疲労感と共に足は力を無くす。

足だけではなく全身の力が電池が切れたように抜けてしまって、私はどうすることもできないまま身体に従うのだった。


そのまま地面に叩きつけられる直前、私は魔王さまに抱きとめられていた。

焦りと安堵の入り混じった金色が私を捉える。



「すまない、遅くなった。……よく頑張ったな」






ああ、やっぱり、魔王さまは私を見付けてくれた。


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