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49.嫌いったら、嫌い

私を罵倒してきた美少女は、エマさんの末の妹でリタ・ハウフヴェルンと言うらしい。

なんと今日が社交界デビューの日だったらしく、ずっと緊張した面持ちではあったけど社交の場に緊張していると思っていたから、まさか幸福の君に一言言ってやるという理由で緊張していただなんて思わなかったそうだ。


リタさんが走り去った後、エマさんから頭が地についてしまうのではと思う程の謝罪を重ねに重ねられたが、私はもういたたまれないとしか言いようがなく。成り行きを見守る人々の視線を感じながらとにかく大丈夫気にしてないを壊れたロボットのようにエマさんが頭を上げるまで繰り返し、険しい、というか表情の消えた魔王さまに大丈夫だから戻ってくださいとさらに繰り返し、もう大変も大変だった。



「あの、エマ、リタさん、探しに行かなくても大丈夫?」

「いいんですわ、あの子ももう赤子というわけではないのですから」


やけ食いのようにベリーのマカロンを口に放りこむエマさんに恐る恐る聞くと、つんと素っ気なく返される。


「きっと他のきょうだいが追っているでしょうし、そうじゃなくてもその辺の暗がりでめそめそしているでしょうから、気にしなくて結構。それより!貴女もあの子の言う事を当然の事だなんて認めてはいけなくてよ!」

「ええ、そんなこと言われてもその通りだと思ったし……」

「どこまで自己評価が低いの貴女!そんなんで王妃が務まると!?」


どういうわけか矛先が私に代わってしまって、助けを求めようと視線を動かすもアメリアさんもライラさんもフィオレッタさんもこぞって目を逸らして、私は内心で「裏切り者!」と涙することになってしまった。


「……でも、リタちゃん魔王城はじめてでしょう?迷子になってないといいのだけど」


暫くエマさんに私の自己評価の低さを突かれていると、さすがに私を憐れんでくれたらしいフィオレッタさんが話を逸らしてくれる。

その言葉にエマさんがぴたりと動きを止めた。


「そうね、お城の中ならともかく、お庭に出ていたらあそこは広いし、夜は暗くてよく見えないものね」

「知らずに隠れの森にでも入ってしまっていたら大変だわ」


アメリアさんとライラさんが追い打ちをかけるようにそう口にすると、エマさんもさすがに何か思うところがあるのか難しい顔をして黙り込んでしまう。

そして、ひとつ大きな溜息を吐いて立ち上がった。


「失礼、ちょっと探して参ります。リリシア、リタを見つけ次第必ず本人から謝罪をさせますわ」


そう言って立ち去ったエマさんを見送った私達は、リタさんはすぐに見つかるのだと全員がそう思っていた。きっとあの可愛らしい顔を不満げに膨れさせてエマさんに小突かれながら渋々謝らされるのだろうと。私達は呑気に「ああ見えてエマ末の妹が可愛くてしょうがないのよ」「リタちゃんが生まれた時とかすごかったのよ」「でも、今後の為にもちょっと脅かしてやった方がいいわ、許さないとか言ってやりなさいよ」などと軽口を叩いていた。


まさか、エマさんがパーティーの終わりまで帰ってこないとも、帰ってきたと思ったら真っ青な顔をしているとも思わなかったのだ。



「エマ!どこへ行っていたの?リタちゃんは?」


ただえさえ白い顔をさらに白くしたエマさんにアメリアさんが気遣わし気に聞くと、エマさんは震える声で「どこにもいないの」と呟いた。


「ど、どこにもいなかったんですわ。城内の立ち入りのできる場所も、立ち入れない場所だってお城の使用人に頼んで見て頂いて、お庭も隅まで、うちの馬車にも、どこにも」


心ここにあらずという風に呟くエマさんに、今度は私達が青い顔をする番であった。


「リリシア?どうした?」


閉会の挨拶の後いつまでも戻ってこない私を心配した魔王さまがやってきて、今にも倒れそうなエマさんの代わりに事情を説明すると魔王さまの顔色が曇る。


「わかった、それならば捜索に人を割こう。君たちはリリシアの部屋で待っていなさい」

「いえ、わたくしも、わたくしも探しますわ!」


白い顔のままエマさんが顔を上げた。今にも再び走り出しそうなエマさんの腕を捕まえて、その冷たさに驚く。初夏に近付いてきたとはいえ、まだ日が暮れると寒さが顔を出すというのにずっと外を探していたからだろう。

こんな彼女を外には出せないと思った。


「エマ、少し休んだ方がいいわ。私が代わりに探してくるから、待っていて。皆、エマをお願いできる?」

「そんな、貴女にそんな事させられませんわ」

「そうだ、リリシアも待っていなさい」


エマさんにも魔王さまにも止められたが、言ってしまえば原因は私だし、幸福の君の称号を戴く私ならその幸福パワー(仮)でさくっと見つけられるかもしれない。その可能性を試さずに待っているなんてちょっと私にはできなかった。


「ちょっと見回って、見つかりそうになければすぐに戻ってきますから」


そう言って今度は私が制止を振り切って走りだす番だった。








ぽつぽつと灯りはあるが夜の闇に沈む広大な庭を、ひんやりとした風を感じながら進む。

道中物陰や死角になりそうなところも注意深く見たはずだったが、リタさんの姿はやはりどこにもなかった。

結局辿り着いたのはいつぞやの私が迷い込んだ隠れの森の入り口。

さすがに無策に入って無事出てこれるとは思っていないし、この中にリタさんがいるともわからないので飛び込む事はしないが、私よりよっぽど勘の鋭そうなエマさんが探しても見つからないなら後はもうここしかないのではと頭の片隅が言う。


「なにかこう、捜索魔法みたいなのが使えると楽なのに……」


暗く口を開ける森を前にそう呟いた時だった。お腹の奥からあたたかな力がふわりと湧いてきて、私を中心としてそれは周囲に花開くように広がっていった。

その力はちょうど私の正面で何かにぶつかる。その感覚に呼ばれるように、気が付いたら私は森の中へ足を進めていた。











月の光が微かに射す暗い森の中、少女のすすり泣く声が響いた。

少女の足は履き慣れない新品の靴によって靴擦れを起こし痛々しく所々を赤く染めている。

少女は足の痛みと、大好きな姉に叱られたショックと、大嫌いな人間に庇われた屈辱と、暗い森の恐怖によってもう動けそうになかった。

どうしてこんな事に、と思ってももう遅い。


「罰が当たったんだわ……」


膝と、姉が褒めてくれたドレスを抱えて縮こまる。


「おねえさま……」


きっと、幸福の君にあんな無礼な行いをしたからこんな目にあったのだ、当然の報いだと思ったがどこかでまだ納得できていない自分もいた。

だってあの娘が現れなければ魔王陛下と結婚するのは大好きな姉であったはずなのだ、姉だってそれを望んでいたし、そのために日々努力をしていた。

それなのにあの娘のせいで姉は三日三晩泣き通して食事すら摂らなくて、死んでしまうんじゃないかとすら思う程だったのだ。いくら幸福の君だからって納得なんてできるはずがない。自分は、決して間違った事なんて言っていない。


「だいきらい、だいきらい、だいきらい……!」


氷の瞳を浴びせられた私を庇うように自分の後ろに押し込めた、私より背が少し低いあの娘、大好きな姉の初恋を踏みにじった憎い女。暗闇の恐怖を誤魔化すように、少女の口は呪詛を吐き出していた。



その時、背後で草を踏む音がした。



心臓が飛び出るかと思う程の衝撃に振り向くと、そこにいたのは野生の動物でも、理性を持たない下等の魔物でもなく、私の姿を認めてほっとしたような間抜け面を晒す人間だった。



「よかった、見つけた……!」



さっき罵倒して、今も呪詛を重ねていたというのに、彼女はそんな事関係ないと言わんばかりの気の抜けた阿保面だ。なんでそんなに嬉しそうなのかさっぱり理解できない。


「ど、どうして……」

「エマさんが探して見つからないのならここだと思って、見つかってよかった、エマさんが待っているわ、帰りましょう」


姉が探してくれていたという事がとてつもなく嬉しかった、すぐに帰って抱き着きたかった、しかし、少女には差し出された手を取ることはできなかった。


「いやよ!」

「え、ど、どうして……?」


二度もこの娘に手を差し伸べられるだなんて我慢ならなかったのだ。

困惑に染まる顔に、一瞬の罪悪感を感じる。こんな人間に罪悪感なんて感じる事ないと自分に言い聞かせてそっぽを向いた。



「わたしのことなんて放っておけばいいじゃない、あなたの顔なんて見たくない!あなたの助けなんていらない!」



はっきりした拒絶に、リリシアの動きが止まる。

さく、と草を踏む音がして、そっぽを向いていたリタはその足がどの方へ向いたから鳴った音なのかわからない。きっと遠ざかる一歩なのだろうと思って、安心と助けを断った後悔が混ざり合う。



が、リタを待っていたのは置き去りにされる孤独感ではなく、徐に背に担がれた浮遊感なのであった。


「ちょ、なによ!やめなさいよ!降ろして!」

「駄目です、降ろしません」


その足は迷いなく進んでいく。


「いやあ、いざという時の鍛錬が役に立つとは。ゴルドフさんに感謝です」


生い茂る草に歩き難そうにしながらもリリシアの足は止まらない。その小さな背に担がれて、リタは屈辱なのか安心なのか罪悪感からなのか自分でもわからなかったが、もう泣きそうだった。


「なんであなたが探しになんてくるのよ」

「だって、私のせいで美少女を泣かせて、おまけに行方不明にさせて何もしないなんて後味悪すぎるでしょう」

「……意味わかんない」

「私も自分の行動意味わからないので、大丈夫ですよ」

「あなたなんて、嫌いよ」

「はい。嫌いで当然、嫌いでいいです。でも、リタさんが帰らないとエマさんが悲しみますから」


ほとんど体格の変わらない者を背負いながら歩くなんて体力がもたないのだろう、ふうふうと息を吐きながら、それでも足は止めることなく進む。


木々の先に、揺れる灯りが見えた。


「あ、よかったあ!ちゃんと帰ってこれた!」


リリシアが嬉しそうに呟くと同時に黒い影が躍り出る。それは心配そうな顔をした魔王陛下で、リリシアを認めるとその瞳を安堵に緩めて、彼女の枷を取るようにリタを軽く抱き上げた。

魔王陛下とこんなにも密着してしまったとどきどき早鐘を打つ胸と裏腹に、その目はリタを見ることなくただリリシアに向けられている事に苦い気持ちが溢れる。


そのまま森を抜け魔王城に入ると、真っ白な顔のエマが駆け寄ってきた。エマはリタの頬を張り倒すと、そのまま強く抱きしめた。


「貴女って子は、心配をかけて!」

「ご、ごめんな、さ……」


柔らかく香る姉の匂いにこれまでこらえていた涙が決壊したように次々と溢れ出てくる。

一通り泣いて落ち着いた頃、エマはリタにそっと声をかけた。


「貴女の気持ちはとても嬉しいわ、だけど、わたくしは振られたのにいつまでもしがみつくような女ではなくてよ。もう切り替えて、今はあの二人を見守ることに生きがいを見出しているからこれ以上の気遣いは結構」


その声は少しの虚勢もなく、はっきりとしていた。きっとそれは姉の本心なんだろうと理解したが、それでもやっぱりリタは納得できなかった。

こちらを微笑まし気に見るリリシアを振り返る。



「きらいったら、きらいよ」



胸の奥の暖かさを見ないふりして、リタは頬を膨らませるのだった。

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