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60.おいでませフラメルーシュ

魔王さまは、二度あることは三度あると言って私を傍に置いて警戒しているけれども、攫われ回数は事実すでに三度目を迎えてしまっている。

三度あったし四度はないと思いますよさすがに、と(私の願望含めて)進言したりもしたが、魔王さまは三度あれば四度あってもおかしくはないと言って取り合ってもらえなかった。


人生たったの16年にしてもう三回も、それに一年足らずで連続して誰かに攫われているとか驚きだしそろそろお祓いのひとつでもした方がいいのかもしれない。



と、言うわけで。



「いらっしゃいリリシアちゃん。ようこそフラメルーシュへ」

「お久しぶりです、シャルティさん」



来ました北の山の麓の街フラメルーシュ。


霊山フラメル山の麓に位置するこの街は、霊山が近い事から占いなどのスピリチュアルな事が盛んで、聞くところによると占い師や呪術師の聖地のような扱いを受けているのだとか。

さらにバルトロジカ王国きっての温泉地で、街のいたる所に公衆浴場や自由に入れる足湯が設置されている。聖地巡礼客と湯治客で賑わうこの街は、つまりはこの国の観光地のようなものなのらしい。

まあ、さすがに道端の土産物屋で“フラメル饅頭”なるお饅頭が売られているのを見た時は、ここ西洋風ファンタジー世界じゃなかったの!?と目を疑ったけども。




そして、魔王さまのお姉さまのシャルティさんが住む街でもある。


「ここまで遠かったでしょう。でも何事もなく着いてよかったわ」

「え?」

「リリシアちゃんはどうにも悪運も強そうだから心配していたのよ」


そう、ほっとしたように微笑むシャルティさんに、私は苦笑いを浮かべた。

シャルティさんのような第三者から見ても私は悪運が強そうなんだ……と内心絶望しながら、これまでのトラブルを思うとそう思われても仕方ないなと我ながら思う。


「道中何事もなく平和だったんですけど、そう言われると嵐の前の静けさな気がしてきました……」


一人でぐるぐる考えてマイナス思考になっている私が表情を暗くすると、シャルティさんが慌てたように口を開く。


「やだ!ごめんねリリシアちゃん、そんなつもりじゃいのよ。それにここは霊山フラメル山のお膝元、そんな悪い事は起きないわ」

「そうだ。それに私が付いている何も心配する事はないよ」


シャルティさんに優しく背中を擦られていると、痛くない程度の力で腕を引かれていつの間にか魔王さまの腕の中にいた。あまりの自然さに目を瞬かせていると、私ではなくシャルティさんが頬を染め、なぜか涙ぐんでいた。


「ジークハルトちゃん……いつの間にこんな事ができるように……大きくなったのね……!」

「……からかうのは止めて下さい」

「からかってなんかないわ、弟の成長を感じていたのよ」

「成長って、幾つだと思っているんです」

「そうね、もうすぐ227歳だものね」

「えっ!?」


私の驚きの叫びに、魔王さまとシャルティさんの視線が刺さる。

だって、仕方ないじゃないか。「もうすぐ」という言葉を聞いてしまったのだから。


「あら、リリシアちゃんこの子の歳、もしかして知らなかった?」

「言ってなかったか?……人間からしたら化石のようなものだろうし、私が嫌になったか?」


きょとんとするシャルティさんと不安げに眉を寄せる魔王さまを前に、それどころではない私は自分の阿呆さを呪っていた。



「も、もうすぐって、あの、もうすぐお誕生日が来るって事でいいんですか……?」



必死の形相の私を前に、二人が目を丸くした。



「もうすぐ、という程ではないが、まあそうだな。染月の十日だから」



染月……つまり十月、今が九月のはじめだから、後一か月ちょっとしかないという事だ。一か月というと結構あるように思われるが、今回の私のお祓いと、本来の予定であるフラメル山の神伺いで一週間ほどここに滞在するし、帰ってからも他の行事だとかが入っているので実際はもうほぼ時間がないようなものだ。

折角、折角、魔王さまに誕生日をお祝いしてもらう嬉しさを教えてもらったというのに、魔王さまのお誕生日を聞き忘れていた事を今の今まで忘れていたせいでこのままではろくなお返しができない。

顔面蒼白な私を心配して、魔王さまが気遣わしげに顔を覗き込んでくる。


「リリシア?どうした?」

「ジークハルトさま!お誕生日に欲しいものはありますか!?」

「え?……リリシア」

「そういうんじゃない!!」


魔王さまが嬉しい物を自分であれこれ考える時間が取れないと踏んで、恥をかなぐり捨てて聞いてみれば、魔王さまはあまりにも魔王さまであった。

わっと顔を覆って蹲る私に合わせて魔王さまが膝をついた。魔王さまなんだからそうやってすぐに膝をつくの止めた方がいいと思います。


「……もしかして、祝ってくれるのか?」

「……もっと前に知っていれば、もっとちゃんと準備ができたのに、と己の愚かさを悔いています」

「そうか……リリシアが私の誕生日を……。なんだかもうプレゼントをもらってしまった気持ちだ」


優しく私の髪をひと房取ってくるくると指に巻いては落とす魔王さまをちらりと隠し見てみれば、目尻をふにゃりと下げて、金色をとろりと溶かしていた。

魔王さまは、あまりにも魔王さまだ。


「まだ、なにもしてません。ジークハルトさまはもうちょっと欲を持った方がいいのでは?」

「そうか?」


「リリシアちゃん。この子ほど欲深な子はいないんだから、そんなこと言っちゃだめよ!」

「姉上は黙って」

「あら、本当の事じゃないの」


成り行きを見守っていたシャルティさんの乱入によって、少女漫画的空気が霧散する。


魔王さまのお誕生日の事で頭がいっぱいでつい一瞬忘れていたが、シャルティさんもいたのだった、お姉さまの前でこんな、いちゃつきとも余裕で取れそうなやり取りをしてしまったと青くなったり赤くなったりしていると、魔王さまが話を振り切るようにゆるく頭を振った。


「ご存知の通り私達は忙しいのです。今日は挨拶だけのつもりでしたし、戯れはこの辺で。リリシアを大婆様にみて頂かねばなりませんから」

「あらもう行っちゃうの。フラメルーシュには暫くいるんでしょう?一度くらい夕飯を一緒にしたいわ」

「……考えておきます」




そして、私達はシャルティさんに手を振られながらフラメルーシュいちの呪術師、通称「大婆さま」のところへと向かうのだった。

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