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5.初デート?

魔族の国、もといバルトロジカ王国。

私の故郷フィロジーア王国は草木萌ゆる水はけの良い豊かな土地が特徴的で、冬も短くあまり苦労せずとも農作物はよく育っていた。

対してここはどうやら真逆に近いようだ。



「そうなんです、地面は痩せてるし雨もあんまり降らないし、でも降り出すと止まらず大雨洪水!ってな感じで元々農業はやりにくいんですわ」

「でも先々代の魔王様が水路を整備してくださってねえ。よく洪水を起こしてたそこの川も治水工事をしてもうここ500年は平和なもんだって」


「冬も長くてなァ、日は出ないし雪は降るしでひいじいさまくらいの時代は本当に大変だったって聞くぜ」

「今ではわざと雪に埋もらせて作る野菜もあるし、食いもんの保存技術も上がってるし、着るものだってなあ」

「ほんっと、歴代の魔王陛下には頭が上がんねえよ」



そう言ってガハハと笑うリザードマン達(本当にいるんだ!)の話を興味津々で聞いていると、横からくすくす笑う声が聞こえた。


「どうかな、我がバルトロジカ王国は」


笑い声の正体はサラサラ黒髪金眼のイケメン魔王さまである。

今日もたいそう顔がいい。

話しかけてくるのはいいんだけど同時に手を握ってくるのは本当にやめてほしい。ぞわっとしたから。


「ええ、フィロジーアにはなかったものばかりですし、大変興味深くて…。なんだか歴代の魔王さまはすごい方が多かったんですね」

「だから今の魔王様にも頑張ってもらわなきゃな!頼みますよ魔王陛下!」

「そうだな、幸運の女神リリシアと出会えた事だし、私も魔王の名に恥じぬよう努めねば」


ギエッ!…とは何とか声に出さずに済んだのは幸運だった。




私は今、魔王さまと一緒に魔王城の城下町を抜けた先にある農園地帯に来ている。

魔王さまと2人でこの国を見学するのが目的で、どうやら護衛も付けないようだから(魔王さま曰く、何かあってもこの国で私に勝てるやつなどいないからリリシアは何も心配することはないよ(はーと)。…とのこと)もしやこれは世間で言う「デート」というやつなのでは!?と恐怖に慄きながら今日の日を迎えたが、その……

なんというか、デートというより視察みたいだ。



「つまり、デートではないということ?」

「何か言ったか?」


ぽつりと零したものを律儀に拾おうとしないでもらいたい。

私が慌てて何でもないと誤魔化していると、何がおかしいのか魔王さまはけらけら笑いだした。

一見冷たい印象なのに、この魔王さまは殊の外よく笑う。


「そうだな、せっかく君とのデートだというのにこれではまるで視察だ。すまない愛しい君、挽回の機会を与えてはくれないか?」



何か言ったか?って、聞こえてんじゃねーか!!!!!

いやだ…無理…自意識過剰女だと思われた…恥ずかしい…死にたい…


「いや、あの、本当にそういうのいいので、ええ、普通に、普通にこの国を案内していただければそれで」


息も絶え絶えそう捻り出すも、走り出した魔王さまは止まらないもので、私の腰にさも当然のように手を回し歩き出した。


「皆仕事中すまなかったな」

「いえいえ、魔王様直々に見て頂けるなどありがたいことでありますから」

「リリシア嬢!またいらしてくださいね!」

「お好きな果物でも野菜でも、我ら何でも用意してみせましょう!なのでまたぜひ!ぜひ!!」


農民系リザードマン達の声を背負い馬車に乗り込む。

当然のように2人並んで座ってるし、当然のように手も握られさわさわされてるけど、本当ぞわぞわ気持ち悪いのでやめていただきたい。



「デート、デートか、ふむ…」

「魔王さま?」


なんだか深刻そうにぶつぶつ言い出した魔王さまを仰ぎ見ると、難しい顔をしていた魔王さまはあーだとかうーだとか一通り呻いたあと、ちょっと恥ずかしそうに、


「すまないな、なにぶんデートというものをしたことがなくてな、どうすればリリシアに楽しんでもらえるのか…」


などと言ったではないか。



……白状するとほんの少しグッときた。ほんの少しだけ。



「私も、そのようなことした記憶はどこを探してもないので…」

「そうなのか!?」

「ひぇっ」


さっきまでとは一転、なんだかめちゃくちゃ嬉しそうにキラキラするではありませんか。

な、なに!?なんなの!?デートしたことない歴16+26年がそんなに嬉しいのか!?どこに嬉しくなる要素がある!?悲壮感しかないでしょ!!!!


「では私が初めてと?」

「え、ええ…そうなります、ね」

「なんという僥倖!!そうか…そうか…!!」

「そんなに喜ぶことでしょうか……あと離してください速やかに」


みなさん聞いてください。あろうことか興奮のあまり魔王さま私のことをぎゅっと抱きしめてきたではありませんか。

密室で密着してなんかよくわからないいい匂いを嗅がされるとか未知の体験にキャパオーバーなのであります。混乱のあまり失神しそうであります。



「!すまない、つい、…君の初めてになれたと思うと嬉しくて」

「誤解を招きそうな発言も控えて頂けると」



思いのほかあっさり解かれた拘束に慌てて距離を取って、魔王さまとの間に背もたれのクッションを置いてようやく呼吸が安定しました。死ぬかと思った…。

ちなみに間に置いたはずのクッションは流れるように取り払われました。


「初めてならば未来永劫君の記憶に残るようなものにせねばな、しかし時間ももうあまりないか……ならば最後にとっておきの場所を見せてあげよう」







どこに連れて行かれるものかと思えば、馬車を降りたところは魔王城で、普通に帰ってきただけのようでした。

頭上に「?」をいくつか出していると、するりと魔王さまに腰を抱かれ、どこかへ誘導された。


そして着いたのはーーーー


「わあ、…!!」


魔王城の天辺、魔王さまの執務室のベランダでした。


「丁度いい時間でよかった、どうだ美しいだろう?ここはバルトロジカを一望できるように出来ている」


夕陽にきらきらと照らされた城下町、その先へ続く農園、その向こうの海のような深い森


「とても、とてもきれいですね…」


目の前の景色に語彙力を失っていると、そっと手を取られた。


「いつか君にも見せたいと思っていた景色だ。…今日見せられて良かった」


夕陽にきらきらと染まっていたのは景色だけではなく、魔王さまの金の瞳もまた、夕陽のせいか燃えるように赤くきらめいて、それは、それは美しくて、



「……魔王さまは、どうして私なんかにご執心なさるんですか。器量がいいわけでも、学があるわけでも、なんにもない私に」



あまりにもうつくしくて、うつくしさに一瞬溺れてしまったらしい私の口は勝手にそんな事を口走っていた。



「愚問だな」



何を言ってるのかとはっとした時には時すでに遅く、私の目も私の手も、あまりにも優しく、恐ろしい恐ろしい魔王陛下にとらわれていたのだった。






「君が、君であるから」






果たして、それは、答えになりうるのだろうか。

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