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52.誕生会

それは、魔王さまとのお茶会での何気ない会話が原因であった。




薔薇の香りが漂う中、魔王さまに尋ねられた。


「そういえば、リリシアの誕生日はいつなんだ?」

「え?四月……霞月の五日ですね」


からん、と魔王さまが手にしていたティースプーンがその手から零れ落ちる音がした。

愕然とした表情で固まる魔王さまの前で手を振るも、魔王さまはちっとも動かず、私は何かまた変な事でも言ってしまったのかと慌てる。

いや、でも誕生日を言っただけなんだけど……?



「もう過ぎてるじゃないか!!!!!」



不意に息を吹き返した魔王さまがそう叫んだが、私としては「え?それがなにか?」という感想しかなかった。

これは、前世では誕生日を祝われたのは大学入学に伴って家を出る前の親元にいた時くらいで、誕生日=祝われるもの、という認識が薄れていた上、今世ではフィロジーア王国に誕生日を祝う風習があまりなかったためである。


魔王さまが「祝ってない!」と顔を覆ったあたりでやっとあ、誕生日ってお祝いするものか!と思い出した。


「リリシアがこの世に生まれてくれた尊い日をむざむざと逃したと?私としたことが、自分の想いを口にするばかりでリリシアの基本データをきちんと把握していなかったから!こんなにも悔しい事があるのか!」

「いや、そんな誕生日くらいで……」


拳でテーブルを叩き、思い切り悔しがる様についテーブルの方を心配してしまった。というか、こんなに悔しがられてどうしていいかわからない。

しかし、不意に思い出す前世での推しの誕生会(主催・私、招待客・私)を思えば、悔しがる魔王さまの気持ちもわからなくはなかった。


なるほどそれはたしかにちょっと悔しいかも、と魔王さまの気持ちを慮っていると、魔王さまは徐にがたり、と珍しく大きな音を立てて椅子から立ち上がり叫んだ。



「リリシアの誕生会を催す!!」



そうして、ふた月近く遅れて私の誕生会が開かれる事となったのだ。













魔王さまが開く誕生会だなんて、また盛大なパーティーになってしまうのだろうかと戦々恐々としていたが、実際に開かれたのはごくごく小さなものだった。

会場だって魔王城の片隅、お庭に面したサンルームだったし、招待客だって私とエマさん達、私の友人だけだった。


「リリシアが望むなら国を挙げて盛大に祝ってもいいのだが、君はそういうのは嫌だろう?」


とは、魔王さまの話である。

実際そうなのだから、魔王さまの気遣いは拍子抜けはしたがありがたいものに違いなかった。


「私悔しいわ、リリシアとお友達になれた事が嬉しくてお誕生日を聞き忘れていたんだもの!もう!おめでとうリリシア!」


ライラさんがそう言いながらツインテールを揺らして頬を膨らませる。


「ありがとう、でも、誕生日が祝われる日っていうのすっかり忘れていて……」

「嘘でしょう?誕生日よ誕生日!」

「フィロジーアでは誕生日ってあまりお祝いしないから……その分年が明けた時にたくさんお祝いするの」


信じられない、という表情だったライラさんだったが、フィロジーアの文化にきらりと目を輝かせる。物語の世界に浸りがちな貴族の子女にとって、こうした他国の文化もまた興味が湧く対象らしい。


「そうなのね……!年明けと一緒なんてそれもまた賑やかで楽しそう!……ではあるけど、今日はバルトロジカ式にたくさんお祝いさせてちょうだいね!」


にっこりと笑う顔があまりにも眩しくて目が溶けるかと思った。表情筋は死んでるし、暗いし、きっとつまらない私にこんなに笑いかけてくれるなんて彼女は天使かなにかではなかろうか。


ふと、彼女のツインテールを飾るリボンに目がいった。


「あ、気付いた?今日はみんなでリリシアの色を身につけましょうって計画してきたの」


私の視線に気付いて、その淡い紫色をしたリボンの端を摘まんで少し照れたように言うライラさんに、「そうなのよ」と隣から声がかかる。

柔らかな笑みを湛えたアメリアさんが自身の首元を指さして私に見せると、そこにはアメジストのような宝石が花の形に加工されたネックレスがきらめいていた。

その奥で笑うフィオレッタさんもまた、白地に薄紫の花が散る扇を開いて見せてくる。

そしてエマさんも同じように、だけど皆のように見せつけるわけでもなくあくまでさりげなさを装いながら髪をかき上げて、その金の波を飾る白と薄紫の花の髪飾りを見せた。


それがなんだかむず痒くてそわそわしてそれでいて嬉しくて、感謝を伝えたいがこういった経験に乏しい私にはそれをどう言葉にしたらいいかわからなかった。が、こんなに嬉しい気持ちを言葉にできずに何のために口がついているのかと、頭をフル回転させて相応しい言葉を探す。


「……みんなありがとう、こんなに嬉しい事ないわ、本当に、ありがとう」


結局口から出てきたのはそんな何の気もきいていないつまらない言葉だったけれど、皆は満足げに微笑んでくれる。

それがまた嬉しかった。



そんな私達を奥の席で微笑まし気に見つめるはちみつ色の視線にも、私は口を開く。


「ジークハルトさまも、ありがとうございます。ジークハルトさまがこうして誕生会を開いてくださったから、私、誕生日がこんなに嬉しい、幸せなものって気付くことができました」


まさか自分にこの場でそんな言葉が飛んでくるとは思わなかったらしく、魔王さまは驚いたように目を瞬かせ、それでも次の瞬間には「どういたしまして」と嬉しそうに笑った。

その笑顔に胸が暖かくなり、やっぱり上手く言えなくても気持ちを言葉にして伝える事って大事なんだなあと感じる。

これまでの私なら恥ずかしいし私が言っても嬉しくないだろうって何も言わずに黙りこくっていただろうが、今となってはなんて惜しい事をしていたんだろう。


しみじみとそんな事を考えていると、魔王さまが席を立ち小箱を手に私の側へとやってきた。

なんだろうと思っていると、そっと小箱を開け中から小さなものを取り出し、私の左手を壊れ物を触るように優しく取る。


「リリシアの幸せは私の幸せだ、喜んでもらえたのなら私も嬉しい。……少し遅れてしまったけれど、誕生日おめでとうリリシア」


そう言いながら左手の薬指に、魔王さまの瞳と同じ色の石のついた指輪が嵌められた。サンルームに降り注ぐ陽の光がその金色を煌めかせて、それは、まるで夢のように美しかった。


「あ、の、一応君付の侍女にも話を聞いて作らせたものなんだが、気に入らなかったか……?」


私が何も言わず、衝撃のあまりたぶん無表情でただただ薬指をじっと見ていたためか、私が気に入らなくて無言になったのではと慌てた魔王さまが恐る恐る聞いてきて、私は全力で首を横に振る。

衝撃から帰ってこれていなくて言語中枢がバグってしまって言葉が咄嗟にでなかったのだ。

だって、薬指だ、左手の薬指なのよ。これが何を意味するのかなんてさすがの私でも知っている。


「ちが、違うんです、あの、嬉しくて、私、」


何とか否定の言葉を捻りだそうとしていると、今度は涙腺までバグってしまったようで私の目からはぼろぼろと涙が零れ落ちていった。

いくら左手の薬指だからって、ここまで動揺するのはいかがなものかと自分でも思うが、どうにも止められなくて慌てて空いていた右手で顔を覆った。だってさすがに恥ずかしいにも程があるし、指輪ひとつでまじ泣きなんてドン引きされそうじゃない。



瞬間、いい匂いがして、ぎゅっと抱きしめられた。

頬に黒髪が当たってくすぐったい。

抱きしめられた事で強制的に上げられた視線の先には、目を見開いて真っ赤になって声にならない悲鳴を上げているライラさんがいた。


「ひぇっ!?あ、あの?ジークハルトさま?あの、」

「私のリリシアがこんなにかわいい……」


最早魔王さまの呟きに突っ込む事も出来ずにおろおろと視線を彷徨わせる。

その先でちらりと見えたエマさんもライラさんと同様に頬を染めて手で口元を覆っていて、つまりは私の背後にいるアメリアさんもフィオレッタさんも同じようになっている可能性が非常に高いというわけだ。

私は今、友人に見られながら魔王さまに抱きしめられているという事になる。


パニックに涙も引っ込んだ私はあまりの恥ずかしさに身を捩って魔王さまの腕から逃げ出そうともがくも、もがけばもがくほどその拘束はきつくなるのだから、最終的に私は考えるのをやめた。

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