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48.泥棒猫、再び


「このっ!泥棒猫!」


空色の瞳を怒りに震わせた少女は、周囲がざわつくのも無視してその胸の内で燃える感情をぶちまけてくる。


「あなたなんてこれっぽちも陛下に相応しくないわ!幸福の君だからって何?ただの人間じゃない!身の程をわきまえなさいよ!」


握り締めた拳を怒りか、はたまた恐怖かで震わせながら叫ぶ少女に、私は何も言えずにいた。だって、口ではこんなにも怒りと不満を露にさせているのに、その目は今にも涙を零しそうで、その涙の理由の原因が自分だとわかっていて、どうして何か言えようか。


「あなたのせいでお姉様はあんなに泣かれて、……っ絶対に許さない!」


その叩きつけるような叫びに身が凍るようだった。













慶倖陵へ詣でて結婚に際した挨拶をするというのはこの国では大きな意味を持つようで、前世の世界観で言うならば結納を終えたという事に相当するようだった。

これを終えてようやく正式な婚約と見なされるようで、それを祝福するパーティーが開かれることとなった。

先日の私のバルトロジカ王国社交界デビュー戦は、初めてという事もあって魔王さまに特に近しい信頼のおける人だけ招待したという話の小規模なものだったが、今回は魔王の結婚が確かなものになったという事でもっと規模が大きいものとなるようだ。


「というわけで、大丈夫だとは思うが何か不躾な事をいう輩が混ざる可能性がある。私も気を付けるがどうしても隙はできてしまうし、もし何か危険を感じるような事があれば人を呼ぶか、すぐに逃げるんだよ」


何度目になるかわからない注意に、なにもそんなに念を入れなくてもと思いつつ首を縦に振る。それでも魔王さまはなんだか心配そうで、「やはり欠席させた方が……」などと思案しているようだった。さすがに主役その二が不在では格好がつかないだろうと止めたが、ここまで心配されるとさすがに私も不安になってしまう。

ご存知の通りこういう場は大の苦手なのだ。しかも今回は主役。逃れられない自分に降り注ぐ視線を考えるとそれだけですくみあがってしまう。

何もなくてもそうなのに余計に不安にさせるような事を宣うのはご遠慮願いたかった。


「もうっ!そんなに念を押されてはリリシア様も逆に不安になられます。これだけ人の目があっておかしな事をする方なんてそうそういないんですから、もっとリリシア様の緊張をほぐすようなお言葉をかけて差し上げた方がいいと思います」


不安に表情を曇らせはじめた私をいち早く察知したセリが、魔王さまに苦言を呈した。

勘が鋭く物怖じもしないタイプのセリがこういう時とてもありがたい。


「それもそうだな……すまない、リリシアを不安にさせたいわけではなかったんだ。私が過保護なだけだな。彼女の言う通り可能性の低い話だ、頭の片隅に入れるだけ入れておいて今日は自由に楽しんでくれ。ハウフヴェルン家の令嬢やその友人も呼んでいるから」


魔王さまも忠告を無下にするタイプではないのでセリの苦言に頷くと、少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべ、私の頬を指先でひと撫でした。

私も単純なものでそのひと撫でに顔が熱くなってパーティーに対する緊張がすっかり塗り替えられてしまう。


「さて、そろそろお時間です。いってらっしゃいませリリシア様」


お化粧の最終チェックをしていたセリがにこりと笑って頭を下げる。

扉が開く前に深呼吸を一度だけして、差し出された魔王さまの手を取って足を踏み出した。















基本的に喋る必要のある場面はすべて魔王さまのお仕事で、私はイメージのためにもあまり口を開かず微笑みを顔に貼り付けていればいいだけなので少し気が楽だった。

挨拶回りで話しかけられても二言三言言えば魔王さまのガードが入るので、焦って余計な事を言って死にたくなるイベントが発生しないのはとても良かったが、結局のところ話しかけてくる招待客の顔を名前を覚えるイベントは残されているので頭がパンクしそうなのは変わりないのだけど。


「陛下、幸福の君、この度は慶倖陵のお参りを恙なく終えられた事、大変喜ばしく感じておりますわ」


使い過ぎで熱暴走を起こしそうな頭を持て余していた私の耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。はっとして声の主を見ると、大輪の薔薇のような真紅のドレスに身を包んだエマさんが恭しく礼をしていた。


「ありがとう、ハウフヴェルン公爵家にも色々と世話になった。また後で御父上にも挨拶させていただこう」

「まあ、そう言っていただけますとハウフヴェルン家の娘としても幸いでございますわ」


本当に嬉しそうに目を細めるエマさんの美しさに(目が潰れる……)などと思っていると、魔王さまが思い立ったように私の背をエマさんの方へ押した。


「せっかくだからエマ嬢と話してくるといい」

「え、でも……」


そんな事言われても私はともかくエマさんに迷惑なんじゃと思ったが、その考えは杞憂だったらしく、エマさんもにこやかに私の手を取ってくれた。


「それでは少しお借りしますわね、さ、行きましょう。アメリア達もいるから」

「いいんですか?私がお邪魔してしまっても」

「何を言ってるの?お参りのお話も聞きたいと思っていましたのよ、特に陛下とのあたりをね」


後半は私にしか聞こえないくらいに小声で、いたずらっぽく微笑むエマさんに思わず笑ってしまう。また逃げられないように拘束されながら隅から隅まで口を割らされたらどうしよう、でもあれもそんなに悪くないかも……と思いながら、魔王さまに見送られて人の壁を割っていくのだった。





端の方の、人もまばらな辺りでアメリアさん達が手を振るのが見えた。

それに手を振り返そうとした時、後ろからその手を掴まれて驚いて振り返る。


「え、」

「あなたが幸福の君ね!」


金の巻き毛に空色の瞳の美少女が私の腕を掴んで睨みつけてきた。

突然何事か、こんな美少女の知り合いいないけど誰だろう、なんだかエマさんに似ているような気がするけど、などと考えを巡らせていると、少女は大きく息を吸った。


「このっ!泥棒猫!」


その叫び声に、なんだかデジャヴュを感じた。

まばらではあるが何人かいた人の息を飲む音が聞こえる。どういう事かとざわめく周囲を少し気にしつつも、少女はその勢いを消すことなくその大きな目を吊り上げて私を罵倒し続ける。


「あなたなんてこれっぽちも陛下に相応しくないわ!幸福の君だからって何?ただの人間じゃない!身の程をわきまえなさいよ!」


レースの手袋に包まれた手の震えを誤魔化すようにぎゅっと握り締めて彼女は言う。

突然の事で理解が及んでいないし、正直内容も当然だなあと思ってしまったので私はただその叫びを受け止める事しかできずにいた。

それに、その表情があまりに苦しそうで、空色の瞳は今にも涙に溺れてしまいそうで、罵倒されている私よりよっぽど辛そうにしている彼女に何か言うなんてとてもじゃないけどできなかった。


「あなたのせいでお姉様はあんなに泣かれて、……っ絶対に許さない!」

「リタ!お止めなさい!」


私や、周囲が何か言う前に口を開いたのはエマさんだった。その鋭い叫びにリタと呼ばれた少女はかわいそうなくらい肩を跳ねさせ、「でも」だとか「だって」などと言い訳をしようとしていた。


「幸福の君になんてことを……っ!身の程を知らなければならないのは貴女の方ですわ!謝りなさい!」

「いやよ!だってこんな人間が現れなければ、お姉様は……!」

「それ以上口を開くなら容赦しなくてよ!」


いつか私を「泥棒猫」と罵倒した時と同じくらい、もしかしたらそれ以上に怒りに震えるエマさんに私はただ茫然とするだけで。ざわつく中でどこか他人事のようにぽかんとしているとエマさんが慌てて私に頭を下げてきて私は更に混乱するのだった。


「申し訳ありません、貴女にとんだご無礼を。彼女はわたくしの末の妹で、わたしくも言い聞かせますしこのことは父にも報告いたします、どうかお許しください」

「人間に頭なんて下げる事ないわ!やめてお姉様!」

「いい加減になさい!これ以上わたくしに恥をかかせるつもりなの!?」


エマさんの叱責に納得いかない風ではあったがさすがにしゅんとして下唇を噛む彼女に美少女は何しても絵になるな、などとうっかり考えていたが、今はその時ではない。

ここで私が下手をこくと彼女の身がやばいと周囲の人の囁きにさすがに感付き、慌ててエマさんの頭を上げさせた。


「やめてください、彼女の言い分は当然だし、気にしてないから!」

「当然だなんて、貴女……!」


何か言いたそうなエマさんを制しつつ、俯く少女に目をやる。



「何の騒ぎだ」



背後から聞こえた声に、このタイミングで来てほしくなかったなーと思いながら振り向く。

訝し気なまなざしで私を見る魔王さまと目が合った。


「いえ、なんでもないんです大丈夫です!」


とりあえず誤魔化してみようとしてみたが、魔王さまはそんなわけないだろうと言いたげに眉根を寄せる。たぶん私の言う「なんでもない大丈夫」は信用されてないんだろう。日頃の行いがたたってしまった。


「魔王陛下!恐れながら申し上げます、なんで人間の娘などと婚姻を結ぶのですか。魔王陛下の結婚相手ならば、もっと見た目も家柄もしっかりした者の方が……」

「はあ?何を言っている?」


転がり出るように前に来た少女に本当に何を言っているのかと首を傾げていたが、すぐにこの場で何があったか察したようで、表情が冷たく凍った。

まずいと思った私は咄嗟に少女の手を引いて後ろに追いやって庇おうとしたが、彼女にとってそれはとんでもない屈辱だったらしい。


「やめてちょうだい!人間に庇われたくなんてない!」


あっと思った時には彼女はドレスの裾をたくし上げて走り出していた。

呼び留めようとするエマさんの声が響く。その声に足を止めることなく走り続ける彼女はそのままホールを飛び出して行ってしまった。

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