幕間 カテリン邸にて
リリシアが魔王に愛を囁かれては恐怖に冷や汗を流している頃、フィロジーア王国のカテリン邸では重苦しい空気が流れていた。
「まだ、見つからんのかね」
重々しいため息と共に吐き出された声に、カテリン家侍女のセーラはただ頭を下げるしかできなかった。
「はい、万が一と思い知人のツテでスラム街の方まで聞き込みに行きましたが、…リリシアお嬢様らしき方は見たことも聞いたこともない、と」
「……そうか」
「申し訳ありません!私が、私があの時きちんとお嬢様をお守りできなかったために…ッ!」
「いや、あの騒動だ、セーラのせいだけではあるまい」
「しかし…」
カテリン家の次女、リリシア・カテリンが行方不明になってもう半月が経とうとしていた。
半月前、突如訪れた異形の魔物たちによって壊された平穏。その爪痕はまだそこかしこに残っている。かの者らの技によって破壊された街並みが元の姿を取り戻すことは当分叶わないだろう。
そしてそれはカテリン家にも同じこと。
「やはり、異形に攫われた少女というのがリリシアなのだろうか…」
そうでないと言ってくれと言葉裏に言っているような呟きに、しかし誰も何も言えず部屋には静寂が訪れた。
あの日、セーラがなんとかカテリン邸にたどり着いた後、セーラは事の次第を報告すると同時に再び街へ出て他の下働き達と共にリリシアを探しに行ったのだ。
しかしどこを探してもリリシアの姿はなく、ただあるのは「白髪の娘が異形に攫われた」という証言のみ。
魔族に攫われてはもう生きては帰れない。誰もがそう信じている。
人が魔族の者に攫われたという話は伝わっているが、その人が戻ってきたという話は一切伝わっていないためだ。
それでも、白髪はたしかに珍しいがまさかリリシアではないだろうという祈りの元、カテリン家はショックで寝込んでしまったリリシアの母ヴィオリア以外の者が総出でリリシアを探し続けていた。
「そんな…そんなこと…!ああ、リリシアさま…!」
セーラはただひたすらの後悔と罪悪感に苛まれていた。
カテリン家に奉公にきてリリシア付きの侍女として働き出してから、セーラはずっとリリシアと共にあった。
リリシアは愛想こそ良くはなかったがそれは感情表現が苦手なだけであり決して態度が悪いわけではなく、細かいところによく気が付く聡い少女であった。
貧しい生まれであまり学校にも通えなかったセーラにも、よく自分の読んでいる本の話なんかを雑談に見せかけてわかりやすく教えてくれたものだ。
セーラは、リリシアの事が本当に好きだった。
だからこそ、あの時、怪我をしようともなんとしようともリリシアの手を離さなければ、と考えずにはいられなかった。
「父上、やはり先の騒動で攫われたのはリリシアなのでしょう」
「オルダシス…」
カテリン家長男、オルダシス・カテリン
普段は王家の研究室に勤める彼もまた、その立場を使いリリシアの捜索に当たっていた。
「王家のお力を貸して頂いているにも関わらず未だ何の情報も得られないのです。ただ、あの日白髪の娘が1人攫われたという事以外は」
苦虫を噛み潰したようにそう吐き出すと、父ヘレボスはやはり…と呟き顔を覆った。
「そうだとしても、まだリリシアが死んだとは限りません」
「そうです、だって、おねえさまですもの、絶対、絶対生きていらっしゃるに違いありません!」
そう強く言い放ったのはカテリン家長女のフランシアと三女のエルーシャである。
「しかし、魔族の者に攫われて無事帰ってきたものなど」
「あちらの国で生きていると、私は信じています」
「フランシア、夢見がちなのも大概にしなさい、リリシアはもう…」
「嫌です!!仮に、仮にそうであっても、この目で見るまで私は信じません!!」
目に涙を溜めながらもキッと父親睨み叫ぶ様は、もはやある種の祈りのようで。
仲が良かった分、フランシアは真ん中の妹に訪れた悲劇を認められなかったし、認めたくはなかった、認めてはならぬと思っていた。
リリシアはまだ16、この国での美の基準から悉く外れているせいか、はたまた不幸の象徴を持って生まれたせいか閉じこもりがちな子だったがそんなものは世間が勝手に決めた評価で、フランシアにとっては可愛い可愛い妹だったのだ。
これからの人生できっと彼女の全てを愛してくれる人が我ら家族以外にも現れて、きっと、いや絶対にしあわせになれる子だったのだからこんなところで生の幕を下ろしていいはずがない、そう強く信じていた。
このどんよりとした空気を裂いたのは、フランシアの叫びを聞いて場違いになにやら「いいこと思いついた」とキラキラとした目をした長男オルダシスの一言で。
「なら、見に行こうか。魔族の国で、リリシアがどうしているのかを」
そんな非現実的な一言、一笑されればいい方なほどの一言であったが、どうやらカテリン家ではそうではなかったらしい。
「「「「それだ!!!!」」」」
4人の心が1つになった瞬間である。