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57.お迎え



「リリシアアアアアアっ!私が不甲斐ないばっかりに怖い思いをさせたなすまなかった無事でよかったリリシアぁ……」




薄暗い牢屋の中で薄汚いベッドに横になる私の姿を見た途端、牢屋の鉄格子をへし折って私を掻き抱いた魔王さまは半泣きだった。

今回の件で魔王さまの過失はどこにもないように思うが、魔王さま的にはそうは思えないようで、すまないすまないと繰り返し言う。

そんな事はないですよと言いたいところだったが、残念ながら今の私にそんな余裕はなかった。

なぜって?そりゃあ、


「陛下!いけません!リリシア様が白目を剥いています!」


そう、自分の力の強さを忘れて魔王さまは感情のまま強く強く私を抱いていたからだ。

背骨がみしみしと悲鳴を上げている気がするし、肺はとうに息を吸うだけのスペースを失っていた、胃の辺りも押し出されて口からでそうだった。

苦しいと訴える事すらできず白目を剥いている事にセリが気付いてくれなければ、人生ログアウトしてしまうところだった。


セリの言葉にはっと私の状態に気付いた魔王さまは慌てて腕の力を緩めて再びすまないすまないと謝罪を重ねてくる。


「リリシアが生きていると思ったらつい抑えが利かなくなってしまって……本当にすまない」

「げほ、……あの、もう大丈夫ですから」


捨てられた子犬のようにしゅんとする様にグッときてしまって、つい力の差をよく考えて行動してと訴えるのを忘れてしまう。

私が大丈夫だと言っても依然心配そうに窺い見るので、話をここから逸らすために私は自分から魔王さまに腕を回してすり寄った。普段ならそんな事絶対にできなかっただろうが、今の私は極度の緊張と疲労から解放されて正直ちょっとおかしくなっていたのでできてしまった。


「ジークハルトさまは迎えに来てくれるって信じてました」


ぐり、と頭をその胸板に押し付けると、その大きな体がびくりと震える。


「り、リリシアの危機ならば何を置いても駆けつけるさ。……だが、信じて待っていてくれて、頑張ってくれていてありがとう、よく頑張ったな」


ほんの少し動揺を見せながら、それでも魔王さまは私の頭を優しく撫でて、あんまりそれが優しいものだから、私の目からは勝手に涙が次から次へと零れ落ちていってしまう。

私は泣いてる事を悟られたくなくて、さらに魔王さまにぎゅうとしがみついたのだった。















さて、ここ、通称「監獄島」は大罪人を収容する施設だ。一癖も二癖もある囚人達を纏め罪を償わせるために独自のルールが多数あり、そのルールの維持のためにバルトロジカ王国の法に縛られることはない。そのため、この島に一歩足を踏み入れた段階で地位も種族も関係なくなるのだ。それは、魔王も例外ではない。

一度収監した囚人を出すのはできなくはないが、気の遠くなるような手続きを踏まねばならないので、本来であればリリシアはこんなにあっさりと牢を出る事はできないはずなのだ。

それがどうして牢に入れられて半日あまりで出てこられたのか、それはバルトロジカ王国文官長のおかげと言っても差し障りはない。




「幸福の君が攫われた」その報が耳に入った時、ヘイゼルは思わず「またか」と天を仰いだ。

つい最近攫われたばかりじゃないか、どれだけ運が悪いんだ幸福の君だろうと頭が痛くなる。魔王の婚約者ともなると危険も多くなるだろうと、多少は身を守れるようにゴルドフが護身術を、魔術部が一丸となって魔法を教えていたはずだが、どうなっているのだろう。


「……正直、困るんですよねえ……」


足早に廊下を進むと、ざわめきが聞こえてくる。

幸せが逃げると妻に怒られそうだが、思わず深い溜息を吐いてしまった。



「誰があいつを宥めないといけないと思ってんですか、もう」



ざわめきの中心には、荒れに荒れた魔王が立っていた。



「陛下、落ち着いてください」

「監獄島は治外法権が認められております、何の手続きも踏まずに行ったところで魔王陛下といえど門前払いでしょう……」


恐る恐る、といったような苦言が飛ぶが、果たしてそれが魔王に聞こえているのか謎である。魔王は殺気を少しも隠そうとせず大盤振る舞いで振りまいていて迷惑極まりなかった。


というか、よりにもよって幸福の君の居場所は監獄島なのか、と近衛兵の言葉で知ると、ヘイゼルはもう立っているのもやっとの気分だ。

ズキズキと痛む気のする頭を抱えつつ、野次馬にきていた通信員やら文官を捕まえてやるべきことのために必要なものをあれやこれやと指示してから、近衛兵ですら遠巻きにしはじめた魔王のもとへ足を進めた。


「リリシア、リリシアが、私のせいで、リリシアが、どうして、リリシア」

「はいはい、リリシア様が連れ去られて無実の罪で監獄島行きになったって事ですよね?じゃあやることいっぱいあるんで、陛下も手伝ってくださいね」

「ヘイゼル、リリシアが、」

「わかってますから、大丈夫大丈夫、だって彼女幸福の君でしょ?」


視線もゆらゆらと定まらず殺気も力もだだ洩れで近寄るのも躊躇するような魔王に、ヘイゼルは少しも怯える事もなく近付くと、その背中を憑きものを落とすかのようにばんばんと叩く。


「必要書類は一時間で用意させます、だからそのだだ洩れの殺気は犯人のために取っておいて、とりあえず陛下は監獄島に理由は視察でもなんでもいいんでアポでも取っといてくださいね。あそこ事前連絡ないとまじで入れてくれないんで」


揺れていた視線が合うようになってきたのを確認して、ヘイゼルはもう一度その背中を叩いて早足で、途中からは駆け足で自分の執務室へと向かうのだった。

本来三日がかりで用意するようなものを一時間で用意するといった手前、呑気に歩いている時間すら惜しかったのだ。


「とにかく体裁さえ整ってればいい、細かいところは後からなんとかする!それよりも早くリリシア様に帰ってきていただかないと困るんですよこっちは!」


この時のヘイゼルの鬼神の如き書類さばきは、伝説となってヘイゼルの知らない所で語り継がれることとなるのだった。













「この度は、大変申し訳ないことを致しました……」


青い顔をして深く深く頭を下げる看守長に、怒る事も、かと言ってすべて仕方ないで許す事もできずに、曖昧な返事をした。

ろくに言う事を聞いてもらう事もできず危うく一生投獄されるところだったのだ、そこまで聖女じみた優しさを持ち合わせていないのでついどうして、と腹も立ってしまう。


「まあ、皆さんはお仕事をされただけですから……」


それでも、初老だが服越しにもわかる筋骨隆々な男性にそんな文句を言う根性はなく、あたりさわりなさそうな事しか言えなかったが。


言えない分むかむかしたお腹の中身をはきだせないので、無実の罪で本物の幸福の君に乱暴を働き牢屋にぶち込んだという事実だけでお腹いっぱいそうではあるが、ちょっとだけ脅して帰る事にした。


「私はもういいのですけど、私の力はちょっと制御しきれていないところがあるので……ええと、頑張ってくださいね」


におわせる事をいいながら、(看守のお仕事を)というのを敢えて取っ払って頑張ってと言うと、私の思惑通りの想像をしたらしい看守長は目に見えて動揺していたので、ほんのり溜飲が下がった。






「じゃあ、帰ろうか」

「あ、はい」


魔王さまはそういうけれど、島の周りにこの島から抜けでれそうなものはなく、きょろきょろしてしまう。


「ああ、すまない、急いでいたので飛んできたんだ。娘の一人や二人乗せられるから大丈夫だよ」

「えっ!うっそ!陛下に乗せてもらえるんですかやったー!!一生の思い出にします!!」


セリの興奮した声に阻まれてしまったが、私も内心ではときめきが抑えきれなかった。

つまり、空飛ぶ龍に乗せてもらえるのだ。すごい、ファンタジーだ!


ふわりとリントヴルムの黒龍の姿に転じた魔王さまが乗りやすいようにと頭を地にもたげてくれて、セリと二人意気揚々と乗り込もうとした時、とんとん、と肩が叩かれた。

何かと思って振り返ると、白いローブのフードを目深に被った初代さんがいたずらっぽくしー、と人差し指を指していた。


「目くらましの術をかけてるからお前以外には見えないんだ。奥さんとの平和な生活のために俺がここに住んでるってバレると困るんだわ。……ていうのは置いといて、がんばる後輩にお別れの挨拶くらいしておいでって奥さんが言うから餞的な。」


いちいち惚気のような色が挟まるのは突っ込みたくないので置いておくが、初代さんはそういうと人差し指をそのまま私のおでこに突き立てた。


「まだ自分の力の制御上手くできてないだろ?ちょっとおまじないかけてやるよ。お前運悪そうだからそのくらいできてないと死にかねないからなぁ」


何をされているのかと目を白黒させる私に、初代さんはへらっと笑う。

そして、その緋色の目をカッと見開いて叫んだ。



「ちちんぷいぷい!お前はお前の力がちゃんと使えるようになる!」



あまりにお粗末な“おまじない”に唖然としていると、初代さんは「よし!」と満足げに笑った。


「幸福の君はできると思えばできるようにできてるらしい。だからこれでおっけー!よし、頑張って幸福の君してこいよ!」


ばんばんと私の肩を叩いて、初代さんはじゃあなと踵を返して行ってしまった。

ぽかんとしていると、ずっと虚空を見つめたまま動かない私を心配したセリと魔王さまの声が耳に戻ってくる。


「リリシア様?急に後ろを見てどうしたんですか?何か忘れ物でも?」

《どこか具合でも悪いのか?そうなのか?早く帰ろうすぐに帰ろう!》


そういえば初代さんと話をしている間聞こえなかった二人の声に慌てて答え、私は魔王さまの背に跨るのだった。




さらば監獄島、できればもう二度と来たくない。

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