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51.この世界はふたりだけ

3/24 全話にサブタイを付けました。改稿とはありますがサブタイを付け直しただけで中身変わってないので読まなくても大丈夫です!

何かが遠くでこぽこぽと水音を立て、天井からは幾束もドライフラワーのようなものや、それに混じってお守りのような、サンキャッチャーのようなものが吊るされている。

窓から降り注ぐ光は窓際に所狭しと並べられた植物の鉢を照らし、本棚から溢れて無造作に並べられている分厚い魔導書の背を焼いていた。


若干の薬臭さとハーブのような匂いの混ざるこの部屋の隅で、私は定期チェックの仕上げに魔術部の職員のお姉さんに問診を受けていた。


「最近、特に変わったことはありませんでしたか?」

「ええと……特には?あ、でも、先日捜索魔法でも使えたらいいのにって思った途端に前みたいな、力がぶわっと広がる感じがあって、何かに当たったって思ってそこに向かったら本当にいたって事がありましたね」

「あら、確かにそれは捜索魔法の一種ですね……」


手にした紙にペンを走らせていた彼女は、驚いた表情で顔を上げると、何か難しい顔をして何か考えるようにペンを唇に押し当てる。


「でも、リリシア様のレベルは今30ですよね。30でも使える捜索魔法は勿論あるんですけど、お話的には広範囲みたいですし、そうなると最高位の魔法かなーって思うんですよ」


うーんと首を捻る彼女に、私は思わず自分の手のひらを見る。またしても、レベルに見合わない魔法を使ったようだが、私はいったいどうなっているのだろう。

そもそも、まだ簡単な治癒魔法程度しか教わっていないのに、わからないはずの魔法をどうやって発動させたというのか。なんだか、自分で自分が恐ろしくなってきた。


「陛下を治した治癒魔法といい、サンプルが少ないので憶測にすぎないのですけどリリシア様、魔法を使おうとすると法則もなにもかも無視してそれに相応しい効果の最高位のものが出てしまう体質なのかもしれませんね」


わあ、魔術師泣かせですねえ魔法の修行って大変なんですよさっすが幸福の君、と笑いながら彼女は再びペンを走らせていたが、私が青い顔をしているのに気付いて首を傾げる。


「どうしました?気分でも?」

「……その体質って、どうにもならないんですか?」

「わかりませんね」


小さく呟く私に、少しの間もなく彼女は返した。

その即答っぷりに呆気に取られていると、彼女はまた視線を紙に戻して何かを書き連ねていく。


「なにしろサンプルがないので。一概に体質と言っても、魔力操作が下手な体質なのか、幸福の君だからなのかとかありますし」

「……例えば、魔力操作が下手なだけなら、なんとかなるっていう事ですか?」

「それならなんとかなる可能性は大きいですよ。あ、ほら、陛下なんかは操作が下手なタイプです。あの方は強火にしかできないんですよね」


さりさりとペンが紙を引っ掻く音が響く。料理だったら壊滅的ですけどねーなどと軽口を叩く彼女はペンを置くと私を見て優しく笑った。


「まあ、なんにせよ大丈夫ですよ。自分に未知の力があるって怖いかもしれませんが、魔法は怖いものではありませんから。私達もおりますし、一緒に付き合い方を考えていきましょう」


そう言いながら彼女が後ろを振り返るのを目で追うと、そこかしこで何かの作業をしつつこちらを窺っていた魔術部の人たちが私を見て頷いたり手を振ったりしていた。

私が「幸福の君」で「魔王さまの婚約者」だからこんなに良くしてくれているのだとわかってはいても、私の為にこんなに多くの人が手や知恵を貸してくれようとしているのだと思うとなんだか照れ臭いような嬉しいようなむず痒さを感じてしまう。



「もう、いいだろうか」



そんな暖かな空気の中に、なんとなく不機嫌な色をした声が投げ込まれた。

はっとして声の方を見ると、いつの間にか魔王さまが魔術部の扉にもたれてこちらを見ている。どうやら魔王さまがいることに気付いていなかったのは私だけのようで、他の人は少しも驚くそぶりを見せず平常運転だった。

私の問診をしていた彼女もまた変わりはなく、さて、とペンのキャップをぱちりと閉めた。


「お迎えが来てしまったのでもういいですよ」

「え、あ、はい」


そう言われてしまえばここにいる必要もないので腰を上げると、床に散らばった紙やら積まれた本やらよくわからない瓶を器用に避けて私の元まで来た魔王さまが、職員さんが書いていた紙を横から覗き込む。


「……そうか、いつぞやの夜会で振りまいていたのも幸運を上げる補助魔法の最上位のようだったしな……」

「あら、そんなことまで。私の仮説に信憑性が増しましたね」


そういえば、黒歴史すぎて記憶の彼方に追いやっていたけれど、そんなことをしたような気もする……。具体的に何をしたのかはわからなかったけれど、「みーんなしあわせになーれ(星)」という気持ちでやったから、たぶんきっと、そうなのだろう。


「まあそれで何か弊害があるわけでもなし」

「まあそうなんですよね」


二人はさくっとそう結論付けたけど、本当にそれでいいのかと頭を抱える。

だって、無意識に最上位魔法を発動させてしまうなんて怖くない?ちょっとマッチを擦ろうとしたら火炎放射器レベルの火柱が立つっていう事でしょう。

今のところそういった攻撃魔法系を使う機会は訪れていないけれど、今後はどうかわからない。何の対策も取らずにいてそういう事になった時、自分の意図しない結果になったらどうしようと考えざるを得ない。


「リリシア?」


ぐるぐる考えていると、黙りこくっていた私を心配そうに窺う魔王さまと目が合った。

揺れる私の目を見て何かを悟ったのか、そういう事ではないのかわからなかったが、魔王さまは何も言わずに棒立ちになっている私の手を取って歩き出す。


「疲れただろう、お茶にしよう」











そのまま連れていかれたのは庭の一角の薔薇園にある東屋だった。

白い東屋の中にはテーブルセットが置かれ、赤い薔薇が二輪、茎を短く切って小さく活けられたテーブルにはもうお茶の支度が整っている。

そして魔王さまは私を椅子に座らせると、自ら私の前に置かれたカップにお茶を注いだ。

ふわりと立つ湯気に肩の力が抜けるのを感じていると、向かいに腰かけた魔王さまが優しく微笑んだ。


「こうしてゆっくりお茶をするのも久しぶりだな」

「そういえば、そうですね。このところずっと忙しかったから……」


私がこの国に来てすぐからの習慣だった魔王さまとのお茶会も、ここしばらくは日に一度できるかできないかだったので、本当に久しぶりの事だった。

魔王さまとずっと一緒にいるために結婚するのに、そのために二人の時間が削れるのも皮肉なものだなと思った事ももう数知れない。それでも三度の食事や合間合間で毎日会って話もしていたが、こうしてゆっくり腰を落ち着けて、というのはいつぶりだろうか。


「ここ、こんなに綺麗だったんですね」

「ん?」


周りに広がる大輪の薔薇たちを見て息を吐く。


「確か、去年も来てると思うんですけど、あの頃は周りを見る余裕がなかったので……」

「あの頃のリリシアは私と目を合わせてはくれなかったなあ」


懐かしそうに目を細める魔王さまに苦笑する。そりゃあ、恐ろしいにもほどがある魔王と目を合わせるなんてとんでもなかったんだもの。薔薇の季節には多少は慣れてきていたけれども、まだ警戒していた時期だったなあと思い出す。


「毎日いつ殺されるんだろうとか思っていましたもん」

「私がリリシアを殺す訳ないだろうに。まあ、そんな事わからなかっただろうが」

「その相手にまさか人生はじめての恋をして、結婚する事になるだなんて、人生ってわからないものですね」


おかしくなってしまってくすくすと笑う私に、とろりと溶けた金色の目が向く。

久しぶりに真正面から見てしまったその瞳に心臓がぎゅっと掴まれたように胸が苦しくて、熱に浮かされたように頭が働かない。私は実にこの煌めく金色に弱いのだ。


「……ジークハルトさまは、私のどこが好きなんですか?」


不意に投げかけられた問いに、魔王さまの目がまるくなる。ぱちりと瞬きをして、ふわりと柔らかな微笑みを浮かべた。



「リリシアの全てを愛しいと思っているよ」



その声色があまりにもその心を物語っていたものだから、私はうかつな問いを投げかけた事を心底後悔した。だって、こんなのを聞くキャパシティーなんて私は持ち合わせていないのだから。

照れで真っ赤になって、耐えられずに視線をきょろきょろと泳がせる私に魔王さまは追い打ちをかけるように口を開く。



「最初は、その白磁の肌にふわふわ波打つ絹の髪、宝石のような藤の瞳にそれに影を落とす睫毛、小さな唇、頼りない手足、そんな君の見た目に惹かれたわけだったが、今ではその恥ずかしがり屋なところも、臆病なのに思い切りがいいところも、頑張り屋なところも、名前を呼ぶときにいつも少し照れるところも、全てが好きだよ」



恥ずかしくて魔王さまを直視できずにいた私の分も魔王さまは私を見つめて、ひとつひとつ大事そうに語っていった。

恥ずかしくて、恥ずかしくて、死にそうで、死にそうなくらい嬉しい自分がいるのに耐えられなくて、私はただただ真っ赤になってカップを握り締める。


「で、リリシアは私のどこが好きなんだ?お返しに聞かせてくれないか」

「えっ」

「私だけなんて不公平だろう?」


少し照れたように、いたずらっぽく笑う魔王さまは私にそう要求してきたが、もはや呼吸も怪しい私にそんな事を願うのはいささか酷すぎるのではないか。

そう思うものの、この状況で逃げる事は叶わないという事も、悲しい事にこの一年で私は学習してしまっていた。魔王さまは自分の願いはどんな手を使ってでも叶えるタイプだ。

それならいっそ、下手に恥ずかしがらずさらっと言ってしまった方がいいのでは、と混乱している私の頭が結論付け、発声器官もそれに従ってしまった。



「目が、好きです。蜂蜜みたいだったり、日に透かした宝石みたいだったり、その奥の方で炎が揺らめくみたいに煌めく時とか、本当にきれいで、それに、その目を見てると私の事を本当に好きでいてくれるんだなあって安心できて、好きです。それと、その黒髪も、私と全然違う大きい手も、お仕事をされている時の横顔も、たまに自信を無くされるところも、リントヴルムのお姿も、みんな、どうしようもないくらい好きなんです」



言いながら恥ずかしくて死にそうでかなりすごく後悔したが、気合と根性で言い切ってやった。さすがに魔王さまのように目を見ながら言うなんて高度な事はできなくて半分以上目を瞑ってしまったので、魔王さまはどういう顔でこれを聞いていたのかわからない。

そして、反応を見るのが怖くて目が開けられない。目を瞑った自分を恨んだ。

これで、もし冷めた顔でもされてたらちょっと立ち直れない。


魔王さまはきっとさらりと「ありがとう」とかなんとか言ってくれると思って目を閉じたまま待っていたが、待てども待てども魔王さまの声はせず、不安になって恐る恐る薄目を開けると耳まで真っ赤になった魔王さまが手で口元を覆ってぷるぷる震えていた。


私が訝し気に見ているのに気付いた魔王さまは珍しくあわあわと慌ててその緩んだ顔を何とかしようと試みていたが、どうにも上手くいかないようだった。


「すまない、その、まさか言ってもらえるとは思わなくて、嬉しくて、ああだめだにやけてしまう」


格好悪いから見ないでくれと言われたが、こんなレアな魔王さまを見なくてどうするのだろう。自分の言葉で好きな人が照れて取り繕う事もできなくなってるなんて、そんな愛おしい事他にない。



「ありがとう、リリシア。愛してるよ」



だから、そんなに嬉しさを噛み締めるようにそんな事言わないで欲しい。

恥ずかしくて見るどころじゃなくなっちゃうから!

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